その因縁は前世から
遅くなり申し訳ございません、自分が想像した以上に長くなっていました。
「良かったァ、神崎匠も早く決着をつけたいと思っていたんだぁ~?」
「心外だな、お前がバカすぎて呆れたわ。ただ俺は――お前みてーな雑魚をとっとと片付けたいだけだ」
「この……クソったれがァァァァ! コレが人間よりも高貴な生まれの我ら、魔族に対する冒頭かァ! このクソ創造主がァァァァ!!」
呼吸を荒げ両足で地団駄を踏み激しく憤る様はまるで子供。だが、地団駄と言ってもロシツキーの足踏みは大地を抉りクレーターを形成する程の力と緊張の念を匠へ持たせるモノだ。黒い外套と杖に目立った外傷はなく、もちろんロシツキーの身体もその反応に見合った小学生の如き様相を呈している。
……ここで下手に刺激すれば何をしでかすか分かったもんじゃない。
その証拠に、今まで雨のように降り注ぐ氷槍はストップし同時に魔王軍の侵攻まで完全停止。魔王軍幹部として味方も下手に奴の機嫌を損ねる行為は自殺に等しいと理解し、格上だと分かっているからこその判断に違いない。
……相手は精神面でもガキだからな、ライトノベルの展開でもそれが際立っていた、よ。お、おい、さっきアイツ「創造主」って言ってなかったか?
「まさか……おまえっ……も、俺の正体を知っているのか!?」
「驚いたー? この世界の創造主、さ・ま・!」
さっきまで自己中心的に鳴り響いた地鳴りは匠の問いかけにより、今度は一つの結論として匠を精神的に追い詰める。気を引こうと、驚かせようと、子供のような純粋さに真実を乗せるロシツキーの白瞳からは生気と狂気の両方が存在していた。
両手をバッと横に広げ肩を鳴らし笑う様は開戦の合図としては場違いなモノであり、不気味さと戦争がもたらす心の変化を表しているように思える。
その様相に匠は全身から血の気が引く感覚を味わい、匠は気を失いそうになり――
「匠くんっ! 大丈夫ですか!」
「エ、エレナか。すまん、少し足を滑らせたみたいだ」
――ギリギリのところでエレナに拾われ、体重を預けつつも態勢は直立を維持する。
意地と行ってしまえばそれだけだが、エレナに支えてもらっている安心感とヒロインの前で弱々しい行動は出来まいとする「主人公としての自覚」が匠の身体を動かしていた。
「私は大丈夫ですから。それよりも――何が可笑しくて笑っているのですか、魔王幹部ロシツキー様。人間より高貴な存在のあなた方が、感情さえ闇へ落とした人外が、笑顔を魅せるとは驚きです……」
「いいやぁ、そんなに可笑しいかなぁ~? 実際、この状況は笑うしかないから。そりゃあ……だって神崎匠は、想像以上に呆れるほどバカなんだもんっ」
「これ以上、彼に対する侮辱を行うのであれば、その減らず口を力ずくでも封じます」
「それは神崎匠だけじゃなくて君もだよッ? エレナ。だって、自身の力を封じておきながら他人を優先する性格はバカとしか言えないなぁ~。生を与えられた生き物は生に執着する、それが生き物ってもんだろ? だが貴様は自らその理を外して愚かな行為を、死を願っている。もはや人間として歪みきっている存在、害悪そのものだ」
「そうですか、あなたからはそう見えましたか……貴方の考察が全て外れているとは言いません。ですが、これも一つの世界を救う為であり万人を救う為、自らの罪を償う為でもあります。その良し悪しを決めるのは貴方では無く、彼――匠くんだけです」
「へぇ~、魔族に喧嘩を売るんだぁ~。それも、魔王軍幹部に……」
真上を見据えていた顔はいつの間にかエレナへと向けられ、先程までの純粋無垢な瞳も不敵な笑みですら消滅。代わりに残された感情からは、眼を尖らせ歯を食いしばりながら睨みつける憎しみだけが残っている。
「それじゃあ……死ねよ、雑魚」
小声だが大声とは違い憎しみ全てを凝縮したような声音であり、一種の脅迫めいたものに思えてくる。その刹那ロシツキーは右手に持つ杖を激しく、かつ万人へ自らの偉大さを知らしめるかのように大地へ先端を叩きつけた。
ライトノベルの設定が正しければだが、ロシツキーの行動は――
「まずい、エレナ! 奴らが攻めてくるぞ!」
「……ッ!」
――数千の魔王軍を動かす号令となり得る。
「殺せ……一匹残らず、だ!」
叩きつけられた中身のない音。
大地は轟音と共に揺れ動き、空から氷槍と炎ブレスが襲い掛かる。まるで数千の軍がロシツキーと共鳴しているかの如く、活動を開始する。
……数千の軍勢を相手にすること自体は容易な事だ。しかし、今回は魔王幹部が存在することで、敵兵を殺し損ねる可能性が高い。正直、人間だけでなく生あるモノ全てを殺せないエレナへ、迫りくる魔王の大群を一任するのは難しい。
『魔王軍幹部を相手取りつつ雑魚を殲滅する』実力的には可能だが未経験な部分が多く、相手が匠のヒミツを理解している以上、戦闘面においてもイレギュラーが引き起こされる可能性は五分五分と言ったところだ。
それに加えロシツキーの固有能力『死の号令』は事前に自らが触れた物を自由に移動させる能力。これは物に限らず生ある者まで質量、距離、物理法則、それらを問わず完全無視する。
