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転生、千里を駆ける〜乱世最速の男の三国戦記〜【第一部】  作者: トベ・イツキ


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第十四話 石門の戦い(七)

「ブチッ!」という音とともに右足の鐙(あぶみ)が切れ落ち、馬上の僕はバランスを失った。


「しまった!」


 敵の烏桓(うがん)の男はその一瞬の隙(すき)をつき、矢を構える。


「しめた!」


「させるか!」


 後ろに隠れる仲間の董機(とうき)は敵に矢を射掛け、僕の援護をしてくれる。


「無駄だ」


 しかし、敵の神憑(かみがか)り的な弓術で、飛んできた董機(とうき)の矢は彼の矢で射落とされてしまう。

 そして、敵はすぐに次の矢を番(つが)えて僕に狙いを定める。


 董機(とうき)の一矢は僅(わず)かな時間稼ぎにしかならなかった。


「もはや、ここまでか!


 いや、ここで終わるわけにはいかない!」


 だが、その董機(とうき)の稼いでくれた僅(わず)かな時間が僕に次の一手を打つ時間を与えてくれた。

 僕は倒れ込みながらも、手綱を引く。身を大きく乗り出し、真横に倒れるかのような姿勢で体重をかけ、愛馬・彗星(すいせい)を右に大きく引っ張った。


 引っ張れた彗星(すいせい)は右に大きく退け、敵の一矢は空を抜け、虚(むな)しく地面へと突き刺さった。


「あんな避け方を漢人(かんじん)がするのか!


 奴は烏桓(うがん)か鮮卑(せんぴ)の血でも引いているのか!」


 烏桓(うがん)の男は目を見開き、歯軋(はぎし)りしながらこちらを見ている。


 僕もあんな避け方が出来るとは思わなかった。まだ左足の鐙(あぶみ)が残っていたから出来た芸当だろう。

 鐙(あぶみ)に足を引っ掛けた状態だからこそ落馬せずに済んだ。鐙(あぶみ)も無しにあんな曲芸染みた乗り方はとても出来るものではない。


「彗星(すいせい)、よく耐えてくれた」


 僕は手綱を引き、左の鐙(あぶみ)に体重をかけて姿勢を直した。


「だが、次はない!」


 敵は驚異の連射力を誇る弓の名人。すぐに次の矢が僕らを狙う。


 しかし、先ほどは上手く避けれたが、次も成功する保証はない。相手の矢が尽きるまで逃げ続けるのか。気力も集中力もいい加減限界だ。こちらに反撃する手段があれば……。


「次こそトドメだ!」


 烏桓(うがん)の男が矢から手を離そうとしたその時、一人の男が僕らの間に割って入って現れた。


「二人共、そこまでだ!」


 割って入ってきた男は、歳は僕とそう変わらない二十代前半くらいの若さ。身長は百六十センチほど。横幅は大きいものの、随分と体格のずんぐりした男だ。今まで戦っていた男のスマートさと比べると、かなり真ん丸な男だ。


 格好は烏桓(うがん)特有の赤い服、重厚な鎧。円錐形の尖(とんが)り兜(かぶと)の頭頂部には赤い羽が靡(なび)いている。

 さらには乗っている馬も全身鎧(よろい)で覆(おお)われている。

 その姿から彼が烏桓(うがん)の有力者であろうことは予想のできる。

 それもかなりの上位の人物であろう。


 そのずんぐりした全身鎧(よろい)の男の「そこまで」の掛け声とほぼ同時に、先ほどまで僕を狙っていた烏桓(うがん)の男は構えていた弓を下ろしていた。

 彼が今まで戦っていた烏桓(うがん)の男の上司なのだろうか。

 そのずんぐりした男は僕に向かって話し始めた。


「私は烏桓(うがん)族の蹋頓(とうとん)。


 この男の主君でもある。


 君はその女性がどういう人物か知っているのか?」


 その蹋頓(とうとん)と名乗ったずんぐりとした男は、僕の後ろに乗せた娘を指差して尋ねてきた。


「本人から聞いて知っている」


 僕は彼女が乱の首謀者・張挙(ちょうきょ)の娘で、その身代わりとして利用されていたことを既に聞いている。それを気の毒に思い、逃がそうと思った矢先に先ほどの男の襲撃を受けた。


