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第一弾「平等の国」

⚠︎良ければブックマーク、評価の方よろしくお願いします。

本作品はフィクションです。


作中に登場する人物、団体、国家、歴史、宗教、制度等は全て架空のものであり、実在のものとは関係ありません。


また、歴史上の出来事や文化を参考にした表現が含まれますが、特定の国家、民族、宗教、個人を描写または評価する意図はありません。








──革命は平等をもたらした。



教室の黒板に書かれた文字を見上げながら、

私は小さく欠伸を噛み殺した。


午後一番の現代史の授業。

春の陽射しが窓から差し込み、教室の空気を心地よく温めている。

こんな日は授業なんて聞かずに昼寝でもしたいところだが、残念ながらそうもいかない。

教壇に立つ現代史の教師は、教科書を片手に黒板へ文字を書き連ねていた。


「では次のページを開いてください」

ガサガサと紙をめくる音が教室中に広がる。


「本日は革命史です。

皆さんも知っての通り、我が国は革命によって平等を実現しました」


黒板に大きく書かれた文字。




【革命による平等の社会】




その横には教科書にも載っている有名な肖像画がいくつも貼られている。


革命を成し遂げた英雄たち。

そして国を救った異能者と呼ばれる偉人たちの顔だ。



──────────

《異能者》

それは神に近い者を指す。


人は欲望を断つことで神に近づくと言われる。

そのため、30歳まで純潔を守った男性だけが神の祝福を受けられる。

そして何らかの異能を得ると言われている。

──────────



「革命以前の社会では、身分制度による差別により戦争や犯罪が横行していました」


教師の声が続く。

「しかし革命によって特権階級は打倒され、人々は平和な権利を得たのです」


教室の前列では何人かの男子が真面目にメモを取っている。

異能者に憧れる男子は多い。


軍人。

政治家。

企業の経営者。


この国で偉業を成し遂げる人物の多くはほとんど異能者だった。



「革命の英雄である七賢人は――」

教師が肖像画を指し示す。

整った軍服姿の男。

厳格そうな表情の男。

優しげな笑みを浮かべる男。

誰もが教科書で見たことのある顔だった。


「彼ら異能者は己の欲望に溺れず、我々人類の未来のために戦いました」

教室のあちこちから感嘆の声が漏れる。

そんな中、私は頬杖をつきながら肖像画を眺めた。


今日だけじゃない。

今まで何度も見てきた。

この国の英雄。

革命の立役者。

偉大な異能者たち。



けれど――。

そこに女性の姿は一人もいない。

女性は異能者にはなれない事が、生まれた瞬間から既に決定しているのだ。



私はゆっくりと視線を外した。

教師の声はまだ続いている。

「革命によって我々は平和を手にしました。革命によって我々は平等を手にしました」



【平和】と【平等】



聞き飽きるほど耳にした言葉。

私は窓の外へ目を向けた。

青空が広がっている。

校庭では男の生徒たちが軍練をしていて、風に揺れる木々の葉が陽光を反射していた。


どこから見ても穏やかな昼下がり。

誰もが平和だと言うだろう。

けれど私は窓の外を見つめながら、心の中で小さく呟いた。




───平和、ねぇ。





キーンコーンカーンコーン。

授業終了の鐘が鳴る。

同時に教室の空気が一気に緩んだ。


「やっと終わったー」

「今日は軍練だっけ?」

「帰りに寄り道しようぜ」


あちこちからそんな声が聞こえてくる。

私は教科書を鞄にしまいながら席を立った。

勉強は嫌いじゃない。


ただ、今日みたいな話は苦手だった。



革命。

平等。

平和。



教科書の中では綺麗な言葉ばかり並んでいる。

でも現実はどうだろう。

そんなことを考えながら教室を出た。

校門を抜けいつもの帰り道を歩く。


商店街を抜けると中央広場が見えてきた。

街で一番大きな広場。

そして革命記念碑が建てられている場所でもある。


挿絵(By みてみん)


高い台座の上には七賢人の銅像。

空へ向かって剣を掲げる男。

その足元には大きな文字が刻まれていた。




───全ての人は平等である。




何度も見てきた言葉だ。

けれど今日はなぜか目に留まった。

その時だった。


「申し訳ありませんでした!」

甲高い声が広場に響く。

振り返ると、女性が泣きながら男性に頭を下げていた。

大きな荷物を抱えていたせいで、通行中の男性にぶつかってしまったのだろうか。

辺りにはその女性のものと思われる果物やパンが床に転がっている。



「気を付けろ」

男性は不機嫌そうに、その女性の服に唾を吐き捨て去っていった。

女性は何度も頭を下げている。

周囲の人間は誰も止めない。

見慣れた光景だからだ。


私は足を止めた。

銅像を見上げる。



──平等。



その文字を見下ろすように立つ英雄たち。

そしてその真下で頭を下げ続ける女性。


何だか変な気分だった。

革命は平等をもたらした。

教師はそう言っていた。


なら──。


私は銅像から視線を外し小さく呟いた。



「いったい誰にとっての平和なんだろう」

 


