第三話
武器屋の店長の心をポッキリと折ったとは露知らず。総士郎とモノは宿《金平糖》に戻り、出された夕食を食べて就寝した翌日。宿は数日のうちに出てしまう予定なので、二人はアパートかマンションを借りようと昨日登録したギルドを訪れていた。
「えーと、……《建築》でいいのかな」
「とりあえず聞いてみればいいだろうが」
「それもそうか」
受付に立っていたのは優しげな、ボン、キュッ、ボン! と出るところは出て引っ込んでるところは引っ込んでいるという完璧美を体現した女性がいた。《疑似態形》を解除した(神が創った)総士郎には劣るが、並んでみると美男美女カップルでとてもお似合いだろう――まああくまでも仮定の話である。
「すみません」
「あら。かわいらしい子たちだこと。何かしら」
「アパート契約ってここでいいんですか?」
「ええ。改築や増築だけでなく不動産もここで受け持っているわ。契約したいの?」
「はい」
こちらへどうぞ、と案内されたのはギルド内の一室、個室だった。簡素なテーブルとソファが置いてあるところを見ると、ここで話し合うのだろう。しばらく待っていると、お茶とお茶請けを持った先ほどの女性が立っていた。
「お待たせしました」
お茶やお茶菓子とともにテーブルに置かれた分厚い資料、それを手に取ってみるとアグテブ国中のアパートやマンションの一覧がある。
「これ全部ですか?」
「とりあえずはね。そこからお客様のご要望を聞いて絞り込んでいくの」
じゃあ始めましょうか、と言って姿勢を正した彼女に倣い総士郎も背筋を伸ばした。
「まず場所だけど……どのあたりがいいかしら」
「そうですね。中心部から少し離れた程度がいいかとギルドからは離れていても構いません」
「そう……」
言いながら手元に透明な画面を出して入力・絞り込んでいく彼女に条件を提示していく。セキュリティ完備・家賃・治安・立地などなどを言い場所を絞り込んでいく、と。
「いい具合に残りましたね……この三か所です」
どうやらかなり絞り込めたようだ。見せられた画面には二つのアパートと一つのマンションが映し出されていた。
一つ目、『首吊りアパート』。物騒な名前だが過去に首吊り自殺をした人は一人もいない、ばかりが誰一人入居してから退居したことがないらしい。住人たちは全員明るく、周りの治安も特に悪いところは見受けられない。家賃は一カ月当たり金貨五枚だが、トイレ・風呂は共有である。五階建て。
二つ目、『民宿の仮宿』。名前だけならそうは思えないが立派なマンションである。八階建てで、エントランスは暗証番号入力、部屋にはオートロックキーなどホテルかとまごうばかりのセキュリティの良さ。1LDKの一室である。ただし三か所の中では一番高く、一カ月当たり金貨八枚。
そして最後に『メリーバッドエントラス』、同じく六階建てのマンションだ。カギは一般的なもので、治安もそこまで悪くはない。トイレ・風呂・キッチンも完備してある、のだが。家賃は驚きの、三か所の中では一番安い金貨二枚である。相場の半分だ、しかし総士郎は最後に書かれてある文章に目を引かれた。
「……あの、この、最後のは……」
「……ああ、お気づきになりましたか」
小さく書かれた注意書き、そこには「なお半年以内に解約を望まれる場合は一切の返金をいたしません」とあった。それを見て総士郎は感じ取った。「あ、これフラグだ」と。
「……実はそのマンション、数年前に一家残虐事件があって以来めっきり人が減ってしまい……」
「それだけじゃないですよね?」
すぐさま切り出した総士郎に一瞬驚くをややあって話し始めた。
「……はい、それ以降、マンションのあちこちで変なことが起きるようになってしまい……」
「わかりました。『民宿の仮宿』にします」
「……え、あ、はい。こちら、契約書です」
何が悲しくて自分から事件に巻き込まれに行かなければならないのか。家賃の安いいわくつきマンションを借りて事件解決? 誰がするか、そんな面倒くさいこと。
総士郎はこの世界を楽しみたいのであり特別何かをしたいわけではない。しいて言うならば、「面倒事にはかかわらずに過ごしたい」のである。そのためには。
「目の前のフラグはすべて叩き折る」
悪霊退散もフラグ以外の何物ではないだろう、そう考えた総士郎は、話を聞くのもそこそこにさっさと契約をすることにした。若干お姉さんが落ち込んでいるのは気のせいだ。チッ、と舌打ちをした気がするが幻聴だ。そうに違いない。
