守りたいモノ(ブラッド視点)
今、目の前では俺の体勢を崩そうと必死になっている令嬢が一人。
どんなに頑張っても無理だから。
必死な姿に思わずクスリと笑うと肩を震わせながら地団駄を踏み始めた。
最初の頃なら癇癪を起したと呆れていただろうが、今はその姿を素直に可愛いと思える自分がいた。
それに彼女が何に怯えているのか分からないが、俺を頼ってくれることも素直に嬉しかった。
こんなことしなくても俺が護ってやるのに…って何考えているんだ!
皇太子直属の騎士になるんだろ!
再び俺に挑もうとする彼女を見て気持ちが沈んだ。
俺が望んでいるのは本当にそれなのか?
考え込んでいると突然視界が空に向いたと思ったら地面に寝転がっていた。
「油断してたでしょ!」
地面に寝転ぶ俺の顔を覗き込み、喜びを爆発させる彼女の姿が眩しくて魅入っていると心配そうに首を傾げてきた。
「もしかして…頭打った?」
「この程度でどうにかされるような柔な体はしていないから」
「な…なんだと!!」
立ち上がり、怒る彼女の頭を褒めてやるつもりで撫でてやると照れくさそうに笑った。
思わず抱きしめたい衝動に駆られて自分の腕を押さえた。
「まさか!骨折した!?」
突然腕を押さえたのでフィーネは痛みがあると思ったのか俺の腕をグリグリ動かして確認し始めた。
骨が折れていたら間違いなく一番してはいけない対応だぞ…。
そんなフィーネの姿に先程までの衝動がどこかに消え失せてしまった。
舞踏会当日になり会場はある人物達に視線が集まっていた。
周りではひそひそと視線の先の人物について囁いていたが、俺は普段とは違うフィーネの姿に魅入られてしまった。
普段の可愛い感じは微塵もなく、綺麗な姿に見合った凛とした佇まいは思わず跪きたくなるほどの威光を感じた。
だけどこの会場で俺だけが気付いただろう。
彼女の顔が少しだけ強張っていることに。
緊張し過ぎだろ。
思わず頬が緩んだ。
皇太子殿下と踊った後も顔の強張りが消えない彼女を踊りに誘った。
するとようやく彼女の表情が緩まり、いつものフィーネらしい顔を見せてくれた。
俺といることが彼女にとって良い作用をもたらしていることに気付き、俺の胸が甘く疼いた。
彼女の膨れっ面も嬉しそうに笑う顔も全てが愛おしい。
そうか…俺はフィーネが好きなんだ。
彼女の傍にいたくて護衛の役目を引き受けていたんだ。
俺が本当に守りたいのは皇太子殿下ではなく、この無鉄砲で無警戒で誰とでも分け隔てなく接する、そんな彼女を傍で護り続けたいんだ。
バルコニーに出ると頭が冷えてちょうどいいくらいの気持ちのいい風が吹いていた。
考えているのは俺自身がフィーネと今後どういう関係になりたいのかということだ。
もちろん婚約関係になりたいという想いがないわけではない。
でもそうなると彼女は俺の婚約者という立場になるため今のような主従関係は解除される。
それは俺の仕える対象が変わり彼女の護衛が別の者になるということを意味している。
あの自由奔放な彼女を俺以上に安全にかつ自由にさせてあげられる人間がはたしているだろうか?
正直自分以上に彼女を任せられる人物がいない。
というか誰にも任せたくないというのが本音だ。
自分に心を許しているフィーネの姿を思い出し口元が緩んだ。
フィーネなら帝国民の為に最善を尽くす良い皇后になれるだろう。
なら俺は命をかけてどんな敵からもフィーネを守り続けよう。
俺の生涯の主が決まった瞬間だった。
ローディン侯爵家の書斎で怒鳴り声が響いた。
「お前は第三騎士団を率いている侯爵家を捨て、小娘に仕えると言うのか!?」
「彼女はオリオル公爵家の令嬢です。敬意を払って下さい」
「私から見ればただの傲慢な小娘だ!!」
堅物の父はディスフィーネを噂通りの令嬢だと信じているのだろう。
現にオリオル公爵領ではフィーネとして動いていたこともあり、ディスフィーネの名前は噂でしか流れていない。
「第三騎士団には兄がいますし、俺は自由にしてもいいと仰っていたではありませんか」
「それはお前が皇太子殿下に仕えると言っていたからだ!!」
「オリオル公爵令嬢は皇太子妃になられる方ですから同じです」
「お前はあの娘が本当に皇太子妃としてやっていけると思っているのか!?殿下も何を考えて婚約など…。とにかく!お前は少し頭を冷やせ!」
冷やせと言われても冷やした結果の結論だ。
立ち上がり背を向けてしまった父に今日はこれ以上話しても聞いてもらえないと判断し退室した。
後日、タイヤを売りたいと意欲を燃やすフィーネに協力するため、フィーネ曰く『セレブの日 皇都ver.』に参加していた。
言葉の意味はたぶん皇都でする『セレブの日』ということだと何となく理解した。
