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春を前に3

庭園を彩る花々を楽しむでもなく、カインと話し込んでしまった。

私達は庭園を抜けて屋敷の前庭に来てしまったようだ。

「カインじゃないか!」

陽気な声をかけられる。

「テレンス様」

キラキラとした笑顔を振り撒き、ミッドウィン公爵家の三男のテレンスがこちらに近づいてくる。

公爵家らしく金髪碧眼のイケメンで、私の近くにいる令嬢が彼の魅力に卒倒しそうだ。

けれども、私はテレンスよりもその横に連れ立っている存在に目が奪われる。

テレンスの横にいたのはイザード・ボルテン、攻略対象でありメイナの幼馴染だ。

テレンスは魔法騎士団の副団長をしている。

そしてイザードは魔法騎士を目指して修行中で、マクセルの補佐官をしていた。

「そちらのご令嬢は?」

「青の宮で侍女をしているファルノ・エイシルだ」

カインに紹介されたが、私が侍女だと知ってテレンスは私から視線を外す。

私が挨拶をする余地を与えてはくれなかった。

公爵令息のような高貴なる人間にとって、侍女とは気にするものではない、ただのインテリアのようなもの。

視界に入っていても、存在が無いものとされる。

それが普通なのだが、最近はアイザックやカインが私に話しかけて意見を聞いてくれたりするので、使用人をきちんと人間扱いする彼らに慣れすぎていたようだ。

今更不快に思っても仕方ない。

私は軽く頭を下げて、カインの少し後ろに下がる。

カインはそんな私に何か言いたげだったが、目の前のテレンスを無視することはできない。

「もう、帰るのか?」

「まだいる予定ですが…」

「それならオレ達が今から演舞するから見ていけよ!な、イザード」

「この日のためにたくさん練習しましたから、ぜひ見て頂きたいです」

少し伏せ目で、私はテレンスの横にいるイザードを見る。

イザード・ボルテン、CV中野輝希(なかのてるき)、熱血も暴力キャラも爽やか青年も華麗にこなすベテラン声優!

