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魔王討伐の烽火

遅くなり申し訳ありません。

「これより『魔王討伐作戦』その詳細な任を再確認してもらい、我らが指揮官、ゲルト第一王国騎士殿より演説してもらう。皆、心して拝聴するよう頼む」


 そう言い残して白鎧姿の男が降壇すると進行を、すれ違う全身黄金鎧姿の見慣れたオッサンへ変わる。その間、全てを認知し参加する者や強制的に戦闘という舞台へ立たされた者、様々事情が声となって、不満や不安を掻き立てる。

 ほのかな紅茶の香りと緊張感を運び、壇上に立つ男――ゲルトは鞘に収まる剣を激しく地に打ち付ければ、


「何をざわついている、何を怯えているかっ! お前たちは今から――リブート王国民として、人類代表として理不尽に立ち向かおうと正義の焔を灯そうとしているでは無いかっ! 此処に居る貴様らは例外なく皆、英雄である!」


 どよめく兵士の心に騎士道精神が刻印の如く刻み込まれ、叫びから団結へと至る。


「ウオォォォォォ!」


「ゲルト様の言う通りだ! 俺達は偉大なるリブート王国民だァ!」


 遠征、魔王軍から略奪したロールト王国門外にて匠とエレナは灼熱向ける空と熱気に満ちた空間に参加し、熱に挟まれながらも前方のゲルトを筆頭に話は進んでいく。


「皆の者! 各々の役割は聞いていると思うが、私からはこの戦線とは何か……根本的な在り方を今一度認識し、その覚悟をお前達に問う!」


「……」


 匠含めた兵士の声音の波は収まりを見せ、小春なぎの如く静けさが広がる。そこに波風を立てる者など誰一人として居らず、ただゲルトの問いだけが群衆の心を素早く射抜いていた。


「お前達は今、ここで国の為に栄誉ある死を選べるか……貴様らは任のため命を捧げられるか!」


 眉間にしわを寄せ額と手には汗を、口内から唾を飛ばす司令官。

 リブート王国から派遣された兵士は延べ十万、そのうち門内を守護する兵士は半分で、残りの五万は熱の籠った演説を披露するゲルトを筆頭に敵陣へ攻め込む部隊だ。五万の軍勢全ての指揮権はゲルトにあり、千ある小隊を束ねる大隊長は『第二王国騎士ワルキューレ・アメリア』と『第四王国騎士リリー・モーシャス』『第六王国騎士クライン・エランテ』の三人が請け負っているのだが――


「そうかお前達の覚悟は伝わっている。だがな、時にはその覚悟をも行動に移さねばならない」


 ――右手で示された事実と司令官ゲルトの歪な笑みは、その場の熱気一帯を氷に変化させるには充分過ぎる一撃だ。


 言葉の詰まる現象に、更に拍車をかけるゲルト。

 その場へ居合した五万の同胞の中には唖然と口を開く者やその真実に喉を唸らせる者、己の憤激を拳に宿す者など反応は多種多様であって、


「斯くして、この者『神崎匠』と『エレナ・アイ・リブート』は今回の魔王討伐任務から、大隊長として兵を束ねてもらう!」


「……はっ!?」


「……!?」


 匠とエレナもまた、ゲルトの発言には耳を疑う程だ。


 自らの心音がこめかみ部分を圧迫しながら呼吸が浅くなるのを匠は実感しつつ、状況を整理する。


 ……ライトノベルの展開では五万の兵士の前で俺が大隊長になった事を伏せ、物語は進んでいくはずだが。


 匠がいくら、この世界で最強の固有能力を有して魔王幹部を倒す実績を持っていようと『元異邦人』というレッテルはリブート国民にとって憎悪すべき、下に見るべき、決して相まみえない事実なのだ。

 こればかりは人間という生物の一生の課題と言えよう、匠の世界でもネットでもリアルでも常に上は存在し、下も存在していた。大抵下が存在する理由としてストレス発散、暇つぶし、意識統一の三つがある。