 後ろの彼女も同意するように頷いてくれている。


「それで、それを聞いてどうするつもりだ?」


 蹋頓(とうとん)はさらに僕に尋ねた。


「彼女を死なすには忍びず、そのまま逃がすつもりでいた」


「本当です。この人は私を遠くに逃がそうとしてくれました」


 僕と彼女は正直なところを蹋頓(とうとん)に答えた。


 その答えに、蹋頓(とうとん)は目を瞑(つむ)り、少し考えるような態度をとった。


「なるほど。


 私は烏桓(うがん)王・丘力居(きゅうりききょ)の従子(おい)です。貴女のことについては既に従父(おじ)から聞き及んでおります。


 私たちは貴女の逃走に協力致します。どうぞこちらに」


 事情を知った蹋頓(とうとん)は僕らに協力する旨(むね)を申し出てくれた。

 だが、その申し出を素直に信じて良いものか、僕には判断しかねた。


「貴方たちを信じて良いのか?」


 僕の問いかけに、蹋頓(とうとん)は笑顔を見せながら、先ほどまで戦っていた烏桓(うがん)の男を指し示しながら答え出した。


「殺すつもりならこの男の矢が彼女を狙っていたはずです。


 そうでないのは貴方がよく知っているでしょう」


 それはそうかも知れない。彼女を亡き者にしたいのなら、先ほどの烏桓(うがん)の男の弓の腕なら彼女の方を狙っていたことだろう。しかし、男の矢は僕を狙っても、決して後ろの彼女に向けられることは無かった。


 しかし、だからといってこのまま彼女を渡してしまっていいものか。


「劉星(りゅうせい)、その娘を渡してやりな」


 僕が迷っていると、いつの間にか茂みから出てきた劉備(りゅうび)が直ぐ側までやって来ていた。


「しかし、劉備(りゅうび)……」


「今、張挙(ちょうきょ)を失っても烏桓(うがん)には得もねぇ。


 それに漢人(かんじん)に加えて、烏桓人(うがんじん)まで敵に回せばその娘の生きる場所は無くなっちまう。その娘の安全を思えば烏桓人(うがんじん)を味方につけるべきだ」


 劉備(りゅうび)の言い分も尤(もっと)もだ。漢(かん)からも、烏桓(うがん)からも追われて、一体、彼女を何処に逃がすのか。


 だが、僕は念の為、後ろを振り返り彼女に尋ねた。


「君はそれで大丈夫か?」


 彼女の心は既に決まっているようであった。


「はい、その方の仰る通り、烏桓(うがん)を信じようと思います。烏桓(うがん)には以前より良くしていただいておりました。丘力居(きゅうりききょ)様も私の事情を知っております。


 この身を烏桓(うがん)に委(ゆだ)ねようと思います」


「わかった。君がそう決めたのなら従おう」


 僕は納得し、彼女を彗星(すいせい)より降ろした。


 そこへ先ほどまで戦っていた弓の名人の烏桓(うがん)の男が僕の前へと進み出てきた。彼は僕に向かって叫んだ。


「私の名は魯昔(ろせき)!


 蹋頓(とうとん)様の部下、獣士衆(じゅうししゅう)の衆夫長(しゅうふちょう)を務めている!


 私の矢を尽く避けたお前の名を聞いておきたい!


 名を名乗れ!」


 どうやら彼に認められてしまったようだ。しかし、聞かれた以上は答えねばなるまい。


「僕の名は劉星(りゅうせい)。


 ここにいる劉備(りゅうび)の配下だ」


「劉星(りゅうせい)か、覚えておこう」


 もしや、ライバルにでも認定されてしまったのだろうか。それはそれで困ってしまうな。


 続けて彗星(すいせい)から降ろした彼女も僕の方に振り返って微笑みかけてきた。


「私は張挙(ちょうきょ)の娘、張媛(ちょうえん)と申します。


 劉星(りゅうせい)様、この度はありがとうございました。


 また、縁がある時を心よりお待ちしております」


 そう告げると、張媛(ちょうえん)も蹋頓(とうとん)、魯昔(ろせき)に伴われ、森の奥へと消えていった。



 三人の背を見送って、劉備(りゅうび)はボヤくように呟いた。


「あの蹋頓(とうとん)という男、烏桓(うがん)王・丘力居(きゅうりききょ)の従子(おい)と名乗っていたな。


 大将首を逃したな」


 それに対して弓の名手・董機(とうき)が答える。


「ですが、あの魯昔(ろせき)という男は私以上の弓の腕です。


 それにあの後ろにはまだ何人も部下が控えておりました。草むらの中で顔はよく見えませんでしたが、いずれも一騎当千の猛者といった気配でした。


 仲間たちと合流しても勝てたかどうか……」


「そうだな。今の俺たちじゃとても勝てる相手じゃねぇ。俺たちももっと強くならなきゃな。


 そろそろ声かけるか。張飛(ちょうひ)の奴に……」


 〜〜〜


 この度の石門(せきもん)の戦いは漢(かん)軍側の大勝利で終わった。張純(ちょうじゅん)や烏桓(うがん)たちは石門山(せきもんざん)を撤退。公孫瓚(こうそんさん)ら漢(かん)軍は多くの烏桓(うがん)兵を殺し、捕らえられていた漢人(かんじん)を取り戻した。


