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春を前に2

春の訪れにはまだ早い寒さを感じる時期なのに、ミッドウィン公爵邸の庭は暖かい。

この広い公爵邸の敷地には、防護結界と共に暖かくなる魔法がかけられているらしい。

だから外にいても肌を刺すような寒さもなく、オシャレのために薄着をしている女性も苦も無く外でのパーティーを楽しめる。

さすが王家に次ぐ力をもつミッドウィン公爵家のすることは盛大だ。

季節違いの薔薇が見事に咲く庭園がこのパーティーのメイン会場だ。

私と兄は知り合いに会えば挨拶をしつつ、目的の令嬢はいないかと目を光らせていた。


「来ないと思っていたが、来たみたいだな…」

会場の入口となっている蔓薔薇のアーケードを潜る人達をシェルノが示す。

「あれはレイモンド辺境伯達だな」

見るからに屈強な男性がレイモンド辺境伯だろう。

魔物も出没する国境を守るため、国境兵団を指揮している人物だ。

横にいる夫人と娘だろう女性達、その後ろにも騎士らしき男性が控えている。

「ファル、おそらくアレがネイサンだろ」

ネイサンは私達エイシル家の分家筋の人間だ。

代々文官の家系のエイシル家ではあるが、祖父の弟はたいそう強かったらしく、当時のレイモンド辺境伯にスカウトされて以来レイモンド国境兵団に所属している。

彼は私達の又従兄弟といったところだ。

この度主家のレイモンド辺境伯の護衛としてやってくるとの連絡があったらしい。


「レイモンド辺境伯とそのご令嬢と知り合って来て下さい」

エイシル家の身内もバッチリと把握しているらしいクラッグの命令だ。

滅多に王都にやってこないレイモンド家の社交のフォローも兼ねているらしい。

「お久しぶりでございます、レイモンド伯」

シェルノが躊躇いもなく声をかける。

「シェルノ・エイシルでございます。王都への長旅、疲れは残ってはおりませんか?」

「我々は常に鍛えておりますからな。このくらい平気です」

そう言って、レイモンド伯は豪快に笑う。

「夫人も、王都の案内が必要とあれば妹にお申し付け下さい」

「初めまして、ファルノ・エイシルと申します。そこにおりますネイサンとは又従兄弟にあたります。どうぞお気軽にお声かけ下さい」

「ありがとう。久しぶりの王都で、少し心細かったの。娘共々よろしくお願いいたしますわ」 

「ディオナ・レイモンドです。今年から学園に入学しますので、先輩に色々と教えを乞いたいですわ」

夫人もディオナも戦うことができるだけあって、凜とした美しさがある。

王都にいる令嬢とは違う健康的な肌色も、日頃の鍛錬の証だろう。

私はディオナと一緒に庭園を回ることになった。

まずはお互いファルノ、ディオナと呼ぶことから始める。

「いきなりこんなことを言うのはなんだが…無作法があったら教えてくれないか?」

恥ずかしそうに俯いて顔を見られないようにする。

ディオナは私より背が高いから、恥じらいの表情は丸見えなんだけど、そこは気付かぬふりだ。

「ディオナ様は今年デビューされるのですもの。わからない事があって当たり前ですわ」

ディオナを安心させるように微笑む。

「お嬢がちゃんとドレスを着ているだけでもすごいだろ」

後ろを付いて来ているネイサンが、「ちゃんと令嬢に見える」と感心している。

「失礼なことを言ってはいけないわ、ネイサン」

この又従兄弟は男ばかりの屈強な集団に育てられたせいで、女性への言が遠慮がない。

小さい頃に会った時、私はそれでネイサンと喧嘩している。

ネイサンの失言のせいだったので、彼は大人にこっぴどく怒られた。

私がジロッと視線をやると、ネイサンは視線を外してくる。

私達のそんな不穏な空気にディオナが困った様子を見せたので、私は厳しい表情を解いた。

