124 首を傾げる
「レオン。……その人は誰だい?」
レオンの雰囲気がみるみる剣呑としたものになる。
「なぜお前がここに?」
「レオンならば鍛錬をしているはずだと使用人の方から聞いて。……折角だから僕も一緒に良いかな?」
ルカの雰囲気がいつもと違う。ふわ~っと微笑んでいる穏やかな顔じゃなくて、妙に緊張して硬くなっている感じ。まあそりゃレオンが相手じゃそうなるわよね……。
案の定、レオンの返答は短く素っ気ないものだった。
「断る。帰れ。お前の顔など見たくもない」
「そんな言い方をしなくても良いだろう? 同じ四大公爵家の人間なんだから、少しは歩み寄る努力をしたいと思っている」
「私には不要だ。イグニス家の人間と鍛錬など反吐が出る」
おい今手ぇ引っ張ってる相手はあんたの大嫌いなイグニス家の令嬢なんだけど?
「神聖な鍛錬場にお前を入れれば剣も土も空気も全て汚れる。さっさと消えろ」
おおう……。ルカ相手にここまで言うって……。
もし私がフレアだってバレたらレオンに八つ裂きにされる気がする。何があってもこいつにだけは知られてはいけない。あとアクア公爵とクリスタにも。特にクリスタに至っては新たなトラウマを植え付けることになりかねない。最終的に三人がかりで血祭りに上げられる未来が見える。
「行くぞルーク」
「えっ……あ、ああ……」
「待ってほしい」
思わず足を止めた。さすがにルカをぞんざいに扱うことなんてできない。
「ルーク」
「いや、まあでも何か必死な感じだしさ――」
「お前が気に掛けることじゃない。イグニス家と関わるな」
「レオン、彼は? ぜひ紹介してもらいたいんだけど」
「誰がお前に紹介などするか。出て行け」
「いやレオン、そんな言い方ないだろ……」
「もし良ければ少し話をしても? 少しだけでいいのですが」
じっと見つめられて正直困った。
どうしよう、一体何の話を……。多分私や家出少女失踪事件とやらに関することで何か知らないか、とかだと思うけど、カノンやルベルやシリウスから金髪碧眼の怪しい男がいたとか何とか聞いているはずだからもしかしたらそのことについても聞かれるかも? レオンだって知ってたくらいだし。まあ乱蔵がいないから私の正体が見破られる心配はないけど……うーん、今の私のアクア家での立ち位置的にはあまり何も話さない方がいい気がする。怪しい人物ってことで近衛騎士に引き渡されそうになっていた身だし。それをクリスタの男性恐怖症克服の協力の代わりに見逃して貰ってるだけ。もし怪しい人物だってことをわかった上でレオンがアクア家に引き取っているとバレたらレオン的にもまずいでしょうし……。
ここは心を鬼にして断るしかない。
「いえ、悪いけどちょっと今は――」
断る前にレオンに手を引っ張られた。
「行くぞルーク」
「ちょっ、最後まで言わせろよせめて」
「お願いします、少しでいいんです。話ができませんか?」
ルカが懸命に追いすがる。
ぐっ……
そんな目で見つめられたら……
「お願いします」
「あー……」
「ルーク、こいつの言うことに耳を貸すな」
「いや…まあ…」
「お願いします、少しの間だけですから」
なんで私が板挟みになってんの? どういう状況よこれは。
「…………はあ」
つくづく私はルカに甘いと思う。
「まあじゃあ……いいですよ、少しだけなら」
ルカにこんな必死に頼まれて断れる訳がないじゃない。
まあ大丈夫、レオンの時と違って心の準備はできてるもの。何を聞かれても知らぬ存ぜぬを貫き通せばいい。もし怪しい男に似ているとか言われても、“え? 逃走? なんのことですか? 私はただの善良な平民ですよ~”って思わせられればそれでいい。それくらい簡単なことのはず。ここでコソコソ逃げるより善良アピールして疑いを晴らした方がいいわよね、うん。
「……ルーク」
レオンのため息が重い。
「ま、まあ……いいだろ。何ピリピリしてんだよレオン。別にちょっとくらい――」
「ならば手合わせだ」
「は?」
レオンはぎろっとルカを睨み付けた。ちょっと、私の可愛いルカをそんな殺人鬼みたいな目で睨まないでよ!
「ルークと話したいならば私を負かしてからにしろ、ルカ・ローズ・イグニス。お前のようなひ弱な奴にできるとは思えないがな」
はあああああああああああ!????
な、なぜ……なぜそうなるの!?
