125 贈る
「クリスタ」
どうしたんだろう、クリスタは少し頬を赤くして若干息も荒かった。レオンに何か急ぎの用があるのかなと思ったけど、彼の方には目もくれずじっと私を見つめている。
「? レオンに用じゃないのか?」
「あ……えっと……」
「大丈夫? 何か顔赤いけど」
「だ! 大丈夫……です……」
クリスタが挙動不審。意外に感情豊かなことはもうわかってるけど、一体何があったのかしら。
「その……いなくなってしまわれたと聞いて……心配で……」
「ああ!」
そう言えばクリスタが心配してるから1時間後に顔を見せに行くとか言ってたっけ? あれ、じゃあもしかしてあれから1時間も経ったの? そんなに長いこと戦ってるの? あの二人は。
「ルークさん?」
「いや、大したことじゃないんだ。ちょっと屋敷の中を歩いていただけ。レオンの部屋で寝て起きたら誰もいなかったからさ。心配かけてごめんな、レオンの奴大げさなんだよ」
そう返すと、クリスタはほっとしたように息を吐いた。
「そうでしたか。でも驚きました、レオンが自分の部屋に誰かを一人きりにしていたなんて……」
「?」
「レオンは使用人が入るのも嫌がるので。それだけルークさんを信頼しているということだと思います」
え……ルークに対してけっこう心開いてるの? レオンが? 俄には信じがたい。でも確かにフレアの姿だった時は想像もつかなかったような優しい対応をしてくれているとは思う。だからこそ怖い。いやほんと私の正体がバレたらどうなるのかしらそれ。少しでも心開いた相手の正体がフレアでした~、なんて……。考えれば考えるほどレオンの反応が怖い。絶対バレないようにしなきゃね。
「ハハ……まじで恐ろしい……」
「どうかされましたか?」
「いや……そういや鍛錬終わったらクリスタに会いに行くって話してたんだけど、クリスタは今何の時間なんだ?」
「あ……す、少し早く終わらせたんです! ですから今の時間は……何の時間でもありません。お気遣いなく」
「ふうん?」
じゃあまだ1時間もは経ってなかったってことか。それにしてもクリスタの顔がまた一段と赤くなった気がする。まさか私を捜すために早く終わらせたとか? ……いやいや、ないない。それはないでしょ。
「…………」
「…………」
「……あー、時間あるならここ座る? ずっと立ってるのも辛いだろ」
「あ、はい……」
上着を脱いで畳み地面の上に置くと、彼女は「ありがとうございます……」と消え入るような声で礼をしながら座った。
「あの二人はなぜあんなことに……? お相手はイグニス公子ですよね?」
「あー、うん。それがさー、俺もなんであの二人が手合わせしてるのか思い出せないんだよな」
「え?」
「必死で思いだそうとはしてんだけど思い出せねえの。まあ大した理由じゃないんだろ」
「そうですか……」
クリスタは不思議そうに首を傾げた。
「その……手元のそれは?」
「え? ああこれ? 花冠」
なかなかうまくできたのよね~、この花冠。待ってる間が手持ち無沙汰で気づいたら作ってた。原っぱに咲いていた白い華奢な花と葉を組み合わせて作った花冠。二人の手合わせでちょっとこの辺りが荒れちゃったし、だめになっちゃった花をそのままにするのも勿体なかったから作ったけど、この冠を今私の頭に被せてもあんまり可愛くはないかしら。ルカならぴったりかも。レオンとの手合わせが終わったら被せてあげようかな。……うーん、でもあんまり喜ばれない気がする。
「器用なんですね。初めて見ました」
「ほんと? けっこう簡単だぜ」
「あまりこういう遊びはしたことがなかったので……。可愛いです」
どうやらクリスタにはこの花冠の価値がわかるらしい。アクア家の侍女たちは多分受け取ってくれないだろうし、ここは価値のわかる人にあげるのが良いわね。
私はじっと花冠を見つめるクリスタの頭にそっと載せた。
「えっ……え!?」
「やるよ。なかなか似合ってるぜ、お姫様」
「お……!?」