 敗戦と食糧難、経済難が否めないリブート王国側としては、自国民の意識改革を優先し反乱防止策を講じるのは優先すべき事だろう。その為の犠牲、分かり易く例えるならば現在のリブート王国は『戦前の日本』と精神面においてさして変わらない。

 

「ゲルト様、これはどういう事でしょうか」


「コイツは、野蛮人だ!!」


「直ぐにでも殺せー!」


「コイツには絶対に従わないぞー!!」


「その意図を今一度、無知な我らにご説明頂けないでしょうか?」


「チィ……ゲルトは何を考えてやがる……最悪、被害は俺だけに留まらずゲルト自身にも矛先が向けられるかもしれないんだぞ……」


「そうですね、いくら匠くんに実績があろうとて、リブート国民からの風評被害は避けられない筈です……こればかりは、権力でどうこうなる問題でもない。なぜゲルト様は故意に、そんな事を……」


 不信感募る同胞五万と被害者二名、それぞれ原因は違えど元を辿ればこの男――


「……言ったはずだ、覚悟は出来ているか……と」


 壇上に立ったまま両目を閉じ、前方にて微動だにしないゲルトが事を荒立てた戦犯である。

 

 その風貌は匠が今まで見てきたゲルトで、ライトノベル内の第一王国騎士でもあって、匠が知りうる世界とは少し違う世界の青軍服司令官でもある。まるで無知な人類へ何かを諭そうと懸命に訴える仏像の如く動じず、単語一つ一つを力強く印象付けさせるように喉を鳴らす。


「第一王国騎士ゲルト・ニジェーレの名において、皆に命じる。今すぐ王国第一主義を捨て去り人類第一主義を採用せよ! そして神崎匠を大隊長として認め、彼を魔王の元へと導け!」


「なっ……!?」


「ゲルト様、正気ですか!」


 興奮と激昂を抑える事が出来ず壇上へと身を乗り出す兵士達と周囲の声、動揺が走る光景に目を見開き、ソレに応戦するゲルトは剣の切っ先を壇へ叩きつけながら注目を集め、


「私は正気だ。コレは国王様の意向であり、国の命令でもある。お前達が真のリブート国民であるならば、王国に仕える兵士であるならば、その決意を私に見せてみろ!」


 そう言ってのけると、更に続けて口を滑らせる。


「神崎匠は我ら王国騎士より強力な力を持ち、唯一あの無慈悲な魔王に勝利できる可能性を秘めている存在だ。お前達がリブート王国の未来と繁栄、国王様に仕える臣民であるならば、王国騎士と我に付き従うが良い!!」


 まるで周囲の蚊を追い払うかのように手を左から右へ動かしそう宣言。

 興奮と怒りで我を忘れた壇上の同胞へ向けて、黄金鎧姿の司令官は尚も強気に自らの意見を通し、壇上へ立つ「反対派」の後退りが鮮明に聞こえる頃には、既に沈黙が五万の兵を包み込んでいた。


 ……彼らも理解したのだろう。

 

 リブート王国が、否全人類が直面している問題として強大な魔王と対等に戦える者が存在しない事、人類が保有する土地が減少することで起こる食糧問題と人口増加、兵役離職率の増加とそれによる敗戦の主に五つが挙げられる。

 

 匠という絶対的に揺るがぬ力を国民が受け入れればその問題は早急に解決する事だろう。だが、腐ってもリブート王国民、受け継がれる『リブート王国民第一主義』思想は未だ人々の思考に根を張り続けている。 

 そう簡単に割り切れる思想ではないが、リブート王国による一連の廃王国土地奪還と魔王幹部討伐の影響で、魔王軍による侵攻と略奪はここ数年類を見ないほど増加の一途を辿り、悪化していた。


