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西の廃王国

 理事長室へ呼ばれたのは、これが二回目だ。

 一回目は東の廃王国、ルーセント王国での理不尽とも呼べる特殊任務を命じられた日。

 時はゲルトが休養を命じてから一週間後。朝日が昇り始め、鶏の鳴き声がまだ耳に残る肌寒さを感じる時間帯、


「準備は良いですね?」


「あぁ、出来ているさ」


 匠とエレナは静まり返った理事長室の目に立っていた。


 無論、数少ない情報とライトノベル作家としての頭脳をフル回転し、この現状を予想するなら――


 ――またもや廃王国巡りに匠とエレナを招集しようと企んでいると予測できる。


 右に立つエレナが先頭を受け持ち、ドアノブに手を触れて前へ押し込んだ。


「やあ、随分と早い時間に来たもんだ。外は寒かったかい?」


「王国騎士たる者、三十分前に来るのは当然の義務……お褒めに預かる事など、なにも……」


「それは良い心掛けだ。ささ、座り給え。朝早くから来てくれた客人だ、何も無いというのは私の評判に関わる。おもてなしさせてくれ」


 理事長室に計数十回ほど赴いた限りでは、ゲルトの態度に一切変化なし。手際の良さとケーキと紅茶の種類までいつも通り。それを匠とエレナがソファに腰を下ろした後、数十秒間で並べ終わるまでの全工程を完了させる。


 ……ハッキリ言ってバケモノだ。


「相変わらず、ゲルトの紅茶好きは変わらないか」


「紅茶は心の平穏を与えてくれる物。私は生憎忙しい立場でね、朝から晩まで休養という休養を経験したことが無い……許してくれ」


「逆に、こちらの者が無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございません」


「いや、気にはしていない。大丈夫だ、謝る事でもないだろう」


 そう言って優雅に紅茶を嗅覚で楽しむゲルト、左横で匠の失言に保護者ムーブを発揮するエレナ、その横でケーキを頬張りつつソファの柔らかさに圧倒される匠。

 

 十分間の過ごし方は十人十色、様々な考えと行動が交差した部屋でヘイトを集めたのは、


「キリが良いところで。一旦、本題に移らせてもらう」


 手をパンパンと軽く叩いて現実に呼び戻すゲルトだった。

 

 意識が自然と青軍服姿の男、ゲルトに集中する。日差しがまだ完全に支配しきれていない薄暗い部屋に、冷気のような緊張が流れ込む。


「そう緊張せずとも良い。今回の任務は、前回より柔らかくモノになっている。た、だ、し、奴がいなければの話だがね」


「続きを……続きを仰ってください」


「今回君達に与えられた任務は……西の廃王国、レアルスタン王国へ赴いてもらい、周辺と王国内の敵勢力把握、魔物の種類、四大神器の回収に努めてもらいたい」


「レ、レアルスタン王国って、最近魔王軍に落ちたばっかりの国だろ?」


「その通りだ。レアルスタン王国はここ数年で落ちた国で四大神器の一柱、最強の盾を誇る『防護兵装ランギルクランゲル』を保有していた王国だ」


「これは噂だが。その廃王国には、まだヴァンパイアクイーンが陣取っているそうだ」


「……!」


 流れる空気感は隣の熱風によって、更に重苦しくなる。

 平常心を保ったゲルトの言葉はエレナの爆炎の渦へと誘う一言だった。

 

 それもその筈、エレナは一度このヴァンパイアクイーンによって敗北を喫している。彼女からすれば何としても止めなければならない相手となる。激怒するのも無理はない。

 

 ヴァンパイアクイーンの存在、それに対してのエレナの反応、廃王国と化したのが最近という事実。以上の結果から、今回は物語の展開にルート変更が関わっていないと言えよう。


