穢れし防護兵装
翌朝、肌寒さを感じて早めに目覚めた匠はテーブルを囲み、三人と朝食を取っていた。
男と一緒に朝食を囲むのは、異世界に来てから初めて。
普段なら匠の周りに美少女の一人や二人相席し、朝食を囲むはずなのだが――
「どうも、美少女が居ないと気が乗らねぇ。圧倒的女不足だー!」
今回はあいにく任務中。お色気沙汰も無ければ、天使のような性格と美貌を持つエレナの姿も三日、四日程拝めない予定となっている。
その不満は身体にも現れ、大欠伸と屈伸を天井に向けて伸ばす。「んー」と怠そうに声を上げた匠を、右隣に席を取るラーンが上品に笑った。
「寝不足ですか。目覚めのコーヒーなど如何でしょうか?」
「あぁ、あんがと。ラーンは相変わらず気が利くよな~。そこが変わっていたら、今頃は誰も食事の用意なんて出来て無いだろうし」
ラーンのおもてなし精神に匠は上機嫌。
匠の性格上、怠惰と傲慢が人より強い為、自分に尽くす人間が居れば最低限満足できる。その人の人格や価値観は育った環境で決まると言われるが、匠の場合、今までの人生で下に立った経験は指で示すほどしか無い。
結局のところ、世話係が居れば良いだけの話で済むのだ。
そんな自己分析に励む匠の鼻孔を刺激した香ばしさは、右から左、最終的には匠の前へと置かれる。
木製のカップに注がれた黒い液体と会話の流れから察するに、これは紛れもなくコーヒーだろう。右から流れた幻影と湯気を目で追うと、
「失礼ですが……匠。匠と私は過去、お会いしたことがあるのでしょうか?」
肩まで伸びたブラウンの髪を撫でつつ、ラーンは予想外の質問を展開した。
「え、初対面だけど……? 何でそんなこと聞く?」
「それは、匠の発言が前に会っていたような口ぶりでしたので。確認の為、聞きました」
「そ、そんな訳……ないじゃん! 気のせいだって! 絶対気のせい!」
「怪しいな……もしかして、何かを隠しているな、匠?」
「それは小隊長としても、把握しなければならない事情と判断した。別にどうこう言うつもりはない、ただの興味というヤツだ」
ラーンに続くのは、肉料理を豪快に喰らい付く黒髪の大男リド、顎に手を置き意味深な言葉を添え、自然な形で尋問へと導くフェンドリクセン。
昨日と変わらない食卓の配列、昨夜と同じ流れ、明らかに恒例行事と化している。
「いや、小隊長の最後の部分だけ私情駄々洩れじゃない!?」
「アハハ、バレたか」
「いや、それで気付かない方が可笑しいんじゃ……」
「個人的には匠とラーンの関係性は、気になる所ではあるよ……でも、詮索はしないでおく。人間一つや二つは隠したいことだってあるしね」
「だってよ、ラーン。俺の秘密を探りたければ任務終了後、自力で口を割らせるんだな」
「分かりました。その時は、よろしくお願いします」
律儀に礼を重ね、約束を交わしたところで、ラーンはフォークを手に持ちサラダを少しずつ口に運ぶ。前方に見えるリドは汚れなど一斉気にせず両手で肉を持ち、豪快に食べていた。
ライトノベルの演出上、ラーンとリドの食べ方に関して大きな違いを見せることで、キャラクターの個性を表現しやすく、食事シーンの描写補強にも繋がる。
その面においてラーンとリド、特にリドには少しだけ犠牲になってもらった訳だが。
「……にしても、改めて見るとラーンとリドの食べ方の価格差よ。上品と下品、すんごい絵図らだなこりゃ」
元はと言え、匠がそう設定しキャラクターに命を吹き込んだのには違いは無いが、リアルと妄想とでは本人に与える影響が異なる事を改めて知るのであった。
「んだよ、文句あん……んぐ、のかよ」
「リド、食べながら話さないでください。あなたはもっと、上品に振舞えないのですか?」
