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ライトノベル作家がアニメキャラを殺すってよく言いますが、それってホントですか?

「私が彼を、魔王の動きを止める間に匠くんはココから早く逃げてください!」


「おいおい、魔王だなんて言い過ぎだろ? 眼の前のコイツはどう見たって人間だ! エレナこそ、下がるべきだろーが。ココは一番強い俺が、主人公位置の俺がコイツとやり合うべきだと……いやそもそもコイツは人間だしやり合う必要性は無いけどさ……」


 自らの意見をストップし視線をエレナから正面の男へ向けた匠。

 青外套を羽織る男に変化は見られず、それどころか表情を固定された銅像の如く不敵な笑みを湛えつつ暗よりどす黒い大鎌を、男の身長を優に超す凶器は右手へ収まったまま恐怖心を煽っている。


 ……一番は奴が表情一つ変えず、何もしてこない点にある。


 もし仮にたまたま戦争に巻き込まれて、たまたま人類側の騎士へ遭遇することなく、たまたま自己防衛のため武器を所持し敵勢力と戦っていたのならば、そろそろ何かアクションをあるいはソノ物騒な大鎌を閉まっているはずだ。

 そうでなくとも味方として、それなりのアプローチは試みていると思うのだが――


「……」


「何も言わないし、それにコイツは人間……だよな?」


 ――奴が無言を貫き続ける姿勢に、匠は人外という自らが捨てた可能性をつい掘り起こしてしまう。


 もしかすれば、否もしかしなくとも、人外の可能性も大いにある。その場合、日本語を発せない理由も頷けるのだが果たして。

 

 右から左へ吹き抜ける風は春の柔らかさと沈黙の重さ、並びに開戦の火蓋が切られる緊張を内包した刹那の時間だと今は言えよう。

 春風が匠の頬を撫でつつ黒の毛先が左へと引っ張られる。それは草木の新芽をそよ風が軽く摘み取るような、さも当然の自然現象だと言わんばかりに匠の視界へ草木が、己の黒髪が、舞っていた。

 舞い散る草木、視界端に映った匠自身の黒髪、そして――

 

「……」


「だ、大丈夫か? 大丈夫……なのか?」


 ――心配する匠を無言で凝視する真正面の男、その黒髪も風になびいている。


「もう一度言います……匠くん、逃げて下さいっ……逃げて!」


「お、おいっ……エレナ……」


 その表情は普段と違い、震える声音と頬から伝う汗が太陽光に反射し煌めいたまま結論としては

焦りが垣間見える。


「……」


「……」


「……」


 沈黙、ただそれだけが時間として存在している。

 そこから気を抜けば、男から視線を落とせば、一瞬にして決着が付きそうな確かな予感が匠にはあった。なんせ目前の男はライトノベルの設定上どこにも、誰とも、該当することの無い「イレギュラー」として地を踏み、匠と対面していたのだから。


「……っ!」


 現実世界で人間の心情を描き続け、異世界では王国騎士として命を奪う側に立つ匠だからこそ、前方に位置する男の冷ややかな双眸は敵対する者ならば共通して持つ憎悪すら感じ取れた。

 しかし戦争モードの脳内で五感を処理しているせいか、憶測と経験で前方の男を「敵対しているだけだ」と勝手に思い込んでいる可能性もあり得る。

 そのため前方の男は未だに敵か味方かは不明であり、武器も安易に構える事が難しい現状だ。


 ……日本人として産まれたのが原因で、余計なマナーまで守っちまうじゃねーか。ま、よく見れば相手も日本人っぽい顔つきしているしな。


 良くも悪くも、日本人としてのマナーや思いやりの精神は匠の心に深く根付いている。それに加え、男の顔つきは彫が浅いアジア顔に類似している。その為、沈黙を続ける男に対し匠は自然と仲間意識を持つようになっていた。


「エレナ様ー! ご無事ですか~? エレナ様!」


 ふと背後から幻覚じみた懐かしい声が聴こえ、つい匠は後ろを振り返ってしまう。

 どちらかと言うとソノ行為自体は嬉しさから来るもので無く、有り得ない声音を脳内で処理したが故の真偽の確認に近く、決して匠の心情は安心という名の油断を受け入れてはいなかった。そもそも、その声自体が均衡を破る「トリガー」となり得る可能性も内包する為、一秒の油断も隙も見せてはいけなかった。

 なのに――


「……おい、逃げろ! イザベラ!」


「……!!」


 ――戦闘の余韻を残した風圧は砂塵を巻き込み、結果的にイザベラへ死を振りまいた大鎌はエレナの、元匠が所持したオリジナルの「クラウ・ソラス」に防がれる。


 真正面の男から数秒目を離した隙に詰め寄られていた。

 あまりに速すぎたのか、イザベラのみならず当の匠でさえも目視できない。


「な、に……が、起きたんだ?」


 理解が追いつかないだけでなく、


「エレナ!」


「ギリギリでした……死神の加護を受けているとはいえ、流石にこの速さは……」


 イザベラの死を跳ね除けた少女は紅髪を風になびかせたまま青外套の男と対峙していた。驚くべき点は青外套で隠された素顔が明らかになったうえ、匠すら視界に捉えられなかった男と対等に刃を交えている事実だ。