 ――だとすればヴァンパイアクイーン戦を含む今後の展開に関して、匠有利にシナリオが進む訳だ。


「癇に障ったのなら謝罪させてもらいたい」

 と、思考の渦にあった匠の意識がゲルトの煽りとも捉えられる発言に反応し、聞き耳を立てつつ傍聴する。

 落ち着いた声音でゲルトは更に続けて、


「君にとって、この任務は理想や考えに反した結果が確実に起こる。それでも、その事実を無視してもエレナ様、貴女にはこの任務に参加してもらいたい」


 この通りと言わんばかりに、前方に立つゲルトは腰を折る。


「ゲルト様、先ずは顔を上げてください。それと、席にも着いて下さい」

 エレナの淡白な声音を受け、ゲルトは言葉通りに身体を動かして最終的にはソファに座り、対等な位置にその身を置く。


「それで――エレナは、貴女はこの任務に……」


「参加します。ただ、ゲルト様の予想は現実にならないよう努力致します」


 ゲルトの言葉は紡がれることなく、彼女の決意によって揉み消された。


「エレナの決意も固まった所で……に、人数は? 前回よりも酷じゃないよな?」

 ライトノベルの展開通りであれば人数は三千人という大規模任務なのだが、果たして。

 

「そのことに関しては心配しなくて良い。今回はもしもの時に備えて、調査人数は三千人用意してある」


「安心したぜ……」


「良かったです……」


 自身への重荷が外れた安堵と長文問題の回答が当たったような感覚、それぞれの想いが吐息となって同時にハモリだす。それを微笑ましく紅茶と共に前で傍観するゲルトは、


「前回のがイレギュラーなだけだ、安心してくれ。今後の任務において、ほぼ人数が一桁を下回る事は無いだろう」


「おい。ほぼってなんだよ、ほぼって。そこは完全に保証してくれ」


 匠のツッコミを嗜みつつも、アハハと濁す。


「たくみくんはゲルト様に余程、好かれているのですね」


「え、おい! 待て。ルート変更でゲルト、ツンデレゲイになったとか止めてくれ」


「るーなんちゃらってのは分からないが、私は私だ」


「いや、おっさんずラブのどこに需要があるんだよ。地獄絵図にしかならん!」

 今のゲルトの言葉を肯定したと捉えて、今後の理事長室絵図ら問題を匠は力強く示した。ハアハアと酸素を欲した身体を、本能のまま胸に手を当てて深呼吸し整えた。


「たくみくん落ち着いてください。ゲルト様を馬鹿にするのは良くないです、今すぐにでも謝罪を。それと、絵図らに関しては私にお任せを!」


「おい、エレナ。綺麗なブーメランを飛ばすなー」

 エッヘンと漫画の吹き出しがあれば、書きたくなるような自慢げな表情と握り拳を胸に当て、左隣でアピールするエレナ。

 この様を正直に言えば――


「――エレナって幼稚な部分があるよな~。なんか、思っていたのとイメージが違うな」


「親しい人にしか見せない部分ですから! 勘違いしないで下さい!」


「分かった分かった。って事は、俺とエレナはもう親しい仲ってこと?」


「当然です!」

 

 エレナの幼児発言の謎が確信へと移行、しばしの沈黙と引き換えに日々の積み重ねがハーレムを創る事を再認識する。

 空気の読めない本能に渋々従い、喉の渇きをレモンティーで潤す。本能よりも知識欲を優先する匠にとって、本能は障害となる壁にしか見えなかった。

 再度仕切り直そうと咳き込むのを合図に、口を開いた瞬間――

 

「雑談はここまでだ」


 ――聞こえてきた声は匠のモノではなく、重圧感のある声質に冷酷なまでに落ち着いたゲルトの声音だ。


 ピリリとした空気感、溶かされた雰囲気がもう一度凍り付く。

 そんな空気感を意図して作り出した原因は、ゲルトは、再び声を響かせた。


「それで……西の廃王国、レアルスタン王国には今日から任務に当たってもらう。各々、必要なモノがあればこの書類に書いてくれ。届く期間は二日ほどかかるが、確実に手元へ渡る。西の廃王国には、だいたい一日程かかる計算だ。今回も学校や生徒は私が対処する。なので安心して任務を遂行して欲しい。それでは、良い報告を期待している」


「報酬は……? 今回もあるんだろうな?」


「あぁ、その事か……安心しろ匠。君の報酬ならば、私が責任を持ってこの命に代えてでも用意しよう」


「頼んだぜ……」


「それから、エレナ。君の報酬は既に振り込んである。報酬に変更はないか?」


「ありがとうございます。変更は無いので引き続きお願い致します」


 ゲルトは首を縦に振り「分かった」と短く返し、出口に向かう匠の背中を刺すように、


「あーそうそう。言い忘れていたが、イザベラ・フローレスくんも任務に参加する予定だ」


 そう、一言呟いた。



 

