表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/36

俺ってチートじゃね?

 理事長室の扉を閉めた後、匠は冗談交じりに自分の疑問を優先する。


「ゲルトって、中二病でも患ってんの?」


「たくみくん、その発言はゲルト様に対して失礼です!」


 冗談交じりの疑問はエレナの叱責と廊下の木霊で消え去ってしまう。噛みつかれる前に匠はネタバラシをする。

 

「冗談だよ、冗談。それにしても凄い広いな、この廊下……広さは前にいた学校と同じくらいかな」

 改めて自分の歩く場所を目をやる。

 廊下は理事長室と同じであろう赤いじゅうたんがその行き先を示し、壁は一定間隔で絵画が飾られており、天井に吊るされるシャンデリアの輝きと共鳴して途切れることを知らない。


 ――それにしても、ゲルトのあの言葉。ラノベのセリフには無かったぞ、アイツは冗談を言うキャラでもないし……一体何を言いたかったんだ?


「クズたくみ……私はあなたを認めたくありません。王国騎士見習いにはしたくはありませんっ」


 思案に没頭する匠を戻したのはイザベラの暴言にも似たセリフだった。


「またか……じゃあ聞くけどよ、イザベラ。お前は何で俺の事を嫌う? 何事にも理由は付きモノだ、納得する理由を俺にくれよ?」

 イザベラの否定に我慢ならない匠だったが、その感情を沈黙で封じて質問で返す。


 しばし靴音が奏でる刹那の時間を経てイザベラの声音が廊下に響いた。


「あなたの性格とやり方が気に食わない事と、人間としてあまり好みではないからです」


「おい、最後のは個人の感想だろ!」


 私情を入れて講義するイザベラに対し、匠はツッコミに似た反論の意を唱える。その戯言に終止符を打つため、両方に挟まれるよう配置されたエレナが代わりに応える。


「イザベラ、もう良いですから彼の自由にさせてあげなさい。そしてたくみ、あなたの性格は今後の長い人生においてマイナスしかなりません。私も手伝いますから共に居る期間、性格を修正しましょう」


「申し訳ありません、お嬢様……」


 その場で深々とお辞儀をするイザベラのフリルは左右に揺れ、事の重大さを思わせる。そに気付いたエレナもその場で静止すると、


「イザベラ、顔を上げて下さい」


「は、はい……」


「あなたはよく頑張っています。ですが、もう少し彼を信頼してはどうでしょう? そうすればきっと成し遂げてくれる筈です」


「はい、お嬢様。私もエレナお嬢様とたくみに尽力したいと思います」


「ま、これで一件落着みたいな感じだな」


「お前が言うな!!!!」

 廊下にエレナとイザベラの咆哮が響き渡り、それにデジャブを感じる匠は視線を外すのであった。


「エレナさん、イザベラさん……?」 


 小鳥のさえずりのような可愛くもか細い声が二人の名前を呼んだ。

 目の前で聞こえた場所、すぐ目の前にピントを合わせれば子犬のように体を震わせ、涙目になる少女が居た。

 

「この声は、レメラナ先生ですか?」

 声音と身体を少女側に向けるのはエレナだ。


 絹のようにさらさらと腰まで伸びる紅髪が動くたび、匠は「切っちゃえばいいのに」と男目線で考えてしまう。

 だがそれは匠がそう設定したからであると改めて考えを結論付けて『先生』とエレナが呼ぶ少女を観察する。


「ご無沙汰しております、レメラナ・アスター先生。イザベラです。」

 

「はぁ~良かったですぅ……。男の人と話していたので間違っていたらどうしようと心臓が飛び出そうで……」


 イザベラの返答に胸を撫で下ろす幼女ならぬ『先生』に匠は、衝撃とこの世界の脳内設定の記憶を引っ張り出した。


「幼女だと!? 合法ロリだ……この世界で実現できただと!?」

 

 今起こっている惨状に瞳孔が大きく広がり、異世界の可能性と人間の成長が気になりはする。が、確認すべき点はそこではなく……

 

 毎度お馴染みラノベの設定はレメラナに対して、もともと物語を円滑に進めるため見た目は幼く性格も臆病に愛嬌を足したうえで、主人公の行動を制限しないよう設定している。もちろん、外見もそれ相応の134センチにしている。

 物語自体に深く関わる訳ではないが、兵役経歴もあるので以外と頼りになる一面も。


 ――ルート変更前の設定ではレメラナ・アスターは俺の担任だったけど、今回はどうか……


 変更されても匠にとって害になる訳では無い。しかし、束縛を好まない匠にはレメラナが担任だと都合がいい、強盗や殺人も彼女の人情深い性格の前では無罪になる。


 あくどい企みを頬にたたえる上機嫌な匠に、華奢な身体を震わせて水を差すのはロリッ子先生レメラナだ。

 