「いったいどうすれば……」
「敵軍、正面ッ――! 前衛は直ちに、歩兵を殲滅せよ! 飛来物は後衛が対処! 中衛は神崎匠とエレナの安全を第一に、進軍せよ――!!」
背後、匠を通り過ぎた騎兵は黄金の鎧を纏って純白の剣を上空、太陽へ掲げたまま兵士と共に戦場を駆け抜けた。
迷いと不安を一瞬にして刈り取る登場。
きっとそう思うのは顔と声音が見慣れた男――ゲルトだからこそ効力を持つのだろう。普段は理事長室へ足を運べば紅茶を勧めるオッサンだが能力と実績はライトノベルの中でもトップクラスの実力を持ち、ストーリー上では自陣営の精神面や勝敗をも左右するほどの影響力を有する。
現にライトノベルの展開はゲルトが参戦していなければ敗北する戦闘は数知れず、
「助かったぜ、ありがとなゲルト」
「お力添え感謝致します……ゲルト様が共に魔王討伐、それも最前線で加勢して下さるとは非常に心強いです」
「それより負傷は無いかね? 二人共……ッ!!」
「アレッ!? 創造主様と愚かな女騎士を狙ったつもりだったけどなぁ~。なんでだ?」
今もこうして窮地をゲルトに助けてもらったわけだ。
純白の剣と杖モドキの槍が衝突し火花と殺気をチラつかせる。
「バチり」と金属同士の挨拶が匠の前方にておよそ三十センチという至近距離で交わされると、それを皮切りに平野は一瞬にして血の海へ染まり始めた。
「貴様の相手はこの私で充分だという事だ……彼らには触れさせない」
「ゲ……ルトだと? うざい、うざい、あぁ、うざいうざいうざいうざいうっ、ざぁ~イィィィィ!! 殺す、人間は皆殺しだぁぁぁぁぁぁ!」
「ゲルト、コイツの能力は一度触れた物体と生き物、その位置を自由に変更させる能力を持っている! 気を付けろ!」
全身から溢れ出る魔力を目に、匠は忠告と攻略のヒントをゲルトへ口頭で伝える。息遣いは荒く全身を通う魔力は黄緑色に反応、瞳は噛み殺すのみを目的とし爪は首を搔っ切る為に伸び、殺伐とした雰囲気を生み出すロシツキー。ライトノベルと同じく設定上、魔物は魔力を血液代わりとして取り込むためロシツキーの身体は黄緑色の血管で、その全体像がハッキリと目視できる状態だ。
一方ゲルトは何食わぬ顔で冷静沈着に――
「忠告感謝する。礼だ匠、私の馬を使え……匠は頼んだぞイザベラ……」
――純白の剣を魔王軍幹部へ向け、宣戦布告。
「了解……致しましたゲルト様。どうか、お気を付けて下さい……」
「あぁ……もう会わないと思うがね」
静かに、消えそうな声質でイザベラの背後を見送るのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「エレナ様! エレナ様の部隊を連れてきました、ご活用ください。それとひとつ……例の件は指示通り致しました。それとグルアガッハの生徒が……」
「イザベラ、それはホントですか!?」
「よっ、エレナ! ホントの事だぜ残念ながらな、俺も力になりたくて来ちまった!」
「ご、ご迷惑という事は重々承知しております。で、ですが私もエレナさんのお力になりたいと思っています。と、友達……ですから……!!」
白馬に騎乗し敵陣へ進軍すること早一分が経過。
馬による地揺れを全身で受けながらエレナは目を丸くしつつ声の鳴る方へ首を動かす。きっと目を丸くしたのには、己が見せる幻影から生じたモノでなく眼に見える事実として認めるが故の、最悪の未来を想像してしまったが故の、反応に相違ない。
「ジークさん、ソフィアさん!?」
……おい、ここは雰囲気的に主人公の俺にスポットを当てるべきだろ。将来的に魔王を倒す、この俺が見えねーのか?
エレナの後方へ腰を落とし相乗りする匠は不満げにその展開を黙って見ていた。否、付け加えるとすれば馬の相乗りを理由に両手でがっしりと、密着するように、鎧に覆われたエレナの腹部を掴み青春を謳歌中だ。
エレナの腹部お触りシーンは男であれば需要しかないのだが、ライトノベルでの日常回やこの世界においてそのような展開は発生せず今日に至る。それ故このお触りシーンは匠にとって魔王討伐と同等に重要であって、緊張を和らげ精神の安定を図るためにも繋がる。
だが現実は、この異世界は、匠を主人公と認めていないようで、左右の仲間は匠に一斉声を掛けずエレナの方へと視線を向けるばかり。
気を許せば数秒後に地上へ投げ出されそうな揺れと、柔らかくも優しく肌に触れる春風が「天国か地獄か選べ」と問うてくるような感覚に匠は襲われる。騎乗し駆け抜け映し出される地上は、殺し合いと血の海が走馬灯の如く視界へ現れては消えを繰り返していた。
「ここは本当に危険です、あなた方だけでも直ぐに撤退を……!!」
「あら、連れないのねぇ~エレナ。友情と心配を無下にするつもりぃ~? 寛容なのは、その大きい胸だけかしらぁ~? そ・れ・に・ィ~私も魔族の身体を隅から隅まで丸・は・だ・か・にしたいのよねぇ~。気になるわぁ~魔族の造り……」
