116 頼まれる
「クリスタ!!! どこ行ってたんだ!!!」
え、クリスタ……? クリスタってまさか……
「ごめんなさい、レオン」
「心配した。まさか本当にあのエリアに行ってたのか? 従者もつけず……。時間も押しているぞ。一体何を考えてるんだ?」
え、レオン……? そ、それってもしかしなくても……
男は私の方を向いた。
「驚かせて申し訳ない。あなたがクリスタをここまで……?」
私に対して丁寧な口調っていうのが違和感しかない男、レオン。レオン・デルフィニウム・アクア、氷結の特殊能力者。ええこの顔間違いない。じゃクリスタって言うのも……
改めて少女の方を見ると、今度はフードの中の顔がはっきり見えた。薄く青みがかった銀髪に薄い水色の瞳。間違いない。いつもお高くとまったすまし顔と思っていたお顔はものすごく不安げに揺れているけれど、間違いなく彼女だ。クリスタ・デルフィニウム・アクア、放水の特殊能力者。
アクア家の聖騎士様たちがなぜここに……!!
ダラダラと冷や汗が流れて止まらない。まさかこんなところで出くわしちゃうなんて! これはさっさとこの場を去った方がいい。絶対私だってバレることはないと思うけれどこの2人と一緒にいるのは心臓に悪いんだもの。
「た、大したことはしていません。ええと、それでは私はこれで……」
「お待ちください」
ヒィッ
レオンに呼び止められて思わず固まる。
「な、なんでしょう……?」
「少々確認したいことがあるのでここにいてください。クリスタ、さっき見間違いじゃなければこの方のマントを掴んでいた……よな?」
え? なになに? 何なの? クリスタがマントを掴んでいた? それがどうかした? お礼を言おうとしてくれていただけだし特別おかしいことはないと思うけど一体何の問題が? あ、まさかこいつ好きな女の子が他の男のマントを掴んでいたくらいで嫉妬する心の狭い男なの!? 何それ、引くわー。
「ええ……確かに、掴んだ……」
クリスタがコクンと頷き、レオンが驚きに目を見張る。
…………?
掴まれたのがそんなにまずかったの? まさかこの程度で私を拘束するつもりじゃない……わよね? 2人の間に流れる空気がどうも妙なんだけど……私、そろそろさよならしていい?
「あの!」
クリスタが勢いよく私の方に向き直る。こんなに元気なクリスタってちょっとイメージと違う。何を言うのかと思ったら……
「わ、私と、握手を、してもらえませんか……?」
………………………………?
握手? なんで? このタイミングで?
クリスタに恐る恐る手を差し出されたけどちょっと理解が追いつかない。
「えっと……?」
「ごめんなさい。嫌なら、全然……」
「いえ、別にそれくらいは……」
顔を真っ赤にされて震えられたらさすがに断れない。別に握手くらい構わないけど……えっと、もしかして握手した瞬間殺されるとか? うん、それはないわよね? そんなまさかね? こんな白昼堂々こんな大通りでそれはね?
ちょっと怖かったけれど彼女の手をそっと握った。う……今自分の手が男らしく大きくて硬いせいかクリスタの手の小ささと柔らかさにうっかりドキッとしてしまう。くぅ……いいな女の子。やっぱり私は女の子の体がいいわ。こんなゴツゴツした体は嫌。
「………………に」
「に?」
「にぎ、れた…………」
???
「あの……それはどういう……?」
ただ普通に握手してるだけなんだけど。
ますます意味がわからなくて首を傾げる私を置き去りに、レオンもクリスタも感動に目を輝かせている。
「信じられない……こんなことが……!!」
「これなら私……」
???
不意に私から手を離したクリスタはレオンの腕にそっと触れた。その瞬間――――
ビシャアアアアアアアアッ!!!