 しかし、乱の首謀者である張純(ちょうじゅん)、烏桓(うがん)王・丘力居(きゅうりききょ)、それに偽帝(ぎてい)・張挙(ちょうきょ)ら、主要人物のほとんどは逃走した。


「肝心の張純(ちょうじゅん)には逃げられてしまった。奴め、妻子まで置いて逃げるとはな。


 劉備(りゅうび)、お前も張挙(ちょうきょ)は捕らえられなかったか」


 公孫瓚(こうそんさん)の言葉に、真実を語るわけにもいかない劉備(りゅうび)はただ謝るばかりであった。


「面目ございません」


「だが、お前たちの働きは十分なものであった。その功績はしっかりとお上に伝えていくぞ」


「ありがとうございます」


 僕ら劉備(りゅうび)軍は公孫瓚(こうそんさん)に従い、遼西郡(りょうせいぐん)の菅子城(かんしじょう)に入った。その城で張純(ちょうじゅん)軍と再び戦う準備を始めた。


 朝廷(ちょうてい)からの使者がやってきたのはそんな時分であった。公孫瓚(こうそんさん)は先の石門(せきもん)での勝利を評価され、中郎将(ちゅうろうしょう)に昇進した。


 彼の昇進を受け、劉備(りゅうび)は挨拶(あいさつ)に伺(うかが)った。


「公孫瓚(こうそんさん)の兄貴、中郎将(こうそんさん)への昇進。おめでとうございます。


 これで名実ともに張純(ちょうじゅん)討伐軍の司令官となりましたね」


 公孫瓚(こうそんさん)もご機嫌で返す。


「おお、中郎将(ちゅうろうしょう)といえば遠征軍の事実上の最高位。まさかここまで一気に昇進するとは思わなかった。これもお前たちの頑張りのおかげだ。


 昇進に合わせて張純(ちょうじゅん)を必ず討伐するようにと固く命じられた。


 劉備(りゅうび)、お前たちにもこれから協力して欲しい……と、言いたいところだが」


「どうかされましたか?」


「劉備(りゅうび)、お前にも辞令が来ている。


『先の戦いでの功績を評し、劉備(りゅうび)を安喜県(あんきけん)の尉(い)に任命する』


 お前も昇進だ。おめでとう」


「おお、俺が県尉(けんい)ですか!」


「お前にはまだまだ協力して欲しかったのだが、昇進とあれば仕方がない。


 お前の活躍を思えば県の尉(い)は少々低く感じるがな」


「いえいえ、十分な待遇です」


「今は低くともここで頑張れば県令(けんれい)、いや、お前なら郡太守(ぐんたいしゅ)にもなれるだろう。


 よく励(はげ)めよ」


「はい! お任せください!」


 劉備(りゅうび)は力強く返事をした。


「安喜県(あんきけん)といえば冀州(きしゅう)の中山国(ちゅうざんこく)にある。この幽州(ゆうしゅう)からは随分遠いが、このまま向かうか?」


「いえ、一度故郷に帰って準備をしようと思います」


「うむ、お前の故郷・涿郡(たくぐん)は中山国(ちゅうざんこく)の手前にある。ちょうど通り道だし、それが良いだろう」


「では、これより我らは帰還致します」


 僕らは劉備(りゅうび)の県尉(けんい)への昇進に伴い、最前線から離脱することとなった。そして、劉備(りゅうび)の故郷、涿郡(たくぐん)へ向かう事となった。


「劉星(りゅうせい)、お前もこのままついてくるか」


「行き場もないし、お邪魔じゃなければ同行させてもらうよ。何より借りがあるしね」


「よし、では来い。


 そうそう、故郷には前にお前が前に言っていた張飛(ちょうひ)もいるぞ」


「そうか、張飛(ちょうひ)に会えるのか」


 張飛(ちょうひ)と言えば三国志一の豪傑(ごうけつ)で、最強の呼び声も高い人物だ。三国志好きなら知らない人はいないほどの有名人。


 思えば僕は三国志の時代へ転生したのに、関羽(かんう)にも張飛(ちょうひ)にも会っていない。有名な戦いもまだ見ていない。


「考えたら三国志のほとんどをまだ全然体験していないんだな。


 劉備(りゅうび)に付いていけばこれから多くの三国志をその身で体験することになるだろうな。


 大変な事は多いだろうが、三国志好きとしては楽しみでもある。


 さあ、まずは劉備(りゅうび)の故郷、涿郡(たくぐん)へ行こう!」


 この時の僕はまだ知らなかった。まさか、張飛(ちょうひ)に憎まれ、勝負するはめになるなんていう三国志でも最大級の死亡フラグを味わうことになるなんて……


 《続く》

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