「んぐっ、せぇな! 別に、んぐんだよ!」
「最後なんて言ってんのか、聞き取れねぇし。それにラーンの言う通りだ、少しは上品に振舞えよ」
原作者としても、リドの下品さは治して欲しい部分でもある。否、リドの設定を作ったのは匠だ。
しかしながら、それほどまでリドの食べ方は見るに堪えないモノだった。
「そんなに俺の食べ方が気に食わねぇのか?」
「そうだ」
「同意見です」
「うるっせぇ、飯くらい好きに食わせろってんだ」
「リド。お前って奴はな、大雑把すぎるんだよ」
「おい、匠! お前の行為は俺にとって、お節介なんだよ! 少しはな……」
「話はそこまでにしてくれ。今回の任務は朝早くから行うんだ、ちゃっちゃと朝食を片付けてもらいたいのだが……?」
「わ、分かった」
口論がヒートアップし、リドの身体が自然と匠の方へ前のめりに傾く。今後起こる結果と亀裂、それらを察したフェンドリクセンは、小隊長として争いを収めた。
「す、すまんな……」
匠とリドはそれぞれのタイミングで了解すると、黙々と食事にありつくのだった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
レアルスタン王国までの道のりは森を通り、竜車で三十分ほどかかる。
匠含む146部隊は、竜車の荷台に席を置いて激しい揺れに耐えていた。
その間に匠は次の展開への準備、兼イレギュラー対策に思考を回していた。
次の大まかな展開として把握しているのが、魔物の暗殺。四大神器の内、一柱である鉄壁の防御を有する『防護兵装ランギルクランゲル』。それが、廃王国内に展開されている事。
突破後直ぐにレアルスタン王国支部の幹部、『ヴァンパイア・オーガ』と対決。その奥に位置する王室に、魔王軍幹部『ヴァンパイアクイーン』が陣取っている。
――この流れにイレギュラーが起きなければ良いのだが。
竜車がまるで匠の心と同調するかのように、竜車内の揺れも大きくなっていく。相変わらずレアルスタン王国へ繋がるナビは、獣道と自らの記憶だ。
異世界と比べれば、日本は舗装されてあるだけマシと言えよう。実際、ここへ来て三週間とちょっとだが、総合的に見ても永住するなら日本を強く薦めたい。
話を戻すと、結局のところ対処法はあらゆるイレギュラーを想像し、それに合った武器や現象を具現化するしかない。
匠の統計上ルート変更は、その場にある物でしかイレギュラーとして顕現しない事が既に分かっている。
故に、
「要は、この物語に出てくる能力よりずっと上の神器を書けばいいって事だろ」
答えは最初から出ていた。
――無いなら作ればいい。ただ、それだけの話。それは、全ての創作を産み出す作者にも当てはまるモノだ。
虚無に手を入れ収納魔法を行使、何もない空間からペンとノートを取り出し、筆を走らせる。
「おいおい……大丈夫か? すんごい揺れてる竜車内でまともに書けやしないぞ。リド、手伝ってやってくれ。基本魔法は得意だろ?」
「できっけど……朝食のあの件もあるし……」
「リド。俺の、小隊長としての命令だ」
「チックショー。わーたよ。やりゃあ良いんだろ? や、れ、ばー!」
見るからに、こちらを向いて嫌そうに眉をひそめるリド。
ここで、もし仮に武器をルート変更に対抗する武器を産み出せなければ、匠でも対処できない可能性すら有る。匠の能力はその強力さ故、書かなければ能力が発動せず、創作中は無防備なのだ。
ここは頭を下げ、謝罪してまでリドの機嫌を取る他道がない。
「……リド。さっきは、その……すまなかった。俺が全部悪いんだ」
「何だよ、急に……」
「食べ方なんて人それぞれだもんな。すみませんでした」