「……!?」


 ……死神の加護? そんなの知らないし聞いたことも無い。異世界全体の設定やエレナ個人の設定にもそんなのは存在しない。


 明確な敵対関係を示す男と一心同体なのは気に食わないどころか気持ち悪さすら感じるが、敵とて「死神の加護」という未知数の情報を、力を、可能性を、見せられて驚かない者など誰一人いない。ましてや、異世界において身体能力全般が強化された匠すら反応できなかった攻撃を真正面から防いだエレナの衝撃は敵味方関係なく大きいだろう。


「厳しいですが、受ける事くらいならギリギリ可能ですから……安心してベラ、あなたは絶対に殺させない! それに匠くんをよろしく頼まなければならないですし……」


 死を彷彿とさせる大鎌を防いだクラウ・ソラスは死神の加護すら忘却させる正義の炎を、火の粉を散らせつつ全長二メートルはある暗黒――大鎌の刃に正面から向き合っている。あまりの速さと威力にイザベラの周囲はクレーターが形成され砂塵を含んだ衝撃波は広がり続け、やがては自然の柵として機能する木々がドミノ倒しの如く次々に倒壊する始末。


 とてもでは無いがエレナ一人が相手取れる敵ではない、互角に渡り合っているように見えてエレナの頬からは血が流れ、白鎧は所々凹凸と切り傷が確認できる。一方エレナと対峙する男は何ら姿と反応変わらず無言で暗黒に染め上がった大鎌、月光にも似た白銀の塊を表情一つ変えずに振り上げていた。

 服装ですら傷一つ見えない様子から、エレナと男の間には絶対的な力の差が存在すると嫌でも認識できてしまう。

 

「そうやって、また一人で抱え込もうとして……いい加減、私達を信用していんじゃないの~? わたしぃ~放置プレイも好きだけど時には、エスじみた事もしたい時期なのよぉ~ それにぃ~エレナ一人だけじゃ勝てないわよ」


「それに、氷上の女王である私の手もいい加減……そのぅ、借りっ……れば……いいとお、思うぞ?」


「そんなに照れなくても良いですよワルキューレ様。ふふっ、みんな考えている事は同じなんですね、私もジークさんと一緒にレナを、友達を助けたいと思っていますし、お相手はレナより強いですから……」


「そんじゃあ、ソフィアもいる事だしそれなりに、少しは、好きな女の前で格好ってもんを付けさせてもらうぜ? エレナも匠も無事に救い出して、ついでに魔王も倒して、今夜はご馳走を皆でたらふく食うんだよ! なぁ、匠! そうだろ?」


 気が付けば匠の周囲は見知った人物で囲まれ、夢の中にでも居るような実感が湧かない感覚に陥ってしまう。その光景が、仲間が集まる現実が、匠には無理だと思えたから――だが実際はこうして目の前で活き活きと最終回に相応しい役回りを買って出ているのだ、匠自身も主人公としてソレに答える義務があるのではなかろうか。


「あぁ、そうだよジーク。みんな……エレナを救い出してこのくだらねー戦争を終わらせようぜ!」


「エレナは……レナは、匠が離れるよう私に指示していました。私はあなた達の判断は間違っていると思います、悔しいけれど今は匠様の避難を最優先に立ち回りまるしか……ありませんっ」


 ソフィアの手を握り、言い淀みつつ自らの意見を通すイザベラの瞳は歪み、唇を強く噛み締める様は己の無力さを悔いているように思える。

 生気が抜けたようにソフィアの肩を掴むイザベラの右手は徐々に下がり、俯く眼下は想いを残したまま春風に溶けてしまいそうな、どこか他人事のような諦めの視線を有していた。


「ふざけんなよ……バカ野郎! そう簡単に、諦めんじゃねーよ」


「な、何をいきなり……知った口を。神崎匠、貴様なんかに……お前のせいで……お前が存在するせいで……エレナは、レナは……!」


「な、なんだよいきなり俺の胸ぐら掴んで……必死かよ」


 予想外の反応と詰め寄り方に匠は塩対応男子特有の返答を口に出してしまう。

 なんせ黒鎧姿フル装備の匠、その胸ぐらを両手で掴み怒りを露にしたのは紛れもない白黒メイドなのだ。流石に無神経にも程がある切り込み方だったと匠自身も理解し、それは殺気立ったイザベラの言動を見れば誰しもが及ぶ表面的な解だろう。しかし匠としては裏にある本質的な「私情で動いた結果」か将又「命令で動いた結果」か、動機の部分を主人公としてハッキリさせる必要がある。


 ……どちらにしたって、俺の言葉がイザベラを怒らせたのは事実だ。でも、今はイザベラ自身の意見が聞きたいんだよ。


 回答次第ではこの現状を安易に打破できるか否かが変わってくる。


「匠さん、言い方が悪いですよ。イザベラさん、いいえベラ……私はただ純粋にレナを助けたいだけなんです。なぜベラが激昂するのか私には知る由もありませんが、ただ一つ言える事は……皆が共通して仲間の為、友達の為にと行動しているんです。それだけは信じて欲しいです」