「ハァハァ、丸裸!? う、薄い本が捗りますねぇ~グヒヒヒ。やはりノルザさん、貴女についていくのが一番だと改めて……ハァハァ、理解しました……!」
聞き馴染みのある、それも特徴的な声域と口癖は匠のすぐ後ろから撫でるようにその存在を匠へ知らしめる。
振り向く視界は上下しつつも、特徴的で差別化できるモノは見て取れた。
二頭の馬へとそれぞれ騎乗を果たすソレは端的に表現するのなら変態だ、否右側後方に位置するド変態は真っ直ぐ下ろされた茶髪を風になびかせ、黒の外套に包まれた胸部と傷一つ見当たらない純白の太ももをちらつかせる。
反対、左側後方の変態はブルーのツインテールを揺らしつつ茶色の双眸をキラキラと光らせる。その表情はまるで虫取りに行く少年のような純粋さで左手は手綱を、右手は軽々と振り回された虫網――ハンマーを持ち、その狂気を振り撒く。
「アンネローゼにノルザ!? お前らまでどうしてだよ……」
この世界の曲線美と色香を全て束ねるか如く、混ぜるな危険二名は匠の前へ大集合――
「彼女らだけでは無いぞ、ワシや」
「匠、来たよ! 竜人の国を救ってくれてありがとうね! 次は私が人類を救う番だから!」
「久しいのぅ、匠。此度は我ら竜人族代表も加勢に参った次第、存分に活用してくだされ」
「ラバンさん、レイナやラガルトまで皆して……」
――かと思いきや種族の壁を越え駆け付けた同胞や老いぼれの姿も目視できる。
「魔王を打ち倒す事が出来るのは匠しかいない、皆それを理解したうえで君の力になりたくて集まっている者達だ。臆するな前へ進み続けろ、自ずと――否力づくでも道は作る……!」
「ま、よーするにだな、オメェは口を咥えてみてりゃいーんだよッ! それにッなァ、魔王を倒してもらわねーとコッチにとって不利な状況は変わんねーンダァ、しくじんなよ・ニ・ン・ゲ・ン・!」
「アンネローゼに、その声はノルグか!?」
「違うなら、オレッは一体なんッなんだァー?」
「そんなに驚かれても困るのだが……こ、ここは、せ、戦友として……友人としてだな……」
ノルザの右肩へと足をつけるノルグは黒の尾を左右にメトロノームの如く繰り返し揺れ、紫の毛並みはポメラニアンの見た目と相反して酷く逆立っていた。一方ハーフアップ姿の碧髪を風になびかせ、瞳孔を大きく頬を赤く染め上げる氷上の女王こと――ワルキューレ・アメリアは綺麗な琥珀色の双眸を手甲で隠す。
ノルザの右後ろで騎乗しつつも片手で恥を隠すその様からは氷上の女王としてではなく、異性として意識させるほどの強制力さえ感じられる。
「なんだアンネローゼ、ツンデレか~? お前らしくないなぁ~素直に『友人の力になりたくて来ました』って言えばいいじゃねーか」
「う、うるさいっ! 私はただ、エレナの力になりたいと思っただけだし……」
「ワルキューレ様……」
「ワルキューレ! これからは私の事をワルキューレと呼んでください。だって、友達なんだから……」
「わ、分かりました。ありがとうございます、ワルキューレ」
「感動するのじゃ……」
ノルザとアンネローゼに挟まれる老いぼれは御者台に座りつつも気の抜けた感想を吐き捨てる。視界から通り過ぎる草原は赤黒い絵の具で塗りつぶされ、日常という概念を崩壊させていた。屍が映るたびこの戦争がもたらす被害と死について考えれば、ラバンの感想は空気が読めない以上に不快感すら覚える程だ。
「てか、なんでラバンが居るんだよ! しれっとクソ雑魚爺さんが、それも王国騎士じゃないと入れない舞台に。本当にお前は一体なんなんだ!?」
「あらっ、知らないのぉ~? 彼、王国騎士の中でも指で数えられるほど強いのよぉ~。そ・れ・にィ~ラバンは仮の姿であって真実は別にあるの……」
「それはどーゆー事なんだよ、ノルザ?」
「言葉通りよ~。ま、見ていなさい……」
その数秒後、匠の体感時間では一秒にも満たない刹那を爆音が通り抜けた。
匠自身もタイミングとして物語上のストーリとして理解していた、それどころか身構えてさえいたほどだ。その筈だったが――
「なに……が起きた?」
――爆音は、その匠の覚悟すら壊すほど意外性と予想の範疇を遥かに超える。
原因は敵軍から匠の方向へと投げられたモノが後方に飛ばされ円形状のクレーターを形成し、投げ飛ばされたモノ――曰く魔王軍幹部四天王の一人だが、ソレが無傷で座り込めば今頃匠の反応は『関心』に消化されていた筈だろう。
「拙者の攻撃を防ぐとは……この老人、何奴……」
「影の者と言えば、納得して下さるかな?」
だが匠の反応は関心からは遠ざかり、むしろ驚愕へと進化を始めていた。
先程の攻撃で、破壊行動により馬は興奮状態に。
匠の部隊とエレナの部隊、ワルキューレの部隊やその他も行動不能と判断しこの場で緊急停止、視線は自ずと後方に位置する二つの影を追ってしまう。
その両影は自らが地にクレーターを踏みつけている事も知らず、ただただ正面の敵を凝視し刃を交えていた。
奥の一人は身なりと刃の形状から異世界の西洋を壊し、和をリスペクトする精神はこの世界でただ一人しかいない。
……コイツは『魔王軍幹部四天王・黄泉』よりにもよって厄介極まりないアイツが!