リドの前で頭を下げ、誠心誠意の謝罪を示す匠。
ここぞという場面ほどクズはプライドを投げやすい傾向にある。『チャンスは掴める時に掴む』それがクズの生き方だ。欲に忠実であり、プライドは高いがチャンスが来れば直ぐ捨てる。
そして、
……リド、今にでも覚えておけ! 後で半殺にしてやる。雑魚がしゃしゃり出るなよ。
ストレス解消の為ならば、相手の感情などお構いなし。
紛うことなきクズ理論を展開しつつ「アハハ」とリドに向かって作り笑いを貼り付ける。
「……こっちこそすまんかったな。その……早朝だったからピリピリしてたんだ。許してくれ」
「あぁ、許すさ。当たり前だろ? 俺達は、仲間なんだから」
男同士の喧嘩など、適当に友情や上辺だけの綺麗事を並べ、誠心誠意、反省キャラを演じればそれだけで万事解決だ。
男などいつの時代、何処へ行ってもバカでしかない。
故に――
「リド……私も先程は、無礼を働いてしまい。申し訳ありませんでした」
――こうして、まんまと偽りの男同士の友情に引っかかる阿呆が釣れた訳だ。
「あぁ、大丈夫だ。もう過ぎたことだしな。それよりも、竜車の揺れを今から無効化する」
そう言って強制的に会話をシャットダウンしたリドは、右側、窓際に席を置く匠に向け手をかざす。至近距離で魔力行使する瞬間を見たのは、久しぶりだった。
青白い魔力が血管の如く下から上に昇り、体内から体外へと舞台を変え、青白い魔力は細かい粒子に変化。透明な空間を青白く染め上げる。
その輝きは荒々しくも神秘的に広がり続けて竜車全体を包み込むと、青白い光が一気に散布し、髪を撫でる弱々しい風のみ余韻を残していた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ここだ、止まれ。ワルキューレ・アメリア司令官様の指示が出されるまで、それぞれの任地で索敵を開始、終わり次第待機との命令だ。尚、我々の存在が感づかれないよう細心の注意を払いつつ、速やかに実行せよとの事だ」
西の廃王国裏門、森の郊外にて匠を含めた四人は身をかがめて、タイミングを見計らっていた。草木で覆われた視界に移るのは、重厚感溢れる黒扉。
「で、肝心の合図はなんだ?」
リドが大剣を持つ右手強く握り締め、前で呟いた。表情からして、腹をすかせた野獣が野ウサギを見つけた言わんばかりの鋭い目つきと笑みだ。
「赤い魔力弾を空中で飛ばす。それが合図だ。それと、リド。君の出番はまだだ」
「なんでだよ! つれねぇ奴だな、おい!」
「リド、静かにしてください。我々の存在が知られると、援軍を呼ばれる可能性があります。こらえて」
「あぁ、わーてるって。すまん」
ラーンは右手でハンドサインを出しリドに注意喚起。振り向いた大男はぶー垂れながらも、最低限の約束は忘れず小声で返答した。
一区切りついた後、フェンドリクセンは顔を見ずに続けて、
「我々の任務は他の部隊とは違い特殊でね、裏門の突破は我々に任せると、指揮官様ではなく王国側から指名されたのだ。今、突破に必要なのはリドで無く……匠、君なんだよ」
「お、俺ですか?」
竜車で話を整理した時と全く同じ展開に事が進んでいる。ここまでイレギュラーは無し。
一応、ゲルトのような察しのいいキャラ対策として、初見風に反応を装う。
「あぁ、君だよ。敵勢力の把握が終わり次第、彼らを暗殺する。なので、リドには休んでもらう。君の性格上、こそこそやるのは逆にストレスが溜まると思うのでね」
リドを入れない理由を話す。
「わーた。そういう事なら静かにしとく。ただし、それが終わった後は暴れさせてくれんだろーなぁ!?」
「分かっている。君の願いは近いうちに叶う。少しばかり待て」