「……では、明日からでよろしいですね? 契約は半年、とのことでしたので総額金貨百六十枚、前金は金貨十枚になります」
「わかりました」
「……はい、確かに。こちら、控えになります」
ありがとうございました、との声をバックにギルドを出る二人。これで当面の宿は確保されたと考えていいだろう。
「……次はどうするのだ?」
「ん~、食器とかはホームからつなげばいいから買う必要ないし、机とかもホームに戻ればいいから――あれ、買うものないな」
「だったらまた観光か? 別にかまわんが」
「んー、そうだねえ――あ」
話しながらあちこちを見まわしていると、不意にある店を見つけた。総士郎が声を上げたのに気付いたモノは視線の先を振り向く。
「……古本屋?」
「うん。なんか面白いものはないかねー」
そう言うや否やとっとと店に入ってしまった総士郎を呆れた目で見つつ、モノもあとを追いかけて店に入った。
外見がボロ……些か良いとは言えなかったが、店内は特に暗いというわけでもなく一般的な明るさを保たれており、本も棚にきちんと整理されている。
総士郎が本屋に来た理由は単純明快、、「本を買うため」である。ポルゾンに建てられた神の恩恵の一つ、小屋の棚には、実に様々な文書が置かれていた。魔法の使い方や薬草の見分け方など、基本的には生きていくために必要な知識を兼ね備えるものばかりだったが、それでも異世界の書物、というだけでテンションは上がるものである。
同じく神チート化された総士郎の肉体、その記憶力は尋常ではなく、視界に入れたものは一瞬にして取り込んでしまう記憶力と理解力が備わっていたのだ。そのため、今現在彼には「読書を楽しむ」という行為ができなくなっている。一度見たものはすぐさま覚え理解してしまう彼の脳は、常に知識に飢えている状態だ。
彼の持っている神アイテム化されたひとつ、「タブレット端末」。どうやらこの異世界でもネット環境が整っているらしく、ホームの本をすべて読んでしまった後は電子書籍をダウンロードすることで何とか頭を落ち着かせていたのだ。しかし電子書籍が主流になってきたとはいえ、紙には紙の良さがある。未だ読んでいない書籍を探すために彼らは訪れたのだ。
その中でも総士郎たちが今いるのは武の国アグテブであり、知識を蓄えるのに有効なのはどちらかといえば他の国の方がいいだろう。しかしその中でも総士郎が選んだのは古書だった。なぜなら――
「(お、これは珍しいコレ草の煎じ法! これも買い、っと。ほかには……あ! マグネリン石の発掘法がある! これもいるね)」
この国の人間は基本的に「体を鍛えること」に重きを置いているのだ。そのため、基本的に筋肉バカ……脳筋……体格のいいものが多い。そして想像に難くなく、彼らは基本「バカ」である。薬草採取より魔物退治を優先する国民なのだ。
そんな彼らが珍しい本に気づくだろうか? 答えは否。
他国に同じことを考える人間なんて山ほどいるだろうが、それでも買い漏らしは多いだろう。そんな本を《鑑定》スキルで見抜きながら探すのだ。
――すると、ふとある一冊に目がとまった。
「あ、コレ……」
スキルで表示された画面には明らかな「封印中」の文字が。思わぬところにフラグはあるものである。
「(え、これ買うべき? 買ったら絶対何かしら――誰かしら出てくるよね。仮に買わなかったら? ……この本、憑いてきそうで怖いんだけど)」
フラグの切り方がわからない。近くで子供用の絵本を眺めていたモノを呼び寄せて先ほどの本を見せると一瞬にして嫌な顔をした。
「捨てろ」
「あ、やっぱり?」
「コイツ多分置いてってもついてくるぞ」
「やっぱり……」
「ただ封印されているだけだが、ソウの魔力に中てられたな。絶対ついてくる」
あやふやだったのが確証をもって言われてしまった総士郎は、その内容を問い詰めた。
「神とやらがソウの魔力を無限とやらにしたんだろう。魔力密度も濃い。生半可の魔物は近づかんだろうが、変に力を持っている奴ほどお前に近づきたがる。コイツは後者だ」
コイツ、とモノは本をたたきながら言った。
「ちなみに聞くけど、これって何が封印されてるの?」
「吸血女帝だ」
「……名前からして強そうなんだけど」