黄泉の名にふさわしい全身黒の甲冑を身に纏い、否全身黒なのは闇に己を魂ごと預けているが故の影響とも言えるが、自我と兜越しから覗く鋭いブラウンの瞳だけはホンモノだと呼べる。
火花をちらつかせた日本刀の柄からは老人でありながらも四天王と互角の戦いを強いるゲルトの凄さがひしひしと――
「――伝わってくる。って、おい! な、なんでゲルトが戦闘してんだ!? しかも、四天王と渡り合っているって……」
言葉を消失しながらも匠は事の始終から目を離さない、いや目を離せないのだ。
「老人よ……」
「お前さんが気にする事ではない。これは私が望んだことゆえ……。汝の武士道を讃え、特別に素顔を公に晒そう……」
火花を生み出すゲルトの刃からは波打つ地鉄が見え、日本刀の特徴をしっかりと抑えつつも問題なく使いこなしていた。あたかもコレが本当の姿だと主張しているかのように、砂塵で薄汚れたローブと彫の深い西洋寄りの顔が更に日本刀への異質さを強調しているように思えてくる。
「なぁ、ノルザ……アイツは、ラバンは一体何者なんだ?」
「だから最初から言っているじゃない、彼は『偽り』だって」
「勿体ぶらなくて良いから教えてくれよ……なぁ?」
「そろそろよ~」
百聞は一見に如かずとは正にこの事だろうか、匠の視界と意識を奪ったソレはパズルのピースが合わなくなるように突然に、且つ唐突に、目の前で音を立てず剥がれ落ちていく。
偽りのヴェールは灰と化し地上に触れるより先に消滅――ではなく蒸発した。その衝撃は、
「お、おい……コレって……」
匠が記憶するゲルトの姿と人間的常識をも見事に打ち砕くモノに他ならない。
「忍者……っ! 貴様、まさか東洋人の生き残りだと……!?」
「御明察。然り、拙者は東洋人ただ一人の生き残り……雷鉄と申す、以後お見知りおきを」
ゲルト、いや雷鉄は仮面が剥がれようとも休むことなく周囲を疾走、跳躍、衝突を繰り返していた。忍者と自負していたのもあってか、行動や能力ばかりでなく戦闘服も全身紺の忍び装束を着用しつつ体は、朽ちる身から鍛え上げられ引き締まった肉体と力強い声に代わり、百八十センチを優に超す長身からは紺一色で染められた頭巾の端がなびく。
「面白いではないか! さぁ来い、東洋の人族よ! 我を、この黄泉を楽しませて見せろ!!」
ジリジリと日本刀と日本刀が否応なしに命を奪い合うなか、匠ただただその真実に驚愕するしかない。
「一体、アイツは……」
見た目は人間としての一般的常識を通すなら忍者だが、ライトノベルの設定と匠自身の認識を主にすれば、それは――未知であってイレギュラーと呼べよう。
物語上、ラバンはモブの油売りとして描かれ出演場所や回数も序盤のみとなっている。加えてこの異世界において世界観は洋が九割を占め、和は一割にも満たない。その為、登場人物や武器においても古風な名前は稀だ。
……何なんだ? 俺の知るラバンはモブで、でも現状はラバンは雷鉄とかいうキャラの仮の姿とか言ってるし、マジで何が何だが分からないうえにイレギュラーが、いやここまでの変わりようだと「世界変動」の領域と理解した方が良いだろう。それが目の前で黄泉と対等に渡り合っている。
雷鉄に関して、この世界の創造主である匠にとっても未知の存在に変わりない。どこで生を受けどういった経緯で王国側に付いたのか、それは如何せん現時点の情報量では一ミリも理解できずに傍観者になり果てるしかない。それは能力や目的といった深い心情面においても同様だ。
世界が匠色で無くなる事実に反応し滝のように流れる不安ならぬ冷や汗を、頭を乱暴に掻く事で掻き消す匠。人間、一度止まれば様々な事象と原因を繋げて行動を自ら制限してしまう、それを匠は理解した上でより強い外部の刺激を与えることで負の連鎖を防いでいるのだ。
右隣で匠の奇行を目にし、
「ご、ごめんなさい匠くん。今までずっと黙ってしまって……ラバンさんは、彼は王国騎士に属し主に敵軍の情報収集をメインに行動する方でして、王国騎士内でも彼を知り得るのは選ばれた方のみとなっておりリブート王国側から直接、匠くんには知らせるなと命令されていました……」
そそくさと、まるで彼氏の機嫌を伺う彼女のような素振りで頭を下げ謝罪を行うエレナ。
「そうか……俺に黙っていた罪滅ぼしにここはひとつ、雷鉄の能力を教えろエレナ」
「えぇ、分かりました匠くん。雷鉄さんの能力は東洋に伝わる忍術と魔法を織り交ぜた独自の魔法で、普段はラバンさんに化けて敵軍の偵察や特殊任務に当たっております。身体能力はそこそこあり『雷刀』と雷魔法を操るのを得意とし、忍術は潜伏寄りのが多いと聞いています」
「雷鉄は見た目や能力面においても忍者として完成されてんのか……なぁノルザ、雷鉄にここを任せても大丈夫なのか?」
「えぇ~大丈夫よ~? そ・れ・に、私も彼と一緒に戦うもの」