怒り心頭中といったリドをクールダウンさせ、フェンドリクセンは門前に視線を移した。
きっと魔物の把握へ意識を置いたからだろう、ここへ着いて一時間は経過した。裏門の解放を任された以上、一秒でも早く魔力行使を行える環境にする必要がある。
「先ずは、敵勢力の把握ですね。今回は暗殺なので、魔物の種類だけ書いておけば良いですか?」
「あぁ、ラーンは察しが良くて助かる」
「いえ、話の流れで察せるので。見た限り、ゴブリンのみですね……」
「そうだな。だが待てよ。ここは裏門、正門と同等かそれ以上大切な場所だぞ? そんな場所で守らせておく魔物がゴブリンだけなのは気になる……」
「言われてみれば、ゴブリンだけで裏門を守らせるのは不自然ですね」
「その事で魔力看破テレスコープで覗いてみた結果、どうもこれは魔力結界に似たものが展開されてたんだ」
「似た物……? そりゃーどういう意味だァ?」
ラーンとフェンドリクセンに向けて放った言葉はリドが喰らい付き、代わりに疑問を提示した。
視線を一旦下げて唾を呑み一呼吸置くと、目の前の視線が全て匠に集まっていた。
最後尾だからこそ、視線を外せる場所は後ろしかない。ここでミスを犯せばシナリオの変化で、ルートが異なってしまう可能性とルート変更によって、当事者である匠の世界変動が悪い方へ傾くことが予想されるからだ。
それらの恐怖と緊張で匠の唇は小刻みに振動し、汗が滝のように全身を伝う。
『世界変動』は、匠の高校で『次元論』という教科の内容に記されている単語で『ルート変更を引き起こした要因が陥る世界設定の変動を指すモノ』と説明を受けていた。
ここにおいては要因が匠であり、最悪存在自体が無かった事に改変される可能性すら有る。また、世界変動は『対象自体への影響力によって、原因に対する世界変動の強さと規模が異なってくる』故、今までよりも慎重に行わなければならない。
「その事なんだが、あの魔力量からして魔力結界より上位のモノだ。そして、魔力の波長からしてコレは『四大神器の一柱、防護兵装ランギルクランゲル』の物だと思われる」
「は? んな訳っ!……」
「いや、リド。その可能性は極めて高い。何故なら、司令官側からは『赤い弾が放たれた後、一斉に魔力を王国に向け、放て』と言われているからだ。それに防護兵装の絶対防御を突破するには、魔力を注ぎ続けて波長を壊すか、吸収するかの二択しかないからだ」
リドのセリフと被せ、フェンドリクセンの声音がしっかりとした理由を持って、匠の意見を肯定した。
その意見に嘘偽りはなく、匠が設けた魔力に関する詳細設定と完全に一致。
「私もフェンドリクセン小隊長殿の意見は、正しいと思います。どちらにせよ、今は目の前のゴブリンを始末しない限り真偽は証明できませんが……」
「優先順位は決まった。まずは、目の前のゴブリンを始末する。それでいいな?」
――意義はなし。
その場に居合わせた全員が無言で首を縦に振り、それぞれの配置に付いて敵勢力把握を開始する。
「魔物はゴブリンだけのようです。他の角度から他種族の魔物は確認できますか?」
「こっちもラーンと同じだー! ったく、もっと強えー奴はいねぇのか!」
「俺も同じくラーンと同じ結果だ。リドは、少し欲を抑えろ!」
「すまんな。気を付ける」
右手で頭を掻いて「アハハ」と笑い出す右隣のリドを一喝し、匠は「やれやれ」と頭を横に振る。
今更だが、リドの大声で反応しないゴブリンは可笑しいと思う。
こればかりは『シナリオ』という因果関係を含んだ法則が、この世界を覆う為だ。尚、この世界が法則の檻に囚われ続ける限り、匠は『無双ハーレム主人公』を目指せるわけだ。
……再度、この世界は俺を中心に回っているんだ!