         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 




「悪夢だ……これは悪夢に違いない。俺は断じて貴様の同行を認めんぞ、イザベラ・フローレス」


「なにを仰っているのか、理解不能……です。変態妄想紳士クズ匠様」


「いや、日本語! 分かるよね? 分かるだろ!」


「わーこわい、きゃーこわい」


「適当に流すんじゃねぇ!」


 敵対心剥き出しの匠に対して、当のイザベラは相変わらずの毒舌っぷりと表情一つ変えずに軽くあしらって魅せた。

 

 このやり取りも二週間以上見ていないだけで、懐かしさすら感じる。

 事実、匠のツッコミ役は自然とイザベラになっていた節があり、イザベラ不在時は代わりにエレナがツッコんでいたが……


 ……どうも、パンチが足りないのだ。


 決してドMという訳では無い、断じてそうじゃない。

 が、エレナの性格上どうしてもトゲある言葉の「トゲ」部分が柔らかくなってしまう。

 故に、

 

「イザベラ、お前の毒舌は一級品だよ」


「うるさいです。変人変態妄想ロリコンクズ紳士匠様」


「俺の名前が、負の要素だけを付け足した『じゅげむ』みたいになってんだけど! ふざけんじゃねぇ!」 


 イザベラという毒は匠にとって本音でやり合える相手なのだ。


「それにしても……エレナお嬢様……いえ、レナ。この犯罪の塊に、貞操を奪われなかった?」


「おい、待て待て。犯罪の塊って……俺の名前カスっても無いし!」


「犯罪者は黙りなさい!」


「……は、はい」


 異世界の法律は分からないが、現実世界の法律と自身の言動を当てはめると、ラッキースケベ、人身売買による強制ハーレム作戦などギリギリのラインを走っている事が分かる。

 その結果、否定すら出来ずに匠は己の唇を噛むしかなかった。


「ううん、別にそんな事は起きなかったけど。でも、ベラが私の名前をニックネームで呼ぶのなんて……しかも公の場って、初めてじゃない?」


「そうだね……」


「ベラどうしたの?」


「その……レナ。この犯罪者とは、いつから仲良くなったの?」

 左横に座ったイザベラの視線がギラギラとこちらを睨み付け、思わず匠は目線を明後日の方向へと避難する。

 エメラルドの双眸は、魅力的に見えるときもあればその逆また然りだ。

 

 ライトノベルの設定上は、イザベラはエレナと幼少の時から寝食を共にした仲で大の親友で、匠の事を何故か嫌っている。

 そんな男に好意を持った親友が居れば、恨むのも仕方がない。


「そうだね一週間前の……任務時に色々と助けてくれたとき……かな?」


「へぇ~そうなんだ……そうなんだ」


「何故か、声が左からどんどん大きくなっていく気がするなぁ~」


「そ、れ、は、貴方がレナを奪ったからです。犯罪者はだんざっ……」

 吐息がはっきりと聞こえる位置まで距離を詰め、判断が鬱陶しい人間から女の子に変わり始めた時、


「ベラ、やめて。私は良いから。や、め、な、さーぁい!」


 コツンと、制裁がイザベラの頭上に振りかざされてヒット。


「うぅ~。しかしぃ。でもぉ、コイツは犯罪者で……」

 

 湯気が昇った頭を両手で押さえ、イザベラは必死に言い訳タイム。それにシビレを切らしたのか、エレナはイザベラの言葉に割って入る。


「それもありますが、本当はベラも親しくなりたかったんでしょ? たくみくんとも、私とも……ね? そうでしょ?」 

 

「……レナは、なんで分かったの」


「伊達に数十年、親友やっていないんだから。それくらい分かる……じゃないと、親友失格でしょ」


「レナ……」


 顔を寄せ、左隣で抱き合う親友二人と、絵図らからして全くの部外者となり果てる匠。

 匠自身百合好きな性格ではなく、むしろその間に入りたいと思っている。正に禁忌中の禁忌、百合好きの真の敵。

 弄られもされず、話題にも上がらない、この場面など当然楽しくはない訳で――


「――感動百合シーンのところ悪いが、俺だけ仲間外れなんだ。そこんところ、どう思っているのかね? お二人さん」

 