「グウッ!?」
レオンが吹っ飛んだ。彼女の手から突如発生した水に押し潰されるようにして。
「レ、レオン!! ごめんなさい!」
クリスタの悲鳴と共に水はなくなったけど、そこら辺水浸しだしレオンに至ってはボロ雑巾みたいになっている。
これって間違いなく彼女の特殊能力よね? なぜレオンに向かってそんなことを? 本当は嫌いとか? いやいや、でも今彼女は確かに謝ったし、これは不可抗力というか彼女が意図したことではないということよね? つまりクリスタは……
「あの、これって……」
「ごめんなさい。もう大丈夫なのかと、勘違い、して……」
なんだかよくわからないけれど、これはとても関わってはならないことな気がする。私の第六感が告げている。何も聞かない方がいい。このままさっさと立ち去った方がいい、と。なのに……
――――――――
「お時間いただき感謝する。ここのデザートは格別です。金額のことは気にせずお好きなものをどうぞ」
「はは……ありがとうございます……」
私とレオンは高級レストランの個室で向かい合って座っていた。
なぜこんなことに……。ああ、ものすごく居心地が悪い。いえ、私は何度も断ったのよ? でもどうしても話を聞いてほしい、いや話を聞けと半ばレオンに脅されて結局……。だってあのまま断り続けたら殺されそうな雰囲気だったんだもの。クリスタは先に屋敷に戻った。結局なぜ彼女があんなところにいたのかはわからないけど私は知らなくて良いことだわ。あの子が悪い遊びをしているとは私も思わないけどね。
昨日のジークに今日のアクア家。こんなことある? 平民として紛れててこんな大物にばっかり捕まるなんて。こんな姿になっても隠しきれないオーラが彼らを引き寄せてしまったのかもしれないわね、ええそういうことにしておきましょう。
「先程は驚かせてしまって申し訳ない。くれぐれもあのことは内密に頼みます」
ふーむ。と言っても私以外にも見てる人いたと思うけどね。彼らにも一人一人口止めしているのかしら。だとしたらとても大変な……。いえ、普通急に水がバーってなったからってそれをすぐ特殊能力に結びつけることなんてするかしら。私は目の前だったから彼らも隠しようがなかったけれど、他の人は水遊びでもしてるんだろうくらいで済ますかもしれない。レオンがぶっ飛んだのも一瞬のことだったし。……いや、普通相手がぶっ飛ぶレベルの水遊びなんてしないわね。やっぱり口止めしてるのかしら。
「……ええ、もちろん。誰にも話しませんから」
「改めて、私はレオン・デルフィニウム・アクア。先程の令嬢は従姉妹のクリスタ・デルフィニウム・アクアです」
「はは……お噂はかねがね……」
「今から話すことは我がアクア家にとって何よりも重大事項であり、一部の限られた人間しか知りません。そのことを十分わかった上で、心して聞いていただきたい」
「ではちょっと聞くのは遠慮しま――」
「クリスタは男性恐怖症です」
遠慮するっつっただろうが。強行突破してんじゃねえよ。
「えっと……ちょっと聞こえなかったのでもう聞かなかったことに――」
「あれはもう10年以上前のことです」
こいつ……
「いろいろあって幼い頃に大きなトラウマを抱えてしまったクリスタは、以降男性に触れただけで反射的に特殊能力を使ってしまうようになりました。触れなければ彼女は完璧に能力を使いこなせるのですが、触れてしまってはもうダメなんです。従兄弟である私にも、自分の父親にも、昔からの使用人にも関係なくあれが発動してしまいます」
「へえ……」
聞かないって言ってんのにペラペラ喋りやがって……。
それにしてもまさかクリスタが男性恐怖症とはね。相当重度みたいだし。私に置き換えれば触れた相手を自分の意志に関係なく燃やすってことか。クリスタ、あんた放水能力で良かったわね。私だったらシャレにならないわよ。
「どんな相手にも拒絶反応が出てしまう。クリスタが“触れた”と感じればほんの少し指が当たっただけでも。ですからパーティーでは決して男性に触れないように細心の注意を払ってきましたが、どうしても不慮の事態は起きるもので……。そのせいで、クリスタがわざと能力を使っているのだと考え陰口を囁く者もおります。自分より下だと見なした相手には触れられるのも嫌なのだろう、と」
あらまあ、そんな噂があったなんて知らなかった。氷のように冷酷な一族、な~んて悪口はしょっちゅう聞いてたけど、正直アクア家のことには興味なかったし、そもそも私全然パーティーに出席しなかったからね。まあご令嬢たちが囁く悪口なんて圧倒的に私の方が多いでしょうし……アハハ。
「ですが……ようやく、ようやくクリスタが普通に触れられる男性に出会えたのです」
………………………………まさか
「驚きました。自分からマントに触れる程度のことも能力のことを考えて躊躇するクリスタが、あのようにあなたを引き留め、握手しても平気で、しかも話を聞いたところによると両腕に抱いて走ったとか……」
顔から血の気が引いていく。まずい、これはとてもまずい流れな気がする。
「ご、ご無礼をお許しください!まさかそんなに高貴な方とは知らず気安く触ってしまってその……」
「それを許したのは他ならぬクリスタだ。失礼だがあなたの名前は?」
「え?」
レオンはさっきからぴくりとも表情を変えない。
うわ……この目……獲物を逃がさない獣の目をしている。
「ル、ルーク……です」
「わかりました、ルーク。ではこれから毎日アクア家に来て下さい」
は?
「いえ、あの、ちょっと意味が……」
「クリスタは近々ダンスパーティーに出席します。王家主催の正式なものです」
「はあ……」
「男性に触ることもできないクリスタはこのままでは永遠に社交界デビューできません。そんなことになれば良くない噂がどんどん広まっていくでしょう。クリスタの男性恐怖症を少しでも克服させたい。これは本人の意志でもあります。そのための手伝いをあなたにはしてもらいたい」
レオンは私の目の前に分厚い封筒を差し出した。
「当分生活に困らないだけの金が入っています。確認を」
「お断りします」
――――その後、この時レオンの頼みを断ったことを私はものすごく後悔することになる。




