第二十八話 安喜県(三)
僕は劉備の元に駆け寄った。
盗賊と劉備のやり取りを見てわかった。盗賊も決して最初から盗賊なわけじゃない。貧困や戦乱のせいで盗賊になってしまった人たちなんだ。
彼らの環境させ整えてやれば、まだまだやり直せるはずだ。
僕はそれを劉備に伝えるべく彼の元に向かった。
「劉備、彼らをこのまま連行することには反対だ。
彼らには更生の機会を与えるべきだ」
息巻く僕に対して、劉備はあくまで冷静に聞き返してきた。
「劉星よ、更生って具体的にはどうするつもりだ?」
僕は冷水をぶっかけられ、一瞬止まってしまった。だが、ここで諦めてはいけない。僕は必死に頭を回転させて考えた。
「そうだな、うーん……。
そうだ!
安喜県の周辺には空き家がいくつもある。それに荒れ果てた田畑もある。
捕らえた盗賊たちをその空き家に住ませ、荒れ果てた田畑を耕させるんだ。そうすれば彼らに新たな生活基盤を与えることができるんじゃないか?」
僕は自身でも名案だと思うこのアイデアを伝えた。
だが、それに対して劉備は渋い顔を見せた。
「なるほど、悪くない案だ。
だが、田畑を耕してもすぐに収穫できるわけではない。その間の彼らの食糧はどうする?」
そこまでは気が回っていなかった。僕は再度、必死に考えた。
「え? えーと、周辺の村の蓄えを分けてもらうとか。それに盗賊の砦にも食糧が蓄えられているはずだ。それを出せばいい!」
だが、その案には劉備は首を横に振って答えた。
「周辺の村に分けるほどの余裕はねぇよ。
それどころか盗賊に奪われて村の分の食糧さえ足りない状況だ。盗賊の蓄えた食糧は村に返してやらねぇと、今度は村が飢えていくぞ」
「そ、それは……」
劉備の正論と、その刺すような視線に、僕は思わず言葉を詰まらせてしまった。
その反応を見て、劉備はゆっくりと話し始めた。
「ここ何年か、冬はめっきり寒くなった。春も秋も無い。夏ですら涼しい日々が続く。
何年か前には六月に雹が降るなんてこともあった。
こんな気候が続くせいで連年、飢饉となってしまっている。
さらに加えて戦乱だ。今や全てを養っていくだけの食糧はない。少なくともこの地域にはない。
だから、盗賊は処刑するか、中央に連行して強制労働させるしかない。この片田舎に奴らを食わせてやるだけの余力はねぇ」
そう言えば、僕がこの世界に来て初めての感想は『寒い』であった。地域的なものかと思っていたが、どうやら相当深刻な状況であったようだ。
劉備は頭を上げてこちらを向き、話し続けた。
「なんで俺が軍団全員を安喜県に連れてこなかったかわかるか?
県尉の稼ぎだけじゃ全員を養えないのもあるが、そもそも百人分の食糧がこの地に無いからだ。
今や国中どこもかしこも食糧難だ。優しさだけで養っていくなんてとてもできねぇ」
ここまで言われては何も言い返すことはできない。
異世界転生なんかでは転生者が出すアイデアでドンドン問題を解決したりするが、なかなか上手くいかないようだ。
僕はすっかり黙り込んでしまった。
その様子を見て、劉備は柔らかな眼差しで僕に話しかけてきた。
「お前の温情もわからんでもない。提案も悪いわけじゃない。
だが、今の俺たちにはできねぇことだ」
「すまない。無理を言った」
僕は彼に謝った。
確かに劉備の言う通り今の僕らの力じゃ到底実現できることじゃない。
だが、それは今できないというだけのことだ。
歴史の通りなら劉備はこの先、もっと高い地位に昇る。そうすれば先ほどのアイデアも不可能ではなくなる。
この世界の人を救うためにも僕は劉備を助けていこう。
ただ、今目の前の安喜県の人たちを見捨てねばならないのだけは心苦しい。
僕が心を痛めているのを察してか、関羽がその会話の中へと入ってきた。
「劉星殿、一度、盗賊に堕ちた者はそう簡単には真面目に働けるようになるものではない。
農民とは苦しいものだ。どんなに頑張っても戦乱や天災でその糧を失う。せっかくの収穫も重い税で取られてしまう。真面目に暮らしてもなお、塗炭の苦しみを味わうのが農民だ。
奪うことを覚えた者に土地を与えたからと言って早々、農民に戻れるものではない」
関羽はそう言って、その大きな掌を僕の肩に乗せる。威圧感があるが、彼なりに慰めのつもりなのだろう。
関羽は最近、劉備軍に加わった人物だ。後に天下に名を轟かす人物なだけあって、既に武芸の腕は一流だ。
だが、それ以上に経験豊富なのか、色々なことを知っている。今回の盗賊討伐も彼の知識に随分助けられた。