「うっさい、黙れよクズ……匠様」


 低音ボイス尚且つ、ギラギラとしたエメラルドの眼光が緊張を走らせた。

 まるで、ゴキブリと会話するような圧倒的嫌悪感で吐き出された言葉に、流石の匠も危険と判断。敬語を駆使し、ノリで修羅場の入り口を全力回避。


「あのぅ、イザベラさん? 口調が前半、変わっておりましたが。大丈夫でしょうか?」


「何のことでしょうか、理解不能です。変態妄想ロリコン紳士ゴミクズ匠様」


「だから、なんで俺の名前がじゅげむみたいに増えているのかな?」


「いえ、勘違いだと思われます。変態妄想ロリコン紳士ゴミクズ童貞匠様」


「だから、なんで増えているのかな?」


 終始向かい合い、笑顔のまま無言の圧を押し付け合う両者。

 ラストが見えない古の戦いに、エレナはパンパンと手を叩いて視線を誘導。自ら終わりを作り上げ、


「睨み合いはここまで。任務の再確認とレアルスタン王国について、情報共有しましょう」


 話し合いが竜車内で行われる事となった。


 現在、竜車内にはエレナとイザベラと匠、御者、そして各々が持ってきた荷物が積まれている。

 造りは以前のモノと変わらず全て木製となっており、荷台と御者台、簡易的ではあるが荷物置き場が荷台の最奥に作られている。

 御者と荷台は布切れ一枚で仕切られ、荷台の広さは三人が川の字になって、足を延ばして熟睡できる程。温度調節もエレナの魔法を用いて操作可能。

 任務内容の漏洩に関して王国騎士専属御者を採用した為、表に漏れる事はまずない。

 

 ――どれを取っても、快適という言葉がピッタリ当てはまる竜車だ。


「今回の任務地は西の廃王国、レアルスタン王国。そして、私達が今向かっている場所はレアルスタン王国から20キロ離れた地点に作られた、王国騎士調査隊本拠点『アクア』。そこを目指し、進んでおります」


「へぇ~そりゃ楽しみだなぁ~。軍の拠点なんて見たこと無いから、どんなものか気になって仕方がないや」

 右側の窓にピッタリと頬をくっつけて、西の廃王国と拠点を見ようと努める匠。

 テンションは、自衛隊基地の見学をする小学生だ。


「変態妄想ロリコン紳士匠様、レナが話している途中に何を考えているのです? ゴブリン以下は脳ミソだけと思っていましたが、行動まで残念だとは……中々に使えないゴミですね」

 いつもの事ながら、ペラペラと躊躇することなく発された暴言は、ここまで来れば清々しさすら感じる。

 明らかに挑発と理解できる言葉に乗る匠もまた、清々しいほどアホであり――


「お前の方こそなァ! 最近まで部外者だっつーのに、イキりやがる。本当は、俺が王国騎士になった事に苛立ちを隠せず、自ら王国騎士になって俺をやめさせようと企んでんだろ?」


 ――細かな、核心めいた疑問を、提示する様は創作者と呼べるだろう。


「変態妄想痴漢ロリコン紳士ゴミクズ匠様……うるさいです」


 無言の圧力で押さえつけるイザベラの顔には見るからに不自然な笑みが張り付けてあった。

 フリル付きの白黒のメイド服、エメラルドに輝く瞳、エレナ程ではないが膨らんだ胸部とスラリとしたメリハリある身体。

 黙っていれば匠の攻略対象には確実に入っていた美貌を持つヒロインだが、


 ……今はそんな事より、暴虐非道なコイツの口封じを優先したい。


「勘違いしないで、たくみくん。ベラはそんな理由で王国騎士になった訳じゃないの。ベラは元々、王国騎士に入っていたの。言わなかっただけで……」


「嘘つけ。そんな訳ないだろって言いたい所だけど、嘘をつく理由もないし。それに、エレナは正直者だからな」

 

 口封じに転じようと吸い込んだ息を中断するエレナがイザベラを擁護した。思えば、親友と想い人との喧嘩を止めるのは当たり前の好意。

 それをとやかく言うつもりは毛頭ないし、嘘を言っているわけでもない。


 ――ここはイザベラの暴言を利用し、自らの株を上げる方向性へ移行した方が効率が良いと見る。


「疑ってすまんな、イザベラ。俺が悪かった」

 誠心誠意、頭を下げずに謝る。頭を下げれば、イザベラに負けた感覚に苛まれる。だだ、それだけの小さいプライドの為だった。


「わざとらしい……死ねばいいのに」


 ……ハァァァ!? マジでこいつシバきてぇー!


