10. 嫉妬
そこまで一気に喋ると、音無は少し疲れたかのように口を閉じた。
「拓君、何かあった?」僕は訊いた。
「ごめん、安井、大丈夫だよ、…家に帰ってから彼のゲームをずっとやっていた」
「どうだったの? すごかった?」
「すごい? そう、ある意味すごいと言えばすごい、…中学生でRMTを開発したなんて天才だよ、いや、違う、中学生だったから天才なわけじゃなく、RMTを作ったから天才、その天才が一生懸命作っているゲームだよ」彼は間を置いた。「それが、―どうしようもないクソゲーだった」
「え?」
「確かに、あれを一人で作れる技術を持っている人間は見たことがない、でもね、そうだな、…例えるなら、すごくカッコいい建物を設計した人がいるとする、その人が、一から全部一人で建物を建てたいと思い立って実際に建てちゃうんだよ、今の大工は役割が細分化されて専門的になってしまって一人で家を一軒建てられる人はほとんどいないと聞いたことがある、問題はその家自体が凡庸で何の魅力もないことだよ、建てた後にどうやって売ったらいいかわからないと嘆いている、そう見えたよ」
「じゃあ、もう終わった人ってこと?」
彼は質問に答えない。僕は意地悪を重ね、答えがひとつしかない質問をした。
「彼がそのクソゲーを作ることになったのはなぜだろう? 誰のせいだろう?」
「そりゃあ、あの奥さんのせいだよ、ゲームのことを知らず、天才を理解しない、オレは今までにあそこまで『浮世離れ』という言葉が似合う人間を見たことがない、家庭的な雰囲気が全くない、家庭が似合わない人だよ、それがまさか結婚しているなんて」
「拓君、よくわかったよ」
「何が?」
「嫉妬だよ、拓君はその奥さんに嫉妬してる」
「嫉妬じゃない、絶対に違う」音無は激しく否定する。図星だ。「彼の才能がこのまま埋もれるのが惜しい、オレは本気でそう思ってる」
「じゃあ、奥さんの方を説得してみる? 彼があんなつまらないゲームの開発に没頭しているなんて日本のゲーム業界の損失です、って訴えてみる?」
「そんなこと言えるわけない」
「まあ、言っても無駄だと思うよ、…愛人が男に向かって私を取るか奥さんを取るかはっきりして、と言うのはありだけど、愛人が奥さんに向かって、あの人があなたと一緒にいるのは社会の損失だから別れてよ、って言わないだろう、奥さんは絶対に納得しない、まとまるものもまとまらなくなる」
「そういうことじゃない、違うよ、安井、彼は終わってなんかいない、だって天才だよ、天才には輝ける場が必要なんだ、…いや、それも違うな、天才なんかじゃないよ、彼は神だよ」
「神?」
「そうだよ、神だよ、神の創造物にはろくでもないものがたくさんある、そう、神だからろくでもないものを作ってしまう、…だから、オレが、その神を救うんだ」
「拓君が神を救う?」
「そうだよ、オレが神の僕として彼をゲーム業界に連れていく、」
「神の僕? どうやって?」
「説得するしかない、誠心誠意頭を下げればどうにかなるよ、自称コミュニケーション障害ならちょうどいい、オレがマネジメントやればいい、そうすればオレもまたゲームと関われるし、あの業界に居場所を作れる」
「やる気になるのはいいことだけど、できないことをやろうとしてない?」
「何が?」
「たぶん、ゲームは簡単なものなら子供でも作れるでしょう?」
「うん」
「そういう誰にでもできることに彼は向かないんじゃない? RMTみたいに世の中にないものを作るのが彼の役割だと思わない?」
「確かにそうかも、そこは考えないと…」
「それから、プランBも考えた方がいいよ、もし彼が拓君の申し出を断ったとしよう、例えばゲームは妻のためだけに作りたいとか言ってね、それで諦めるのはもったいないよ、もともとビジネスのセンスはある人なんでしょう? そもそも天才だし」
「確かに…」
言葉の続きを待ったが、何も返ってこない。彼は明らかに興奮気味だったが、僕がプランBという言葉を持ち出したことで、少し頭が冷えたみたいだ。
「あっちはどう? 相変わらず写真だと自分の顔が老人に見える?」僕は話題を変えた。
「相変わらずだよ、考え出すとものすごく辛い、自分が自分ではなくなっていく気がする」
僕は彼の痛いところを突いた。正直な気持ちを吐露した彼の声から精気が消えていた
「前は朝起きてスマホで写真撮って、今日こそはって期待したけど、ガッカリすることがわかったからもうやめた」
「そうなんだ…」
「だから」彼は苦笑して言った。「慣れてきたよ、最近」




