1.ゲイと嫉妬
―あらゆる大義は運動としてはじまり、事業となり、詐欺に転じる―
“Born to Run” Christopher McDougall
「安井にしかできない相談がある、会って話せない?」
医者になって初めて、高校時代の友人である音無拓から連絡をもらった。頼られたことが素直に嬉しかった。
一定数の人は僕をゲイだと思っている。女性と付き合ったことはあるが、美容外科医だからよけいにそう思われるのだろう。女性は綺麗なものを愛する同志のようなものだ。好きになる相手が男か女かは、僕にはたいして重要なことではない。
今でこそ年齢に追いついたが、僕は童顔で背が低く、高校時代は小学生に間違われそうな見た目をしていた。有希という名前から、「ユキちゃん」とからかわれることも多く、からかわれるとすぐに赤くなった。音無も僕をからかっていた一人だが、時々、放課後に数学を教えてほしいと頼んできた。彼は僕の言うことを真剣に聞き、僕の指示を忠実に守った。彼には感謝をしなければいけないことが二つある。一つは、数学を教えたことで、少しずつ外見のコンプレックスを克服できたこと。もう一つは、ゲイと思われてもかまわないと思えたこと。
僕は彼が好きだった。
成人式を終えた午後に高校の同窓会が開かれた。大人になって初めて、房総半島の南に戻った。予想さえしなかったが、学年で唯一医学部に現役で進学した僕を女子たちが取り囲んだ。最初はいい気分だった。でも、女子の輪の中に一人でいるのは初めての経験で、だんだんと居心地が悪くなり、音無を見つけてその場を逃げ出した。彼は、他愛のない大学生活を面白おかしく語った。他愛のない話でさえこんなに面白い。もっと面白い経験をしたら彼の話がどうなるのだろう。僕は笑いながら、夢中に話す彼の口元を見つめていた。
会が終わり、数人の女子が音無に「安井君って、音無君のことが好きなのよ、私全然相手にされなかった」と不満を述べるのが耳に入った。嫉妬はするよりされる方が楽しい。女性からゲイだと思われる楽しさをその時初めて知った。
高校の同級生の都内での集まりに何度か誘われ、出かければ音無の話を聞くのが一番の楽しみだった。やがて彼らは卒業して就職し、大学生活が残っていた僕は忙しくて都内に出る時間がなくなり、自然と疎遠になった。音無はゲーム制作会社に就職したと聞いた。連絡をくれたのだから、彼は僕の今の仕事を知っている。