と、自信を取り戻す結論を思考した匠を、
「そうか、分かった。ところで、匠。あのゴブリン共を上手い事おびき寄せる方法は無いか?」
現実に引き戻したフェンドリクセンは、余韻に浸らせること無くこちらを頼ってくる。
これは得てして、シナリオが真っ直ぐ向かう事を指していた。
――ひとまず安心といったところだろうか。
「そうだな。コイツらのクソみてぇな人間性を逆に生かし、獲物で吊る作戦とかはどうだ? 今は午前七時半、一向にコイツらの食事が配膳されない。その時間を利用するのはどう?」
「目立つことが出来ない以上、原始的作戦になるのは否めないが、匠の作戦を採用しよう」
「それで、獲物はどうすんだァ? 用意はしてんだろ?」
「あぁ、こんな事もあろうかと用意している。たっぷりと、少し大規模なパーティーが出来るくらいはな」
「匠……お前とは、価値観が合いそうだなァ」
円陣を組む形で固まり、そのまましゃがみ込んでフェンドリクセンとラーンとの距離を滑るように取る。
ひそひそ声と悪事を働きそうな雰囲気に、
「それで……その後は、どうすればいい?」
危険を感じた小隊長が続きを急かした。
「その後は、容赦なく暗殺を。予想以上に対処できなそうな場合を想定し、皆には『消音』と『透明化』の魔法が付与されるブレスレットをはめてもらいまーす」
軽くその後の動きを共有すると、
「では、早速始めようか。奴らに……人間の実力を見せるのだ!」
フェンドリクセンは握り拳を天に向けると、テンション高めにセリフを吐くのであった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「動き出しました、フェンドリクセン小隊長! ゴブリンが動き出しました!」
「そのままだ、まだまだ泳がせろ」
「了解しました」
レアルスタン王国、裏門郊外の森にて、匠とラーンは木陰に隠れて迎撃の機会を伺っていた。
「よし、来たみたいだぞ……」
透明化と消音効果付きのブレスレットを装備したお陰で、気付かれることの無いまま中央へ、目立つ位置に肉が配置。
匠の設定で肉を用意している為、この肉も色々な効果をブレンドしてある。
「例えば……」
「ゴブブブブブブブ!!!!!!」
計算通り、防護兵装の加護を受けない位置に、肉に、向かって一斉に走り出すゴブリン。
「まるで操られるように……」
呆然と気味の悪い瞬間を目の当たりにしたラーンは、無意識にそう言葉をこぼした。
――間違ってはいない。
そう、この肉には食欲増進作用と睡眠効果を付与し、匂いは広範囲に渡るよう設定している。
その為、
「眠ったか、これでお前らはゲームオーバーだ!」
眠れば最後、永遠の眠りを人間相手に与えられる。
鮮血が飛び散り、エクスカリバーの刃から滴る赤を地に落とすと、暗殺完了だ。
「結局、別れる必要は無かったな。いや、別に文句は無いが……」
左右二手に分かれる意味が無くなったのは、些か不満だと匠にこぼす小隊長。
ここまで小隊長が指揮を執る場面は、ほぼ匠に取られ、もはや小隊長としての威厳が薄れつつある現状と意味を成さない階級制度、それらが重なって小隊長への掛け合いが適当になっていた。
「ま、気にすんなって。活躍する場面なら俺が作ってやっからよっ!」
「やれやれ、十代に気を使われるとは……何と虚しい事か。匠、その必要は無くなったよ」
ゴブリン全ての肉片化を確認すると、フェンドリクセンは野球ボールほどの石ころを裏門に向けて投石。
弧を描きながら投げられた石は、裏門を通り――
「しっかり見ていろ」
――否、裏門へ入る前にクッションの如く跳ね返り、赤い大地に着地した。
「やはり、匠の意見が正しかったようだな。リド、それが真実だ」
「あぁ、見りゃ分かる。防護兵装を盾にするとは……危険な匂いがプンプンすんぞ!」
「そうですね……魔法ではなく物理まで防ぐのは、防護兵装しか出来ませんからね」
「だから言ったろ、俺の意見が正しいんだって!