が…当日になり皇太子殿下も急遽参加されることになり、俺は婚約した二人を気遣いマリレーヌと乗馬をすることにした。
心が痛まないわけではないが、フィーネの騎士になると決めた以上はこれから何度もこういう場面に出くわすだろう。
フィーネがいると思われる丘を眺めた。
「ブラッド…もしかしてディスフィーネ様に好意を寄せているの?」
的を射た問いに驚いて振り返ると表情を滅多に変えない俺にマリレーヌも驚いていた。
「どう…して…?昔は嫌いだって言っていたじゃない…」
これからもフィーネの騎士であり続けるのなら、自分の恋心は誰にも知られてはいけない。何も応えられず馬を撫でた。
「…でもブラッドにいくら想いがあってももう叶わないわよ。だってディスフィーネ様は…」
「俺はあの方の騎士になるつもりだ」
そこから先の言葉を聞きたくなくてマリレーヌの言葉を遮るように俺の想いを伝えると、マリレーヌは悲しそうな顔で俺の手を取った。
「どうしてしまったの?昔のあなたは皇太子殿下の騎士になるんだって言っていたじゃない。第二騎士団の団長になれば近衛兵ではないけれど、将来は皇帝になる皇太子殿下にお仕え出来るようになるわよ」
それはつまり俺がマリレーヌと結婚し、第二騎士団を率いているヴァロワ侯爵になれと言っているのだ。
皇太子の婚約者の地位につけなかったマリレーヌにとっては騎士の家系でもあり、侯爵家の次男という立場の俺は一番の優良物件といったところだ。
おそらくマリレーヌは俺にとっても最善の話だと思っているのだろう。だが…。
「俺は生涯、あの方のためだけに生きると決めたんだ」
俺の揺るがない想いを告げるとマリレーヌの手から力が抜け、腕がだらりと垂れた。
そう。俺の全てをあの方に捧げるんだ。
丘に決意の眼差しを向けた。…そこではタイヤ売買の取引が行われているとは知らずに。
『セレブの日』が終わってから侯爵家を出る準備を始めていた俺に皇太子殿下から手紙が届いた。
そこにはフィーネが公爵領に戻ることが記されていた。
フィーネから何も聞かされていない俺は愕然とした。
わかっている。彼女は俺が皇太子殿下の騎士になりたいと思っているから伝える必要はないと考えたのだろう。
頭では理解していても、それでも誰よりも先に俺が知りたかった…。
もう猶予はないと俺は父の元に急いで向かった。
「またその話か…」
父は呆れながら再び書類に目を落とした。
「理解も許可もいりません。俺はもうあなたがどう反対しようとオリオル公爵令嬢に仕えると決めましたから」
父は書類を乱雑に置き俺を見据えた。
「そこまで言うのなら勘当される覚悟も出来ているのだろうな」
「もとよりそのつもりです」
「侯爵家から追い出されるということがどういうことか分かっているのか!?」
「平民になろうとも俺の決意は変わりません」
俺は頭を下げて父の元を辞するとそのまま侯爵邸から出て行った。
皇太子殿下との謁見が終わるとその足でオリオル公爵に会いに行った。
俺の意志に公爵は瞠目した。
結婚の申し込みをしているわけではないのに同じくらい緊張するのはなぜだ?
たぶん『娘さんに騎士の誓いを立てさせてください』の言葉の中に『娘さんの傍にずっといさせてください』というやましい気持ちがあるからかもしれない。
しかし公爵はそんな俺の胸の内など気にも留めず、目を潤ませながら顔を綻ばせた。
「そうか!父から聞いてはいたが決心してくれたのか!」
喜ぶ公爵は俺の両肩をバシバシと叩いた。
予想以上の喜びに俺が戸惑っていると公爵は叩くのをやめ神妙な顔になった。
「フィーは噂のせいで皇都では評判が悪い。我が家の騎士でも義務的にフィーの護衛に就く者はいても本当にフィーを護りたいと思う者はいないだろう。だが、君なら安心して任せられる」
返事の代わりに俺は決意に満ちた眼差しを向けた。
「しかし侯爵は反対しなかったのか?」
「勘当されました」
公爵にとっては複雑な心境なのか「そうか…」と小さく呟いた。
「まあいざとなれば家の養子になるのもいいかもしれないな。フィーも家族が増えて喜ぶかもしれないし」
『家族』という響きに心が躍った。
フィーネと家族になれる。『お兄様』と呼ばれる姿を想像して頬が緩んだ。
正式にお嬢様の専属騎士になってからは堂々と傍で護ることが出来るようになった。
そんなある日マリレーヌが軟禁されるという事件が起こった。
俺は兄から届いた手紙を読んだ。マリレーヌが俺に会いたがっていると…。
マリレーヌの無実は今お嬢様が必死で解決しようと動いている。
会う必要はないと無視していると再び兄から手紙が届きマリレーヌがいなくなったと書かれていた。
「マリレーヌが行きそうな場所に心当たりない?」
