悪魔とワルツ3
真っ赤な涙を止め処なく血流する巨大な棺桶を眉を潜め見やるアルモディア。
「……む。これは……やってくれたな、マラコーダの奴め……」
「どうやらその様子だと一杯喰わされたって感じだな、アルモディア」
オレは大戦斧を軽く振りアイテムストレージに収納してアルモディアに歩み寄る。
「……申し訳ございません、ご主人様。奴から情報を搾り取ろうとしましたが……見事にもぬけの殻、空っぽの分体を掴まされました」
よほど悔しかったのか、それともオレの期待に応えられなかったのが残念だったのか、アルモディアが小さな唇を噛む。
「だろうな。最初からこうなることを想定していたんだろう。抜け目ない悪魔だ。確か『マレブランケ』だっけか、奴が言っていた悪魔の集団」
オレがマラコーダが残した気になる言葉を思い出すと、アルモディアが訝しむ。
「……悪魔が集団を組織するなど本来あり得ません。元来個体としての我が著しく強く、他の者に従うなどと無いはずなのですが………」
アルモディアが一旦言葉を切る。
「……例外があるとすれば、それを組み従えるほどの存在が現れたとしか……」
オレの目がスッと鋭く細くなる。
「……転生者か」
真っ先に思いついたのがあの暴風少女。
ただあの少女ではない気がする。なんとなく一匹狼的な雰囲気だったから。
だとしたら他のダークネスセブンズソードのプレイヤーたち。
オレらが知らないだけで既にこの世界で転生者が、あるいはそれ以上の存在が今も何処かでなんらかの暗躍をしているのかもしれない。
「……ああ、なんてことだ……マクス……悪魔に取り憑かれたとはいえ、あまりにも無残な最後に……」
カールス王子が真っ青になって巨大な棺桶を悲壮感たっぷりに見上げている。
あ、コイツらのこと忘れてたわ。
「アルモディア。綺麗に片付いたろう。出してやれ」
「はい。魔素の毒は全て抜き取りました。魂、心身ともに問題有りません」
オレが合図すると、アルモディアが頷き棺桶に手を向け、操作する。
ガゴウンッと扉の蓋が軋み、両開きになり、中から無傷の聖騎士マクスウェアが現れて、そのまま前のめりに倒れこむ。
「よっと」
オレはよろめくマクスを受け止めてやる。
「マ、マクス!?」
カールス王子が慌ててマクスに近づき肩を抱く。
「……で、殿下、すみません……意識はあったのですが、悪魔に身体の支配権を奪われてしまっていて……くっ……聖騎士とあろう者が、なんたる不覚……」
マクスがぐったりとしながらも苦渋の言葉を交わす。
「相手は並みの悪魔じゃない。特上級のズル賢いヤツだ。そんなのに魂を今まで蝕まれていたんだ。今はだいぶ衰弱しているが、じきに良くなる。しばらくは安静にしていろ」
オレはニカリとカールス王子に安心させるように笑いかけてやる。
「……ゼ、ゼレス嬢……すまない、本当にすまない……」
カールス王子が涙を流す。
……さてと、どうやらこの世界で色々キナ臭いことが起こっているようだ。
これからどうなるかオレにも分からないが、ひとつだけ確信していることがある。
それを考えると、自然に不敵な笑みがこぼれてしまう。
「……愉しくなりそうだな」
****
何処かしらの聖堂。
教会だろうか、厳粛なる雰囲気がある。
聖壇には光の女神を模した彫像が微笑みを浮かべている。
その像に片膝をつき、真摯に祈りを捧げている豪奢な法衣の老人の男性。
シワが刻まれた顔は今までの長い人生の険しさと厳しさをありありと物語っているかのようであり、服装からかなりの地位が高そうなことが伺える。
側に控えていたローブの僧者が懐から懐中時計を取り出し時刻を確認すると、静かに祈りを捧げている老人に声をかける。
「教皇様、そろそろ執務のお時間でござます。本日は隣国エルシャンダイの王弟様と食事会のご予定が……」
教皇と呼ばれた老人が目を閉じたまま答える。
「あい分かった。すぐに支度を整えよう。しばし待たれよ」
僧者がスッと会釈をして、その場から静々と立ち去る。
「……我が影の現し身とはいえ、かくも容易く屠るとは。やはり侮れんな、古き闇のものどもは……そしてそれを従える魔女、忌々しき目障りな聖女。まあいい、いましばらくは彼奴等の好きに遊ばせるか」
誰も居なくなった祈りの場で、法衣の年老いた男は瞑っていた眼を薄く開き独りごちると鋭い声で名前を呼ぶ。
「カルコブリナ。ヴァリシャス」
瞬時に祈りを捧げる法衣の男の後ろに黒い二対の影が現れる。
「馳せ参じましたよ、隊長殿」
「ゲッゲッ、何か用事かい?マラコーダの旦那」
法衣の老人は振り返る事なく二対の影に告ぐ。
「新しい仕事をくれてやる。大量の人間の魂が必要だ。集めてこい。手段は問わん」
「ふむ。では、自由に致しましょうか」
「ゲッゲッ!余った魂は食っちまうぜ!構わねえよなっ!!」
「……好きにやれ」
そして言葉を交わす影はいつのまにか消え失せ、辺りには再び静寂が支配する。
「……いまだ深く澱みに眠る我らが母、闇の女神……目覚める時はあと僅か、我らの悲願は近い……」




