選択
平坦な洞窟の突き当たりまで進むと、ランプとは違う眩い光が上空から差し込んでいた。
光に目を慣らし、覗き込んで見ると、そこは建物の中の様に見える。どうやらブレインの中に入れたらしい。
慎重に中に入って行くと、そこは物置のような場所。
見た事もないような機械や道具が所狭しと並んでいる。ここからどの様に行動をするべきなのか、一番詳しく知っていそうな津雲に指示を求めた。
「津雲君、ここからどうするの?」
「道は頭に入ってます。絶対に僕の通った所以外は通らないでください」
津雲の先導でブレインの中を突き進む。迷路の様な構造で、逸れてしまったら間違いなく迷子になってしまうだろう。ずっと同じ道を進んでいるかの様な錯覚さえ覚える。
建物の内部は驚くほど静かで誰も居ない。慎重に進むのがバカらしくなるほど人影が無いのだ。
だが、四つ目の分岐点に差し掛かった時、ある違和感を覚えた。今までの道は清潔で、埃一つない通路だったが、この辺りだけ機械の様な鉄の様な香りが漂っている。星奈は嫌な予感がしながらも津雲の指示通りに歩いた。
そして五つ目の分岐点、そこには床に倒れている人がいた。床には血の海が広がり、辺りは鉄錆の嫌な臭いが立ち込めていた。
星奈は心臓が跳ね上がるのを感じた。口に手を当てて悲鳴を抑えなければ間違いなく絶叫していただろう。星奈は吐き気を催しながらも、目を背けることでなんとか凌いだ。
「星奈さん、見ないほうが良い。対馬、調べられる?」
津雲の指示により、対馬がその遺体に近づいて調べ始めた。
「首に刃物で切られた様な跡があるよ。まだ暖かいから犯人は近くにいるかもーー。多分岡田って人と同じやられ方だと思う。とうとうブラックリストの法則外の武器が作られたって考えるのが妥当だね」
「やっぱりそうなんだね。多分北の集落のあの子達の仕業だろうね」
津雲の発した言葉があまりにも唐突で、予想もしていなかった人物の名前が頭に浮かんだ。
「ーー津雲君、どういう事?」
「あなたも……いえ、誰も知らされていないのだと思いますが、藤堂院影矢はこういう人間ですよ」
自分の予想した人物の名前が挙がった事で星奈は動転した。
「ちょっと待ってよ!?岡田さんを殺したのは柴田さんだったんでしょう? それなら影矢くん以外がこの人を殺害した可能性もあるわよね?」
「星奈ちゃん、録画データを見てないのよね? 実際に柴田って人が殺人を犯したっていう証拠は無いのよね?」
星奈は必死になって考えた。柴田が犯人だと思ったのは何故だったのか?それは自分が襲われそうになったから、岡田も同じ様に殺されたのだと思ったのだ。だが、本当にそうだろうか? もしも柴田が、殺人を犯してもブラックリストに入れられない技術を持っていたのなら、あの時それを使えば良かったのではないのか?星奈は心で何度も何度も否定したが、頭が理解してしまったのだ。
あの時、影矢はなんと言っていたのか、鮮明に思い出せる。
「やむ終えない場合は」と。その言葉の裏を返せば影矢は人を殺せる技術を持っているという事に繋がってしまう。
星奈は否定出来る言葉を探した。影矢は犯人ではないと、冗談だと言って貰いたかった。
だが、誰もそんな言葉は言ってくれなかった。
「星奈さん、いろいろ思う所はあるでしょうが、今は時間が無い。ここまで来たら進むしか無いんですよ。中枢部まで行ってブレインの操作ができないと全てが無駄になります」
頭の中が混乱し、目の前が真っ白になりかけた時に津雲の喝が入った。
北条達が捕まった時、学んだ事だ。地団駄を踏むのでは無く、今できる事をやろう、と。座り込んで考える時間など今はないのだから。
星奈は自分の頬を両手で強く叩き、気を引き締め直した。
三人は七つ目の分岐点に差し掛かり、錠の掛かった扉の前に到達した。
「ここは私の出番。この為に来たんだからね」
対馬はそう言うと、ポケットから小さい髪留めを取り出し、みるみるうちに形を変えて錠に差し込んだ。
ガチャリと音を立てて錠が外れる。
津雲は鍵の空いた扉をゆっくり開き中へと入った。星奈も後に続くように入ると、そこには巨大なコンピューターが設置されていた。
BLCの、いや全世界のコンピューターを集めたのでは無いかと思える程の大きさで、天まで続くブレインはこれを隠す為に建てられたと感じた。
星奈は先程の遺体の事を一時忘れ、目の前に現れた巨大な設備に圧倒された。
「星奈さん、これがブレインの本体です。あまり時間はありません、どうするか決まりましたか?」
津雲の言葉で現実に引き戻された星奈は、洞窟の中で考えていた答えを二人に話し始めた。
「ーーあのね、聞いて置きたいんだけど、システムを変える事は出来るんだよね?」
「ーー出来ますよ。例えばあなたのしたいようにシステムの変更を行うと言っても僕達は止めません」
星奈は苦笑いを浮かべ、そんな事はしないと手振りで否定した。
「笑われちゃうかもしれないんだけど……私は津雲君にニューレストのトップに戻って貰いたいな」
星奈の導き出した答えは、津雲にも対馬にも予想出来なかった答えだった。二人は何を言われたのか理解が出来ず、数瞬の間その場で固まってしまった。