「そうだぜイザベラ、ソフィアの言う通り! 俺達はエレナという友人の為に戦いに行く……熱いぜこりゃあ! なァ!?」


「まぁこの熱血脳筋野郎の言う事は意味が分からないし、理解しなくても良いと思う。だが氷上の女王として、友として、これだけは言っておこう……私達に頼って欲しい」


 力強くも匠含めた五人の結論を、エレナ救出大作戦の動機を、口にする全身青鎧姿の氷上の女王――第二王国騎士ワルキューレ・アメリアの視線は真っ直ぐと熱を帯びたままイザベラへ向けられる。いつもの事なら心身ともに冷静沈着であろうとする彼女だが、今回ばかりは友人の為と思ってか中々の熱血ぶりを見せていた。これもワルキューレ自身、エレナとイザベラを友と認めたが故の行動と理解できよう。


「わ、私の……意見……」


 正面見据える琥珀色の双眸から目を離し、イザベラの視線は再び左横の光景へと向かう。そこには正義の炎を灯すエレナと大鎌を手に持つ死神が互いにしのぎを削り合い、命を燃やしていた。頬からは刃のかすり傷によって流血しハァハァと呼吸が荒くなる一方、大鎌を振り回す男は今も傷一つ無い状態で余裕そうな、不敵な笑みをエレナに見せている。


「これでも、この姿を見ても、お前の意見は変わらないのか?」


「しかし、で、でも……」


「義務的な回答は聞きたくはねーんだ、今聞きたいのはな……イザベラ、お前の意見なんだよ!! 迷ってる暇なんて、時間なんてねーんだ、今行かなきゃいつ行くんだ!」


「……私は……」


 沈黙が広がる。

 一日の時間にしても物語のストーリーにしてもほんの刹那、ただその一言だけが匠の意思を沈黙という名の檻へ引きずり込むのが良く分かった。ソレはまるで暗転するコンサートホールでイザベラと匠のみスポットライトが当たる感覚に近く、匠自身は演劇を見る第三者であって傍観者――云わば客側でソレを見ているような、とても複雑な時間だ。

 そして――


「……レナを、エレナを助けたいッ! 助けて……お願い! 私、レナがこれ以上犠牲になる姿は見たくないの……私も手伝うから……」


「あぁ、大丈夫だ。エレナは俺達の力で、いや俺の力で必ず救ってみせる。心配すんなよイザベラ、俺が必ずお前の願いを叶えてやるよ」


「ふんっ、ここまで豪語するのなら作戦のひとつやふたつくらい立てているのでしょ? 中途半端な作戦だったらただじゃ置かない……その時は、殺す」


 ――脅迫しつつも雰囲気はいつも通りのイザベラに戻っている。


「分かってるって、作戦ならもう既にある」


 先程まで目に涙を浮かべ懇願していたイザベラの態度は匠の返答と共に殺伐とした、冷たいモノへと巻き戻っていた。その手は人差し指を匠へ向け、その目は怨念を込めた睨みを利かせながら華奢な身体はずんずんとその距離を詰める。


「先に言っておくわ~今回の任務はねイザベラが居てこそ成り立つまであるの、だからあまり匠を虐めないでね~イザベラ……そうは思わないかしら~ワルキューレ?」


「そうだな、むしろイザベラの方が私達より適任まであ、あるぞ? こちらとしてもイザベラが協力してくれるのはありがたいし、何よりも……そ、そのぅ……と、友と一つの目標に向かって努力できるのはこちらとしても……う、嬉しい限りだ……」


 胸元が強調された黒外套を身に着け、青鎧姿の女騎士へ向かう身体はやけに色っぽく艶めいてすら見えた。その眼光はまるで獲物を狙う蛇のように細くも鋭い決して逃れる事ができない石化の魔眼としてブラウンの双眸は煌めき、表情は妖艶な微笑みを浮かべつつ両手は青鎧をそっと撫で、口元は右隣に立つワルキューレの左耳へ語り掛けるようにして、ねっとり、じっくりと全ての話をワルキューレへ振る。

 その挑戦的であり弱点を狙い撃ちするアンネローゼの口ぶりを真っ向から受け、ワルキューレは自らの氷の意思を溶かすしかない。慣れない友へのフォローに頬を赤らめながら対応しつつも、琥珀色の双眸だけは真実を語るべくしてワルキューレを真っ直ぐ見据えていた。


 ……なんだよワルキューレ奴、なんだかんだ言ってコイツが一番友情を大切にしてんじゃねーかよ、氷上の女王という設定はどこ行ったよ? これじゃーただのツンデレサブヒロインじゃんか。


 今まで小説と漫画で積み上げ読者に定着させてきたキャラ設定、ソレを悉く崩壊させられた事実に対して匠は今更ながら呆れつつも心の中でツッコミを入れるしかない。理想と現実が存在する限り必ずそこにはギャップが生じる、ソレを受け入れる事が創作者たるもの必要になってくるだろう。いや決して、匠自身を言いくるめる為の方便ではない、決してだ。

 

