29 鍛錬する
キイン、キイイイイイン――
剣のぶつかる音が青空の下で響く……。
なんでこんなことになってんの? 私別にこんなことしたくないんだけど? しかも農作業着姿って……。
「遅い」
「うわっ!!」
苛立ちと一緒にエイトの剣を叩き落とす。
エイトはすぐに剣を拾って私に構え直した。汗がすごいしちょっと足下がふらついてるし、もうそろそろ休憩したらいいのに。あんたの方から言ってやんなさい、という意味を込め、ベンチに座って私たちを眺めているジークを睨み付けた。
「どうかしたのかな?」
わかってるくせにわざとらしく首を傾げる。こ、こいつ……
「そろそろ休憩!」
「エイト、休むか?」
「いえ、まだまだ!!」
この馬鹿。適度な休憩も必要なのよ!
言われた通り農作業着姿で待ってたら、なぜかもじもじしているエイトに「どうか一緒に鍛錬してください!」と頭を下げられ、もちろん断ったら笑顔のジークに「昨日すっぽかしたのはどこの誰だ? 君に拒否権はない」とバッサリ。
こんな姿をカノンやルベルには見られたくないから2人には市場へお使いに行ってもらった。ちょうど買いたいものがあったとかで、2人とも何も疑わずに行ってくれた。また変なことに巻き込まれないといいけど。昨夜の怪我はもう大したことはないらしい。案外、私と同じくらい丈夫な体なのかもね。
エイトの繰り出す突きを払い、距離を縮めて流れるように剣を奪う。一瞬のことに、エイトはしばらく呆然としていた。
「あ、あれ!? 剣が……」
「はい、休憩~。ていうかもうこれでいいでしょ。あんた集中力落ちてるし、体力も限界だし、一応ジークの護衛ってことで来たのよね? なのにそんなヘロヘロでいいの?」
「いえ……」
「とにかく休みなさい。いいわね!」
「はい……」
しょんぼりと肩を落とす。
幼い頃から天才と言われた彼が自分より小さな女の子に手も足も出ないっていうのは、なかなか心にくる体験らしい。
私は取りあえず2人に茶を差し出した。
「殿下、俺が毒味を」
そう言うからエイトにカップを渡そうとしたのに、なぜかジークに押し返された。
「頼むよ、フレア。大切な従者に何かあったら困るからな」
「……」
相変わらず性格が悪い。従者が大切なのはわかるけど婚約者のことももうちょっと大切にしたら? そりゃ私が淹れたお茶なんだからもし毒があったら私の所為ってことになるけど……。て言うか婚約者の淹れたお茶をいちいち毒味って……。王太子だからそりゃ当然かもしれないけど、でもどうなの? これってどうなの? 結婚するつもりは皆無だけどもし結婚することになっても毎回これなの? うわー。
毒味をすませると、ジークはにっこりとカップを受け取った。
「あの、フレア様は一体どこであのような剣術を習得されたのですか!?」
エイトに食い気味に聞かれて引く。
「別に……。あの時に初めて剣を握ったのよ」
「初めて!? はじ、めて……」
エイトは信じられないと愕然としていた。
でも、一応本当のことだし。
ただ、私の剣術ってあんまり真似するものでもないと思うのよね。
そもそもこの国の剣は慣れてないから。昔私が使っていたものとは全然違う。こっちの剣は斬るというより叩くって感じ? まあ斬る時もあるけど……やっぱり切れ味は全然違うわね。扱い方も。だからアグニと戦った時もけっこう適当だった。エイトは自分の師匠なりなんなりにきちんと教わった方がいいと思うのよ。
私は普通と違う。人体実験の末やばい奴になったアグニと違って、私は生まれた時からやばかった。例えるならあいつは養殖の化け物で私は天然の化け物。身体能力がこの見た目からはかけ離れてやばい。人間のものですらない。感覚も人と違って、呼吸や鼓動の音を正確に把握できる。どこからどんな攻撃が飛んでくるかも、自然とわかってしまう。これを説明しろって言われても、私自身説明はできない。まあ、生まれつきってだけじゃなくて過去の鍛錬の賜物でもあるわけだけど。
と言うわけでスタート地点がエイトとは違う。私を真似するのは間違ってる。
それに、私はもう鍛錬なんてごめんだから。武器なんて持たなくてすむ生活を送りたいし、それが一番だと思ってる。どうしてもって時は仕方ないかもしれないけど。平和に、穏やかに、日常を大切に生きていきたい。
私は自然とジークに目を向けていた。
いつか、この人が国王になる訳よね。彼が治める国は、どんな国になるのかしら。亡命とかしていない限り、多分私も国民の1人な訳だから、ジークがどんな風に成長するのかは私にとってもけっこう重要な話だ。頼むから戦争はしないでよ。頼むから。……内乱なんて、もう二度とご免だから。
「なんだ?」
「……なんでもないわよ」
ジークは僅かに口元に笑みを浮かべた。
「君は本当に何を考えているのかわからないな」
「ふん」
「そうだ。少し君に聞きたいことがあったんだ。――最近巷を騒がせている人身売買について」
私は思わずびくついた。まさか何か知っているのかと、彼を凝視してしまう。
「町の外れで崖の崩落があってね、数台の馬車の中から数十人の子供の遺体が見つかった」
「……」
「明日の朝刊で詳しいことが載るだろう。遺体の手足は縛られ、身動きの取れない状況にあった。身元を調べたところ、全員孤児だとわかった」
「……へえ。怖いわね」
「最近孤児院から脱走して行方知らずとなる子供たちが多いんだとか。城下だけじゃない、地方の街でも似たようなことが起こっている。……君は何か聞いていないか? 市場に出かけることも多いんだろう? 庶民のように」
庶民のように……て、馬鹿にしてる?
市場での買い物の楽しさを知らないなんて可哀想~。王太子殿下には縁遠い娯楽なのよね。自由に動き回ってる私に嫉妬してるのかしら?
「最近シリウスとステラという姉弟と、他にも数名、孤児院から抜け出したって、城下の孤児院院長の……バーバラから聞いたわ。ステラは重い心臓の病。一度は2人が隠れているねぐらを突き止めたけれど、逃げられた。怪しい男と関わっているみたいだけど、その男の詳細は不明だわ」
「へえ。いろいろ知ってるんだな?」
「偶然ね」
「ふむ、近衛兵に知らせておこう。その怪しい男というのも気になるな」
「そうね……」
子供が数十人……手足を縛られて、崖の崩落に巻き込まれて亡くなった。
可哀想だとは思う。
でも……別に、私には関係ないもの。
その時、ちょうど買い出しに行っていたカノンとルベルが帰ってきた。
「あ、お嬢様! ただいま戻りました! あ、あの、バーバラさんとたまたま会って、それでその……」
「落ち着いて。どうしたの?」
「ステラが戻ったそうです」
ルベルがカノンの代わりに答えた。
その答えに、血の気が引くのを感じた。
「ただしステラだけ。シリウスも他の子供たちも、依然行方知れずのままです」




