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第二弾「開かずの部屋」

⚠︎良ければブックマーク、評価の方よろしくお願いします。

本作品はフィクションです。


作中に登場する人物、団体、国家、歴史、宗教、制度等は全て架空のものであり、実在のものとは関係ありません。


また、歴史上の出来事や文化を参考にした表現が含まれますが、特定の国家、民族、宗教、個人を描写または評価する意図はありません。









──翌日。


いつも通りの平和な日常を繰り返す。

朝になれば目を覚まし、

制服に袖を通して学校へ向かう。

昨日の国境で死んだ百十三人のニュースがあっても、

どこか遠い場所の出来事として流されていく。

それがこの国の平和だった。





「では次の問題です」

先生の声が教室に響く。

私はノートにペンを走らせた。


宗教学。

現代社会学。

家政学。

礼儀作法。


授業はいつも通り進んでいく。

窓の外では風が木々を揺らしている。

平和な昼下がりの静けさに、

昨日感じた違和感も少しずつ薄れていった。




結局女である私にできることなんて何もない。




祖母の言う通り、女である私は静かに生きていくんだ。

ましてやただの学生である私には、

何かを考えたところで変えられるわけじゃない。

そう言い聞かせながらその日も過ごした。





放課後。


いつもの帰り道を歩いていた。

革命記念碑が夕日に照らされている中央広場を通って住宅街へ入る。


いつもの景色。

いつもの道。

いつもの帰宅時間。



「ただいま」

家の扉を開けた。


「⋯⋯」


けれど返事がなかった。

つい首を傾げる。


「おばあちゃん?」

静かだった。

台所にも人の気配はない。

鍋の音も、テレビの音も、何も聞こえない。


「買い物かな……」

そう呟く。

祖母は時々夕方まで買い物に出ることがある。

だから最初は気にしなかった。


鞄を置き、自室へ向かう。

制服を脱ぎ、椅子に腰掛けた。

本を開く。



「⋯⋯」

数十ページ読んだ。

けれど内容が頭に入ってこない。


妙に落ち着かなかった。

時計を見るがまだ帰っていない。

外を見ると夕日も沈もうとしている。

住宅街には明かりが灯り始める。


夕飯の匂いが漂う時間なのに、

祖母はまだ帰ってこなかった。



「……さすがに遅いな」

嫌な予感がして胸の奥がざわつく。


立ち上がって玄関へ向かう。

そして靴を履いた。


「おばあちゃん!」

返事をする相手はいない。

それでもそう言わずにはいられなかった。



冷たい夜風を肌に感じながら私は走り出した。


商店街。

広場。

市場。


祖母が立ち寄りそうな場所を片っ端から探す。

「すみません! 祖母を見ませんでしたか?」


誰に聞いても首を振られる。

空がどんどん暗くなっていく。

走り続けたがそれでも見つからない。

嫌な予感だけがどんどん大きくなっていく。

息が切れる。

足が痛い。

それでも走った。


ひたすらに。


ひたすらに。


ひたすらに。




そして――。

街外れの裏通りへ差し掛かった時だった。

妙な人だかりが目に入った。


十人?二十人くらいだろうか?

皆、何かを囲むように集まっていた。

ざわざわと騒ぐ声が聞こえる。


「ひでぇな……」

「だから言ったんだ」

「異能者様にぶつかったとかなんとか……」

「おばあさんだったらしいぞ」

その言葉に私の足が止まった。


「えっ?」

鼓動が大きく鳴る。

嫌な汗が背中を伝った。


「なんでも異能者様にぶつかったらしい」

「それでここまでやるか……」

「黙れよ。聞かれたらどうすんだ」



人々の声が耳に入る。

聞きたくない。

聞きたくないのに。

体が勝手に前へ進んでいく。


人混みの隙間から見える地面。

誰かが倒れている。


震える足を無理やり動かした。

そして恐る恐る人だかりの中へ足を踏み入れた。



そこに横たわっている顔を私は知っていた。



毎朝。

毎晩。


家に帰れば必ず迎えてくれた顔。


ご飯はちゃんと食べたのかと聞いてくる顔。


寒くないかと心配してくる顔。


余計なことばかり考えるんじゃないよと笑う顔。


私のたった一人の家族。



───祖母だった。



「……え」

声が出なかった。

頭が理解を拒んでいた。


買い物袋は破れ中身が散乱している。


パンや野菜。

そしてお肉もちらほら。

今日の夕飯になる予定だった食材。

それらが無造作に踏みつけられていた。



「……おばあ、ちゃん?」

返事はない。

動かない。


いつもなら、

『おや、どうしたんだい?』

そう笑ってくれるはずなのに返事がなかった。


「嘘……」

すると後ろから野次馬が声を掛けてくる。


「お嬢ちゃん、その人異能者様にぶつかったらしい」

「運が悪かったな」

「だから前を見て歩けって……」


聞きたくもない言葉が耳に入ってくる。

まるで雨のように、無責任にたくさんの声が襲う。



「黙れ!!!!」

気付けば叫んでいた。


けれど誰も聞いていない。

皆、他人事だった。


今日の夕飯の話でもするみたいに、

明日の天気でも語るみたいに、

祖母の死を口にしていた。



「黙れよ……」

体が震える。

怒りなのか。

悲しみなのか。

恐怖なのか。

私も分からなかった。

ただ胸の奥が焼けるように熱かった。



どうして。


どうして祖母が?


どうして異能者は許される?


どうして誰も怒らない?


どうして皆、当たり前みたいな顔をしている?


どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。

どうして。


どうして――。



膝から力が抜ける。

視界が滲んだ。

それでも涙は何故か出なかった。


泣いたら現実を受け入れてしまった気がして。

泣いたら本当に一人になってしまう気がして。




「いやぁぁあああぁぁぁぁぁ!!」







それから私は走った。

どこへ向かうわけでもなくただ走った。


広場を抜けて、商店街を通り、知らない路地へ入る。


息が切れる。

足も痛い。

それでも足は止まらない。


止まったら考えてしまうから。

祖母との楽しかった日々のことを。


あの顔を。

あの声を。

そしてもう二度と聞けないという現実も。


だから走った。

ひたすらに。


けれどどれだけ走っても、どこまで行っても、

結局帰る場所は一つしかなかった。




気付けば家の前に立っていた。

見慣れた古い建物。

錆びた手すり。

色褪せた壁。

そして少し剥がれた扉。


ゆっくりと扉を開けた。


ギィ─と音が鳴る。


「……ただいま」

返事はなかった。

当たり前だ。

返してくれる人はもういない。


部屋の中は暗かった。

テレビの音もない。

鍋の音もない。

誰かが歩く音もない。

無音だった。


昨日まで当たり前だったものが全部なくなっていた。

部屋の真ん中で立ち尽くす。



唯一の家族がいなくなった。

母も父もそして祖母も。

もう私の周りには誰もいない。


こんな事があっても私には何もする権利がない。

異能者に殺されても文句一つも許されない。

国に抗議もできない。

戦うこともできない。




───私が女だから。



───それがこの国の平等だから。




静かに生きろ。

余計なことを考えるな。

女は黙って生きるものだ。


祖母の言葉が頭の中で響く。

違う。

祖母は悪くない。

祖母は私を守ろうとしていた。

でも――。




「これが……」

声が震える。

「これが静かに生きるってことなの……?」




誰も答えてくれない。

暗闇だけがそこにあった。

胸の奥に溜まった何かが限界を迎える。


怒り、悲しみ、絶望。

負の感情が全部が混ざり合う。

拳を握り締めた。


そして腹の底から叫んだ。

「わあああああああああああああああああああああっ!!」


声が部屋中に響く。

机の上のものを投げ捨て、壁にぶつかり、テレビも倒した。


女である私に出来ることは八つ当たりだけ。


何も変わらない。

なんて情けないんだ。

それでも叫ばずにはいられなかった。





気付けば床に倒れ込んでいた。


いつ泣き止んだのか。

いつ横になったのか。

覚えていない。


ただ体も心も限界だった。

祖母のいない家。

昨日まで当たり前だった日常が、

一日で壊れてしまった現実。

それらから逃げるように、

眠りへ落ちていった。





目を開けると薄い光が窓から差し込んでいた。


体が重い。

頭も痛い。

それでもゆっくりと起き上がった。


時計を見ると針は昼を過ぎていた。


「……」


静かだった。

いや、静かという言葉では足りない。

無音だった。

この家から生活の音そのものが消えていた。


しばらく天井を見つめていた。

起き上がる理由が見つからない。

学校も、勉強も、将来も、

もう何もかもがどうでもよかった。



ただ胸の中にぽっかりと大きな穴が空いている。

祖母との思い出が次々と浮かんでは消えていく。


料理を教えてもらった日。

一緒に市場へ行った日。

風邪を引いた時に看病してくれた日。



そして──。

『あの部屋だけは開けるんじゃないよ』

ふと、その言葉を思い出した。

祖母が何度か口にしていた言葉。


家の一番奥にある扉。

物心ついた頃から存在していた。

けれど中へ入ったことは一度もない。

祖母は理由を教えてくれなかった。

ただ開けるなと言うだけだった。



「……」



立ち上がる。

足取りは重い。

けれど止まらなかった。


廊下の奥。

その扉の前へ立つ。

古い木製の扉。

何年も触られていないのか、

薄く埃が積もっている。


祖母との約束。

本当なら守るべきなのかもしれない。

でも祖母はこの世にはもういない。


ゆっくりと手を伸ばした。

ドアノブを握り、そして回した。


ギィー……。


長い年月を閉じ込めていたような音が鳴る。





部屋の中は薄暗かった。

窓にはカーテンが掛かっている。

広さは私の部屋と変わらない。

ベッドに机と本棚。

それだけの質素な部屋だった。



「……?」



拍子抜けした。

部屋に入るなと言われていただけに、

もっと特別なものを想像していた。

けれどそこにあるのは普通の家具ばかりだ。


本棚へ近づく。

並んでいるのは古い本ばかりだった。

裁縫、料理、宗教学、礼儀作法。

祖母らしい本ばかりだ。


だが一冊だけ、明らかに雰囲気の違う本があった。


分厚い。

そして革張りの表紙。

金属の縁で補強されている。

まるで宝物のように大切に保管されている本。


私は無意識に手を伸ばしていた。

ずしりと重い。


埃を軽く払い机の上に置いた。

そして表紙を改めて見た。


挿絵(By みてみん)


書かれている文字をゆっくりと読み上げる。





「…… Genealogy of the House of Bourbon」

 




ブルボン家の家系図⋯⋯。


眉をひそめる。

どうして祖母がこんな本を持っているのだろう。


そしてゆっくりと表紙を開いた。








Re:カースト

―銃声のない世界へ―


挿絵(By みてみん)

次回、クロエが見つけた家系図を開くと、そこには衝撃の事実が記されていた。そして最後の祖母の言葉を受けたクロエがとった行動とは⋯⋯?


第三弾「託されたもの」

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