「ワルキューレ様と同じく、ベラさんが協力してくれて私も嬉しい限りです。一緒にレナを、友人を救いましょう!」


「イザベラも覚悟は出来ている……って感じだな匠! 説明を頼む!」


 匠の脳内葛藤など知る由も無いジークは主導権をそそくさと匠へと返す。その一方でソフィアの左手はジークの手をギュッと繋ぎ右手は友情と笑顔をイザベラに差し出す。モテモテハーレムムーブが見事失敗に終わった匠にとって手を繋ぐ行為、それ自体が今はどうしようもなく羨ましくも恨めしく思えてきてならないのだ。


「待て……その前にだなぁ~」


 嫉妬と視線をジークの顔から右手へ落とす。


「そんなのはどうでも良いでしょう、匠? 私が協力する目的は一つ、レナを助けたいからよ。これ以上茶番を繰り返すのなら私は貴方を拘束した後、殺害して私も自決する。ソレが嫌ならさっさと説明し、作戦を実行しろ」


 苦戦するエレナと今後訪れるいざこざを前に察してか、イザベラは怒気を孕んだ言葉遣いで更に、


「なに、ソレが出来ないの~? 主人公なのにぃ~?」


 匠を煽っていた。


「俺を舐めてんのか? 俺は主人公だぞ!」


「なーにが主人公だぁ~よ、全く……ソレはこの作戦が上手くいってから口にして欲しいモノね」


「あぁ、分かったよ……今すぐにでも証明してやんよ、俺が天才主人公である事をなぁ!」


「えぇ、期待しているわ匠。もし、作戦から怪しいようであれば私はレナからの任務を全うする……あ、そうそう、もし私がこの作戦に参加するようならその期間だけ私の身体を好きにしていいわ……」


「そう宣言した事を後悔させてやんよ……!」


「出来るものならね?」




       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「って豪語した割には……」


「イザベラ、作戦は覚えているな?」


「……このざま……えぇ、覚えているわ。私が囮になって奴の気を逸らせばいいのね?」


「そうだ、後は俺が何とかする」


「頼んだわよ、貴方がエレナを救うと信じたくはないけれど、今日は特別に信じてあげるわ」


 ふんっと鼻を鳴らし「さようなら」と言い残すと、レースが編み込まれた白黒メイド服は正義と殺意が交わる戦場へ少しづつ歩み寄る。その表情からは必死に恐怖を押さえつけエレナを助けるべく覚悟を持った真剣な眼差しを浮かべ、両手は己の信念を貫くべく拳を握っていた。

 

 戦場は砂塵と鮮血が雨の如く地へと降り注ぎ、大地は刃同士の衝突によりクレーターが所々見受けられる。なんせ異世界における基本法則は匠の元居た世界の物理法則とは別モノだ、故に個々の力や衝突した際の影響は計り知れない。現状、砂塵やクレーターが生じたのは刃同士が高速で衝突し、ソレを受けきるため脚や腕に力を集中させた結果がこの惨劇を生み出したのだろう。

 何にせよ、そこへ近づく行為自体極めて危険だと察しが付く。


「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……私、心配になってきました」


「大丈夫だよきっと。なんせ、あの匠が作戦を作ったんだ、信じて待とうぜ?」


「うん……ジークがそう言うのなら。私、信じます」


「後はそれぞれの持ち場についてくれ、イチャイチャタイムは後でにしてくれよな?」


「イチャイチャ……ジュルリ……!」


「おい、そこの変態もだよ! 全員持ち場に着けってんだ、全く……戦場の緊張感は何処へやらだ。でも、だからこそ、この仲間達と一緒に困難を克服したいと心から思えるんだよな……」


 突発的に発した匠の言葉、その本音は、零れた感情はやがて水面へ広がる波紋のように周囲へ流れ込み――


「あぁ、そうだな匠……」


「し、失礼します匠さん。どうかご無事で。わたし、あなたのことを信じていますから」


「私も~同じく信じているわ~、今晩の夕飯は貴方の奢りだからね~。主人公匠さんっ」


「無論だ、口にするまでも無いぞ」


 ――やがて約束は確固たるものに、期待は絶対的なものへと、その姿を変化させる。


 そこに友情というスパイスを添えて。


「よし、俺も配置に付くか……」


 一呼吸入れ、匠は移動しつつも作戦内容を脳内で今一度整理する。

 そもそもこの作戦のキーはイザベラだ。男と対面した際初めに狙われたのはイザベラである点から敵をおびき寄せ意識を外へ向けさせるのに一番有効的な人物と言えよう、そのためイザベラには最前線で戦ってほしいのだ。ただ、何かあっては困る為と仕留められなかった時の保険に、予めイザベラには全魔法攻撃を反射させる指輪を装着させてある。


「もう少しだな……」


 匠含めた全員の配置が無事悟られず完了したのを理解すると、


「遂に接触したか」


 同時に敵の方もそれなりに動きが見られた。

 

 距離がだいぶ離れているせいか、エレナとイザベラの会話が聞き取れない。しかし、大鎌男がイザベラに向け攻撃を仕掛けたのは分かった。

 破壊音と砂塵が収まるなかエレナはイザベラを庇う形で前に出たまま男の大鎌を防ぐ。それを機に一時的ではあるものの、両者の動きが少し穏やかになる。

 砂塵が収まりターゲットの居場所が固定化された今なら実行に移せる絶好の機会だが、


「だが、イザベラの前にエレナが居るため作戦が実行できない……クソッ」


 エレナを巻き添えにはできない。


 そもそもこの作戦はエレナ自身のポジション取りがより重要となる。大鎌男の気を逸らしたのち、匠のエクスカリバーを打ちながら森で待機するワルキューレとアンネローゼ、ソフィアとジークが追撃する流れを組んでいるのだが、仮にそれでもヤツが生きているようなら匠が高速で距離を詰めつつヤツの能力が解放される前にトドメを指す作戦なのだ。尚、この時イザベラは魔法反射の指輪を使用し匠のエクスカリバーを反射する必要がある。