全員がそれぞれの反応を示し防護兵装に牙を剥くと、フェンドリクセンは右手で「待った」とハンドサインを出しつつ口を開く。
「攻撃は行わない。さっきも言ったが、防護兵装を破るには魔力を注ぎ、波長を壊す必要がある。ましてや相手は四大神器、簡単には破れない。その為、外から全方向一斉に魔力放出する。これが指揮官様の目的でもあり、俺達に下された命令だ」
「ってことは、最後の部隊が配置に着くまで、ここに待機しろって事か? ふざけんな!」
「まぁまぁ、リド落ち着いてください。事が動き次第、満足するまで暴れられますので」
リドがその場で地団太を踏み、ラーンは左横でソレをあやす。後ろから見る限り、親が子供を世話している風にしか見えない。
精神年齢の違いが如実に現れ過ぎて、逆にリドが心配になってくる程。
――それよりも、もう少しで赤い魔力弾が空中に打ち出される頃合いだ。
今後の展開を思い出そうと口に手を当てた瞬間、打ち上げ花火とよく似た甲高い音と共に「赤い魔力弾」が空中で爆破。
それから、
「赤い魔力弾が放たれた! 一斉に魔力行使準備……ヤレ!」
フェンドリクセンの怒号を合図に戦闘の火蓋が、人間と神器との戦いが、今切られた。
「よっしゃ、やってやりゃあ! どおぅりゃあァァァァ!!!」
王国特有の銀鎧を装備した大男リドが、透明と化した防護兵装に一人突っ込む。
見たところ、両手に掲げる大剣に魔力行使の後は無く、恐らく「勢いのまま無策で突撃」と言ったところだろうか。
匠の更なる見解よりも、先に金属同士が重なり合う音が響いた。
勢いに任せて振り上げられた大剣は、大男の全体重を乗せて放たれている。その証拠に、リドの両足は地についていない。
重厚感ある刃は透明な盾にヒットし、金属同士の衝突は火花が飛び散るほど強く激しいモノだ。
お陰で、
「見えなくては、狙いてぇモンも狙えねぇだろーが。俺が見えるようにしてやっから、少し離れろ」
距離感が金属同士の掛け合いによって把握できた。
「わーた」
そう短くリドが返事をし、その場で着地。地面を蹴って後ろへ移動した。
戦線離脱を確認後、直ちに「固有能力」を発動、右手に持ったメモ用紙が弓の形となって実体化する。
それを躊躇する事なく、裏門へ向けて矢を放った。
「マジか、おい……」
「どうやって……」
「君の能力は……一体?」
それぞれの感想は匠の能力か、はたまた防護兵装の絶対的格差を思い知らされたか。どちらにせよ――
「――これで防護兵装は丸裸にした。効果が切れない内、壊した方が良いと思うけどな」
未だ、動揺を隠しきれず固まる三人を現実に引き戻す。
匠の固有能力を把握する人間は今のところ十人にも満たず、王国側からは「最重要機密情報」認定を受けている。
その為、能力も今まで前例を見ない強力な類のモノ、固まるのも無理は無い。
「あぁ。それと、俺の能力は「最重要機密情報」だから他言無用で願いたい。後、外に漏らさないよう三人の個人情報は王国側が握っているから。バラした時は……」
臭い捨てセリフを決まったとばかり吐き出し、余韻とその場の雰囲気に酔いしれる。
一度は言ってみたかった言葉とかっこいいシチュエーション。俺TUEEEアピールは中二病作家の匠にとって、この世界でやりたい事ベスト10に入る。
ライトノベル作家のほとんどが、自小説の主人公に成り代わって俺TUEEEをしたいと思っている。得てして作家とは、そういった自我が強い人間は最後まで生き残りやすい。
「あ、あぁ。そうだったな……」
フェンドリクセンが動揺しつつ、意識を匠からブルーに着色された目の前の「防護兵装」に集中させる。
全ての視線がレアルスタン王国を囲む青い鉄壁に向けられ、
「それで、フェンドリセン。作戦はアンのか?」
