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番外編 ドキドキ!? エレナと特訓大作戦!

「どうしてこうなった……? 俺はただ、英雄になりたかっただけなんだ……ハーレムがしたかっただけななんだ、ウハウハがしたかっただけなんだよー!」


「口を開く暇があるのでしたら、手を動かしたらどうでしょうか。これではいつまで経ってもクラウ・ソラスを使いこなせませんよ?」


 朝日を一身に受けて反射した石床を、現実を、この目で確認するのは何度目か。

 

 一度は強く握った両こぶしを膝元に下げ、自らの落ち度に落胆した。

 自由落下した金属の高慢な音でさえ絶望と荒い呼吸音の前では、存在を主張する音さえも無意味。全身が燃えるように熱を帯び、日差しがピリピリと主張を始める。

 両手はダラダラと噴き出た汗と皮脂とが絡み合い、何とも言えない不快感を与えていた。


「マジで熱いし、全身ベタベタ。こんな状態で特訓なんてやりたくないよォ……」


 遠回しながら、万全なコンディションでは無いと目の前に居る白制服姿のエレナに懇願する匠。

 顔は疲労困憊、汗はダラダラ、膝を抱えても尚おぼつかない足。それらを鬼教官エレナの慈悲に漬け込む作戦。

 原作者としても、任務でも一週間同じ場所で衣食住をした仲だ、相手の性格を逆手に取った作戦など造作もない。


「あー疲れたなーマジで辛いなー。汗もベタベタだし、それにもうアシモウゴカナイー」


「そんな棒読みで嘘がつけるとでも? 全く、しょうがない人です……少し休憩しましょうか」


「やったぜ!」

 本音をぶつけたまま、嬉しい感情をスキップに変えて日陰のある方向へ走り出したとほぼ同時、


「休憩時間は十分です」


「え、マジですか……」


 無慈悲な宣告を背に受け、匠は即座にその身を半回転。

 それから冷酷な声の主へスタスタと歩み寄り、異議申し立てを開始した。


「待て待て、待ってくれ! 運動量と休憩時間の割合がスンゲェことになってんぞ。俺を過労死させるつもりかな?」


「過労死と言われましても……まだ開始して二十分も経っていません。それに……柔軟運動に九割、素振りに一割と、これだけしかまだ始めていませんが?」


「うッ……」

 気分は自作自演が名探偵の論破によって明らかにされ、何も言えない犯人のよう。罪を主人公になすり付けようとして返り討ちに遭う心情でもある。


「それに……王国騎士たる者、剣技の一つや二つは持つべし。ですよ!」


「王国騎士って面倒臭い役職なんだな」


「それもありますが……その分、人に感謝される職業でもありますからっ」


 目の前で紅髪が宙を舞い、桜色の双眸が匠の視界を柔らかく包み込む。それは決して支配とは程遠い慈愛でもあり、愛だ。

 エレナは瞳を一旦閉じると、数十秒もしない内に花弁をゆっくりと開眼し、両手を後ろへ組んだままヒマワリのような満面の笑顔を匠に向けるのであった。


 なにをそんなに嬉しそうに語るのか、エレナの過去や生い立ちは理解しているつもりだ。それなのに。


「なんで嬉しそうなんだよ。俺にはさっぱりわかんねぇや」


 どうしても、匠にはその笑顔の理由が分からないでいた。


 昼時を知らせる鐘は短くも心の中に永遠に響く安らぎをくれる。これは学生である今、その時の特権なのかもしれない。

 さらに言えばこの柔らかさと恋心も思春期限定だろうと、思えてくる。


「……バットを握るように……そう、そうです。ぎゃ、逆です……」


「わ、わわ、分かっ……ってる」

 