 ……エクスカリバーを早くアイツにぶちかましてやりてーな、エレナも俺が見る限りでは魔力の消耗が激しいし、コンデイションも良くないだろうし。


 更にエレナ自体の耐久や体力面も危うく、エレナの位置取りも丁度エクスカリバーの射程圏内と被っている。それに加え、エレナ以外むやみやたらに動けば作戦がバレてしまう可能性も起こり得る為、エクスカリバー発動のタイミングはエレナの行動に掛かっているという訳だ。

 無自覚から起こる奇跡を信じて待つこと約二分――


「ようやく動き出したか……」


 ――右へ右へと静かに戦場は移動し、だが大地と刃はミシミシと軋みつつ純粋な殺意を真っ向から受けている。


 だが殺意という感情ほど盲目的で、且つ人間に力を与えるモノは他に無い。

 イザベラをバックに敵対した正面から今度は左から右へ遠心力を利用し身体を捻れば、クラウ・ソラスの炎は業火となり大鎌を一時的にだが後方へ押し通す。

 真横へ誘導するエレナ、匠から見れば左側に位置するその様は気迫に満ちた普段の優しいエレナとはまた違い、全てを守り通したいという熱意が込められているように思える。

 なんせ、


「一瞬だけ、エレナが俺の方へ向いた気がした」


 ほんの一瞬エレナがこちらを信頼するような眼差しを見せたような気がする。

 それが幻覚なのか将又願望ゆえか、証明しようがないものの脳内思案の水中から意識という岸へ上がれば、


 ……エレナが上手い事ヤツの位置をずらしてくれたか、それにイザベラとも被っていない!


 目前の森林は既に道が拓かれており、匠を勝利へと導いていた。


「やるなら今がチャンス……! 逃すかよッ」


 その光景を見るや否や匠はエクスカリバーを自身の固有能力で呼び出し、ありったけの魔力を右手に込め始めた。

 やがて右手は青白い光を内包するだけに留まらずエクスカリバーという伝説上の武器を、己の相棒を、現実世界へ顕現させるまでに至った。この感覚は妄想という触れられないモノを絵に起こした様と似ている。


 ……エクスカリバーが打つって事がヤツにバレてなきゃいいが。


 匠が見る限り、奴の固有能力は「瞬間移動」だ。

 証拠として挙げられるのがイザベラを狙った奴の初撃、イザベラとヤツとの距離は約百メートル空いていた。だが奴は距離を詰めるまで一秒も掛かっていない。現段階でこの世界におけるトップランナーは匠だ、その匠自身でさえ百メートルを走り切るのに三秒かかり身体能力強化魔法の類も匠の爆速は超えられないのが事実として存在する。

 更に言えば音速や光速の類を使い仮に移動できたとしても、高速移動ゆえの周囲の破壊やら音のずれ、いわゆるタイムラグの一つや二つおこるはず。

 しかしながら現実はパズルのピースが欠けることなく寸分違わず、変化なしの世界が流れるのみ。

 

 明らかに物理法則と身体能力を無視し「理不尽」を体現したバケモノであると認識できる一方で、周囲の被害が皆無な状況で百メートルという距離を匠に感づかれること無く詰め寄る能力――


「――瞬間移動……されてたまるか! ここでヤツを仕留める!!」


 自身の脳内整理を終えて匠は右手を覗くと、青白い刃はやがて勝利をもたらすべく切っ先からグリップへ滑るようにして黄金の輝きを放つ。

 そして――


「死ねェェェェェェェ!!」


 ――怒号と共に唸りをあげ、目指すは正面、一点先。大鎌漢の四肢五体目掛け黄金の煌めきは今まさに振り下ろされた。


 強く握られた匠の右手にまるで反応するように大地は鈍く音を立て粉砕され、砂埃は舞い、周囲は一閃する黄金の知らせを視覚と暴風から来る刺激のみで察知する他ない。

 なんせ、腕を振り切った匠の全力は物理法則を無視するに留まらず、エクスカリバーの通り道さえ歪曲するほどのスピードと破壊力を持つ。匠の主人公としての力量は既に「自小説内最強主人公」の域すら超え、もはや神と呼べるほど。


 大地を高速で抉る黄金の輝き、それは防ぎようのない事実として、消えぬ敗北として奴の胴体を貫く――


「!?」


 ――その筈だった。


 しかし現実は、匠の甘い妄想は、赤い鮮血で強烈に塗り潰される。


「……あ、あぁ……」


 絞り出された最後の声は意味を成すことなくドスッとその存在を地へ落とす、生々しくこちらを向く生気のない首と鮮血と――


「……嫌ァァァァ!!!!」


 ――そしてソフィアの絶叫と。


「……はっ?」


 何が何だか分からない、全くもって理解不能だと匠は間抜けなリアクションしかできない。

 エクスカリバーは既に存在を消され、正面の大地は確かに通り抜けた形跡が真っ直ぐどこまでも続くなか、大鎌男は何事も無かったかのように滴る黒い液体を踏みつけ大地の上に立つ。