リドは頭を掻いて能天気に質問、左隣のフェンドリクセンは眉をひそめるばかりで答えようとしない。否、答えが出ないのだ。
いくら魔力行使しようが、四大神器の一柱である防護兵装の前では、ガス欠で終了の未来しか見えない。仮に突破できたとしても、その後の「ヴァンパイアクイーン戦」で何も出来ずにゲームオーバー。
当然原作者である匠の答えは「ヒビ一つ入らない」が正解だが。
……ここは、コイツらの実力を見ておく必要がありそうだな。
弱者を働かせる快感に浸る為でもあり、ヴァンパイアクイーン戦までの戦力状況を確認する為だ。
「俺は、一撃必殺の武器を作ってくる。そこそこの時間が必要だ。尚、その時間まで魔力を防護兵装に注いでくれると助かる」
「許可しよう。その間、我々が責任を持って魔力行使しよう」
「この場は私達に任せて。匠は自分のすべきことをしっかりと、です」
「コイツァ、またやりがいのある敵で……ボコボコにしてやんよ!」
「あぁ、期待しているぞ」
リドは大剣を肩にあてがい態勢を蛇のように低く保つ。左横のフェンドリクセンはランスを右手に、白で塗装された盾を左手に持ち、今にも突進しそうな気迫だ。
二人の背後、少し離れた場所に陣取るラーンは、杖を右手に持ち詠唱を開始している。
それぞれの想いと役割を持って配置につく。誰一人として口角を上げる者はいない、あくまで選ばれた調査隊の一人として、人類を守る者として、この場に立っている。半端ない気持ちではない。
一方、匠は王様気分で優雅に、地に寝そべってそれを見守るクズっぷりを披露し――
――気が付けば、金属同士のぶつかり合う音と爆発音が一斉に聞こえてきた。
「チッ。コイツ、硬すぎるッ!」
全体重を乗せた大剣との軋み具合を無意味と判断、後方へ身体を戻す。
「ウインド! 物理より、魔法の方が壊しやすいです。小隊長の命令をしっかり聞いてください!」
杖から放たれた魔力は緑に着色され、三本の刃となって防護兵装目掛けて爆破する。
「おい、ぜんっぜんっ、効いてねぇじゃねーか!」
砂煙が舞い終わり、青くギラギラとその存在を主張する無傷の防護兵装を前にして、リドは事の重大さを把握。
それから、
「そろそろ、本気を出すか……!」
深呼吸し、大剣に水を注ぐイメージを脳内で確立させる。
格上相手に、人間を守り続けた神器に彼なりの礼を重ねる為、右脇に両手で大剣を握り締めて右足を後方へ下げて身体の重心も右に置くと、
「ハァァァァ!!!」
怒号にも似た掛け声を乗せ、下から振り抜かれた渾身の水撃。より切れ味を求めて武器との融合を果たした水属性魔法。水しぶきを上げて青く輝いた大剣、より肥大した勝利への手応え。
それら全てが、今まで積み上げてきた努力が、
「クッ……!」
否定され、リドは自らの勢いにやられる形となって逆回転し、ラーンの元へ転げ落ちた。
「ラーン、どうだね?」
「小隊長。完全にリド、伸びてます」
「そうか、そっとしておけ。匠、準備は出来たか?」
「あぁ、わーたよ」
これ以上、シナリオが進まないのも如何なモノかと考え立ち上がり、メモ用紙を収納魔法から取り出して紙切れを手に取った。
……にしても、意外と迫力があったのだけは褒めておこうと思う。
防護兵装ランギルクランゲルの対処法は実に簡単だ。
エクスカリバーの設定を書き換え、波長を狂わせる効果を付与するのみ。
「はーあぁ~。ちゃっちゃと終わらせろ、エクスカリバー」
エクスカリバーを具現化し、あくび交じりで振りかざした攻撃。
その一撃は匠の表情とは対照的に黄金の輝きをもってして激しく閃光し、ぶつかり合う。
設定によって重さの概念を置き去りにしたエクスカリバーは、さして重くはない。感覚にして発泡スチロールを手に持つ感じだ。