「神崎匠殿、ここは我らに任せてはくれぬか?」
「おい、その声は雷鉄か!? だとしたら今は忍術と魔法どちらを使っている?」
「魔法は只今雷刀へ回しており、忍術の一種である遠方話術を用いて話しております。それと――そろそろ回答をお聞かせ願えないか……」
遠方話術というネーミングセンス皆無の忍術を唐突に使用し、匠の脳内に直接語り掛けるラバン――雷鉄の口調は忍者らしく、上司に忠実な部下のようで、
「お、おい……本当に任せても良いのか!?」
つい匠も良心の主張を優先してしまう。
いや、匠の主張は一部分のみ当たってはいたのだ、雷鉄から振り上げられた雷刀はその名の通りに電気を帯び、正面の黒甲冑を粉砕するべく下げられる。まるで光が真っ直ぐ通過するような一撃。
だがそれは黄泉にとって害とならず、自らに向け振り下ろされた光を己の闇で防ぐ。否これは比喩ではなく事実として、黄泉の日本刀は炭にでも付けたかのように黒く、灰を吸収したかのような焦げ臭さが、死臭が漂っている。
ほぼ互角だ――。
「しかもノルザと一緒にだぞ……!?」
魔王軍幹部、それも上位互換の四天王に挑もうというのだ。
「本当に倒せるのか?」
疑いは悪意が無くとも抱く。
「信じてはくれぬか? 匠殿……」
「それにぃ~、私も関与していたけれどリブート王国門前での違和感ならぬ監視は私達がやっていたもの……ま・か・せ・て・♡」
「いや、ここで唐突の伏線回収かよ! どうなってんだよ、この世界は!」
まさかのカミングアウトを受けて匠はこの世界の適当さに呆れながらも、
「まぁ……そうと分かれば、任せるよ。任せるしかないしな……頼んだ」
自らの選択を丸めるのであった。
「この雷鉄が必ずや……匠殿、期待しておりますぞ」
「ふんっ、この俺様にかかりゃ、こんな雑魚は朝飯前よッ! とっとと勝ってこいや……」
「じゃあ~ねぇ~たくみィ、あなたなら魔王を倒せると信じているわぁ~」
声援を背に浴びつつ匠は前進するのであった、主人公として。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「本当に良かったのでしょうか……」
「はっ? 何言ってんだよエレナ。こいつらなら倒せると確信した上で俺はその場を任せた。ただそれだけの事だ……信じようぜ」
「分からなくなってきました、自分のやる事が本当に正しいのか。そして――何が正解だったのか」
相乗りの儀を取り行い中の為、表情は見えないものの伸ばされた背中はしっかりとその目で確認できる。
傷一つない白鎧はまるでエレナの純粋無垢な感情を表しているようで、今の発言が余計に匠自身が思い描く彼女自身の正義と強さを剥がしているような気がした。
他人に、特に匠へ弱みを見せる事は多少なりともこの世界ではあったこと。あまり驚きはしないが、どうも、今回は魔王討伐を目的とした戦争の為かエレナの弱さならぬ不安が強調される。
「ま、アイツらは大丈夫だって。心配には及ばないし、いざとなったら俺が助けてやりゃあ!」
「ふん、あなた如きがエレナ様の心情を理解したとは思えないけれど……まずはエレナ様の腰にある汚らしい手を放して言いなさい、クズ……」
自慢げに胸を叩いた匠のみぞおちを容赦なく言葉の刃で切り裂いた発言の主は、左隣から白黒メイド服のフリルを揺らしつつ、汚物でも見るかのようにエメラルドグリーンの双眸を歪ませていた。
「またお前か……主人公として俺が格好良く魅せてんだから口出しすんな、イザベラさんよォ……」
「ま、匠様が四天王と相対したとしても勝てる保証はどこにもありませんがね? 無能さんは無能さんで惰眠を貪れば良いです」
「あぁ? なんつった、イザベラ……」
「ベラさん、そんなこと言わないで下さい。今は口喧嘩するのではなくて匠くんを信じましょう!」
「そ、そうだソフィアの言う通りだぜ? イザベラも匠を強く責めないでくれよな、それに匠もいちいち突っかかるのは止めた方が良いぜ」
「私だって……本当はこんな事……言いたくないのに……」
ぼそりと本音を紡ぐ刹那を、アンネローゼの想いを、切り裂いた怒声は空中から聞こえる。
「匠! 正面、何か迫ってきている!」
「それも空中からじゃぞ!」
号令の如く一斉に上空へ頭を向ける方向に、それは敵対していた。
「……!!」
「速すぎます……!」
ぼそり、と言葉を紡ぐエレナの真意は驚愕という一言で完結するだろう。
この異世界において匠の身体能力は段違いに上がっており、通常の人間では反応できない反射神経や認識不可能であった速度まで対応し、それどころかこの世界においてはトップクラスと言えよう。そんな匠でさえ、主人公でさえ、意識をひとつに束ねて認知しなければ捉えられないほど。
……残像しか見えなかったぞ、油断していたとはいえ速すぎる。まさか!