今日のイザードボイスは謙遜してて奥ゆかしい。

色んなアニメに顔出しているこの声優さん、好きなんですよ私。

と、中野ボイスを堪能する間もなく、イザードはテレンスと共に去って行ってしまった。

もう少しおしゃべりしてくれててもいいのに。


「ファルノ…」

何故かカインが私をジト目で見てきます。

脳内の叫びが漏れていたのでしょうか、いやそんなはずはない。

『本日お越しの皆様、前庭にお集まり下さい。皆様を一時お楽しみいただける演出をご用意しております』

拡声魔法で、庭園にアナウンスが響く。

それを聞いて、ぞろぞろとパーティー参加者が前庭に集まってくる。

「カイン様、私はこれで……」

「一緒に見ないのか?」

一人にするなとカインが目で訴えてくるが、カインのパートナー役は今回仕事に含まれていません。

カインの恋人に間違われてはごめんなので、私はこの場を離れたいのです。

「あそこに兄がいるようなので、今のうちに合流いたします。カイン様、ごきげんよう」

軽く会釈して、私はカインが引き止める間を与えずにその場を去った。


「お兄様、メリッサ様」

人が集まってくる中を抜けて、兄とその婚約者のそばに寄る。

「お久しぶりです、メリッサ様」

「元気にしてたかしら、ファルちゃん」

「もちろんです。実家の改装とか任せきりにしてすみません」

「いいのよ。むしろこんなに私の好きにしていいのかしらって思ってるわ」

兄とメリッサの結婚ももうすぐだ。

その前にひと足早く実家が兄達が住むために改装された。

王家直轄領に赴任している両親の荷物を整理し、メリッサ用の部屋を改装する。

メインダイニングも兄とメリッサと相談して入れ替えた。

実家には私は寮でほとんど帰ることはないし、両親も赴任地から王都に戻ってくる時くらいだろう。

だから、兄達が結婚すれば実家の主は彼らになる。

じきに来る幸せに、私は顔を綻ばせた。

「始まったぞ」

前庭の開けたエリアに魔導士らしきローブを着た男性が二人現れる。

彼らを囲むように前庭には人壁ができている。

「これより内側には入りませんようお願いいたします」

魔導士達が氷で大きな円を描く。

見ている客人の安全確保のためだろう。

その円の中央に、テレンスとイザードがやってくる。

向かい合い、一礼する。

儀礼用だろう剣を二人がスラリと抜く。

そして、二人は幾度か剣を打ち合う。

キンッという金属音の後に風が舞う。

その風が周囲に巡らされた氷の粒を巻き上げる。

テレンスが炎を剣に纏わせ、イザードが水を剣に纏わせる。

国で数えるくらいしかいない魔法騎士の力量に、観衆は目が釘付けになっている。

「はっ!」

テレンスがイザードの剣を弾き、自分の剣を天に掲げる。

するとテレンス達の上に白い靄が作り出される。

「イザード!」

テレンスが剣を低く構え、それを跳ね上げると同時にイザードが剣を足場にして上へと飛び上がる。

そして、イザードが靄を一刀する。

「きれい…」

「冷たいわ!」

「これは雪かしら…」

空に雲のような塊ができ、そこからキラキラと雪が降ってくる。

私も舞い散る雪を手で受け止める。

「これは…氷?」

私の手に落ちた氷はすぐに溶けてしまう。

明るく煌めく宝石が舞うような光景に、観衆はしばし見とれる。


キラキラと光る氷が降り注ぐ中、テレンスと笑い合って頭上を見上げるイザード。

彼は平民の身分で学園に入学し、聖石に選ばれ、魔法騎士という栄誉を得て爵位も手に入れた。

ここに来ている人間はこんなサクセスストーリーには興味はないだろう。

だけど、『りょくいぶ』のストーリーでは周りが貴族の中一人身分の低いイザードは人一倍鍛錬を積んだエピソードがある。

彼がメイナのそばにいるための努力は無駄にはならなかったのだと思うと、親しくもないのに感涙しそうだ。

「ミッドウィンもあからさまだな…」

「聖女が手に入らず、聖石に選ばれなかったからと、聖石の騎士を囲いこむとは…」

キラキラとした氷の粒が降る中、男性達は囁きあう。

私は感動しているのだから、水を差さないで欲しい。

「仕方ありますまい。平民を囲うくらい焦っておいでなのだろう」

「姪を妃にしようとするくらいなのだからな…」

男達はハハハと低俗な笑いを漏らす。

こういう場で口さがないことを言うのは男も女も同じだ。


「そろそろ帰ろう」

気付けば前庭に集まった人達もバラけたようで、だいぶ人が少なくなってきている。

そろそろ帰ろうとしている人達もチラホラ見えるから、混む前に馬車停めに向かうのがいいかもしれない。

「メリッサ、君はどうする?」

「私は今日は親と帰るわ」

「では、ご両親のところまで送らせてくれ」

兄はメリッサを両親の元に連れて行くらしい。

仲睦まじいことである。

私は一人でここで立っていてもしょうがないので、さっさと馬車停めに向かおう。


「まあ、なんてことしてくれたのかしら!」

何事かと目線を向けて見れば、リリアーネが取り巻きの令嬢を怒っている。

どうやら先程の演出で飛び散った氷が、溶けて水たまりを作っていたらしい。

少し窪んた場所に足を踏み入れた令嬢が、隣にいたリリアーネに水飛沫を散らしてしまったようだ。

「申し訳ございません、リリアーネ様。すぐにお拭きします」

令嬢が真っ青になりながら、地面に膝をついてリリアーネの裾や足をハンカチで拭う。

膝をついている令嬢はたしかにカールトン侯爵家に連なる男爵家の令嬢だったはず。

侍女として付き添っていたならこの光景も理解するが、彼女はきちんとドレスも着ていて招待客としてここにいるはずなのに、使用人扱いか。

「もういいわ、グズなんだから!!」

何事かとリリアーネ達に視線が集まって来たのに気づくと、リリアーネはまだ令嬢がドレスの裾をハンカチで押さえているのに、その裾を翻して歩き出す。

「帰るわよ!」

彼女を立ち上がらせる隙を与えず、リリアーネが歩き出し、他の取り巻きの令嬢達がついていく。

「お待ち下さい、リリアーネ様っ」

膝を付いていた令嬢も急いで立ち上がり、リリアーネを追いかける。


騒ぎにもならない、ちょっとした出来事。

けれどもここは社交の場。

今の光景を見た人間達が眉をひそめて、コソコソと話している。

「ミッドウィン公爵家の方が近くにいらっしゃらなくて良かったですわねぇ」

「ほんとに。相変わらずですこと」

ましてやここはミッドウィン公爵家の庭だ。

その庭と出し物のせいで自分のドレスが汚れたと騒ぐということは、このパーティーの主催のミッドウィン公爵家に文句を言っているのと同義だ。

リリアーネはミッドウィン公爵家に喧嘩をうったとして、今季の社交界で話の種にされるだろう。

「ですから、アイザック殿下にも婚約者として認められないのですわ」

「まあ!?あんなにずっと自分が婚約者のような顔をしておいて、まだ正式に婚約者になれてないの?」

「あのご令嬢を婚約者にしていたら、それこそ我々が王家の常識を疑わねばならないでしょう」

「そうよね」

扇子の内側で繰り広げられる御婦人達の話。

リリアーネは本当にアイザックと結婚したいなら、こういった噂好きの御婦人達をまず味方につけなければならない。

でも、彼女がされる噂は良くないものばかり。

御婦人達がリリアーネを支持すれば、アイザックとの婚姻への足がかりになるというもの。

それを利用しないリリアーネはある意味正攻法でアイザックにぶつかっているとも考えられるのだけれども、いくになってもアイザックが靡かないので意固地になって、さらにワガママに拍車がかかっているように感じる。

それを貴族達はまたあざ笑うのだ。

これだから貴族の社交はめんどくさいのだ。

私はげんなりとしながら、車停めに向かった。




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