春の風が吹く。

誰も私の言葉には気付かなかった。

広場には子供たちの笑い声が響いている。

露店の店主が客を呼び込んでいる。

空は今日も青い。

今日も街は銃声が鳴ることはなく平和だ。

少なくともそう見える。


私はそのまま家へ向かって歩き出した。





二階建ての小さな建物。

外壁は所々色褪せ、階段の手すりには錆が浮いている。

決して裕福とは言えない。

けれどここが私の帰る場所だった。


ギィ──、と古びた扉を開ける。


「ただいま」

「おかえり、クロエ」

奥の台所から祖母の声が返ってきた。

醤油の香りが漂ってくる。

どうやら夕飯の準備中らしい。


「今日は早かったね」

「普通だよ」

靴を脱ぎながら答える。

祖母は鍋をかき混ぜながらこちらを振り返った。


白髪交じりの髪。

少し曲がった背中。

私を育ててくれた、たった一人の家族。


「手を洗っておいで。もうすぐ出来るから」

「うん」

短く返事をして自室へ向かう。



六畳ほどの狭い部屋。

勉強机に本棚とベッド。

必要最低限の物は置いてある。


鞄を置き、棚の上へ目を向けた。

そこには二枚の写真が飾られている。



一枚は父。

優しそうに笑っている写真。

もう一枚は母。

とても安心する笑顔でこちらを見つめている。


両親は私が物心つく前にこの世からいなくなった。

死んだ理由は祖母から聞かされた。

あまり良い思いのする理由ではなかった。


だから写真で顔は知っていても思い出はなかった。

それでも私の唯一の両親だ。

この写真を形見に毎日挨拶は欠かさなかった。



「ただいま!」

私はしばらくその写真を眺めていた。


「……」

革命史の授業。

革命と平等。

広場の銅像の下で頭を下げる女性。



色々なものが頭の中をぐるぐると回る。

平等って一体なんだろう。

そんなことを考えていると、


「また難しい顔してるね、クロエ」

祖母が部屋の入口から顔を覗かせた。


「別に」

「別にって顔じゃないよ」

祖母は苦笑する。

そして写真立てへ目を向けた。


一瞬だけ表情が曇るが、すぐにいつもの顔へ戻った。

「お前は余計なことを考えすぎなんだよ」

「余計なことじゃないよ」

「そうかい?」

祖母は部屋へ入り窓を閉めながら言った。


「この国はそういうものなんだよ」

「そういうものって?」

「男には男の役目がある。

女には女の役目がある」

聞き慣れた言葉だった。



学校でも、街でも、テレビでも何度も聞いてきた。

祖母は静かに続ける。

「お前がこの国を変えようとしたって無理な話さ」

私は何も言わなかった。

祖母の言葉に悪意はない。

むしろ心配してくれているのは分かる。

だから反論出来なかった。


祖母は小さく息を吐いた。

そして私の頭をぽんと軽く叩く。

「クロエは優しい子だからね」

「……」

「だから覚えておきな」

祖母はどこか諦めたような声で言った。




「女は静かに生きるものだよ」




その言葉だけが妙に胸に引っかかった。





夕食はいつも通りだった。

野菜のスープに黒パンとじゃがいも料理。


豪華ではないけれど、祖母の作るご飯は好きだった。

食卓の隅では古いテレビが流れている。

祖母は食事中もニュースをつける癖があった。



『続いて国際情勢です』

女性アナウンサーの声が流れる。

私は箸を止めた。

画面には見慣れない国境地帯の映像が映し出されていた。

砂埃に黒煙。崩れていく建物の周りを武装した兵士たちが徘徊している。


『本日未明、南東部国境地帯にて武装勢力との衝突が発生しました』

銃声が響く映像。

誰かが叫ぶ声。

兵士たちが身を伏せる。


『現在までに百十三名の死亡が確認されています』

画面の端には小さく数字が表示される。


百十三。


それが多いのか少ないのか、今の私にはよく分からなかった。

ただ人がたくさん死んでいることだけは分かる。


『政府は異能部隊を派遣』

映像が切り替わる。

軍服を着た男たち。

胸元には異能者を示す徽章。

『現地では既に事態の収束が始まっており――』



「またかい」

祖母が小さく呟いた。

「最近多いね」

「国境はいつだってこんなもんさ」

祖母は慣れたように言う。

黙ってニュースを見つめる。


それでもニュースは平和だと伝えている。

画面の向こうでは銃声が鳴っていた。


教師は言っていた。

革命によって平和を手にしたと。

広場の銅像にも書かれていた。

平等であり平和な国。

皆がそう口にする。



でも──。

私は窓の外を見た。

確かにこの街は平和なのだろう。

少なくともこの街には銃声は鳴っていない。

けれど世界のどこかで誰かが人を殺している。

そして多くの誰かが死んでいる。

 

それなのに。

どうして皆平和だと言えるんだろう。

そんな疑問だけが胸の奥に残った。


私は冷めかけたスープを一口飲む。

そして誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。



「どこが平和なんだろう」

その言葉はテレビの音にかき消された。

       







Re:カースト

―銃声のない世界へ―


挿絵(By みてみん)


次回、平和・平等に疑問を抱くクロエに次なる災難が訪れる。この出来事をきっかけにクロエの疑問は確信に変わっていく。


第二弾「開かずの部屋」

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