 ……精神より肉体を優先するのは当たり前か。


 生命維持を優先するのは人間として至極当然と言わざるを得ない、精神面など気にする余裕すらないこの世界は日本とは違って異世界だと自覚させてくれる。


「ゲルト~、あんたの言っていることが事実なら俺は嬉しいったらありゃしないよ~なんせ沢山、ふぁ~たっぷりと寝れるしぃ~ もう眠いからあっち行っててもイイかな?」


「わ、私は……賛成です。痛いのは嫌なので、頼れるようなら確実に……倒せる方にお任せしたいです」


「王国の意思に従うのみ……」


 更に付け加えるとすれば、自らが創造した王国騎士のキャラクター達も異なる世界だと再認識させてくれる要因の一つでもある。


「異論を唱える者は無いと見た……これより、神崎匠とエレナ・アイ・リブートを大隊長に任命し、魔王討伐の任を与える! 覚悟して掛かるが良い!」




      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「とは言われたものの、一向に魔王軍の姿が見えないのだが!?」


 ゲルトの決めセリフで全体の士気が上がったとはいえ、敵が戦場に現れなければ意味が無い。善は悪があってこそ成立する概念だ、それが不在ともなれば――


「ういっしょ、決まったかお前ら?」


「あぁ、俺は決まったぜ」


「俺もだ」


「よっしゃ、行くぞ! せーのォ!」


「グァァァァ!」


「エイマの一人勝ちかよォー!」


「フ、ハハハハハ! どんなもんだ!」

 

 ――こうして暇潰しに賭け事を楽しむバカが、雨後の筍の如く各地で発生するのも仕方ない。


「俺もこんな感じにサボりてぇよ、サボりたいけど……」


 太陽が春の最大火力をもって地上を照り付けるなか、匠は防護柵に手を触れつつ平野を視界に入れる。

 演説終了後から二時間経過し午前八時が過ぎた、未だにゲルトからの命令は「待機」の二言。いくら何でも戦闘の一つや二つ起こっていい時間帯なのだが、門内を守護する五万の兵も異常なしときた。


「匠くん、可笑しいとは思いませんか?……偵察隊の情報が正しければ、魔王軍は今頃姿を見せているはず。なのに何でしょう、この胸騒ぎ……どうも落ち着きません」


「あぁ、それは俺も感じている。実際リブート王国に攻め入りたければ北、東、西の廃王国、どれかを目指さなければならない。だが生憎、東と西の廃王国には魔王専用封印魔法やトラップ、偵察隊も大量にいる為どちらにせよ、正面突破しなければならない」


 風ではためくリブート王国旗と絹のように輝いた紅髪。

 俯く少女の顔は悲壮感を漂わせ、感情の在処は靴跡を付けられ大地に落ちた国旗へ向けられる。


「おい、エレナ大丈夫か?」


 今回の魔王討伐は、匠のライトノベルで描かれていない完全アドリブのシナリオ。相手の出方は勿論のこと、ヒロインやキャラクターの心情に関しても不明な点やイレギュラーが発生する場合がある。

 それゆえ匠生存フラグの消失が分かれば、エレナや小隊には万全な態勢で闘いに臨んでもらいたい。特にエレナ、彼女は外的な部分だけでなく内的にも万全を期して欲しいのだ。


「……」


「お、おい……エレナ、大丈夫か?」


「……」


「おい、エレナ! 大丈夫かよっ!!」


「……! す、すみませんっ! 少し考え事をしていまして……」


 左肩を右手で掴みつつ声を張りエレナを揺らす匠。西からの刺激を与えること数秒後、エレナから返ってきたアンサーは戸惑う謝罪と哀しそうな表情のみ。右隣に居るにも関わらず、今の彼女は匠が知りうる『強きヒロインエレナ』ではなく、恐怖心を必死に抑え込む純粋無垢な少女に見えた。

 ライトノベルの性格設定やシナリオで、戦闘前のエレナがあれほど怯える姿を匠自身見たことがない。


「しっかりしてくれなきゃ、俺が困るんだよ!」

 