「私に対して失礼な言い方をする人は貴方ですか! 笑わないでくださいです!」


「いや、俺は笑ってないぞ?」


「いや、しっかりと笑っていたです! 二やついていたです!」

 どかどかと匠に突っかかり、独特な言い回しでレメラナは匠に近づく。


「なんかの間違いだって! 俺、二ヤついてたか?」

 レメラナから身に覚えのない虚言を言われ、匠は疑問形でそれを返す。


「じゃあ、何でニヤついていたです?」

 

「は? 俺がニヤついてたって?」

 両手で自分の顔に触れる、一週間ルート変更という仮説と憶測でしか判断できない目に見ぬモノと戦ってきた匠にとって自分の顔は唯一心が落ち着く部分と言えるだろう。


 鼻と目、眉を触り、口角が上がっていない事実が確認できれば言われっぱなしでは終われない匠の、反撃の火ぶたが切られる。


「冗談は体型だけにしてくれよっ」


「も、もう一度、もう一度言うです!」


 プルプルと拳を握り締めるレメラナの表情は匠からは見えてはいない、それを傍観する匠は満足そうにその言葉の意を破る。


「あぁもう一度言ってやろう、よ、う、じょ、よっ」


「あったまにきたですぅ!!! 何処の誰かは存じ上げませんが、大人のレディーに対してこの口の利き方! 許しませんです!」

 顔を上げるや否や、腕をぶんぶんと振り回して不満をアピール。匠はレメラナの頭頂部を抑えてそれを軽々ガードする。


「ふ、胸も子供だと思っていたが、脳まで幼稚だとは笑えるぜぇ!!」


「ふざけるな! です。許さないです!」


「だったら攻撃を当ててみろや!」


 傍から見れば――


「エレナお嬢様、これが例のロリコンというものでしょうか? 大人げないです」


「そうね、良い行いとは思えないし……」


 ――幼女を虐める男だった。


「先生、彼はこの学校に転入してきた例の特待生です」


「変態妄想紳士ロリコンたくみ様もそろそろお止めになっては如何かと……」


 透き通った声でその場を丸く収めようとするエレナに人を貶して止めるイザベラ。両者真逆な行動をしているが、根はこの場を治めようと立ち振る舞っている。

 

 それが功を奏したのか、匠の手がイザベラに、レメラナの声音がエレナに向かってそれぞれチェンジする。


「おい、イザベラ俺の二つ名が日に日に増えてんのはアプリの仕様なのか!」


「んみゃ! それは本当ですか?」

 華奢な身体から愛くるしい声を放つレメラナの目線はエレナ一択だ。


「アプリの仕様かは分かり兼ねますが、私は事実を述べたまで……」

 薄っすらと笑みを浮かべ、腰に手を当てればイザベラの鼻が高くなる。


「なーに、勝ち誇ってんだ」

 白と黒のメイド服がふわふわ揺れ動くイザベラを瞳に入れ、匠は小悪魔の片鱗を感じてならない。


「し、失礼しました。お噂は聞いていましたが、実物は見たことが無いもので……」

 頬を赤く色付けて自分の指を絡めるロリコン殺しの兵器、本名レメラナ・アスターの態度が急変する。


「実物を見たことないって、俺は伝説の生き物ですかって!」


「理事長とエレナから詳細は聞きましたです。あのお二方から高評価を押してもらえる時点で神崎匠さん、あなたはもう伝説です! それに私たちの業界でも有名人です」


「伝説か……いい響きだな」

 恥じらいながら話すレメラナに視線を外し、シャンデリアを見つめながら妄想を膨らませるのはリブート王国民神崎匠だ。


 ――ついに認められたか! うんうん、結構結構。これで俺も無双主人公として目覚めたってもんよ。


「少しいいですか? 皆さん」


 エレナの咳き込みが左側から聞こえた。


 ターゲットが一瞬でエレナに向けられ、真剣な表情に魅せられて匠は思わず聞き返す。


「何だ?」


「ここ、グルアガッハでもたくみくんの情報漏洩は厳禁とされています。ですので、ここは内で争うのではなく互いに手を取り合いましょう。コレが失敗すれば私たちは重いペナルティを課せられるでしょう……」