「実際強い部類だろうな。魔物の中でも上位種族の一つ、吸血族の女王だ。その美貌と魔力で男の血を抜きまくったんだ」
「……へえ、」
「まあソウには歯も立てられんだろうから安心していいぞ。美貌も負けるしな」
若干得意げにいったモノが可愛くて思わず顔を背けてしまった。口元を抑えながらプルプルと震えているのを、モノは訝しげに見ている。
「だ、だったら買った方がいいかな。それで後で処分する、と」
「そうするべきだな。下手に解くと面倒だ」
総額銀貨三枚とそれなりに高額にはなったが、いい買い物をしたと喜んだ総士郎だった。
古書店を出た二人は、時間もそこそこだったので屋台で食べ物を買い、食べながら歩く。食べ終わると目についた店に片っ端から入り、物色し、冷かして買う。何ら観光客と変わらず過ごしていた。
宿に帰ったのは夕方で、夕食までまだ少し時間があると知った総士郎は、部屋の洗面台の扉とポルゾンにあるチート小屋をつないだ。扉を開けて繋がっていることを確認すると、モノはズカズカと入っていきベッドに倒れこんでしまう。
「あ゛~~、落ち着く」
「何? よっぽど気に入ったの?」
「床がうるさい、防音がなっていない、人気が多い、シーツのハリが悪い……いいことなんて一つもないな」
ボロクソにのたまうモノに苦笑した総士郎は、置いてある豆を挽きコーヒーを入れる。香りに気づいたモノが「小生も」と言ったのを聞き二人分をカップに入れ、一つをモノの前に置いた。
「……」
買ってきた本を並べながらコーヒーを飲む。順番に本棚に並べていくと、ふとあの本が手元に残った。
「モノー」
「何だ」
「この本なんだけど」
《鑑定眼》でも《解析眼》でも何回視ても「封印中」の三文字がついている、モノ曰く「吸血女帝が封印されている」本。総士郎はよく読んでいる創作小説などの展開を思い出してみた。
1.封印を解いたパターン
この場合、故意であってもそうでなくとも、まず間違いなく解いた直後に襲いいかかってくることが予想される。そして超チート級バトルを繰り広げ、なんやかんやの後に主人公が勝利、仲間になると考えられる。
2.封印を解かなかったパターン
この場合だと夢に出てくることがまず考えられる。現実か夢世界かに分かれるが、どちらにせよ戦うことに変わりはない。「主人公の精神力」とやらが試されたりすることが多く、結局のところは主人公が勝つ。ただし、吸血女帝とやらが夢の世界ではグラマーで妖艶な美女だったにもかかわらず、現実で目を覚ますと幼女化していた、というのがよくある傾向。
他にもいくつか考えられるがよくあるのはこの二パターンだろう。そしてどちらにせよ、「戦う→勝つ→仲間になる」が一般的だ。『主人公だから』と言ったらそれまでだが、ハーレム主人公にありがちな「敵の女性が仲間になる」は恐らく自分には当てはまらないだろうと総士郎は考えていた。なぜなら自分は「一般人」で「モブキャラ」だからだ。
だとすると封印を解くことは鬼門だといえる――
そこまで考えた総士郎は無言で本に手をかざし、たった一言だけ唱えた。
「《封印》」
本が一際輝いたかと思うとその光は一瞬にして霧散した。そして本を持ち上げて外に行くと、遠くに思いっきり放る。《強化》した目でも視認できなくなる所まで行くと手を向けて再び唱えた。
「失われる世界の一欠けら《ワールド・オブ・ジ・エンディング》」
風の音が一瞬やんだかと思うと本を中心に爆発音が響き渡る。無言で張っていた結界のおかげで総士郎自身に全く影響はないが、煙が晴れるとそこには巨大なクレーターができていた。
「はい、オワリ」
小声で呟くと一瞬の後にすべてが「無かったこと」、すなわち何事もなかったかのように草原に戻る。それを確認すると、踵を返して小屋に戻った
「……言ってて恥ずかしくなかったのか?」
「恥ずかしいに決まってんじゃん! でも仕方ないでしょ!? なんか言いたくなるんだから!」
小屋に戻ってくるなり自分に抱き付いた総士郎を、モノは呆れた目で見る。その顔は耳まで真っ赤にしており、目には生理的食塩水まであった。
「なんで調子に乗ると言っちゃうんだろう……」
「人類は永遠に中二病を患ってるってことじゃないのか。小生には関係のないことだな」
「慰めてよ!」
普段は飄々としているのに何でこういう時は……とモノは思わざるを得なかった。自分の主人は思わぬところで繊細なのである。