「魔王幹部四天王がひとり、音速のマッハ……ここにィィィィィ! 見参!!」
噂をすれば影が射すとはこの事で、聞き慣れた言葉遣いと漢のやけに楽しそうな会話は匠の頭上へと響いていた。
敵地へと脚を踏み込めば、そこには真紅のマントに身を包んでスーパーマンのように右手を真っ直ぐ天へと向ける漢――マッハが居た。
「おいおい、ライトノベルで表現した以上に派手な登場してんなぁ~」
「うっひょ~! なんだ、アレ? チョーカッケェじゃんか!」
「ジ、ジークと共感するとは随分と私も落ちぶれたものですね、ですが確かにコレは……カッコイイ……!」
「はっ? イザベラ、ソレのどこが格好いいんだぁ? お前の性癖が分かんなくなってきたよ」
「匠くん、それよりも……」
「あぁ、分かっている。こいつも魔力は相当のモンだぞ」
爆風を従え登場した頭上のマッハ、それと対面を果たす竜人族族長ラガルト及びレイナは既に竜化を果たし、白竜と黒竜へと変化を果たす。
基本的に竜人族は魔力の変化が人間より数十倍敏感な為、ほんの些細な変化さえも顕著に見えるよう設定されている。故に、マッハの魔力残滓や地上に散らばる魔物の攻撃が止んだことに対し違和感を覚えたのだろう、
「エレナ! ここは私達に任せて欲しい!」
「という事じゃ、ここでしばしの別れ……」
早く前へ進めと、ここは危険だと、竜の雄たけびを鳴らす。
「で、ですが……!」
「エレナ、ここはこいつらに任せよう……いや、任せるしかほかに道は無いんだ!」
今決めたと言わんばかりに人差し指を威勢よく真っ直ぐに向けた先、そこは匠ではなくエレナでも無く予想通り、計算通り、竜化する竜人族二名へ向けられる。マッハは魔王軍の中でもトップクラスの神速の持ち主でありロックオンされれば地の果てまで追跡される可能性すらある、だからこそ奴の特徴である真っ直ぐさを利用し、
「気合十分! その心意気私は気に入ったぞ! 掛かって来るが良い、私が相手になろう!」
それが見事にマッハの口から成功通知が発信され今に至る訳だ。
「……分かり……まし……た」
「アイツらは死なないし、俺が主人公としてしっかりと責任を持つ。おい、レイナ聞こえるかー? アイツの弱点は~真っ直ぐだ~!」
両翼をバサリと羽ばたかせ黒竜はその場で頷けば、
「エレナ、私は負けない……」
マッハの爆風に負けず劣らず、レイナもまた右から左へと烈風を吹き荒らすのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「そんで、魔王軍幹部四天王が続々とお出ましって事は……」
「魔族を指揮する魔王が近いはずです」
「だよな……」
魔王との直接対決。
その時期が迫っている事を表しているが、なんにせよ「四天王」と付くのだから障害が四体存在しなければ言葉そのものを否定しているのと何ら変わらない。
これまで匠の障害となった四天王は二体、どちらも律儀な事に四天王だと自らネタバラシして勝負を仕掛けていた。
……こちらとしてもソレは数えやすいし、良いんだけども。
しかし魔力量を視覚として捉えることができる魔物が、それも魔王軍幹部四天王が匠を狙わず勝負を仕掛けてくることに、不意打ちという戦法を狙わない事に、匠は少し疑問を覚えてしまう。
能力面や魔力的に神の領域へ立つ匠を、噂のみならず人間より敏感に魔力を感じ取る魔物が度外視するのは可笑しい話だ。逆に魔力量が底知れないため、見ないふりをしているかもしれない。
「どちらにしたって、俺が強いって事に変わりはねぇーんだっ」
「おいおい……誰が強いっテェ?」
脳内完結を無事に終え、エレナの温もりを両手で味わおうと意識を集中する匠の脳内、思考、時間、それらを牛耳った衝撃は前方の砂埃を灼熱帯びる爆風で蹴散らすと、機嫌悪そうに眉をひそめる男が立っていた。
やがて右足、左足と、さも緊張感なく交互に踏み込まれた脚からは火の粉が吹き荒れ、やがて――
「も~一回、言ってみ?」
――全身火であぶられ続ける上体は匠を見据えると、タトゥー姿の長身を揺らす。
「匠くんっ!」
「エレナ、近づくんじゃねー! 分かってる……」
自ら騎乗を解除し、全身タトゥー男の領域へと自らの足で、自主的に歩み寄る匠の思考はぐちゃぐちゃに潰されながらもある一つの結論へと辿り着くのであった。
「おい、バハムート……お前の目的は俺じゃない筈だろ?」
「やっぱりか……そうか……」
「俺としては、遅いのは嫌なんだよ……やり合うなら早くしろ」
「うっせぇぞ、ニンゲン。死ニてェのかァ?」
まるでタトゥーそのものが封印だと言わんばかりに、波打つ黒いタトゥーは身体中に血管の如く何本も張り巡らされている。
その事実にも驚きだが、一番衝撃的な部分は身体中が灼熱で焼かれ――かつ上半身裸というビジュアルだ。
……思ったより演出が派手なうえに、やけに生々しいし。
脅されてはいるものの、心ここに有らずといった感じだろう。
灼熱に包まれている為、バハムートとの距離は半径三メートルより後ろの位置で意思疎通を図っている。
「本来ならお前みてーな魔族と会話なんぞしなくても良いが、わざわざ意思疎通してやってんだ、口の利き方次第では苦しみながら死んでもらう事になるぞ?」
「ハハッ……言ってくれんなァ、死ねぇぇぇぇぇ! このクソ創造主ガァァァァ!」
武器無しの真正面から純粋に、灼熱に焼かれる拳を匠へ向け突き出す刹那、
「……ワルキューレ!」
「喰らェェェェ!」
ワルキューレの凍てつく刃が匠の目の前でソレを防いだ。
「最初から俺が目的じゃなくてワルキューレ目的なのは理解していたし、挑発したのはお前がムキになった方が、こちらとしてはやりやすかったからだ……」
「匠、早く魔王のところへ! 私は気にするな、元々コイツとの決着を望んでいた。皆を、エレナを頼むぞ匠、君の勝利を信じている」
「グァァァァ!! 全て、すべて、スベテ、殺す……殺し尽くす!!」
「コイツを止めているうちに、匠! 早く!」