 背後の感触はとてもでは無いがひとまとめに柔らかいと片づけられず、そのご褒美は突然に、唐突に、予想外の角度から起こった。

 恐ろしいほど柔らかい感覚は背後にピタリとロックされ、ずっしりとした確かな重みと艶めかしい吐息によって匠を赤面させる。

 後ろから伸びた手が匠の甲を包み込むように触れると、


「こ、これは……ヤバい!」


「集中してます? これは、たくみ君の為にやっている事ですよ?」


 スベスベとした処女雪の如く純白の素肌が、匠の意識まで蹂躙し始めた。


 ――これで集中できる方が可笑しいのだが。


「もっと……研ぎ澄ませて……ください」


「ま、まぁ……エレナがそう言うんだったら……」

 この世界が匠が創ったライトノベル通りであれば、十八禁展開には決してならない。で、あれば背後を伝うスポンジの上位互換も早い段階で、感じられなくなるだろう。

 

 エレナの指定通り背後に五感全てを集中。

 

 ――研ぎ澄ませ。全ての感覚を持ってして、背後の巨大な『男の理想郷』を最大限に感じるんだ。


 長く息を吐いて、本能と理性のバランスを保つ。

 本能が剥き出しになりあっち方面へ向かえば、匠は必ずや世界に、物語に粛清される可能性は充分あり得る話だ。


 ……手は出さず、犯罪は犯すな。俺の存在自体が怪しくなる。背後の感触はそのままに、何故こうなったのかを整理しろ。


 先程、剣技の歴史やら精霊との関係性や剣の握り方を頭に叩き込まれ、いざ『対人戦』という所で不慣れな剣の握り方に数分を費やし、やっとの思いで剣を交わせば、今度は剣技のダメ出し。直接指導を受けて今に至る。


「……く、苦行だ……」


「我々の先人も苦労して、剣技を会得したのです。たくみくんも頑張って剣技を会得しましょう!」


「俺には……もうっ!」


「たくみくんなら絶対できます。わたし、信じていますから」


 噛み合わない会話を展開しつつ、ピタリと匠の背後に付くエレナは何故か、いつも以上に純粋だと思えた。

 それは真っ白な制服が原因か、純白の素肌か、それとも背後を押し返す豊満な胸か。いずれにせよ、


 ――そんな考えなど今はすべきではない。


「エレナ……」


「どうかしました?」


「取り敢えず、ご馳走様でした……」

 クラウ・ソラスを虚空に戻し、両手を合わせて目の前の陰に一礼。


「な、何ですか! 突然!?」


「なんでって、この世界にラッキースケベという絶対ハーレム領域があったからさッ」

 下げた頭を元に戻しながら動揺するエレナの問いに、当たり前と言わんばかりに変態紳士の如く、匠は回答した。

 

 これは、柔らかい胸の感触とエレナという存在の尊さ、アヴァロンに選ばれた事への感謝も含めての合掌。

 本当の理由を伝えたところでエレナは自責の念と羞恥心に苛まれ、いつかは気絶するのは間違いないだろう。オブラートに包んで伝えるのは原作者として、ラッキースケベに選ばれし主人公として、行う最低限のマナーだ。


「ふざけないでくだしゃ……いぃぃぃ!」


「やっと気付いたのか……」

 

 背後の悲鳴は突然に、しかし予期した事でもあった。

 逆方向へ向いた両足の在処を、悲鳴の先に。それから何食わぬ顔で、あくまで紳士として振舞う。


「ずっと、当たってたぞ」


「ふじゃけないで……くだしゃい……!」


 瞳が映し出す光景は、リンゴのように赤面した顔と今にも溢れそうな涙袋を浮かべて崩れ落ちるエレナの姿だ。

 白制服と豊満な胸の膨らみが更に、傍観する者へのS気質を加速させる。


「まるで、妹成分を含んだ同級生の幼馴染みたいじゃないか!」


「やめて……くだしゃい……たくみきゅんは、あほ……です」


 涙を浮かべていっそのこと桜色の双眸は輝く。丸い瞳に呼吸をする事さえ忘れそうになり、


「そ、そうだ。昼時の鐘が鳴ったんだし、お昼にしようぜ!」


 冷や汗を背後に感じながら慌てて話題をチェンジ。

 果たしてこの選択が吉と出るのか凶と出るのか、今の匠には考える余裕すら無い。


 昼時を伝えたグルアガッハの鐘は屋上の風に吹かれて、たゆたう青空に溶け消えるのであった。


 時として人間の性格は不思議なもので、笑わない場面で気色の悪い笑みを浮かばせるサイコパスや笑いのツボが分からない友達など、この世には理解不能な人種が山ほど存在する。