お嬢様にも情報が入って来たのか俺に尋ねてきた。
マリレーヌは軟禁された後、俺に会いたがっていた。もしかしたら…。
黙り込む俺にお嬢様がニヤリと笑った。
「心当たりがあるんでしょ。これでもブラッドとは長い付き合いなのよ。黙り込んだってわかるんだから!」
自慢気に胸を張るお嬢様に歓喜した。
この人も俺を見ていてくれていた。なんとも言えないくすぐったい感情に自然と顔が綻んだ。
マリレーヌへの疑惑がこれ以上広がらないよう見つけてくる任務を与えられた俺は喜んで頭を下げたのだった。
マリレーヌはすぐに見つかった。子供の時に俺とよく遊んだ場所に隠れていたからだ。
「ブラッド!やっぱり来てくれたのね!」
俺を見るなり抱きついてきたマリレーヌを引き剥すとマリレーヌの顔が強張った。
「無実なら大人しくしているべきだろう」
「怖かったのよ。何もしていないのに突然軟禁されて。ブラッドも会いに来てくれないし…」
「今、お嬢様がお前の無実を証明しようと動いて下さっている。もう少しだけ我慢すれば解放される」
「お嬢様って…私を嵌めたのはディスフィーネ様よ!あの方は私を恨んでいるのだから!」
「言葉を慎め!!」
怒りで声を荒げるとマリレーヌが絶望の表情を浮かべた。
「お前が恨んでいると思うのはお嬢様の悪い噂を流したのがお前だからだろう。俺が知らないとでも思っていたのか?それなのになぜ今まで黙っていたと思う?お嬢様にとってお前が流した噂など取るに足らないことだからだ」
その場にへたり込んだマリレーヌに背を向けた。
「それと…お嬢様はお前を嵌めるような醜い行いをするような方ではない。嵌めたとか恨むとかそういう発想に至るのは、そういうことを考えている奴だけだ」
泣き崩れるマリレーヌを残し、俺はお嬢様の待つ公爵邸へと急いだのだった。
そして今、俺のお嬢様は皇太子殿下から求婚を受けているだろう。
2人がいる丘を見上げた。
辛くないと言ったら嘘になる。
でも…。
俺は先程お嬢様の温もりに包まれた手を見つめた。
お嬢様を傍でずっと護れるのは騎士の誓いを立てた俺だけ。
これは皇太子にも出来ない俺だけの特権。
『あなたが私の笑顔を守らなくて誰が守るっていうの?』
口元が自然と綻んだ。
守り抜きますよ。
だって俺はあなたの笑う顔が好きなのですから。
せっかくなので完結後の『いいね』ランキングを載せたいと思います。
最終話は5倍の差を付けて圧勝なので外させて頂きました。ありがとうございます!
1位 恋煩い(レオ視点)←強い…強すぎる…。やっぱりあとがきの『いいね』ランキングの影響か?
2位 皇太子の婚約者 トラウマ←トラウマが伸びてきて良かったです。ちょっとホッとしました。
4位 パートナーはお早めに←意外なところから伸びてきました!…もしかしてこれもあとがき影響か?
5位 タイヤのためならば←最終話ではランキング外でしたが伸びてきて嬉しいです。
ブラウザによっては『いいね』を付けられない事を知り作者もとても残念な思いでした。
付けられなかった読者様はランキングに参加出来ないので申し訳ないです。
運営さんなんとかして欲しいところです。
たくさんの『いいね』ありがとうございます!
皆さんがどこに『いいね』と感じたか参考にさせてもらっています!
話は変わりまして…。
<ブラッドの裏話>
※イメージが崩れる!という方は読むのをお控え下さい
実はブラッドは執筆当初は名前も存在もなかった人物なのです。
『不味いケーキの謎』を執筆している時に『これ、ケーキの作り方とか載せても面白くないよね…』と思った作者が何か別のトラブルを入れようと考えたのがきっかけでした。
最初は公爵領の騎士という名もない人物と揉める話を考えたのですが『公爵家に仕える騎士が態度に出すかな…?』『外部のしかもある程度権力のある人間じゃないと公爵令嬢に反論なんかできないよね?』から生まれた人物です。
『ブラッドなら今後皇太子妃になるフィーの護衛騎士にもなれるだろうしいいかも!』と思い書き始めたのですが…『ヤバい…ブラッドがイケメン過ぎる…』
気付いた時すでに遅し…。
最後の内容が決まっていたので途中で変えることも出来ず、ブラッドファンの皆様には納得のいかない結果になってしまったと思います。
全ては作者の力不足によるものです。
でもブラッドが人気な事には素直に喜んでおります。
今回のブラッド視点が吉と出るか凶と出るか怖いところですが…一応ここまでがブラッドが誕生してから考えていたシナリオになります。
少しでもブラッドファンのモヤモヤを解消できたらいいなと思っています…余計モヤモヤしたわ!ってなったらごめんなさい!!
読んで頂きありがとうございました。