「あぁ、絶対に負けんなよワルキューレ……」
「元々からそういうつもりだし……エレナも、匠を守ってあげて!」
「えぇ、分かりました。ありがとうございます、どうかご無事で……」
今にも消えそうな笑顔を後方のエレナへ取り繕うと、ワルキューレは前方の灼熱へ向けて氷結を向ける。一方、エレナに付き従う兵士総勢百名の精鋭は自らが荷物だと、無力だと、消滅すると理解していようとも、その歩みをワルキューレ以外へ向ける者は誰一人として居なかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「なんか……一気に緊張感が増しましたね……」
「ソフィアの言う通りだわ、良くも悪くもワルキューレの存在は戦力や精神面において影響力が大きかったもの」
「まぁ、流れ的に次は俺達かもなぁ? なんつって冗談だよ、気にしないでくれ」
「ジーク。あなたの憶測は案外、冗談にならないかもよぉ~? そ・れ・に・ィ~エレナはもう分かってんじゃなのぉ~?」
騎馬する匠は唾を呑み、対して前方のエレナは手綱を握る手を強めていた。
それは少なからずエレナ自身が死と隣り合わせだと改めて理解したが故の反応か、それとも今から起こる惨事への不安と恐怖からか。なんにせよ表情の全容は見えないものの、雰囲気からして覚悟は決まったと捉えていいだろう。
「バレていましたか……流石はアンネローゼですね。はい、最初から視界端で最後の四天王の魔力残滓が見えていました……対立するのは間違い無いかと……」
「う~ん、となれば……相手の性癖が知りたいわっ、一先ずはね?」
「性癖って……いちいち呼び方を下ネタとくっ付けるのはやめろ、この脳内ピンク野郎がっ!」
「あらっ、一応は伝わっているらしいわよ? ほら」
馬に身体を預けながら右横へ歩みを共にするアンネローゼの視線と指先は、目先のエレナへ向けられていた。
「せ、性癖……私が認知する限りではあの四天王は魔法を操っていました――ざっと五属性くらいです。それと四天王の中では圧倒的に魔力量が多かったです。私からはこれくらいしか確認できませんでした」
「おいおいアレでちゃんと伝わってんのかよ……」
匠にとって見ればエレナの反応は予想外と言うべき場面だろう。ヒロイン枠であるキャラクターの性格上だと下品な言葉に対しては動揺か怒りを買うはずだが、この世界のエレナはそのどちらにも該当することなく、結果として「言葉の奥に潜む相手の真意」を見破るに至ったのだ。
「あとは……」
他人の視線を伺うような小声は、残りを相手に委ねるような音は、太陽に反射し絹のように輝く紅髪を風に乗せるエレナからだ。
「お、俺か?」
「えぇ、そうです。匠くんの固有能力の内ひとつ、公には公表してない能力があるじゃないですか……」
「あ、あぁ……予知能力だろ?」
「そうです、ソレを使ってもらって調べてはくれませんか? 四天王最後の一人……その詳細な情報を」
「で、でもなぁ~」
エレナから唐突且つ突然の提案に少し驚きつつも、その案に匠は少し背中を向けてしまいそうになる。
最終決戦だという事や絶対に勝利しなければならない戦だと百も承知の上だ、しかしながら匠の予知能力を今更公開しても信じる可能性や「世界変動」の渦に乗っている以上、ソレが百パーセント正しいのかすら怪しい。
「大丈夫です。匠くんは大事な場面において、嘘をついた所なんて一度も見たことがありませんから」
「エレナ……」
「それでぇ~? 私達に言いたい事は~? 安心してぇ~匠、私は最後の方しか盗み聞きなんてしてないからねぇ~、だって内容がそもそもエッチなモノじゃなかったもの~」
悔しそうに唇を噛み締めるアンネローゼの瞳はふざけていようとも、肝が据わっているように感じ取れた。
ソレはきっと、アンネローゼ自身の覚悟がこちらまで伝わっていたからこそだろう。
「残念だったなアンネローゼ。それよりも、皆にひとつ……大事な事を言わなければいけない……」
「おいおい、何だよ匠! そんなに改まってさ」
「ど、どうしたん……ですか?」
「あら~何かしら~、いやらしい事でもするつもりィ~?」
「大事な話ってのはな、俺の固有能力の事だ。実は二つ備わっていて、ひとつは紙に書くだけでソレを具現化させる能力、二つ目は……信じてもらえるか分からないが、予知能力を所持している……」
アンネローゼの戯言を閑却してまで口に出した言葉、それが一つ一つ重みを増しているのが分かる。その瞬間、匠は自然と目線を下へ移しつつ反応を待っていた。
吉と出るか凶と出るか――予想するなら後者に分があるだろう、予知能力は強力な故そのほとんどが禁忌指定され出現回数も稀な為、疑う者を少なくない。
更に付け加えて「友人が隠し事をしていた」その事実は最悪、信頼関係にヒビが入っても可笑しくない状況だ。結論として、信じてもらえたとしても「協力してくれる保証もない」という事。
……こちらの願望は信じて欲しいのだがな、どうなるか。
「……私、匠さんの言葉……信じます。いえ、信じたい……です」
「ソフィアが信じるなら、オレも信じるぜ匠! 俺もお前の事は最後まで信用したいしよォ、それに……友達だろ? なぁ~アンネローゼ」
「……全く、どこかの組織に捕まって実験台にされても知らないわよ? 残念だけど疑うべき点は少々あるけど……友達として信じてみるわ」
やれやれと首を振るアンネローゼと片手でグッとサインを見せるジーク、同じく左側を馬で並走をするソフィアは黒と白のオッドアイを地に向けたまま赤面する表情を隠す。
「みんな、ありがとな……」
何かと理由を付けて付き合ってくれる辺り、友との絆を感じずにはいられない匠であった。
「ここまで来たこと、これから私に挑むこと、希望を繋ぐこと、委ねること、なんと素晴らしいこと……しかし、私はそのコトを壊す者――魔王軍幹部四天王最後の一人『グラナダ・リアムズ』があなた方の前に立ちふさがりましょう……」
その姿を一言で例えるなら、魔法使いの類だった。