 その対象は、目の前に座る紅髪の美少女も当然含まれるわけだ。


「たくみくん、美味しいです……か?」

 

「うんっま! え、マジで美味しいんだけど!」


「ハァ……そういってもらえると、少し安心します」


「料理下手なエレナが、こんな激ウマなサンドウィッチを作れるなんて……驚きだ」

 ライトノベルの設定上エレナは才色兼備で、運動や勉学だけではなく裁縫などの細かい作業もこなす完璧美少女。

 これはライトノベルに関わらず漫画でもそうなのだが、読者側に飽きや共感を抱かせる為の手っ取り早い方法には、ギャップが必要になってくる。

 その原理に当てはめれば、エレナが『料理下手』なのはそれが原因だ。

 問題は――


 ――何故、エレナがそうまでして料理を振舞うかだ。


 セクハラの限りを尽され屈辱という屈辱を受けても尚、匠の為に行動するその様は異常だと呼べる。

 『相手の為に自らの人生を消費する』確かに立派な行いだ、クズと呼ばわりされる匠でさえ理解している事、だからこそその真意が何なのかを今一度問いたい。


「料理下手ですみませんでしたっ! 実を言えば、このサンドウィッチの作り方はイザベラに教えてもらったモノなん……です」

 顔をピンクに染め上げてもじもじと手を弄り、チラチラと上目遣いで表情を伺う。短的に雰囲気を換言すれば美からキュートに変わった感じだ。


「大体予想は出来たよ。味付けもイザベラ寄りだったし……」


 今の匠はエレナの行い自体が疑問となって今にでも喉元を通り、出てきそうな程。他の感情など寄せ付けない。

 大きく息を吸って二酸化炭素を空気中に返し、改めて質問する。

 

「てか、ずっと気になってたんだけど、エレナってなんで俺にそこまで尽くしてくれるの? 別に嫌とかじゃなくて、これは純粋な疑問だから」


「……」


 眼の前の少女は静かに瞑目し、そんな匠の問いを掻き消すようにもう一度、ハッキリと言葉を噛み締めるように呟いた。


「それは……たくみくんのことを愛しているからです。いちいち恥ずかしい事を言わせないで下さい」


「……なんか、すまん」


 勝敗はエレナによる不意打ちで幕を閉じる事となった。




            ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



 太陽が明るみになって半日、見てくれと言わんばかりに群青が頭上を包み込む。雲が風の流れに沿って進むのは空だけではなく、今行われたやり取りすらも一つのレールに沿ったモノだと思わせてくる。

 現に匠は今更ながらその運命に抗うべくして我を強くして意見していた訳だが。

 

「それで……なんで俺が荷物運びをしなきゃならんのだ!」


「乙女に告白させたのです。大人しく、男性らしく、諦めて私の用事に付き合って下さい」


「いーやーだー! 俺がそれを口にするようエレナを強制したとでも?」

 本来、この休みは報酬で用意された美少女達と『ウハウハ・ハーレムタイム』を堪能する時間。先程まで屈辱を存分に楽しんだ被疑者として償いという意味も込め、エレナの願いである『買い物の付き合い』を受諾し、今に至る訳だ。

 が、そこには「荷物運び」という義務はない。

 

「そこまで言うのならしょうがないです……せっかくデート気分が味わえるシチュエーションだと言うのっ」


「よし、君の買い物に付き合おう。微力ながら力になりますよ? お、ひ、め、さ、ま」

 