「ディオナ様の護衛として側に控えているなら、余計な口は慎みなさいネイサン」

そうしないとディオナが舐められてしまう。

「これだから……王都のヤツは……」

そう吐き捨てたのが聞こえたので、今度は彼の足をヒールで踏みつけておいた。

王宮侍女の教育的指導である。

軍用の革靴だって、令嬢のピンヒールには敵わない。

私は痛がるネイサンを無視して、ディオナに手を差し出す。

「行きましょう、ディオナ様。私の友人に紹介いたしますわ」

「そうね、お願いします、ファルノ様」

ディオナはようやく緊張が解けたようで、私とネイサンを見てクスクスと笑う。。

笑ったディオナは春の日差しに似た柔らかな一面を見せる。

こんな方なら、アイザックも好きになるかもしれない。

なんせアイザックは、メイナのように令嬢らしくなく可愛く笑う女性がお好きなようだから。

そういった点で言えば、先程のカレリーナはアイザックは苦手だろう。

リリアーネと同じ匂いがする。


様々なデザートが並んでいるエリアにディオナを連れて行く。

そこには私の友人や懇意にしている家のご令嬢達がいた。

私がディオナを紹介すれば、皆が名乗ってくれる。

私が把握していない令嬢も名前が知れて一石二鳥だった。

その中に、接触して探ってこいと言われた令嬢が二人ほどいた。

二人は仲の良い友人らしい。

「どれが美味しかったんですの?」

ディオナは友人達に任せて、令嬢達に話しかける。

一応、他のお茶会での顔見知りだ。

二人共身分は高くなく、伯爵令嬢と子爵令嬢だ。

けれど家が裕福で、二人の領地から王宮へ納められる品々も多い。

国への貢献度とすれば、この二人が第二王子の婚約者となっても文句を言い出す人間も少ないだろう。

「こちらはファリッジ様のご領地の果物かしら?」

ファリッジ伯爵領は南方で、果物の栽培が盛んだ。

「そうだと思いますわ。領地で採れたものが公爵家に採用されるほど良いものであると、作った彼らにもお伝えしてあげなければなりませんわ」

そう自慢気に笑うが、自分の領地の名産やそれを栽培した領民を誇らしげにしているだけなので、ファリッジ伯爵令嬢好感が持てる。

「それにこの茶葉はルーデンス産ではなくて?」

ファリッジ伯爵令嬢が手元のお茶を飲んで、隣の令嬢の家の品だとわかりやすく教えてくれる。

なるほど、この二人が仲良くパーティーに一緒に参加しているのは、こうやって共にお互いの領地の名産を自慢し合って宣伝しているのか。

まだ学園に通っている令嬢なら、このくらいわかりやすく宣伝されても、微笑ましく映る。

「さすが、ルーデンス産。とても風味が豊かですわね」

私もお茶をもらい、その香りを楽しむ。

「じゃあ、俺にももらおうか?」

「え!?」

私達3人が急にかけられた声に驚いてると、私の手元のティーソーサーからカップが横から出てきた手に持ち上げられる。

「か、カイン様!!」

あっという間にカインが私の飲みかけのお茶を飲み干してしまう。

「すぐに新しい物をお持ちしましたのに…」

「ちょうど喉が渇いていたからさ」

詫びる気もないカインに、二人がポカンと見ている。

「それで、ファリッジ産の果物ってこれ?」

と、今度はルーデンス嬢の手元の皿をカインが指す。

「ええ、こちらのタルトに使われているのはファリッジ産の果物になります」

二人共、急にやってきた男性がカインだとわかっているのだろう。

どうしようと混乱が見えるのに、必死にカインの質問に応えている。

「あっ!」

ルーデンス嬢のお皿から一口大のタルトをカインが摘む。

「あちらにまだ新しいものがございますので……」

焦る二人を気にすることなく、カインがタルトを口に運ぶ。

「甘くて瑞々しいね」

「それはミッドウィン公爵家のシェフの腕が良いからで……」