全身は黒いローブで隠され帽子は三角コーンを黒く塗ったような形だ、一方で見た目だけでなくその周囲は青と赤、緑に黄色と黒の玉が多数上下に浮遊し、ただ者でない事と見た目以上の魔力量が体内へと流れ込んでいる事を示す。
「匠の予知能力はどうやら本物……みたいだな……」
匠が説明した四天王の特徴、基に見た目や名前までも一斉の狂いなく当たっている。ジーク自身匠のカミングアウトに対して百パーセント疑心暗鬼を貫き通していた訳では無い。だが心の何処かで、片隅で、可能性の一つとして「予知能力は匠の勘違い」と信じていた。
それが今現実なって――
「そうね、どうやら本当にそうなったみたいね。未来を変えるのがどれほど難しい事なのかは既に知っているもの……ただ私は神崎匠様の為に力は使わない、エレナ様の為にこの身を捧げると決めています。予知がエレナ様を傷つけるのであれば、私はソレを滅ぼすまで……」
「私も~、イザベラの意見には賛成よ~? た・だ・し、私の場合は友達の為にその身を捧げるわぁ~」
――前進する歩みを止め、同時に曖昧な覚悟を確固たる決意へ変えるものとなった。
「ここは俺達が食い止める! 匠、格好付けるなら最後までやり遂げろよ?」
「匠さん、レナ、気を付けてください……私もジーク君と同じ気持ちですから、必ずやり遂げてくれると信じていますから」
「ジーク。その言葉はな、お前にも当てはまんだよ! 絶対に死ぬんじゃねーぞ……」
「死にやしねーよ、こんな戦争はちゃっちゃと終わらせて、ソフィアと一緒にお前らを迎えに行ってやるからな!」
「エレナ様、いえ――レナ。あなたを心から友人として、家族として、愛していますっ」
「ありがとうベラ。私もあなたを家族だと思っています! 後は頼んだよ……ベラなら絶対私の夢を成せると信じてる」
「あらあら~敵さんが退屈そうよ~? 早く終わらせて、オトナの時間を作りましょー」
それぞれが思いの丈を吐き出してバトンを匠へ繋ぐ。
「時間を消費したこと、友情を見せつけたこと、話し合いが終わったこと、全てが不快として消化して良かったかな?」
ぶつぶつと気味の悪い口癖を発するグラナダ前にジークはランスをアンネローゼはハンマー構え、下馬するソフィアはジークの後方にて小銃を、イザベラは杖を掲げつつアンネローゼの後ろで自然魔法の詠唱を開始する。
「皆さん、私と匠くんの兵力全てをアンネローゼへ委ねます……皆さん、お気を付けて!」
「王国騎士の一人として、友達として、お前らを絶対に助けるからなっ!」
「時間があまりないこと、怠いこと、疲れるのが嫌いなこと、遺言が終わったこと、もう攻撃するからね?」
騎乗を開始する匠にとって風がなびく事自体は気持ちいいものだが、薄れゆく人影と友人、数百以上の王国騎士達――そして人類悪を同じ場所に置いたこと。
その全てが匠にとって心を揺さぶるがゆえ今となれば、柔らかい春風の優しさすら不快感を覚えてしまう。
非自然現象の爆発音が相乗りする匠の背を何回も叩くのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「おい、エレナ! ここで……本当に間違いないのか!?」
「えぇ、その筈なん……です、が……」
魔力残滓が一番色濃く残る場所、匠と同等以上の魔力量を感知したエレナの先導で馬を走らせた結果、
「なに……無いじゃねーか」
「一体、どういう事ですか?」
「それはこっちが聞きたい。マジでどうなってんだよ、エレナ!」
血の一滴さえ流れず、それどころか魔物の一匹すら見当たらない平和とも呼べる景色がそこにはあった。
それはまるで、ここだけが異世界の時間軸から切り離されているようにも感じられる場所で、陽が照り付ける平野は春風に吹かれて木々の宴が聞こえてくるようでもある。非常にゆったりと、ゆっくりとした時間が流れていた。
「私にも、分からない……で、す」
「取り敢えず……魔力残滓が強く残っている場所まで歩くぞ」
「は、はい……!」
その瞬間、前方に映った景色は異世界の雰囲気を潰すほど奇妙で、科学的で、且つ平和そのものを崩壊させる様相を呈していた。目前に現れたブラックホール擬きは成人男性一人が入れそうな円形状を保つ、擬きと称したのはブラックホール特有の性質を無視して内側から生物が、外側は飲み込む素振りすら見当たらない。
そして――
「……」
――男は何も言わない。
「……!!」
「なんだ、コレ……」
ブラックホール擬きは閉じる様子も無くこちらを覗き、同様に目の前の男は表情一つ変えることなくこちらを凝視していた。
「……構えて! 匠くん、構えて下さい!」
「な、なんだ、いきなり!」
「彼は……彼こそ、魔王です!」
「はっ? コイツは……」
……人間だぞ?
匠の視界に映るソレは、黒髪が風に揺れつつも黒ダイヤの輝きを放つ大鎌を持つ人間にしか見えない。
それどころか、否日本人を恋しく思うあまり脳が勘違いしているのか、その男は日本人にすら見えてならない。
「彼は、彼こそ我々最大の敵……どうか、油断しないで下さい!」
「おいおい、説明してくれってエレナ!」
ライトノベルの設定上、魔王は人間では無い。
それどころか見た目は巨大なバケモノで大鎌を武器に戦う戦法は取らず、本来は魔法や影、死体などを媒体とする死霊魔法を主とする戦法を取り、変身魔法も使用不可の為に人間姿で登場は出来ないのだ。
だが現実の異世界においてエレナは正面の青外套を、人間を、魔王だと主張し続けている。
「説明する時間はありません……」
「おいおいエレナめっちゃ汗かいてんじゃん、この神崎匠様はな、汗一つもかいてねーんだぜ? 流石は俺、主人公だぜ」
と、己の記憶を頼りに相手が人間だと予想が付けば、心身共に匠は油断してしまう。
「……神崎……タク……ミ……」
ふと、一瞬、目の前の男が小声でそう口にした――
――顔が引きつる程の、周りが引くほどの、笑顔で、この物語を崩壊させに来ていた。