 出店が左右ずらりと並ぶ商店街の一本道を通りながら、エレナの言葉を強引にひっくるめた。それから右手を自身の胸元に当てがうと、キメ顔でエレナの顔を覗き込む。

 相変わらず都合のいい性格に変化なし。匠自身ウザ絡み歴は五年のベテランになる訳だが、それから見ても今のは気持ち悪いシーンでしかなかった。

 

「たくみくん……オブラートに包んで言いますがこの切り替えしは中々に酷いモノですよ、それ……」

 悲鳴を上げる訳でもなく、ましてや怒鳴るわけでもないエレナは冷たい視線を送る。

 彼女の地味な反応ほど怖いモノは無い。

 なんにせよ、これは一種の憶測。百パーセント真実とは限らないが……

 

「おい、マジで引くなよ……! 俺だって後悔してんだぜ?」


「え、えぇ……」

 

 エレナの歩みはゆっくりと、そして明らかに匠と距離を取るような仕草を見せて停止。続けて逃げるように早歩きで人混みに紛れて右に避難。それを横から追うのは匠だ。


「俺は、犯罪者じゃないぞー。そうあからさまに避けられると傷つくよ」


「はい、少しだけ背中に悪寒が走っただけです」

 言葉を交えつつ、身体はぶるぶると漫画のように震え、両手をクロスした状態で更に訴えかける。

 

 流石にコレは演技だと思いたいがエレナの性格を全て把握する匠にとって、これが「演技だ」とは割り切れない。


「半分冗談ですよね、エレナさん?……」


「ジョーダン?……それは誰かの名前でしょうか」


「ですよねぇ~」

 結果的に罵倒されるよりも心に深く傷を負った匠。何とも言えない空気感と予想外の精神的ダメージに、匠は肩の力を落とすしかなかった。


「冗談ですっ、少しからかいました。それに……好意を持った乙女に告白したのです。少しは懲らしめなくっちゃ、ね?」


「エレナ……お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ」


 小悪魔っぽい楽しそうな笑顔で「えへへへ」と一笑するエレナ。そこに「アハハ」と疲労感たっぷりの笑みで応える匠。

 安心感と高揚感、怒り混じりの戸惑い、あらゆる感情が匠の心を泳ぐなか、

 

「ここで見せた私の姿は、二人だけの秘密ですからね?」


 短く一言。


「待て、話を勝手に締めりゅ!?……」

 

 エレナは談笑しながら、右手の人差し指を匠の口元へ付けて他言無用アピール。

 

 続きはこれ以上紡がれることは無かった否、微笑むエレナの前では紡ぐことさえ忘れてしまっていた。




         ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦




 舞台は、洋服店左奥の試着室のシチュエーションにまで移動する。


「似合いますか?」


「……似合ってる」


 匠の瞳に反射したエレナは言葉で表現するには事足りない様相を呈していた。

 紅髪は真っ直ぐ腰へと伸び、白ドレス越しにスラリと見えた腰周りを際立たせる。腹部にかけては、白ドレスの上に黒バラ柄のレースが編み込んであり、改めて全体を見れば所々、色は違えどレースが編み込まれていた。

 胸元はピンクのリボンを主張し、露出なし。くるぶしすらも見えないふわふわなドレスは、舞踏会用というよりも外出用に近いと言える。

 その着飾った華やかさすら、エレナの美しさを彩る額縁にすぎない。


「元々のスペックが良いんだ、何を着たって似合うだろ。エレナは……」


「たくみくんはダイレクト過ぎます。少しはオブラートに包んで言葉を並べて下さい! ですが……こう言ってもらえると、本当に嬉しい……です」

 そう言ってまたも、エレナは自身の表情をりんごのように染め上げる。

 