ファリッジ嬢がそう謙遜しているが、カインの気安さに二人共思考がフリーズしているのがわかる。

ルーデンス嬢は顔を真っ赤にしていて、いっそ気の毒だ。

「美味しかった、ごちそうさま」

カインが笑顔でお礼を言えば、二人だけでなくこの光景を見ていたご令嬢達からも小さな悲鳴があがる。

私も、この場の視線を独り占めしてしまったカインの隣に立っているのがいたたまれない。

すぐに逃げ出したいが、カインが私に目配せをしているから立ち去ることもできない。

「ファルノ、紹介してくれないのかい?」

カインの視線が私達の背後にいるディオナへと向けられる。

「カイン様、是非とも私の友人を紹介させて下さいませ」

こんなやり取り、まるで私とカインが親しい間柄のようだ。

私達が恋人同士だと誤解した人間は多いだろう。

それでもこれは仕事だと割り切って、カインへの文句を飲み込む。

「ハイネ、フリージア、こちらはご存知でしょうけど、カイン・ハルエス様。私の勤め先の()()です」

とりあえず上司をアピールしておく。

絶対にハイネとフリージアには後で質問責めにされる。

「そして、こちらがレイモンド辺境伯ご令嬢、ディオナ様ですわ」

「お初にお目にかかります、ディオナ・レイモンドでございます」

ディオナは右手を胸に、左手をドレスのスカートを摘み、綺麗な姿勢で頭を下げる。

簡易的な礼だが、騎士のように綺麗な背筋の伸びた礼に思わず見惚れてしまう。

体を戻したディアナは、周囲の惚けた様子に不思議そうな表情をする。

「カイン様、後ろにいるのが私の又従兄弟のネイサンです。私はディアナ様とは今日初めてお会いしましたが、ネイサンとは幼少の頃に幾度か遊んだことがありまして……」

ディアナが自分が何かしでかしたのではと思う前に、私が話題を提供する。

「レイモンド兵団のエイシル家は武勇に優れた方々ばかりとお噂は聞いております。レイモンド嬢も国境の治安を守るたまに日々頑張っていらっしゃるそうですね」  

私からカインが話題を引き取ってくれる。

「そうなんです。どうしても領地にいたら魔法の鍛錬をついしてしまって…」

お洒落やお菓子、恋愛の話が主とする王都にいる令嬢には気後れしているかもしれない。

「そんな、私なんて魔法がからっきしで……魔法使いになりたかったのに才能なんてなくて諦めましたの。ディアナ様が羨ましわ!!」

そう言うハイネは、魔法使いとして魔導宮に所属できないからと魔導宮に侍女兼補助員として働いている。

魔法の研究の手伝いができて嬉しそうだ。

「そうですわ。こんな美味しそうなお菓子が目の前にあれば普通の女の子に戻ってしまいますの」

レドモンドの民は令嬢であれど一人の兵として戦えねばならない。

ハイネはそんな話を知っているのだろう。

「そうですわ。ぜひともこのタルトを食べて下さいな!」

横から新しく取ってきた果物のタルトをルーデンスが差し出す。

「私も先程いただきましたが、瑞々しくて美味しかったですよ」

遠慮していたディアナにカインがすすめて、ディアナはようやくタルトを口にする。

「本当です!とっても甘い…」

頬を押さえタルトをモグモグと食べるディアナからは素直に喜んでくるのが伝わってくる。

「そうですわ、あちらのテーブルでゆっくりとお菓子をいただきながらおしゃべりしましょう!」

「もちろん美味しいお茶もね!」

ハイネ達に誘われて、ディアナが私の方を見る。

「私はまだ挨拶回りが終わっておりませんので、お気になさらず皆様でお楽しみください」

「それでは、失礼いたします」

ディアナ達はカインに会釈して、皆で置いてあるテーブルのあるエリアへと向かってしまった。


「カイン様、もうあの方々とお話はよろしかったのですか?」

仕方なくカインと連れ立って庭園の中を歩く。