「たくみくんは反省してますし、ベラも謝って」


「レナのお願いでもコレはできない」


「親友なんだから……良いでしょ? おねが~い!」


「レナがそこまで言うんだったら……」


 イザベラの前で合掌しウインク。

 可愛くアピールするエレナの破壊力にイザベラの冷酷かつ残忍さが溶け、最終的には根負けするのだった。


「これは、クズの為ではないです。勘違いしないように!」


「分かってるって。早く……い、え、よ? いえよ!」


「あー、うざったらしい! さっきは……ごめ、んなさい。これで良いでしょ!」


「よーく、言えましたね、イ・ザ・べ・ラ・さ・んー!」


 歯軋りしてまで悔しがるイザベラを、満面の笑みで煽りに煽って、クズ主人公っぷりをエレナの前で披露する匠。

 この時だけ、匠に対するエレナの評価は過去最低を記録していた。




             ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



 森林の空気は、清々しくも、取り込めば身体に流れ溶けていく独特な感覚に陥る。

 自然が作り出した魔力が匠の身体と共鳴をしているからか、それともクラウ・ソラスに反応したのか。いずれにせよ、このような思考など雄大な自然の前では皆無力なのだから。


「すっげぇ~! 凄い、凄い! 凄すぎて、ヤバいしか言わなくなるかも!」


 覗き込んだ視界に広がる光景は、天国でもあり同時に地獄でもあった。

 後方から前方にかけて真っ直ぐ流れる河川は、シャワー音と似た忙しさを乗せて崖下へ。飛瀑したナイルブルーは怒号と共に水花火を起こし、緩やかな河川にまた戻る。


 落差五十メートル、秒数にして数十秒間の出来事。観光気分で楽しめば、満足のいく景色で間違いないが、逆に落ちれば命が無い。

 正に天国と地獄のコラボレーションである。

 

「たくみくんはここが初めてですね。実際に足を運んで、どうですか?」


「うん、ちょーヤバい!色々な意味でだが」


「この程度ではしゃぐなど、変態妄想ロリコン紳士匠様の感性は乳児以下ですね」


「これ、間接的に、産まれてくるなって言ってるもんじゃん!」


「それより、この滝はね……」


「エレナも、まともに相手をしなくなった……マジでヤバいって!」


 ギャグの流れを理解し始めたエレナは匠のツッコミを完全スルー。左隣の望まぬ成長に匠はショックを受けつつも、殺気ムンムンな背後の気配に向かって問いかける。


「ところで……俺の背後で何を企んでいるんですかねぇ~イザベラさん?」


「突き落と……いえ、滝までの深さが本当に五十メートルなのかを調べようと、変態妄想ロリコン紳士匠様の身体を使って証明しようと思いまして」


「バカか、死ぬって! それに、なんで言い直した?」


「それよりも、早く死……いえ、天国へ逝きましょう。ごーとぅーへぶんー」


「え、怖いんだけど……」


「おにいちゃんっ、天国へ逝こうよお? てんごくはね、てんごくはね、とーっても、たのしいばしょなのっ」

 匠の手を握り、上目遣いで天国へと誘うイザベラ。フリルが目の前ではためき、スローペースの日本語はいたいけな少女を演出している。

 完璧な計算し尽くされた幼女に、

 

「うん、逝く!ってなるかボケ!」


 匠は翻弄されながらもイザベラを突き放す。


「さっさと逝けよ、人間の屑」


「黙れ、幼女の皮を被ったバケモノめ!」


 沈黙の時間は睨み合いに費やされる。

 これで何回目の衝突か、両者一歩も譲らない展開を終わらせたのはまたしてもエレナだった。


「二人とも……ここへ来てまで喧嘩をするのですか? 滝の向こう側に王国騎士調査隊本拠地があるというのに……。今はお互いに協力しないと、ダメでしょ? 国の代表としてやるべき事と私情は分別する! 分かった? へんじ!」




          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 




「そこっ返事! 集中してない奴もいるようだが、先に言っておこう。明日、貴様らが向かう場所は生き地獄だ。人間というルールなど通用しない死地だ。いいか、これは決して遊びではない。殺し合いだ、奴らは問答無用で我々を殺しにかかる。殺るか、殺られるかの世界だ! 死にたくなければ、私情を捨てろ! 以上だ」