「いいよ。能力は?」
「ありだ」
「いやなしなしなしなし!!!」
思わず二人の間に割って入っていた。
「ちょっと話すくらいで何? 決闘? 意味がわかんねえよ!! どんだけ血の気が多いんだお前は!!」
「決闘じゃない。命なんて賭ける訳ないだろ」
「それにしてもだ! 別にちょろっと話すくらい良いだろうが! しかも能力ありって……絶対怪我するだろ!!」
「ふん、私がこのひ弱な奴に負ける訳がないだろう」
「お前じゃなくてこの人のこと心配してんだよバカ!! お前ってほんと……ほんと容赦ねえじゃん!!」
「大丈夫ですよ、僕もそこそこ鍛えてますから」
「いやあの、でもですね、ほんとこいつって危険なんであんま近寄らない方がいいって言うか――」
「何だと? ルーク、それはどういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ!! てめえは黙ってろ!!」
「……驚いたな、レオンにそこまで言える人なんてアクア公爵くらいかと」
「父上とこいつを一緒にするな。殺されたいのか」
「あ~~~もうほんとそういう会話やめろ!! なあ冷静になれって! 冷静に! 冷静に考えてみよう! 二人とも! な?」
「私はいつでも冷静だ」
「嘘吐け!!」
綺麗なルカの顔に傷一つつけたら許さないわよレオン!!
「……二人はどういう関係?」
ルカがとうとう不思議そうに目を丸くした。
「えっ、いやまあそれはそのまあいろいろとうん……」
「お前には関係ないぞイグニス公子。私と手合わせするつもりがないならさっさと消えろ」
「ぜひ手合わせ願いたい」
「ならばあちらの原っぱで手合わせしてやる。お前を鍛錬場に入れる訳にはいかないからな。来い!」
「うん」
「えええええ~……」
「ルーク、お前はこいつの後に手合わせしてやるから準備運動でもしておけ」
「だから俺はしねえって言ってんだろうが!! なあルカ……さん? やめといた方が良いっすよ。こいつまじで殺しにかかってきますから。ほんと冗談でも何でも無く……」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ、それに彼とは一度手合わせしてみたいと思っていたので、ちょうど良いです」
ルカはにこっと微笑んだ。う……笑顔が眩しい。
「戦闘不能、もしくは降参した方が負けだ。いいな」
「わかった」
戦闘不能て。
ほんとに? ほんとにやっちゃうの? 何でこうなった? 今すぐにでもルカを連れてアクア家を脱出したい。もし万が一にでもルカの綺麗な顔に傷がついたらどうしよう。もうその時はレオンぼっこぼこにしてやるから覚悟しろよこの野郎。
そんなことを考えているうちに始まってしまった。ルカは短めの試合用の剣を持っていたけれどレオンは何も持っていないなと思ったらバキバキと音を立てながら氷の槍を成形していた。あれ反則じゃない? 能力ありだからオッケーってこと? 明らかにルカの持っている剣より大きいし強そうだしほんと容赦無いわね! しかもそれを投げつけるっておい!! 殺す気満々じゃないの!!
でも氷の槍は空中で爆発した。木っ端微塵に。さすがルカ。ほっと胸を下ろしたのも束の間、レオンはまた氷の剣を成形しルカに距離を詰めていた。ルカは試合用の剣で氷の剣に応じる。あああ……今にもルカの剣の方が折れてしまいそう。どうしよう、もう助けに行こうかな危ないし、と思っていたらレオンがバッとルカから離れた。レオンがさっきまで立っていた場所で小さな爆発が起こる。大したことはないけれど、当たれば確実に痛いやつ。
「残念」
「……お前もなかなか容赦ないじゃないか」
「君相手に余裕ではいられないから」
そんなこと言ってるけどルカが本気を出せばこの辺り一帯が吹き飛んでもおかしくない。ルカってやっぱり優しいのね。そう言えばルカが剣を握っているところって初めて見るかも。ちょっと新鮮。頑張れルカ、負けるなルカ。レオンなんてぼっこぼこにしちゃえ! と心の中で声援を送った。
……それからどれくらい経ったかしら。
ルカはスタミナがあるものの決定打を放つほどの打撃は出せず、反対にレオンはスタミナがないのか、強烈な斬撃を繰り出した後は氷による遠隔攻撃で体力回復に努めていた。多分単純な剣の腕はレオンに軍配が上がるけど、ルカもなかなか粘り強いし何より特殊能力を使った攻撃でうまく相手を混乱させている。
……決まらない。
こうなるともう根比べね。取りあえずルカが一方的に嬲られるなんてこともなく、ちょっとヤバそうな時もあったけれど顔に傷もついていないようなので私はいつしかのんびりと二人の手合わせを眺めていることになった。正直こうなった原因さえ忘れかけている。なんであの二人戦ってるんだっけ? と首を傾げたところで――
「ルークさん?」
私に話しかけてきたのはクリスタだった。