 しばしの沈黙が続いたあと口を開いたのは、


「お嬢様の命令であれば、従うのみです」


 イザベラだった。

 エメラルドの瞳をエレナに向け、煌めく純白のポニーテールを揺らして深く礼を重ねた。


「私も微力ながら協力するです! あなた達生徒がやりたいと思うことを進んで応援するです」


 それに続くレメラナ。それを傍観する匠はしぶしぶ流れで声を張る。


「そーだな! ったく、ペナルティがあんだろ? 俺は痛いの嫌いだから今回は協力する」


「素直に協力すると言えばいいじゃないですかっ」


「変態妄想紳士ロリコン匠様、クズですね」


「いや、俺今回はまともな判断だと思うけど!?」

 イザベラに元気よく声を張る匠。まともで非常に人間味がある判断を下したつもりだったが、どうやら先の行動で匠への評価は急降下してしまった、らしい。


「それと、たくみくん。一つ言うことは無いんですか?」


「そうです、貴方みたいな人間の粗大ゴミ程度でも言えることはあります」


 イザベラから指を指されエレナは桜色の双眸を曇らせる、まるでゴミを見るような目で。


「な、何だよ。さっぱりわからんっ!」

 その変えようのない事実に呆れて瞳をシャットアウトする二人。

 どうやら匠自身大きな地雷を踏んでしまったと考えられる、通常ならばイザベラが突っかかるところだが聴覚は静寂を保っている。


「いや、マジで教えてくれ」

 今の現状に焦りを感じて匠はエレナに助けを求めると、


「今度は気を付けて下さいよ。レメラナ先生に向かってあなたは口にしてはいけない事を言ってしまった。なので謝罪をし、レメラナ先生との仲を良好にしてください」


「あぁ、それか」

 

「エレナお嬢様、やはりこのクズは早めに処理した方がいいかと」


「イザベラ、冗談でもやめなさい」


 すかさずイザベラの毒が匠の背後を突くが、それをエレナがストップ。匠もその光景に慣れてきたところで、


「そ、の……すまんな。レメラナ先生、謝罪するよ」


「その言葉だけで十分です。それに私の方も文句を言ってしまって大人としての自覚が足りないですね」


 互いに向き合って健闘を誓い合うように握手を交わす。

 刹那の時間、小さく柔らかい拳の質感を堪能する匠の時間はエレナの言葉で幕を閉じる。

 

「あ、ちなみにですけどレメラナ先生は私たちの担任でもあり、貴方の担任でもありますから」


「そうなのか。それは良かったぜ」


「理事長のお陰ですから。 理事長に感謝しないといけませんです」


 ――ま、こう見えてもレメラナ先生は合法ロリなんだよな。


「それでは教室に今から私が案内するです! 付いてくるですよ~!」


 ウサギのようにその場で跳躍するレメラナは、遠足にでも行くような感覚で匠たちを先導し始めた。


       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「それでは自己紹介、お願いするです!」


 レメラナの呼び声と共に一気に静まり返った教室に立たされた匠は、絶賛自己紹介中だ。


「神崎匠と言います、レアルスタン王国の最北端から来ました。よろしくお願いします」

 教卓の前に立たされれば誰もが緊張を味わうもので、匠も例外なくそれに該当するのだ。

 あの騒動の後、匠はレメラナ指示でここグルアガッハの制服を着る事になりレメラナに裸……の付き合いになってしまった。


「今日からたくみくんが、ここグルアガッハで皆さんと学びを共にする事になりますので。皆仲良くするですよ~」

 レメラナの言葉を聞くだけでも今の匠は、初めてを奪われた気がしてならない。


 ――ま、あのときエレナとイザベラが居ないだけ良かったけどな。

 

 匠貞操危機の直前、エレナとイザベラは制服を着ていなかったことを思い出して女性寮に向かった。

 なので、今この教室にはエレナとイザベラが居ないの事になる。


「皆さんに早く追いつけるよう頑張ります!」


所々から拍手が巻き起こり匠は片手を頭に乗せ、照れながら身体を折る。


 ――まぁ、好感度を上げるにはエレナとイザベラが居ない今しかないし、もしかすれば俺って最高のスタート切れてんじゃね?


 演じるキャラも定まった所で、神崎匠二度目の青春がスタートしたのであった。


「これで授業を終えるです! しっかりと予習するですよ~」

 独特の言い回しを耳に入れると、匠は重たい瞼を遅いながらも確実に開いていく。

 腕を開いてその場で大きく屈伸すると赤い制服の裾が視界に入り、やっと自分が置かれている状況に意識を向ける。


「あのぅ……大丈夫……ですか?」

 眼の前に広がるのは、その場で手を弄りながら桃色の髪を揺らして恥ずかしがる少女が立っていた。


「あぁ、少し寝ちまっただけだ……けど」

 