 

 前方で、力強い演説をする女騎士の青鎧はカシャカシャと音を鳴らし、存在感を集めていた。

 青鎧、澄んだ琥珀色の瞳、ハーフアップにした碧の髪。

 その全てが彼女の美貌を際立たせる道具でしかなかった。

 

 『歴史は繰り返す』とはよく言うが、滝の一件から数時間後に聞き覚えのある冒頭を経験し、先程起きてしまったエレナとの出来事を思い出して、匠は苦笑い。

 普段怒らない人間が一番怖い理論が証明された瞬間を、それもエレナが示したのだから、笑うしかないのだ。


 ――今後、アレを超える恐怖と気迫は出ないだろう。


 そう思えてくるほど二人の中で、エレナの怒りは「トラウマシーン殿堂入り」かつ、恐怖そのものが更新される日となった。


「皆の者聞け! 司令官、第二王国騎士ワルキューレ・アメリア様からの有難いお言葉しかと受け止めろ。これより、副官様から有難いお言葉を頂く。心して聞くように!」


 極度の緊張が走る場の雰囲気は、軍隊そのもの。自然と背筋が伸びて指先に力が入り、目線は木箱が置かれた虚空にロックされる。

 

 現在、王国騎士調査隊本拠点『アクア』にて、演説聴取中だ。

 張り詰めた空気と暑苦しい天幕での集会、それは事の大きさと死に近づくことを知らせる。三千人が集まった熱気と高まる覇気に水を差したのは、


「えーとボクか。とりま、怠いんで。ガンバ」


「副官様……第六王国騎士クライン・エランテ様……士気が下がってしまいます」


「もー終わりだってー。これいじょういうならさー容赦しないからな、覚悟しろ」


 ゲルトと同じく青軍服に身を包み、振り返ることなく演説台を後にしたクラインだった。


 ――相変わらずと性格と怠惰さだ。


 クラインもライトノベルの設定通り、怠惰さと見た目、行動力に何ら変化なし。

 クラインという男を一言で表せば『睡眠』という言葉が当てはまる。実力もさることながら神器の一つ下に当たる伝説級武器を所持し、十三歳で王国騎士にスカウトされた経歴を持つ。武器との契約上魔力を一日中吸い取られる為、睡眠欲が人より強い傾向にある。


 ……情報通りなら、今頃は夢の国か。


 司会進行役の騎士は、戸惑いつつも先へと進める。そこに難癖をつける者やクラインの言動を批判する者など一人もいなかった。

 この任務に参加する全員が、得てして王国に深く関わる仕事していると言える。

 短的に表現すれば、この任務は最重要任務という訳だ。


「最後に……第四王国騎士リリー・モーシャス様。お願い致します」


「……よ、よろしくお願いします!」


 不意に、思案に勤しむ匠の顔を上げさせた声は、男と、か弱い少女の今にも消えそうな声だった。しばしの沈黙の末、


「リリー様……終わりで宜しいでしょうか?」


 声を上げたのは、右側に立つ司会進行役の騎士だった。


「は! はい……」

 問いかけに答えた少女、リリー・モーシャスの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 

 彼女に関しても、ライトノベル通りの見た目と性格、言動は変わっていない。

 膝下まで隠れる露出度控えめのオレンジスカート、上半身は碧を基調とし、胸元を隠す赤いリボンが彼女の幼さを表現する。

 

 リリー・モーシャス、十八歳。

 伝説級の武器と契約、王国騎士として高い接近戦を有し、実力はゲルトよりやや劣る。実力のみ評価するならば神器を持ったエレナと互角に渡り合える。

 だが、最大の弱点は豆腐メンタル。リリーは極度の怖がりと人見知りを起こす。その為、戦闘時は前衛ではなく後衛に配置されるのだ。


 ……ま、こんな不遇キャラを出した俺が悪いのだけれど。


 相変わらず、この異世界は住みやすくも居心地が悪い場所でもある。

 

「ではこれより……西の廃王国、レアルスタン王国の調査任務を開始する。各々の部隊は明日に備え、有意義な時間にしてくれ。明日の役割は、小隊長に伝えてある。各部隊で共有してくれ。以上だ」


