家に帰って気がついた。
弟達の結婚式で行う余興を考えながら、ウキウキの帰宅を果たした私。
サイドステップを踏みながら、部屋のソファへダイブ!!って思ったけれど…片手に持っていた飲めないブラックコーヒーを冷静にテーブルへ置いた。
「ふぅ~~~~~~速攻解決ぅ~~~~~~!!!」
さっきまで暗闇にいた私の視界が救世主によって一点の曇りもなく晴れた。
推しカプの結婚式、チャペルの鐘、純白のタキシード……それらが私の「契約結婚」という名の契約によって完璧に守られ、実現可能となった。無事に開催される日も近い。
なんて素晴らしい世界。
なんて美しい姉弟愛。
こんなご都合主義も漫画の世界ならではね〜!
「余興、やっぱり『思い出のアルバム』よね……。大きなスライドショーに、私の撮り貯めた推しの写真に動画を編集して…あはは、絶対可愛い…尊い…」
仰向けになって天井を仰ぎ、幸せな妄想に浸る。
受屋君、本当にいい子だ。
こんなWin-Winの関係滅多にない。現代社会における合理的パートナーシップ。
……
……あれ?
「……私…スゴイこと言われなかった?」
ソファからガバッと跳ね起きる。静まり返ったリビングに、自分の荒い鼻息だけが響く。
「『俺と考えてみませんか』……『結婚』………………」
脳内で、ついさっきの受屋君との会話をリプレイする。
『好きな人に振られたら、俺と結婚を考えてみませんか?』
……いやいやいや! さらっと流してたけど、それって「俺と結婚しましょう」ってことだよね!?
いや、言葉通り!!
よく「ラッキー!」程度の空気で流せたな!!
いくらお互いの利害が一致した『契約結婚』のためとはいえ、相手はあのマーケティング部の受屋君だよ!? 「可愛い系イケメン」として、一部の層から熱狂的な支持を受けているあの受屋君だよ!?
「……私、受屋君と入籍するの!? 同じ苗字になるの!? 富士吉美得瑠じゃなくて、受屋美得瑠に!?」
急に心臓がバックバクと音を立て始めた。
契約結婚。
ドラマや漫画でよく見るやつだ。
だけど、この世界はBL漫画の世界。
もし私が受屋君と結婚なんてしようものなら、式場の入り口で「ちょっと待ったぁぁ!」と別のイケメンが乱入してきて、受屋君を奪い去っていく未来しか見えない。
「…………そうか。乱入してきたら、つまみ出せばいいか…。」
私はその為にいるんだ。
受屋君が恋愛対象を『女性』だと認識される為に。そこまで考えて、はたと気づく。
「待って、その前にタチネコにゃんだよ!!!」
受屋君との契約は、あくまで「タチネコにゃんに振られたら」の話だ。
今の私は、実質的に「意中の人(着ぐるみの中)」と「契約結婚の相手」という可能性を秘めている。
二十七年間、男に取られ続けてきたこの私が…。
とんでもねぇことになった。
「……落ち着け美得瑠。これは戦いだ。弟たちの、そして私の、尊厳を守るための戦いなんだ……!冷静さを忘れてしまえば男にチャンスを取られる」
ソファに座り直し、飲めないのに買ってしまったブラックコーヒーを一気に煽る。
「にっが……ッ!!」
苦い…
苦すぎる。
とんでもないブラックだ。
だけど、この苦さこそが現実。
「少し夜風に当たろう…冷静に…冷静に」
冷静に…と呪文を唱えながらガラリとベランダへの扉を開く。すると、隣のベランダからほんのタバコの煙が漂ってきた。
いつも、このタバコの香りにムカムカしていたのに…今は騒がしくバクバクと音を立てる心臓を抑えるのに必死。
タバコを吸ってる隣人に出会ったら、今度こそ文句を言ってやろうと思ったのに…。
その時。
ガラリと隣から音が響く。
「おい、タバコ…やめるって言ってなかったっけ?」
「ん?お前寝たんじゃなかったの?」
…これは…?
「ははっ、タバコくさっ」
「な!?はあ!?お前、今なにして」
「何してって…分かるだろ?お前も期待してたんじゃないのか?」
「はぁ?期待なんて、してねーよ!っ」
「そんなに寂しいならさ…俺でも良いだろ?」
ヤバい、ドキドキで「タバコなんて身体にわりぃもんやめて、俺と甘い時間を過ごそうぜイベント」が発生してる!!
隣人は、タバコに加え女性とのギシギシも煩かったから『ざまぁwww』とは思うけれど。
コレで禁煙も進むだろう。
夜はお前が鳴く番だ。
ただ、このままベランダに居続けては周囲がBLに包囲されてしまう。だから大人しく部屋に戻る事にした。
タバコの香りを消すように、お風呂でシャワーを浴びる。そして更に思いを馳せる。
私には好きな人がいて、振られたら契約結婚しようと言ってくれる人がいる。それって…変な三角関係だ。
浮気には程遠いそれぞれの関係なのに、なんだ、この背徳感?さっきの言葉を思い出して、ドキドキしてしまったからだろうか?
「う、浮気?2人にドキドキしたら…浮気なのかな?」
付き合ってすらないのに浮気はないはず…。
ああ、妙にソワソワとしてしまう。男性への免疫なさすぎてすぐにドキドキしてしまうのは悪い癖だ。
シャワーを終えて、ドライヤーも終えて…。ベッドに寝転ぶとまた考えた。
明日、私は屋上へ行く。
タチネコにゃんに……いや、タチネコにゃんの中の人に、コレからは必死に想いをぶつけるんだ。
「もしダメだったら……その時は受屋君と共に私は……!」
そう考えると、またバクバクと胸が騒がしくなる。 …震える手でスマートフォンを握りしめた。
画面には、弟から送られてきた「幸せいっぱいのツーショット写真」が輝いている。
「待っててね……お姉ちゃん、絶対に見届けるから。……二人の結婚式を!!!」
その夜、極度の緊張とカフェインと隣の部屋から聞こえる激しい『鳴き声』のせいで一睡もできなかったのは、言うまでもない。
◇ ◇ ◇
明日からの平日は、19時頃に1話投稿していきます。読んでくださる皆様、本当にありがとうございます!