「……」


 理解が追いつかない匠を嘲笑うように、まるで見せつけように、死神は無言で大鎌を前方に立ち尽くす少女へ向けて刃――死を振りかざす。


「……な、にを……やって……」


 理解するのが遅すぎた。

 振りかざされた刃は目の前の少女の胴体を掻き切り、大地は二つに分離した身体とドス黒い鮮血と血しぶきが静かに広がる。

 ピンクボブの様からしてソレがソフィアだと直ぐに分かった、その横で彼女を守るように見知った首は落ちている――


「う、そ……だろ……」


 ――あの日の夜信じていると言われ、共に勝利を分かち合おうと誓った友が、暑苦しいほどの友情と情熱を持っていたあのジークは燃え上がるような瞳の輝きを失い、見るも無残な姿でこちらを見ていた。


「……」


 絶望はやがて言葉を失う所まで匠を追い込む。

 「一体何が起きたのか」そんな事すら匠は理解もせず、否考える事さえ後回しに視線は友二人のみ捉えていた。かつて熱血だと暑苦しくも賑やかな雰囲気を連れてきてくれた男は、エレナや周囲の友人を第一に想って優しい微笑みを浮かべていたあの顔は、今となっては悲鳴や絶叫すら聴こえず、その身体は両方ピクリとも動かない。

 

 何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も……


 名前を連呼し、心の中で強く願い声が枯れるまで呼んだとしても――


「……あぁ……あ……」


 ――決して動くことは無かった。


 絶望に打ちひしがれ、自らが大鎌男へ恐怖すら覚えてしまうこの光景を。復讐すら、恨みですらも、自らの生を第一に思考してしまうその意思に匠自身、喉と手足の震えを忘れてひたすら笑うしかなかった。


「アハハハハハハハ……アハハ、アハハハハハ!」


 天を仰ぎ見てひたすら笑いながら様々な思い出が脳内でフラッシュバックしスクリーンのように流れる。互いに協力し合い実践授業をクリアした時、ジークの熱血具合を楽しく弄った時、信頼を寄せ信じてくれた時、そして――他愛もない話で笑い合った時。

 

 そんな普通の光景が、日常が、今はどうしても尊く思える。


「……」

 

 絶望に押し潰された匠の様相を確認し、大鎌男は目の前でニタリと不敵な笑みを零した――


 同時に青外套と大鎌へ付着した返り血が浮かび上がってくる感覚に陥り、匠の心臓はギュッと締め付けられ、全身の震えが止まらなくなる。

 それは正しく匠自身の予想した勘が事実として発生する前触れを示されているようで、


「たくみ! 死にたくない! だずげ、だずげで……!」


 その刹那、耳を貫くような声音が匠を刺激した。

 視線を早急に前方へ合わせると空色のツインテール少女は大鎌男に首元を絞められ、ジタバタと宙に浮く両足と先まで手に持つハンマーは丸裸の大地へ力なく落ちる。一方彼女の両手は必死に自らの生死へ影響を与える要因を排除しようと努める。


「め……ろ……」


 が、その抵抗も数秒しか持たず彼女――否アンネローゼの腸は奴の一突きで外へぶちまけられ、口元からは鮮血が噴水の如く流れると、その両手はぶらりと静かに下がっていた。

 漫画のコマのようにターゲットは否応なしに切り替わり絶望は、悪夢は――まだまだ続く。


「あんたは……助けてくれると、仲間だと、希望だと思っでだのに……!!」


 氷のような冷たい視線と心からの熱い言葉はもう二度と、一生――。

 

「お……ねがいだ……」


 懇願しかできなかった。

 先のエクスカリバーは大鎌男の能力である「瞬間移動」を踏まえたスピードとパワーを有していた。勿論理論上はこの世界で一番強いとされる魔王でさえ逃れられないモノを奴は傷一つ付かない状態で、逆に匠の大切なモノを次々と容赦なく蹂躙し、匠自身も自らの死と圧倒的な実力差を前にして精神的にも不可能だと悟る。

 

「これ以上は……もう、やめてくれ!!」


「……」


 まるでかつての仲間が目の前で殺される感想はどうだ、と問いただす不敵な笑みは、そんな自身の生存を一番に願う男の絶望を掻き立てる。


「お、願いですから……」


 掠れる懇願と溢れ出た恐怖を形へ――両肘を地に付け土下座をして見せた匠。

 

 戦うのが怖かったのだ、命が惜しかったのだ、痛いのが嫌だったのだ、奴に許してもらおうと見逃してもらおうと試みたのだ、そして、この惨状を見て自分だけが助かりたいと思ってしまったからだ。故に匠は額を地に擦りつける、許しを請う弱者として振舞う。