 エレナが何に恐怖し、どうして哀しそうな表情を見せているのか、主人公位置の匠には理解し難い。どちらにせよ今は己の身を守ることに徹しなければならない時、細かい変化に気を配れるほど心の余裕はない――


「そ、それは重々承知しています」


「だったら、俺を守ることに徹しろ! 心も体も俺の事だけを考えて動いてりゃ良いんだよ! 雑念なんか捨てちまえ!」


 ――それ故、正常のエレナに戻ってもらうため多少なりとも強引に、口悪く毒を吐かせてもらった。


「匠くんらしい励まし方ですね、特に恥ずかしいセリフを毒でコーティングして口に出すところ……わたしじゃなきゃ、今頃怒ってますからねっ?」


「う、うっせぇわ!」


「最後に確認したい事があります。私の剣は……クラウ・ソラスは持っていますか?」


「あぁ、持ってるよ。というか表には出していないだけだからな。四大神器の一つでありエレナ専用の武器でもあるし、下手に表舞台へ引っ張り出しても何が起きるか知ったこっちゃないしな。それよりかは一旦しまっておいた方が良いかなってな」


「そ、そうですか。ありがとう……ございます」


 顔を上げながら礼を口にするエレナの表情には微笑みが零れ、匠はその歪さと不自然さに思わず疑問を投げる。

 その微笑みは永遠を語るには脆すぎるような、消えゆくような気がして匠はならない。


「お、おい……そんな表情すんなよ。まるで、今にでも――」


 風が匠の頬へ触れた。

 まるであたかもソレが真実かのように春風は回答を伝え、太陽が雲を押しのけ自然のスッポトライトを向ける。雲一つない晴天と無限に広がる草原はさざ波のように音を奏で、平和を語っていた。


「――死にに行くような、死を許容するような顔をすんじゃねぇ……なぁ、エレナ! 答えてくれよ!」


 ライトノベル作家としてアニメを研究するよう言われ一年間アニメ漬けの日々を送ってきた匠にとってエレナの発言と表情、風景とそれを取り巻く環境からして明らかにフラグの匂いがプンプンする。

 死亡フラグに近い類のフラグと予想でき、基本的にヒロインが死亡するケースは稀でほとんどの場合、軽傷のパターンか最悪は身体の一部分が機能しなくなる重症を負うかの二択だ。ライトノベルの展開でもエレナに死が迫る事はあっても、結局は少しだけ触れて去るのみ。

 しかし結論が分かっていようとも、己の頭で充分に理解していようと、心情はエレナの声を渇望し両手は躊躇することなく右隣に立つ少女の肩を強引に掴み、身体ごと匠の方へ向ける。目線は桜色の双眸を望む。


 ……違うと。一言で良いんだ、たった一言で。

 

 何故か匠の心と身体は落ち着かないでいた。


「まっ、て……待ってください。一旦落ち着いてっ……」


「エレナは死なない、そうだろう!?」


「痛いです、匠くん……す、少し落ち……ついて、下さいッ!」


「す、すまない……」


「何があったのか、何が起こるのかは私には分かりません。ただ、一つ言えるとするなら、その行動は私を想っての事だと解釈しています」


 唾を飛ばし体を揺すって必死にエレナへ言い聞かせる匠。第三者目線で解釈するならば、力づくで罪を認めさせようと自白を強要する警官と無実のまま捕まった少女にしか見えない。

 その手を強引に引き剥がすエレナは自らの心臓に手を当てつつ笑顔で、さも自慢するかのような口ぶりで匠を落ち着かせる。


「残念ですが私は何処にも行きませんよ。それに、どんな形であったとしても……必ず貴方の傍で見ていますから。これは確定事項ですっ! それに貴方を心から愛し尊敬する私、エレナ・アイ・リブートはまだ生きていますし勝手に殺さないでくださいよ? 私だって怒るときは怒りますからね!」