クリスタの顔がぼんっと赤くなる。あら、そんなに照れちゃってまあ、可愛いじゃない。でもこんなに照れるって……もしかしてクリスタはあまりお姫様と呼ばれたことがなかったのかしら? アクア家の人間はお堅い連中が多いから冗談でもお姫様って呼ばないのかも。まあ私も呼ばれたことないけどね……。シリウスに甘い言葉を囁かせたらクリスタはもっと可愛い反応をしてくれるかもしれない。ちょっと見てみたい気もする。
「その、あの……」
「まあ気軽に受け取ってくれよ。俺が被っても仕方ねえだろ? 花冠は可愛い女の子が被ってる方がよく似合う」
「か、かわっ……」
うーん、クリスタの反応がなかなか可愛い。
レオンが守りたくなる気持ちもわかるわね。でもあいつってわかりづらいからな……。もっとバンバン自分の気持ちを伝えなきゃだめでしょ。そんなんじゃいつまで経っても恋人にはなれないわよあのバカ。ルカと手合わせしてる場合じゃないんだからね。こういうちょっとした時間の隙に心を込めて口説かなきゃ。
「でも、えっと、このお花は……言葉……」
「花言葉?」
軽い気持ちでとは言ったけれど、この国では男性が女性に花を贈るという行為自体がいろいろ意味深になっちゃうからそれを心配してるのかしら? クリスタは公爵家の令嬢だし、こんな場でもちゃんとそういうことを意識しているのね。
確かこの花の花言葉は……
「“幸運”……あなたの幸せを祈っています」
「っ……」
「素敵な花言葉だろ。これなら受け取ってくれるか?」
クリスタは潤んだ目でこくんと頷いた。
“幸運”多分そんな花言葉だったと思う。友人に贈る花としてはそう悪い花言葉じゃない。至って一般的な言葉。だけど彼女が頷いた拍子に、花冠の中に四つ葉があることに私は気づいてしまった。
「あ……」
「? どうか、されましたか?」
「“俺のものになって”」
四つ葉をこっそり引き抜こうかと思ったけど、やっぱりやめた。三つ葉に隠れるように少し角度を変える。多分こうしていればわからない。
「四つ葉があったけど、内緒な」
「な……え……え……と……」
「折角の幸運を引き抜くのは勿体ないだろ。あんたが持っててくれ」
確か葉の枚数が変わると意味が変わる。……幸運という意味の他に、“私のものになって”という少々困った言葉が。クリスタは私から視線を逸らして、真っ赤な顔のままコクコクと必死で頷いた。……うーん、ちょっとキザなことをしてしまったかもしれない。まあシリウスに比べたら大丈夫か。
「――――10秒!!」
「え?」
さっきまで地面を這ったりパラパラと宙を飛んでいた氷の刃たちが一気に溶けて水になった。
「1時間10秒……過ぎた。手合わせを終える」
「それは君の降参ってこと?」
「違う!! お前との手合わせでスケジュールを押す訳にはいかないだけだ!!」
汗だらけのレオンとルカがこちらに歩いてきた。ルカは若干口元に笑みがあるけど、レオンはイライラと眉間の皺を深くしている。
「えーと……で、どっちが勝ったんだ?」
「私の方が勝っていた!! だがこの後はもうスケジュールがある。そちらを優先する」
「僕はまだいけるよ? 理由が何であれ、君の方からやめるって言い出したってことは降参だよね?」
「違う!! 私がお前のようなひ弱な奴に負けるか!!」
レオンは怒鳴ってるけどルカの言う通りよね。降参か戦闘不能が条件なんだから、それまでいくらレオンが優勢だったとしてもやめると言い出したならレオンの負けだわ。何より本当にレオンの方が優勢だったかどうかも怪しいところだし。
「私は……私はお前のような奴にだけは……」
「でも結果として、君は僕を戦闘不能にはできなかった」
「うるさい!!」
「おいレオン、落ち着けって」
レオンは興奮して赤くなった顔で私を睨んだ。
「そもそもなんでそんなにこの人のこと目の敵にするんだよ?」
「お前には……関係ない」
「そうだけどいくら何でも酷い態度だと思うぜ? ……何なら俺に教えてくれよ」
「は?」
「お前がそんなにこの人のことを嫌う理由ってやつをさ」