「オマエヲ……一生恨ぶでやる……地獄デ」


 なんせ、目の前で蹂躙され身体を掴まれた少女――ならぬワルキューレの四肢は既に無い。

 正確には彼女の四肢は真正面の男によって切り取られ、食べさせられていたからだ。彼女の首元を掴み腕を、脚を、力いっぱいワルキューレの口元へ運び入れ咀嚼される。ソレは生々しくおぞましいやり方で――男は表情を一つ変えず匠に向かって不敵な笑みを湛えていた。


 視界を自らの影に移したまま動かない匠でさえ、この絶望は骨が砕かれるような鈍い音を自らの内で奏でていると理解する。

 口を噤んで必死に抵抗を試みる彼女の口腔は、その努力は、大鎌男の前では無抵抗に等しく自らを己で粛清するようヤツはワルキューレの顎を引き裂き、彼女の片腕を強制的に喉へ通す。歯は砕かれ顎はヒビが入り絶叫ですら苦痛を伴い、止血のため傷口を氷で塞いだ部分からは鮮血が滲み出て地へ滴り落ち――あばらが砕かれる死の音色が目の前で聴こえた。


 虚ろな双眸で匠は正面、青鎧姿の少女を見据えると――


「俺が……」


 ――四体の屍が静かにこちらを向いていた。


 まるで身体から中身が抜けたように力なく首は倒れている。ソレは同時に雪原のような白い素肌とやけに生々しくドス黒い鮮血を周囲にまき散らし、匠が犯した罪を自覚させるまでに至る。


 諦めは積もれば積もるほど自らの感情を消失させる刃となり、匠の生を蝕んでいく。


「殺し……」


 いっそのこと殺してくれ、と願う匠の心情はやがて懇願という形で涙に濡れる双眸を大鎌男へ向けた。

 匠を見下す顔は先程まで口角を上げニタリと笑う様から、歯軋りを鳴らし双眸を歪める憎悪に似た感情を向け、今にも喉元を掻き切るような殺意さえ感じられる。


 怒っている。決してそんな一言で収まらないモノだが、確かにヤツの表情は絶望に打ちひしがれた匠でさえ確信するほど、冷静沈着さを欠いたまま復讐の刃をこちらへ向けていた。

 リミッターが外れるのは時間の問題だろう。血に染まった大鎌を横へ一閃し空を切り、今にでも食って掛かりそうな勢いだ。


 ……奴は明らかに俺を、神崎匠を殺そうとしている。


 ヤツの憎悪から逃げるように匠は自らの行いが招いた結末を見る。

 主人公として守るべきものがあったのにも関わらず、救う力があったのにも関わらず、友と仲間の前で誓ったのにも関わらず、自分が傷つく事に恐れをなして。


 ……せめて、殺される前に俺のやった事を見て死にたい。


 たった一つの感情でこうも人間は変わってしまう。

 この惨状を一瞥するたび自らの選択と未来が真っ赤に染め上がる感覚、心臓目掛け剣が突き刺さった息苦しさから匠は涙ながらに己の脈打つ心臓を黒鎧越しで掴み、死を渇望する。

 大鎌の切っ先をヤツに向けられ、匠は矛先が自身へ変わった事を理解しつつも分かり切っていた事実を噛み締めるのだった。ソレは己の生に幕を閉じる事と苦虫を嚙み潰したような敗北――

 

「俺の……負けだ」


 ――そして主人公では無い、絶対的で揺るがない事実を刻み込もうとヤツは匠の命を奪う。


 何も成しえない己の無力と死を恐れる自身の弱さを抱きながら匠は惜しくも双眸を閉じた。絞り出された声はやがて地を打ち付ける無念と化し匠の右拳を赤く染め上げる。

 べっとり血が滲むなか心身ともに痛みは増すばかり。ただその中で、奴の手で確実にこの惨劇が終わる安心感すら同時に強まっていた。


 ……もうすぐ終わる。

 

 風向きは左右から前後へ吹き荒れて、殺気立った気配と死の宣告はすぐ目の前、一呼吸すら与えぬ速さで匠の頭上から容赦なく大鎌は振り下ろされ、


「匠!」


 力強くその名を口にした彼女の声はいつぶりに聞いただろうか。鮮血を被るように浴びるなか匠はふと、その懐かしさを視界に入れようと自身の瞼を開く。その行為は己の最期を忘れた愚か者であって、同時に地獄の門を叩く生者の姿であり、まるでソレは匠に死という『逃げ』を否定するようだった。

 

 懐かしい紅髪が風に流れると同時に見慣れた赤がそこにはあった、否あってはならない赤が身体から滲み出ている。

 黄金のマントは既に張り裂かれ、王国騎士の証である白鎧は彼女の陰で見えないが、全身ドロッとした何かに包まれている事は分かった。それに加え、つい先ほどまで右手に握られていたクラウ・ソラスの影すら見当たらず徐々にエレナの声音も小さくなり、ただならぬ様子だと見て取れる。


「……エ……レナ……?」


「良かったぁ……匠くん、が生きててくれて……」


 声が出なくなった、言い換えると匠は絶句していた。

 なんせ彼女の胸元に埋め込まれたエメラルドグリーンの宝石は粉砕され、代わりに心臓を満たしたモノは熱くも己が造り出したこの世で唯一の武器クラウ・ソラス――それが自身の右手に握られ、自身は直立したままエレナの心臓を深く貫いていた。