 鎧と鎧が擦れる金属音と草木を乗せ風に吹かれる乾いた音のみが周囲を、まるでエレナという存在丸ごと匠に預けるかのような雰囲気を出す。そう思うのはきっと今は亡き母親譲りの「心配性」が原因なのだろう、それが良くも悪くも思考と行動へ作用している。

 

 ……どうやらエレナも正常に戻っているようだし。ただ単に俺の勘違い、って言えばフラグになんのか、今度からフラグ発言には気を付けなきゃな。


 気が付くとエレナの右手は自身の胸から匠の胸部へ移動し己の温もりを伝えていた、その表情は子を見る親目線――否、今は男心を弄ぶようにニヤリと口角をあげ後「仕返しです」と楽しげに言葉を残していた。


「なんだよ、心配して損したじゃねーか!」


「最初から素直にそう言えば良いんです! それに……見ていれば分かります。匠くんは、今わたしにドキドキしていますね?」


「うっせぇ、エレナは俺を試すようなことはしないって思ってたよ! でも、俺がバカだった!」


「匠くんは私を侮り過ぎですっ、これは今まで好き放題やってきた匠くんへの復讐ですっ!」


 匠の胸を伝う手のぬくもりは顎を通過して唇に至る。

 エレナの思惑は人差し指で完結するだろう、色香を漂わせながらもその根底にある遊び心はエレナを本当の意味で大人の階段を踏ませてはくれない。

 

 故にキスシーンは実行されず、人差し指は唇と匠の感情を弄ぶだけ遊んで離脱。同時にエレナの表情からは色香の残滓すら手に取るように見えた。普段のエレナなら任務時はふざけず笑顔を魅せない場面が非常に多いが、この世界のエレナはルート変更の影響で性格面が変化しつつあると言えよう。


「ほーう、随分と変わったじゃねーか。いい意味で遊ぶようになったな」


「匠くんこそ、いい意味で性格面は最初よりかは断然良くなりましたよ? まぁ、まだ見直すべきところは多々ありますが……」


「ふんっ、勝手に言っとけ!」


「やっと、いつもの調子に戻りましたね」


「あぁ……お陰様で、焦りは和らいだよ。エレナ、お前も調子出てきたんじゃねーの?」


「えぇ、そうですね」


 見つめ合う瞳は自然と正面の日差しへ方向を変える。

 視界に入れるのはただ一点、魔王軍が現れると予想される平野のみだ。


「因みにですが、今回の任務にはグルアガッハの生徒も一部加わるとゲルト様が仰っておりました」


「は、ホントかよ!?」


「えぇ、それも指揮権は匠くんにあると……ゲルト様が言っていました。今ここで伝えるのは民衆と兵士達の批判から君を遠ざける為だと。司令官が」


「アイツは何を考えてんだ、グルアガッハの生徒だとしても戦闘未経験の素人なんだぞ? それもゲルトの元ではなく最前線に位置する俺の部隊にだ」


「私としても、もっと早く彼の思惑に気付くべきだった。やられました……」


「……エレナ」


 己の失態とゲルトへの不満、それらを込めて力が入るエレナの両こぶしは次第に緩む。きっと、エレナがエレナである限りいつか必ず起こり得る事象だと諦めが付いたのかもしれない。否彼女に限って、他人を一番に考える性格として――


「絶対に彼らを死なせない! 私の部隊も匠くんと共に行動しようと思いますので、これからよろしくお願いします」


「だと思ったよ。決まりだな!」


 ――メインヒロインは決して諦めないのが信条と決まっている。


「えぇ、行きましょう……共に。そう、この運命が続く限り……」


「あぁ行こうぜ! 一緒に」


 王国旗がはためいて春風と地鳴りを呼び寄せ、後方へ倒れそうになる身体を足で踏ん張りギリギリ耐えた。音と前方に見える光景を一瞥した限り、黒と緑の点はこちらへ接近しているようだ。人間にしては肌の色素が異なり、おまけに上空からは五十を超えるドラゴンの大群を引き連れ、こちらへ進行している。