津雲は哀れみという感情を表に出し、諭すように星奈に話しかけた。
「ーー星奈さん、ブレインのシステムの話しをしているのは分かっていますか?」
「いやいや、違うって。理解してるよ?いろいろ考えたんだけどさ、今の制度自体はやり過ぎだと思うし、ニューレストの人達は可笑しいと思うよ。でもさ、ブレインを壊すのは間違っていると思うの。それでね、私が思うように細かくシステムの変更をしたとして、それが続けれるのかなーって考えたの。多分私には出来ない……いや、絶対にできないよ。私だって欲はあるし、お金も欲しいし、やりたい事がいっぱいあるからね」
「えっと……つまりはあなたは選択の放棄をしたいということですか?」
津雲は星奈の言葉を必死に理解しようとして、簡略化した回答を導き出した。
星奈は津雲の問いを否定した。
「違うって!津雲くん以上に皆の事を考えれる人は居ないと思うの。私が選択しろって言うなら、さっき津雲くんが話してくれた昔のシステムに戻すよ?」
笑顔で胸を張って言い放つ星奈に対し、二人は唖然としていた。暫くして、ようやく星奈の真意が二人に伝わったのか、対馬は大笑いを始め、津雲は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに応えだした。
「ーーまさかそんな答えを出されるとは思っていませんでしたよ。確かにあなたなら世界を救える選択が出来ると考えてお願いしましたが、細かい改革とかニューレストの優勢を排除とかになるのかと考えていました……」
「それで、津雲くんは戻ってくれるの?」
問い詰めるように睨みを利かせる星奈を尻目に、津雲は真剣な表情を浮かべ考え始めた。
やがて、決意を固め、満面の笑みを浮かべた。
「…………そうですね。分かりました。始めは大掛かりになりますが、昔の大罪のシステムを復元し、それから細かく今の制度を変えて行きましょう」
「ありがとう!これで中心地の人も、ファーゼストの皆も安心できるね!」
子供のように無邪気にはしゃぐ星奈を無視し、対馬は津雲に詰め寄った。
「津雲、それでいいの?本当は人間に任せる気だったんでしょう?そんなに簡単に決めていいの?」
「そうだね。元々は僕も傍観者に戻るつもりだったよ。でもさ、放って置けないんだ。それにね、彼女がーー人間が決めた選択が、<神に戻って欲しい>なんだよ?仕方無いって考えられるんじゃ無いかな?」
津雲は星奈にこの選択をして欲しかったのかもしれない。元々自分で全ての片を付けたかったのかもしれない。だが、津雲も神だ。
「神は不干渉であるべき」なんていう神々の常識に囚われていたのは津雲自身だったのだ。
それに気づかされ、さらには口実まで作って貰って断る理由など無かった。
対馬は呆れたようにため息を吐き、ブレインのメインシステムにアクセスを始めた。
星奈も対馬の横に立ち、何をしているのか覗いて見たが、全く理解出来ない代物だ。
先ず操作が分からない。対馬は慣れた手付きで指を動かし、何かの入力をしているように見えるが、覚えろと言われても星奈には出来ないだろう。
続いて浮かんでくる文字。何かの記号のようにも見えれば、読めそうな漢字のようにも見える。だが決して読む事は出来ない。そんな文字が浮かんでは消え、中央スクリーンの中を行ったり来たりしている。見ているだけで吐き気を催すその文字群を見て、自分で管理すると言いださなくて良かったと心の底で安堵した。
見たところ、津雲も何をしているのかわからない様子で眺めている事から、対馬がここに着いてきた本当の理由がこれなんだと分かった。
そこで一つ疑問が生じ、星奈は直ちに問いただした。
「対馬さん、私が世界の神になる!とか言ったらどうしてました?」
「……話しかけないで欲しいんだけど」
顔色一つ変えず真剣に作業に当たる対馬に、一年程度の付き合いだが星奈が何かを感じ取り、しつこく話しかけた。
「教えてくださいよ〜」
「……最果てに飛ばしたわよ」
「対馬!それはしないって約束してたじゃんか!」
「星奈ちゃんがそんな事を言うとは思わないけど、最終的には私が操作するんだからそれ位は考えていただけよ」
いつものように冷静に話す対馬だが、何処と無く嬉しそうに見えた。それは星奈の選択に、対馬も満足しきっているのだろう。
数分間精密な操作を繰り返し、対馬の手が止まった。
「終わったわ。大罪のシステムの復元をしているけどもう少し時間がかかると思う。昔のもの過ぎて復元するだけで時間がかかっちゃうからね。今できる事はこれだけね」
対馬が終わりを告げた事で皆の肩の力が抜けた。
その時、三人が入ってきた扉が勢いよく開き、一人の老人がこの部屋に入ってきた。
顎には真っ白の髭を蓄え、肥え太った豚のような顔。体中についた贅肉から一目で肥満だと分かった。
老人は体中から汗を吹き出し、息を切らしながらも三人に怒鳴り声を上げた。
「付喪神!お前は不干渉なのだろう?何故、何故こんな所にいる!外の死体は何だ? それより、私のそれから離れろ!」