 頬に手をつけ、左右に揺れ始め乙女チックになるエレナを前にして、ニヤけ面と妄想が尽きない匠。

 ライトノベルの設定が深く関わるこの世界においてシナリオや性格面が固定化されている以上、次のシーンへの予想が的中しやすい傾向にある。これは物語にのみ留まらず、サービス回においても適用される法則だ。


 ――故に、自身の妄想と物語のイベントを逆算することで、自由に物語をウハウハピンク道に染めることも可能。

 

 新たな法則とルート変更の対処法解決の糸口を見つけ、はしゃぐ自らの頬を捻り上げて失いかけた理性が徐々に戻り始める。

 熱を帯びた頬を上下に動かし、


「で、今回のデートプランは? まさか無計画で一日を過ごすわけじゃないんだろ?」


 今日のイベント内容を催促した。


「そ、そうでしたね。何に対しても報連相は騎士として重要な役目……それはプライベートでも。故に、王国騎士として相応しい行動を心掛けなければなりません」


「マジか。さっきの一言で変なスイッチでも入ったんじゃ……」

 状況は、晴れ渡った空に再び雨雲が一面を覆い尽くす陰鬱な事態だ。

 もしかすれば、否しなくとも確実に、エレナの真面目な性格は騎士道精神を持ってして行動に昇華され、服装の改めから始まり、最悪の場合「デート中止」にまで発展すると匠は予想。

 

 望まぬ形ではあれど、女の子と異世界デート。

 嫌われ体質が付きまとう以上は、このデートを参考に「デートプランの検討及び実践」も兼ねての一日にしたい。

 それが無に還る事だけは、『異世界ハーレム計画』を邪魔される事だけは、どうしても納得がいかなかった。


 顎に手を置き、しばしの思案に移る匠。眉間にしわを寄せ、不快感を乗せてドンドンとつま先でリズムを奏でる。

 あまり穏やかとは言えない思案に、エレナは「しかし」と言葉を付け足すと、


「今日は私が誘ったデートなので、王国騎士以前に私は一人の女。案内は私がしますが、エスコートは男性であるたくみくんに任せました。今日一日くらい、身分など忘れて……女になりたいと思います」


 微笑みかけながらも少しだけ周りを気にしてソワソワ。行動と余韻後の反応を設定と照合すれば、明らかに勇気を振り絞って伝えた本音だと理解できるが、


「え……? ホントに言ってんの?」

 何を意図してそこまで行動できるのか、それだけが分からないでいた。


「今日だけ……ですからね?」


「いやいやいや、大真面目なエレナがそんな事するはずがないだろ」


「次は、魔道具専門店に。デートの〆は、前々から行きたかったカフェでお茶してデート終了です」


「これは夢、夢だ、夢に違いない。いや、幻影や幻覚の類の可能性も十分にあり得る。誰かがこの洋服店に幻影魔法を……」


「戻ってきてください、全て外れていますよ……私がここまで言うのはおかしい事ですか? それに、これはお礼も兼ねてありますので。ここまでお世話になったのと、この日を忘れて欲しくは無いので……」


 それ以上の言葉は両者とも出てこなかった。まるで、この言葉に束縛されるように。




              ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦

 



「へぇ~ポーションって案外ちゃんとした造りしてんだな」


 シーンは商店街の最奥、右端にポツンと佇むレンガ造りの店の中に移る。

 エレナによると、この店は魔道具マニアの間では結構な有名店らしく、別名『ポーション沼の聖地』と魔道具界隈では崇めらている店だ。

 

 ポーション沼と言いつつ、この店で扱っている種類は少ない。

 名称の理由は実にシンプルなモノで、ポーションの絵が描かれた看板が店前でぶら下げてあったのに由来し、成り行きでそうなった。特に深い意味はない。


「売り物ですから同然です。それに。魔王軍と全面戦争を繰り広げている以上、皆さん力を合わせているんです……」


 急にエレナの語尾が弱々しくなる変化を匠は見逃さなかった。ポーション越しに映るぼやけた像は、表情さえ見えないが俯いている事は確認できる。

 話の流れと匠の立ち位置上、魔法軍に関しての問答と予想。取り敢えず、このシーンは重要だと思われる為、雰囲気だけは崩さないよう努めたい。

 