 その事実を踏まえ、匠が結論を出すには一分も掛からなかった。


「魔王軍! よっしゃ! やる気が湧いてきたァァァァァ!!」


 敵陣へと突っ込もうと試みる男の背中を視界に入れながら―― 


「……私はあなたを永遠に待っています。きっといまの匠くんならどんな状況でも成し遂げられると信じています」


 ――女は一握りの希望を託すのだった。


「レナ……」



 

       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「エレナ! 俺は先に攻撃を仕掛けて奴らの進行を遅らせる。その間に寝ている兵士を起こしてゲルトに魔王軍襲撃の事実を伝えてくれ!」


 身体を魔王軍からエレナへ翻しつつも匠は最低限の言葉をヒロインへと伝達する、と――


「承知しました、匠」


「この声はイ、イザベラか!? ほ、ホントに良いのかよ……」


 ――返ってきた音色は春の訪れを感じさせる桜と程遠く、毒蛇が地を這うような身の毛もよだつ声だった。


 然り、このタイミングで一番の不得意であり敵対視するイザベラの予期せぬ登場と先程までエレナとの臭い会話を聞かれた可能性なども含めてのリアクション。

 愛馬だけでなく自軍さえほったらかし正真正銘丸裸で敵陣へ特攻を試みる匠にとってイザベラの選択は意外そのものと言えよう、主の身に危険が迫る場面ではメイドであろうとガードマンでも必死に止める場面だ、付け加えれば「主を一番に考え、家族同然の絆で結ばれたイザベラ」にとってそれは己が死ぬより嫌なはず。


 なのに……

 

「無能なりに察してください、ここは私が引き受けると言っている。それよりエレナ様……いいえレナ、あなたは自身の願いのために自身の行動を選ぶ権利がある。ホントはこの命に代えても止めたいの……!」


「ベラ……で、でも」


「私の気が変わらない内に……早く!」


「うん、ありがとう……」


 白鎧姿が遠ざかりイザベラへ答えを示す。

 紅髪がさらりと風を通して金属音まで鼓膜へと運ぶ、それは決してイザベラが望むことではない結果であったし出来れば選択してほしくなかった事。


「なのに……何だろう、この気持ち。いつの間にレナがあの大馬鹿の背中を追うようになったんだろうね……本当なのかな……のは……私は出来るなら、叶うならばこのままが良い」


 苦虫を嚙み潰したような感覚が、心情が涙となって表へ滲み出たまま目の前で駆け抜ける親友を己の視界から外す。それからイザベラは背を向けながら、下を向きながら真っ直ぐゲルトの元に、指令室へと向かう。


「私は癒す事しか出来ないっ」


 弱い自分の感情を鼓舞して、傍観者として走った――あまりにもエレナの表情が幸福そうに見えたから、あまりに自分が無力だったから。


「ゲ、ゲルト様……ハァハァ……魔王軍がこちらへ進行して、おります。早く……出陣を!」


「イザベラ、よく報告してくれた。こちらの出陣準備は済ませてある。見るからに、時間稼ぎを務めているのはエレナと匠だな……」


「は、はい。ゲルト様……よくこの短時間でお分かりに」


「イザベラから伝令が入る前、特殊偵察部隊から既に匠とエレナの戦闘が確認されたと連絡が入っていたからだ」


「では、私が報告した意味は無かったの……ですか?」


「いや、それは無い。お前にはエレナの部隊と匠の部隊を引き連れてもらい、各々大隊長の元へ導いてもらう。我々の最優先事項は『神崎匠を無傷で魔王の元へ連れて行く』事にある」


「了解しました、ゲルト様。その任……私がこの命に代えてでも必ずや成し遂げてみせます」


 片膝を地面へ付けて目線は地に向かいイザベラは更に礼を重ねる。

 白ポニーテールが跳ねるように上下すれば呼応するかのように白黒メイド服の端が微かに風でなびく。

 頭上、圧迫と緊張感を与える原因――ゲルトは一言、


「……活躍を願っている」


「ハッ……!」


 ――そう応えると、重厚感を含んだ金属音は多数の人影と共に天幕の外へ消失した。





        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「ちくしょう、飛び出したは良いがこれからどうすればいい? 俺達がいくら強くても取りこぼしはあるだろうし第一魔王も居るんだ、むやみに真正面から突っ込むのは無理がありそうだし……」