――正直に言えば、重さを失くしたせいか前回と比べて、威力をコントロールしずらいデメリットも新たに起こる。
故に、
「こりゃあ~やり過ぎたかな?」
波長を保つブルーの防護兵装に黄金が内部へと介入。
まるで色水同士を混ぜ合わせた反応を示すが、音はガラスの如く儚く薄い。あくまでも防護兵装の一部分の波長が可笑しくなっただけだ。
「これからだぜ」
次の瞬間、内部に侵入した閃光が青を追い出し黄金一色に。外部は「パリン」と音を立てて細かいガラス片となって消えて去っていく。
降り注ぐ魔力の集まりを手に取れば、処女雪と同じく無力に溶け消える。
雪も自然に還るよう作られているのと変わらず、魔力も自然に還るよう上手い事サイクルが組まれている。
リサイクル可能な魔力は人間や自然に優しく出来ていると分かったところで、
「終わったか~」
防護兵装によって封印された裏門へと歩を進める。
「……」
「なんだよ、行かないのか? 魔物が来ちまうぜ?」
歩みを進める匠に、何か言いたげな表情をする後方のフェンドリセンとラーン。相変わらず、リドはラーンの隣で気持ち良く伸びているが。
この流れから言いたい事は想像がつく、
「俺の固有能力についてだろ? 質問やリアクションは後だ。今は、任務に集中しろ」
「あ、あぁ……了解した」
「わ、分かりました」
おぼつかない返事と意識の乖離、正気を保てているようで不安や驚きが如実に表れている。
今まで横になり傍観していた男が、伝説級武器である「エクスカリバー」を取り出し、数分もせず四大神器の一柱である盾を破ったのだから驚いて当然だろう。
更に、ワンランク下の武器で神器を突破し魔力量も無造尽ときた。
明らかに匠は――
「――チートだ。彼は。レベルが違いすぎる。もしかすれば……」
「いいえ違いますよ、小隊長。もしかすればではなく、確実に、匠は我々の救世主です」
「おい、先行くぞー。置いていくからなー」
「少し待ってくれ、匠」
「少々お待ちを!」
……本当にココ、ライトノベルの世界なんだな。後ろであんな事本当に言うんだ。うん、気持ちイイな、コレはコレで。
頭を掻いて少し照れつつ、男に褒められても匠の心情は満足することが証明された。決して、ホモではない。
重厚感溢れる黒扉を両手で開き、魔王城へ赴く気分で右足をルンルンと踏み出した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「外から見ると、明るかったのに……レアルスタン王国内は暗黒そのものですね」
「そうだなラーン。精霊が光を提供しなければ、今頃は暗闇を歩くことなっていたな」
場面はレアルスタン城内部、王室の広間へと繋がる一本道をリドを含めて四人、前進していた。精霊が無ければ、今頃はヴァンパイアの餌食にされているところだ。
「まあ、この一本道のゴール。ほら、見えるだろ? あそこは明るいぜ。それに……」
「暗い所で、極端に明るい場所ではヴァンパイアクイーンが巣くっている可能性が非常に高い……」
リドを背負う背後のフェンドリセンは、小隊長としての意地を見せる。
「その理由は、ヴァンパイアの頂点にしてヴァンパイアの祖であるが故の万能、魔王から与えられし『権能』があるからでしょう」
ここまでのキャラの薄さを気にしているのか、ラーンも負けじと喰らい付く。が、所詮は影が薄いキャラクター。配置も匠から一番遠い、影の薄い最後尾へその席を置いた。
そうこうする内に場面は自然と切り替わり、明るく開けた神秘的な場所へと変わる。響いた声は丁寧に、優しくも、
「ようこそ、歓迎します。まずは礼から言いましょう。私達の栄養分になって下さり、ありがとうございます。では、死んで下さいませ」
自らの存在を高らかに匠達へ向け、宣言するのであった。




