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Tri ALLs -トライアル-  作者: 木偶 坊
第一章 それぞれの立ち位置:佐井本編
9/14

少女(角付き)とタンデム

「んーーーーーー!!!」


少女が呻く。


「わーーーーーー!!!」


少女が喚く。


「なーーーーーー!!!」


少女が叫ぶ。


「頑張っても無理なものは無理だと思うの」


セローが冷やかに呟く。


ラナフィはセローに跨り、地面に向かって必死の形相で足を延ばしている。

つま先までピンと伸びた足は両足とも宙ぶらりんでバタバタとさせている。

バイクに乗りたいと言っていたラナフィはどうやらバイクを運転したいと言っていたらしく、現在こんな状態だ。


自分が乗るバイクを選ぶ上で大事なことその一。

自分の体格に合ったバイクに乗りましょう。


当然だが自転車と同じくバイクは停止すると支えを失い、倒れる。

停止中は倒れないように運転手の足で補助しないといけない。

運転中は何が起こるか分からない。

急な停止でバイクは左右どちらに傾くだろうか?


こけない為にも、大事なバイクを傷つけない為にも、両の足はしっかりと地面に付くようにしたい。

つまり跨った状態で両足が付かないバイクは基本的に乗るべきではないのだ。

加えてオフロードバイクは総じてシート高が高い。

オフロードバイクが不人気な理由の一つがそれだ。

現行のオフロードバイクの中でシート高最低のセローでさえ810㎜ある。

160㎝以下の背が低い人間はオフロードバイクにはまず乗れないものだと考えても良いだろう。


そのせいで何人がオフロードバイクを諦めただろうか。

そのせいで何人が妥協してセローに乗っているのだろうか。

乗りたいバイクに乗れないと言うのは最大の不幸だ。


最初からセローに乗りたいと思い、そしてセローに両足が付く俺は何と幸運な人間なのだろうか。

そんな幸運を噛み締めるように、目の前の微笑ましい光景を、俺は眺めていた。




諦めがついたラナフィはセローから降りる。


「もうちょっと身長があれば運転できたのにね」


セローが励ます。

そうだなセロー。

もう少し、もう20cmくらいあれば。


「全く、ままならんものだ」


語調はいたって冷静だが、悔しそうに唇を噛み締めているのを俺は見逃さなかった。


「それじゃバイクは俺が運転するから、ラナフィは後ろな」


「ふむ」


不服そうだが、仕方のないことだ。



という訳で二人乗り(タンデム)をすることになったのだが、一つ問題が発生した。

ヘルメットが足りないのだ。


免許取得から一年経過しないと二人乗りはできない?

何を仰る、ここは日本ではないのですよ?


ノーヘルでも良いじゃないか?

何を仰る、安全は第一ですよ?