「そうですね、たった二人で大群を相手取るともなれば行動も限られてきますし。ここは、援軍が来るまで守りに徹しつつも敵勢力の動きと敵兵の詳細について、調査した方がメリットになります」


「ああ賛成だ。俺はともかくエレナが、魔力消耗が原因でぶっ倒れるハメになったら俺守れね~からな」


「えぇ、それは心得ていますし無理はするつもりありませんので」


 自陣営から飛び出すこと早くも三分が経過していた。

 その間に衝突が起こる訳でも言葉を交わすわけでもなく、互いが距離を近づけ睨み合い――ちょっとしたチキンレースが勃発。

 匠の性格と実力からすれば冷戦状態の現状は決して望んだ形ではない、本来の考えは先制攻撃を浴びせつつ遠距離攻撃を主とする戦法を実行する予定だった。


「でもエレナを守る事に全力を注ぐなら、先制攻撃を行うのはやっぱりダメだな」


「匠くんっ、その心配はありません。私が付いてきた理由は匠くんを守ることにあります……ですから、気にする必要は微塵もありませんので」


「まぁ……それもそうか」

 

「……先程の私の言葉を真に受けるのもどうかと思いますけどねっ!」


 春の訪れを再確認させる風は気持ちいい温風を運ぶだけでなく、流血と争いを染み込ませた敵兵まで連れてくる。それはこの世界に限った話でなく匠の元居た日本の歴史もそうだった、話し合いなど最初から除外され、ひたすらお国の為だと我らの王が為だと自らを偽り続けて血が流れる日々。

 歴史は繰り返すとよく聞くが、それは異世界においても適用される人類にとって「負の遺産」なのかもしれない。


「奴らがその気なら俺もエレナも、それ相応のおもてなしをしなきゃなぁ……」


 相手が同じ人種なら話し合いのテーブルは用意されていたかもしれない。だが相手は人外であって人間とは違う、奴らの価値観と人類の価値観には根本的な差異が存在する事を原作者であれば尚更理解している。この世界に設定が存在する限り、エンターテインメントであり続ける限り、


 ――結局は殺し合わなければならないくらい匠自身覚悟していた。


 魔王討伐編の結論がライトノベルで示されていれば良かったものの、生憎とライトノベルのストーリーは魔王討伐まで進行して居らず、妄想の内に留まっていた。

 展開など不明瞭でも決着の方法は――


「負のサイクルを俺達で止めなきゃなァ! そうだろエレナ?」


 ――大地を揺らし草木をなぎ倒し進み続ける敵陣を見れば察せる話だ。

 

 砂塵を巻き込みながら走り続ける魔王軍、最前線からこちらへ向かう深緑のバケモノは自らを強く見せようと武器を振り回し、天空の王は立派な翼をはためかせつつ炎を喉から吐き出す。中衛は夜に負けず劣らずと言っていい程の黒を従え、否全てを従えてこちらへ足早に進軍している。


「少しは私の話を……」

 

「エレナ、その話は後だ。奴らが動き始めたぞ」


「もう、何でもないですからっ!」


 不満そうに言葉を漏らしつつもエレナは運動部のような素早いスイッチの切り替えを見せた。それは匠の喋り方とトーン、視線から見える違和感が教えてくれたに違いない。

 

「えぇ、匠くんの言う通り。ここで終わらせましょう、全てを」


 歩みを止めその場ではっきりと、しっかりと目の前の魔王軍に向けて宣戦布告するエレナ。それは生半可な覚悟で並べられた戯言とは違って責任すら感じ取れた。

 瞬間、黄金の輝きが一筋の光となって天から降り雲を突き抜け、エレナの右手に収まった。その衝撃は凄まじく雷のような轟音の後、エレナを起点とし生み出された爆風波数百メートル先の草原を刈り取るほど。