 ワルキューレの背中が見えなくなったのを確認すると、辺りは一気に緊張が緩み、ガヤガヤワイワイお祭り気分に浸り始めた。




             ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




「僕の名前は、フェンドリクセン。ここ、第146部隊の小隊長を任された者だ。得意武器はランスで、使える魔法を炎だ。これからよろしく」

 前方の優男ならぬフェンドリクセンは手を出して握手を求める。

 

 身長は大体180センチほどで、黒髪短髪、黒瞳、王国特有の銀鎧に身を包んでいた。

 

「よろしくっす」

 匠はそれを了承し、差し出された手を握った。


「次は俺だな、リド・ラントス。リドだ。得意武器は大剣で、魔法は水だ。よろしくっ!」

 フェンドリクセンの隣に席を置く男は、胸を叩いてアピールしている。

 

 見るからに大男だった、まるで熊と座って談笑するような感覚を匠は覚える。

 身長は200センチくらいで筋肉質な体型、黒髪に、グレーの瞳、こちらも同様に王国特有の銀鎧を装着していた。


「うす」


 時刻は午後八時。夕食を食べ終わり匠は146部隊専用宿舎の椅子に腰かけ、匠含む四人と自己紹介タイムに突入。

 ワルキューレの意思によって男女別の場所に宿舎が設営されている為、エレナとイザベラとは夕食前に別れ、今の絵図らは男臭いモノになっている。


 ……正直なところ、女の子が一人くらい欲しいぜ。


 完璧なるハーレムを目指す匠にとって、男という同性など見たくもないのが本音。しかし、報酬ありの任務である以上は背に腹は代えられない。ここは、我慢する一択だ。

 木製のコップに注がれた紅茶をグビグビと飲み、自らの願望を意識しないよう努める。

 そうこうする内に――


「次は私ですね? 名前はサミエル・ラーンと申します。使用するのは杖で、使える魔法は治癒魔法と風魔法です。気軽にラーンとお呼びください」

 右隣の男は上品な口調でそう名乗ると、軽く微笑んだ。


「うん、よろしく」


 身長は匠と同じか少し上で、痩せ型、ブラウンの髪にブラウンの瞳、雰囲気はほんわかとマイペース。

 こちらは銀鎧ではなく、金属不使用の動きやすい軽装に着替えていた。色は鮮やかなライトグリーンだ。


「俺の名前は、神崎匠って言います。気軽にたくみって呼んでくださいっす!」


 ――自己紹介が終了した。


「神崎匠か……」


「どうしたリド? 何か引っかかる事でもあるのか?」


 前方右側のフェンドリクセンは顎に手を当て考える仕草を取り、匠と対面する(フェンドリクセンの左隣)リドはフェンドリクセンの身体を揺する。


「そうだ! 神崎匠! あなたは異邦人裁判にかけられ、異例の無罪判決を受けた人では!?」


 隣に座るラーンは上品キャラの皮を破り、荒々しく匠に問いかけた。それを合図に、リドとフェンドリクセンの視線は匠に移る。

 熱い視線に近づく圧と身体、言い逃れ出来ぬ状況に、


「……あぁ、そうだよ」


 匠は諦めて口を割った。


「そうでしたか……やっぱり」


「何だよラーン。やっぱりって……」


「今回の部隊は300程あるのですが、1部隊につき10人いる筈なんです」


「だが、私達の部隊はその半分以下だ。分かるかい?」

 と、ラーンの言葉を遮るように前方右側のフェンドリクセンは言葉を紡ぐ。


「それは……」


「そう、神崎匠。君という希望が居るからだよ」


「俺という希望……」

 この世界に来てから希望という言葉は一度も耳にしていない。故に、匠にとっても、ライトノベルとして売り出した時からこの世界は希望そのものだった。


「ま、俺から言わせれば、そんな事は関係ねぇ。気楽に行こうや」


「私も、たくみが異邦人だとしても別に差別なんてしませんから」


「みんな……良い奴らだな! ありがとな!」


「神崎匠、改めてよろしく頼む。私も何かあれば協力しよう。そして、この国を救ってくれ」

 主人公黄金ムーブのスタート地点に足を踏み込む。




 世界の静寂が再び訪れ、匠は暗黒を前にして瞼を閉じる。それは現実の逃避の為か、はたまた無関係だからか。

 いずれにせよ、匠の意識は深海へと誘われるのであった。

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