それは劉備も感じていることで、彼は関羽に改めて感謝を伝えた。
「関羽、この度は君の働きが大きかった。君の知見が無ければ今回の捕縛は成功しなかっただろう」
今回はほぼ関羽の立てた作戦に従って戦った。そのおかげで誰も逃がすこと無く盗賊を一網打尽に出来た。
今回の功績第一が関羽であることは、誰もが認めるところであった。
「盗賊というのは余程の大規模でない限りは県兵と真正面から戦うことはありません。
奴らのやり方は大体どこも同じです。村々を襲い金品や女を奪う。県兵が来るとすぐに退散し、その道中で奪った金品や女の一部を捨てて逃げる。そうすれば県兵は金品や女を我が物にしようと拾うのに躍起になって、その隙に逃亡してしまう」
関羽はそう僕らに語って聞かせた。
彼の言葉に僕は思わず反応してしまった。
「県兵なのに金品とかを自分のものにしてしまうのか?」
ここで言う県兵は警察のことだ。関羽の口ぶりでは、その警察が奪い返したものをネコババしてしまうということだ。
だが、僕の問いに、関羽は笑いながら答えた。
「劉星殿、県兵にあまり期待しないほうが良い。
県兵も盗賊も同じ。元をたどれば村の食い詰め者に過ぎない。運の良い者が兵士の仕事にありつけ、悪い者が盗賊に身を落とす。根本はそう変わるものではない」
「県兵も盗賊がいれば臨時収入を得ることができる。
だから、本気で取り締まる者は少ないってことだ」
そう言って話に入ってきたのは劉備であった。彼はさらに語り続けた。
「だが、俺は県尉で一生を終えるつもりはねぇ。だから、本気で取り締まる。
そのためにお前らを連れてきた。お前らが目を光らせていれば、県兵もそう手を抜かんだろう」
そう語る劉備に、関羽は進言した。
「ならば、今回教えた私のやり方が良いかと思います。
盗賊の情報を集め、奴らが村を襲撃する前に参上すれば、目眩ましにばら撒く金品はありません。
そして、逃亡することを前提に、その逃亡先を予想して兵を配置する。
そうすれば大方は捕らえることができるはずです」
それからの僕らは関羽の作戦に従い、盗賊を取り締まっていった。
普段から近隣の村々を回り、村民を慰撫しつつ盗賊の情報を収集する。盗賊が動きそうな気配を感じると、いち早く出動する。砦の位置がわかるならそれごと取り締まる。
そうやって僕らは次々に周辺の盗賊を捕縛して回っていった。
こうして安喜県は赴任してわずか二、三ヶ月の間に随分と平和になった。
そんなある日、僕らの元にとある一報を伝えられた。
「おい、大将。どうやら近々ここに督郵が視察に来るらしいぞ」
そう言いながら駆け込んで来たのは、劉備軍の裏方担当・簡雍であった。
「督郵……ああ、州の視察官か。俺たちの仕事ぶりを見ようということか。
よし、俺たちの有能な仕事ぶりを見せつけてやるか」
その報告に大将・劉備はカラカラと笑って、余裕の態度を見せる。
だが、僕は『督郵』という言葉に引っかかった。
その言葉は前世で読んだ三国志の物語に登場していたはずだ。
「督郵……安喜県……思い出した!
確かこの先の展開は賄賂を要求した督郵をぶん殴るんだ。
まずい! このままじゃ劉備が、僕たちが無職になる!」
僕はここでようやく、ここがどういう場所なのかを思い出した。
――ならば、やることは一つだ。
あの事件を“知っている者”として、最悪の結末だけは避けよう。
歴史に流されるのではなく、歴史を変える。
それが、この世界に転生した僕の役目、そして、僕しかできない仕事だ。
たとえ、その先に何が待っていようとも。
この先にもいくつもの困難が待っているだろう。僕の知識と技術があればきっと乗り越えられるはずだ。
《第一部 終わり》
本話をもって、本作第一部「張純の乱編」は一区切りとなります。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
本作の続きについては、現在別の場所でも掲載を行っております。内容や更新の進行状況に違いがある場合がありますので、詳細は作者プロフィール及びX等をご参照いただければ幸いです。
トベ・イツキXアカウント
https://x.com/tobeitsuki
↑作者のtwitterアカウントです。
この作品の続きの話や三国志のことを話してます。よければよろしくお願いします。
今後とも本作をよろしくお願いいたします。