「……だな」


 己に課した「生けるものを殺さず勝利する」というルールを背に、エレナは覚悟を決めている。

 匠自身、殺し合いは初めてではないが戦争自体は未経験。殺し合う覚悟は出来ているものの、未だに戦争そのものに対する覚悟は出来ていない。


 ……叶うならエレナに背中を押してもらいたいな。


「最後に一言だけ良いですか?」


「なんだよ。そんな改まって……」


「ごめんなさい……あなたを愛しています。それと匠くんなら絶対、平和を成せると私は信じています」


 最初の部分はともかく、後半部分はしっかり匠の要望に応えたと捉えて良いだろう。右隣に位置するエレナの右手には太陽と同等の輝きを放つ――匠の固有能力で生み出した偽クラウ・ソラスが握られる。

 今思えばエレナの行動に少々疑問抱く部分がある、というのもエレナが本物のクラウ・ソラスを匠に預ける行為に果たしてメリットがあるのだろうか。そして先程「ごめんなさい」というセリフは何に対して、誰に対して向けられた言葉なのだろうか。

 トリガーとなった要因、それはエレナの哀しそうで愛しそうに相手へ向けられる表情にあった。


「……エレ」


「匠くん! 何か、頭上から来ますっ……! 注意してくださいっ!」


 その刹那、あたかも計算されたように上空から飛来した氷槍は雨の如く、規則性も無くバラバラに地へと降り注いだ。その間に匠とエレナはギリギリのタイミングで透明な魔力結界を展開、爆発音と砂塵をまき散らしながら大地に穴をあける様を眺め、来るべき時を待つ。


「止みましたか……」


「な、何が起こったんだ……一体!?」


 鼓膜を打ち破ろうかという破壊音――まるでガラスをバットで砕くような音は、敵陣営の行進音と共に消失。辺りは木の葉同士が擦り合う乾いた音のみ代わりに響き、意思疎通でさえ無音の圧に押し潰されてしまう感覚を覚える。

 ただ己の呼吸音と心拍数が驚く程うるさく聞こえてしまい、直立したまま匠は自らの心臓に右手を当てる。

 

「匠くん、無事ですか!?」


「あぁ、こっちは大丈夫だ! エレナは?」


「えぇ、私も同じく大丈夫です」


 右側に立つエレナは目の前の砂塵へクラウ・ソラスを向けたまま微動だにせず、険しそうな表情を浮かべた。エレナの顔から流れる冷や汗の量と固定された視線から察するに――


「アレアレ~これはこれは黒の勇者様ではございませんかぁ?」


「やったのはお前かァ……! 俺の前に出てきて、ただで済むと思うな! 魔王軍幹部ロシツキー・リアム」


 ――魔王幹部が最接近している事を示す。


「魔王様の仰ったことは――やはり正しかったのですね。やはり貴方は、神崎匠という男はどうしようもないバカだなァ」


「うっせぇそこをどけよ、雑魚が……」


 目の前で黒外套を羽織った男が杖を片手にニタりと笑みを浮かべ、匠は回答を返すように不敵な笑みを魅せた。

 ロシツキーとは距離にして三メートル離れ、氷槍を避ける身体能力と溢れ出る魔力量からは魔王軍幹部の名に恥じぬ経験と力を兼ね備えている。

 格下と言えども、注意して戦わなければ命を落としかねない敵だ。


「神崎匠、やはり貴様は魔王様を謁見するのに能わぬ……ここで死ぬが良い」


「お前をぶっ殺してやんよ!」


 ……あれっ? 思えば俺さ、今めっちゃ主人公してねーか?


 そんな間抜けな感想を胸に抱きつつ人類の、否匠の長きに渡る戦争の幕が開くのであった。

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