「……どうした?」


「……ハッピーエンド、ですよね? たくみくんが……きっと、この戦争を終わらせてくれますよね?……」


「……心配することは無い。何たって、俺はこの世界では最強だぜ? 最強の主人公だよ。必ず、ハッピーエンドにして見せる!」


「信じても……良いですか?」


「あぁ、信じてくれよな! 必ずや魔王を倒して見せるからな」

 匠は力こぶを見せつけて、ニヒッと無邪気に笑って魅せた。


 もちろん、コレは自らの評価を上げようといい子ぶる匠の計算し尽くされた演出に過ぎず、本来であれば魔王討伐など好きな奴や英雄気取りをしたい輩に任せれば良い。

 わざわざ匠が体力を浪費する理由など、現時点では見当たらない。


 ……ハーレム用の女の子達はゲルトが報酬で用意してくれるし、わざわざ魔王を倒してまで名声を上げる必要性は無くなった。


 故に、ここは空気を読んだまで。原因はそのシチュエーションを作った世界が悪いのだ。


「……安心しました。ありがとうございます、たくみくん!」


 胸元に手を添え撫で下ろし、リボンに触れた右手がギュッと匠の左手を掴んだ。数十秒かからない展開に、心臓の鼓動が徐々に大きく主張されるのを内側で実感しつつ、


「そうだ。俺さ、防具が見たかったんだよ。初任務報酬の記念に買いたくてね」


 エレナの手を振りほどき、自らコンディションを整える作戦に移行。


「そうでしたか。であれば、ここは私がたくみくん合った防具を奢りますよ」


「え、マジ!? 本当に?」


「たくみくん……少しは否定しても良いのでは……」


「あ、すまんすまん」


「嘘ですよ。元々、デートプランに魔道具専門店を入れたのは、たくみくんの防具を買い揃える為でもありましたから」


「そうか……通りで……」


「ですので、早速選びましょうか」


 この世界の魔道具専門店は少々特殊で、ほとんどの店は防具店と同時並行で運営している。

 利点は、わざわざ防具を買いに店を行き来しなくて済む、魔道具と防具が相互作用を果たし、どちらも売れ行きが良くなった事だ。

 ともあれ品揃えに関して言えば、今では防具専門店と同じくらい潤っている。


「例外なくこの店も、防具専門店と同じか、それ以上に防具が売られているな」


「男性物から女性物、極寒対応と灼熱対応、動きやすい生地から鉄のように固い生地まで。沢山ありますね、どれにします?」


「そうだなぁ~。俺はどっちかって言うと、性能面より見た目重視の傾向だからなぁ~」


「たくみくんはおっとり顔の童顔ですし、瞳は黒。それに筋肉質ではなく細身。制服越しですが、身長は170センチ後半くらいでしょうか。それと黒髪短髪で、前髪は瞳にかかっていますね……」


「エレナ、本当に恥ずかしい! 悪気が無いのは分かっているけど、俺の見た目を声に出すのだけはやめてくれ!」

 と、羞恥心で赤くなる顔を無視して意見を述べる訳だが、


「これとどうでしょうか? いや、こちらの方も良いです! あ、こちらの黒もかっこいいです!」

 

 肝心のエレナは洋服を選ぶ気分で匠の防具選びに夢中だ。


「おい、少しは俺の話を……」


「これ、どうでしょうか? 黒! 黒に白いラインが入って……って、百聞は一見に如かずです。取り敢えず試着してみて下さい!」


「ま、意外にセンスも良いみたいだし……。分かった、試着してみるよ」

 若干エレナの圧に押されたのも否めないが、着てみたいのも事実。素直にそのまま試着室へと向かった。

 