端から見たらカップルのように見えるので避けたいのだが、誰にも聞かれないためにはこの方がいい。

「十分だよ。君の友人含め、俺に媚びてこないだけでも、ね」

カインは見目が良いだけではなく、王家という権力に近い。

幼少よりそんな女性達に囲まれてきたせいで、カインは未だに婚約者を決めれてはいなかった。

「殿下の婚約者が決まれば、次はカイン様でございましょう?」

低木からカインの姿を見た令嬢が、焦がれるようにこちらを見ている。

その令嬢は横にいる私と目線が合えば、ギロリと睨んできた。

「私、カイン様の恋人にでも思われていそうで、困ります」

こんな風にチクチクと刺さる視線は、今まで浴びたことがない。

「しばらく我慢してくれ」

そう言って私の肩を抱き寄せたカインの手をはたき落とす。

「おい」

「もしかして、私を女よけになさってます?」

「……さっきからうちの娘はどうかとかデートのお誘いとか、鬱陶しいんだ」

だから先程、私の飲みかけのお茶を奪って飲んだのか。

私とカインが親密であるとアピールするために。

実際は私が一口飲んでいれば毒見が済んでいる安心な飲み物だからカインは飲んだのだ。

こういうパーティーではカインのように引く手数多なモテ男は飲食物に気をつけておかねばならない。

特に飲み物は何が混ざっているか分からないのだ。

「だからって……」

これでは私とカインが恋人同士ではないかと噂にされてしまう。

明日から御婦人や令嬢達のいいお茶請けになるだろう。

「何故カイン様は婚約者をお持ちにならないのですか?」

「婚約者よりアイザックを最優先することに理解がある女性なんていないからさ」

カインは幼少の頃よりアイザックのそばに仕えている。

アイザックが青の宮に移ってからはカインの私室が設けられるくらい、カインはアイザックと共にいる。

たしかに自分が婚約者なら、『アイザックと私どっちが大事なの?』と聞きたくもなるだろう。

そして、この男はその質問をしたら終わりなのだ。

「なるほど……」

カインに恋をする余地はない。

だからカインはゲームで主人公の攻略対象にはならなかったのだろう。

もし主人公が危ない場面になっても、カインは絶対にアイザックを守るしアイザックから離れない。 

そんなヒーローは不要だわ。

まだアイザックとカインをカップリングしていた方々の方が現実味があると思ってしまう。

「なんだ…?」

カインが私の不穏な思考に気付いてしまったらしい。

「いえ。それよりもあと数名ご令嬢と接触できておりませんが…」

必死に姿絵を見て覚えたのに、残りの令嬢の姿を見つけ出すことができていない。

「それなら問題ない。残りの令嬢達はどうやら今日は来ていないようだ」

そこまで社交を重視していない家なら、変な輩に引掛かるくらいなら娘を欠席させるだろう。

「あとは春迎の会でアイザック本人に頑張ってもらうしかないな」

「それはそれで大変そうですね…」

デビュタントの会場から王子が何人か令嬢達に声をかけて踊る。

その栄誉を授かるために毎年令嬢達の戦いは苛烈だ。

私は自分のデビュタントの時にそれを遠巻きに眺めていただけだ。

そう言えばあの時、リリアーネが周りの令嬢を蹴散らしてアイザックと踊ろうとしていたっけ。

「でしたらカイン様も踊る相手を今のうちに探しておかなければいけないのでは?」

私とこうして庭園を散策している場合ではないだろうとカインを見上げると、カインは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「その日はアイザックの護衛としてそばに控えるから大丈夫だ」

力なく呟くが、それってカインの願望ですよね多分。









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