「は……?」


 意味が分からない、それどころか呼吸まで忘れてその場で固まってしまう。

 何故エレナが刺され、なぜ匠がクラウ・ソラスを握り助けに向かったエレナを刺しているのか、何故匠自身が当然の如く立っているのか、なぜエレナが苦しまなければならないのか。何もかも、そう何もかも分からず、ただ匠は座って死を迎えていただけなのに『なぜ自身も苦しまなければならないのか』。

 視界が暗闇に慣れたか、はたまた現状を見て察したのか、匠の目には白鎧一面を染めたモノがエレナの鮮血だと頭で理解し、同様に自身が起こした事の重大さと避けようのない現実を今度は五感で再認識――


「エレナァァァァ!!」


 ――涙に濡れる視界で刃を彼女の身体から抜きつつも必死にその名を、匠が愛した者の名を口にする。


 瞬きすら忘れ、のめり込むように言葉を紡いで必死に叫んで抗う。

 ソレは命が地へ落ちる音が耳底から響くのを、自身が理解してしまう恐怖を、打ち消したかった故の絶叫だった。クラウ・ソラスの剣身は赤く染まり匠の右手もまた血に染まり、エレナの口からは血反吐が、胸元は鮮血が白鎧越しから滲み、結果としてエレナは匠から蹂躙された。


「あ、ああ……」

 

 自身がエレナの生命を犯した紛れもない現実に言葉が詰まる中で匠の震えと動悸は最高潮に達する発狂寸前――だが幸いなことに呼吸と意識がエレナの肉体から乖離せず生を刻んでいた、それだけが匠にとって唯一の救いだ。


「まだ……救える」


 薄々は勘づいていた、その事実は決して揺るがない事を。だが匠はやるしかなかった、否それ以外の選択肢は存在しないだけのこと。

 震える自身の右手を刃から離し青白い光を、奇跡に縋る弱さを両手に抱えたまま身体は少しづつ、未だ刃が胸元に刺さり全身血塗られたヒロインエレナの元へ。

 刃を彼女の心臓から抜く勇気すら持ち合わせず、死ぬことも恐怖としか思えずに、主人公であるのにも関わらず仲間が蹂躙される様を傍観し、それに安堵し――せめて。


 ……せめて彼女だけは、自分が愛したエレナだけは守りたい。

 

「生きて……」


 ……そう思って覚悟したつもりだった。


 だがエレナの返答はそんな匠の思考など惑わすほどに温かく、いつまでも優しい言葉をかけてくる。

 声は柔らかく重たい身体を前に突き出し匠を微笑んで包み込む。まるで「心配しなくても良いよ」「あなたのせいではない」と言われているような――


「……まって……」


 ――同時にエレナの口から流れる吐血と光が消えゆく桜色の双眸が、そんな理想を現実に引き戻してくれるモノで、匠は咄嗟に回復魔法をエレナの身体へ宛がおうと両手を上げる。


「そして、いつか……私を迎えに来て……」


 「もう大丈夫」とエレナの首は左右に振られ、紅髪は太陽の下で輝き踊る――まだ命は匠の前で踊っていた。

 しかしながらエレナの身体は自ら匠を離し、両手で匠を拒絶し、勢いよく跳ね付けて。


「……くれ……」


「あなたを……愛してる」


 今にでも崩れそうな満面の笑みと、愛おしさと、涙を見せて――


「……」


 ――命の灯火は匠の目の前で、大鎌男によって容赦なく首が大地へ落とされた。


 命が勢いよく噴出し緑の草原を赤く染め、胴体はドスッと力なく倒れて首は生気を失いただ転がっている。

 ピクリとも動かない様子に自身が返り血を浴びていようとも例え己の命が揺らごうとも、今の匠には関係の無い話で――呼吸すら忘れて、エレナの最後を認めたくなくて、匠は必死に絶叫と涙を流した。

 そんな光景にヤツは、この惨劇を生み出した主犯は、


「……」


 匠の目前であろうことか見せしめるように大鎌男はただただ声も出さず嗤っていた。


 ……お前の責任だと、お前が無能だったからだと、お前が弱かったからだと。

 

 エレナから拒絶され地に落ちようと、その口にした事実だけは間違いでは無い。

 血の海に浮かぶ身体は先程まで匠を包み、生気を失った顔は直前まで匠に「生きて」と優しい言葉を掛け、絹のように美しかった紅髪はヤツによって血で染められ、いつまでも見ていたい桜色の双眸は色素が抜け落ち奴の手で黒に染まり、エレナの笑顔は匠自身で、エレナの人生は己自身で、エレナの夢と希望は自分で――


「――俺が全部壊して、殺したんだ」


 無様に大地へと倒れるなか、匠はやっと己自身が犯した罪と同時に、


 ……俺は主人公じゃなかったんだ。


 匠自身が呆れるほど今更になってその結論へと辿り着く。



 


 ――ライトノベル作家がアニメキャラを殺すってよく言いますが、それってホントですか?


 



 

 ふと、名も無き誰かがこの物語にタイトルを付けた。





ここまで読んで下さりありがとうございます! これにて一章終了です! 次は二章に入りますので、これからも応援して下さると助かります。感想お待ちしております!

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