「変なところ、無いか?」


「むしろ、似合っています。私の目に狂いは無かったです! 鏡、どうぞ。たくみくんが良ければ購入しますが……」


 見た目は黒がメインのがっつりとした重装備。王国騎士専用の鎧とも似た構造をしており、明らかにステータスを防御特化にし、素早さを失くした感じだ。肩幅はまるでアメフト選手が装着するショルダーパッドの如く、横に長い。

 黒がメインと言っても、脚や腕、胸部など至る部分に白のラインが入っている。

 まるで――


「――暗黒戦士って感じで……気に入ったぞ!」


「そうですか、気に入ってもらえて嬉しいです。コレにしますか?」


「あぁ、そうするよ。エレナ、ありがとな」


「いえ、最後まで大切に使って頂ければ、私は満足です」




            ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



 楽しい時間ほど、忘れかけていた時の残酷さを思い出させるモノ。故に、人間は神に近づく事など出来ないのだ。

 時に、この有限も理の檻に囚われ、神が用意したルートなのかもしれない。

 

「今日は充実した日になりました。デートに付き合って頂き、ありがとうございました」


「こっちも楽しかったよ。案外、楽しめたし」


「案外とは何ですか! デートですよ?」


「嘘ウソ。楽しかったよ、お陰で明日から良い休日になりそう」


「そう言っても貰えると……嬉しいです……」

 恥じらいながらも手前に置かれた紅茶を一口。湯気が空中で散布し消え、白のティーカップを静かに置いた。


「このカフェ、人が少ないんだな……こんなに紅茶が美味しいのに」


「ここはゲルト様が教えて下さった店でして、紅茶通ではここが美味しいと評判なんです」


「げ、またゲルトかよ。任務外なんだから、あいつの名前を出すなよ。緊張が走るから!」


「そう言えば、たくみくんってゲルト様が苦手でしたね」


「わ、笑うなよ!」


 クスクスと談笑するエレナを前にして、匠はグビグビっと紅茶を飲み干し、強めにテーブルを叩いた。

 匠の性格上、弄るのは得意だが弄られるのは得意ではない。そもそも、弄られなさ過ぎて耐性が無いだけなのだが。


「たくみくんって、弄られる事に関しては耐性が無いんですね」


「……なんか、悪いかよ」


「いいえ。ただ、良い事を聞いたな~と、思いまして」


「悪用すんなよ!」


「はい、それはたくみくんの行動次第です」

 微笑む笑顔が、今は不敵な笑みにまで思えてくる。


 ――何故、エレナがここまでしてくれるのか。


 ふと、そんな事を思い出した。

 エレナの性格上そうなっている事は分かる。だが、肝心な事にエレナの性格を設定した覚えが匠には薄い、というか全くもってその経緯が思い出せない。

 自宅の机の上に置かれた設定ノートを見て新人賞に応募し、大賞を受賞してライトノベル作家になった。そこまでは分かるが、設定を書いた記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。

 記憶が曖昧な以上、


「エレナ、どうして俺にここまで良くしてくれんだ?」


 本人に聞くしかないだろう。


「……そうですね。貴方を愛しているからです」


「濁すな、なんでここまで……自分で言うのもアレだがクズな俺を、守ってくれるんだ? しかも異邦人なのに」


「それは……私は、何も失いたくないからです。救えるのならば生けるもの全てを生かし、導きたい。あの時に失った、理想を受け継ぎたいからです。そして――貴方の正義になりたい」


「……なん、で。そんなの間違っているだろう。そんな事できるはずないだろ、エレナが言ってんのは敵もって事だぞ! 無理だ、そんな意思を――」


「――受け継ぐのは無理がある。当たり前の反応です。私もどうかしてますね、でも……せめて、受け継がなければ報われない人だって居ます」


「なんでだよ」


「私のせいで狂ってしまったモノは、自らが背負う。貴方にはその覚悟がありますか?」

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