最悪、俺はノーヘルでもラナフィは被ってもらおうと俺のヘルメットを被せようとしたが、チンガード(あごの部分)が角に当たって被れなかった。

流石に子供がノーヘルはマズいと思い、代替策を考え付く。


「ラナフィ、紐と鍋持ってるか?」


「一応持っておるが、何に使うのだ?」


そう言ってラナフィは背嚢から鍋と紐を一括り取り出した。

鍋は鉄製で両端に小さな取っ手が付いており、底が深く直径が20㎝ちょっとある。

十分だ。


「うん、大きさは大丈夫だな」


「おいまさか」


「ああ。ラナフィ、こいつを被れ」


「何故わしがそんなアホみたいなことをしなくてはならんのだ」


「頭に何も無いよりはマシだからだ。こけたら死ぬぞ、マジで」


「……どうしても必要なのか?」


猜疑に満ちた顔で鍋と俺の顔を交互に見ながらラナフィは問う。


「どうしてもだ」


俺は真面目な顔で答える。


「むー」


ラナフィの頬が膨れる。

彼女としては冗談であって欲しかったようだが、俺としては大真面目だ。




鍋と紐で作った即席のヘルメットを被せる。

それだけでは心許ないので、俺のプロテクター一式をラナフィに取り付ける。


頭に被った鍋。

ぶかぶかのプロテクター。

背中の大きな背嚢。


何とも奇抜な格好をした少女が姿を現した。


「似合ってるぞラナフィ、まるで勇者だ」


物語序盤の。

これにおなべのふたや、ひのきのぼうとか装備させるとまさに勇者だ。


「……ある意味では勇者だろうな」


恥ずかしさで頬を赤く染めたラナフィが恨めしげにこちらを見つめた。






「それじゃあ二人乗りのやり方を教える」


俺はそう言いながらセローの折り畳み式になっているタンデムステップを展開させる。

後ろに乗る人はこのステップに足を引っ掛けてバイクに乗るのだが、運転者用のステップより一段高くなっており、ラナフィの背丈だと難儀しそうだ。

本来ならば俺が乗った状態でラナフィが乗った方が良いのだが、先に乗ってもらった方が良いな。


「ラナフィ、先に乗って」


サイドスタンドを下ろしているが、スタンドが無い方向、つまり右向きに力が加わるとバイクは倒れる。

セローが倒れないように右側から俺が支える。


「分かった」


ステップを使いよじ登るようにラナフィはシートの前側に座る。

……よくそんなので自分は足が付くと思ったな。


「よし、そのまま下がって。丁度土踏まずがここの棒に当たる位まで」


ステップを指差すと何処の事を言っているか理解したようで、ラナフィはずりずりと下がっていく。


「横に取っ手みたいなのが付いてるだろ?」


「これか?」


「それだ」


ラナフィは車体右側の、マフラーのすぐ上にある取っ手を掴む。

この取っ手はまさしく取っ手だ。

ついでに言えばヘッドライト下にU字型の棒が付いているが、これも取っ手だ。


マウンテントレールの魅力、その内の一つが仲間との協力だ。

足場の悪い山道やガレ道でこけた時、坂道を上り切れない時、共に進む仲間とこれを掴んでセローを引き起こしたり引き上げたりするのだ。

この取っ手は先代の「SEROW225」から引き継がれており、トレール車である「SEROW」シリーズの代名詞とも言える。

取っ手万歳。


……とまあ、知ったような事を言った訳だが実は俺は一度もセローで山道に入ったことが無い。

免許を取得してまだ日が浅いというのもあるが、俺の周りにオフロード仲間が居ないのだ。

そもそもバイクを持ってる人が少なく、持っててスクーターとかで、かと言って一人で山に突っ込むのはあまりにも無謀すぎる。


それでも二人乗りタンデムより先に経験するだろうと思っていたが、まさか先にこちらを経験することになるとは。


「走行中は左右のそれを掴むか、俺の腰を掴むか、片方の手で片方ずつ掴むか、やりやすいのをやってくれ」


「曲がる時は車体が傾く。怖いと思うかもしれないが曲がる方向に身体を傾けるんだ。じゃないと余計危なくなる」


「そのくらいかな? あー、あと休みたくなったり身体に不調を覚えたりしたら俺に言ってくれ」


教習所で習ったことを思い出すように喋る。

コクコクと首を縦に振るラナフィは、どこか楽しそうだ。

対して俺の方は少し不安だ。

一人乗りの時とは操作感覚が随分違うと聞くが、どうなのだろうか。


セローに跨り、サイドスタンドを戻す。

当然なのだが、車体が重い。

重心も高くなっているためいつもより不安定だ。

なるほど、これは少し怖い。


「セロー、何ともないか?」


「私の方は平気」


私の方「は」、か。

見透かされてるな。


「ラナフィ、用意はいいか?」


「大丈夫だ」


後ろを向くと、ラナフィは左右の取っ手をしっかりと握っていた。

大丈夫そうだ。


セルを回し、クラッチを握ってギアを一速に入れる。


「発進!」


アクセルを開けながらクラッチを少しずつ離す。




エンストした。





「おい、動かんぞ」


「あっれー!?」



―――――――――




車重が重くなったことにより加速が鈍る。

いつも通りの発進では少しパワーが足りなかったようだ。

分かれば後は早かった。

発進したバイクはギアを上げながらスピードに乗る。


「おー!凄いのー!中々快適ではないか!」


頭に被った鍋と赤い両眼を輝かせながらはしゃぐラナフィ。

今にも飛び跳ねそうで、俺はヒヤヒヤする。


この赤茶色の大地には、標識も信号機も、歩行者も対向車もない。

そのお陰でいつもより余裕のある運転ができるが、普通ならこうはいかない。

標識、信号機、歩行者、対向車全てある上で、後ろの人に負担の掛からない運転。

加えて操作感覚も違うとなれば確かに、それなりの熟練は必要だろうな。

日本では免許取得から一年経たないと二人乗りは出来ない。

その理由に俺は一人納得する。


「ラナフィ、気に入ったようね」


セローはくすりと笑う。


「気に入った気に入った!わしも早く成長してセローを操りたいぞ!」


足が届くまで何年掛かるんだよ。

そこまで俺はこの世界に長居する気は無いぞ。


「気に入ったのは良いが道案内をしてくれよ?」


「この速さだともうそろそろで山が見える。そこへ向かえ」


「なるほど」


「しかし、サイモトの世界にはこんな乗り物があるとはの。魔法も練武も無いのに、大した世界だ」


感心したような口調でラナフィは呟く。


「物理や化学がものを言う世界だからな。因みにバイクの他にも車や電車、飛行機に船とか、色んな種類の乗り物があるな」


「船ならこちらの世界にもあるぞ。布を広げて進む船だ」


「帆船か。俺の世界だと機船が主流だな」


「きせん?」


「エンジンを積んでるんだ。エンジンは燃料を燃やして、その力で動く機械だ。俺の世界の乗り物はほとんどがエンジンで動く」


「このセローもそうなのか?」


「ああ」


「ふーむ」


ラナフィは唸る。

それを最後に俺たちの会話は途切れ、沈黙が訪れた。



そして、その沈黙を破るように、俺の視界に広がる地平線に山が生えてきた。


「お!山だ!あそこに行けばいいんだな?」


地面が隆起してできた赤茶色の岩山で木は生えていない様子だが、それでも平坦な視界に何らかの変化があったのは嬉しい。

自然とテンションが上がる。


「ん? ……おお、そこだ、そこへ行け。もうじき他の人間や亜人たちの姿も見えるだろう」


「魔大陸なのに人間がいるのか?」


「わしは魔大陸に人間はおらんなどと一言も言っておらんぞ」


ラナフィは呆れた様子で言う。


「それに、これから行く街は魔大陸の中でも人間が多く集まる街として有名だからな?」


「へえ、何て名前の街だ?」


「『採掘街』、エミネットだ」




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