「そ、それなら……よかったです……」

 頬を赤く染めておどおどする彼女の姿はまさしく、子犬そのもの。


「俺に何の用かな?」

 睡魔を瞼で掃いつつ性格イケメンキャラを演じる。

 眼の前の子犬ならぬその少女は、口をもごもごと動かし何かを言っている。だが、匠にはその少女の声など届かない。


「聞こえないんだけど、もっと大きな声で話せないかな?」


「ごめんなさい……お邪魔ですよね。で、出直してきますぅ」

 下を向く彼女の表情、仕草、ピンクに染まるショートヘア、それを覚醒した脳が処理すれば新たな結論を導き出し、


「待ってくれ。もしかして……お前、ソフィアか!」


 その結論は声となって少女の歩みを止めた。


「なな、なんで私の名前を知っているんです!?」


 顔を覆ったままソフィアはその言葉を残し、後ろを向いた。


「あ……」

 匠は自らの発言を後悔。地雷を作りその地雷に自らハマる、その愚かさを世間一般では馬鹿と呼ぶ。


 ――寝起きで頭が回っていないだけだ、それに興奮してたし。


 そんな言い訳を頭に入れながら地雷発言に脳を回す。

 

 唯一の救いは地雷発言の相手がソフィアという点だ、設定通りの性格ならば軽く脅せば口封じは可能だ。今後の発言次第でそれは決めるつもりではいるが、果たして……


「もしかして……エレナさんが教えましたか?」


「あぁ、そうなんだよね。早く慣れたほうが良いからって、名前くらいは、事前に覚えろって言われてね……」


 自身の無さを見抜かれぬよう高笑いでその場しのぎを試みる匠。虚言に食いつくのはさっきまで小さな背中を無防備に見せていたソフィアだった。


「やはり、あなたはエレナさんと仲が良いのですね!」


「まぁ、良いっちゃ良いかな……」

 匠の煮え切らない回答を前にして、黒と白のオッドアイはその光をいっそう輝かせる。


「あのぅ、私……実はエレナさんとお友達になりたくて……そのぅ……」


「あぁ分かった、友達になれるか聞いてみるよ、エレナに」


 戦闘や戦において勘が鋭い事はれっきとした凶器になるが、日常生活において必ずしもプラスにはならない事を匠は改めて知る。


「ひょんとですか? あ、ありがとうございます!」


「お、なに話してんだ? 面白そうだから俺も混ぜてくれ」


 ソフィアとの話を終え、匠は図書館に行くため腰を浮かせたその瞬間、活気のある大きな声が目的地を塞いだ。


「まぁ、少しだけなら。いいけど……」

 腰を下ろし勢いに任せて目線を右隣に合わせ、男の顔を改めて見る。


 身長は匠と同じ172センチ程で髪は異世界では珍しい黒だ、瞳は燃えるような赤がからの人間性そのものを表しているかのようだった。


「ありがとな。俺の名はジーク・アスターだ。気楽にジークって呼んでくれ」


 そう力強く宣言するジークは歯を見せながら笑い出し、右手で握手を要求する。


「俺は神崎匠だ、これからよろしくなジーク」

 物語において主人公の仲間に必ず存在するのが「性格の良い熱血系友人キャラ」だ、匠のラノベではジークが熱血キャラに該当する。

 だが、イザベラの性格はラノベと真逆になっていたことを思い出せば、ソフィアやジークも何かしらルート変更の影響を受けている可能性もある。


 ――こいつらが敵か味方か分からない状態で会話をするのは危険だ、なるべく会話を少なくしたい。


「わ、私も!」

 勇気を出して踏み込んだその一歩は、匠の手とジークの手を覆う。


「私もそこに混ざっていい?」


「あぁ、もちろん大丈夫だぜ」

 

「ありがとう。私の名前はアンネローゼ・クライシス。新しいオス……いえ、あなた達と仲良くなりたいの。これからよろしく」 


「おい、今オスって聞こえたのは俺の幻聴なのか?」


「何を言っているの? 幻聴に決まっているでしょ」

 青で染められたツインテールが目の前で激しく揺れ、何故か自信ありげに腰に手を当てながら話す。


「バカはどこに行ってもバカだったか……」

 呆れを口にする匠は、人差し指で額を抑えて考えるポーズ。そのまま熟考する。

 アンネローゼ・クライシス。性格はビッチでバカ、男女構わずボディータッチをするのも難点。だが、この世界の主人公と行動を共にしてきた事は紛れもない事実だ。


 ――これでこの世界の役者はすべて揃った訳だが。


「仲間って感じがしてテンション上がるぜ! これからよろしくな!」

 総括を匠ではなくジークの言葉で締め、アンネローゼの手を取ってソフィアの手に重ねた。


 本来ならば主人公位置にいる匠がやるべきなのだが、ハーレム主人公は必ずしもリーダー気質を持ち合わせてはいない。陰で暗躍するのも悪くないと思えてきたところで昼時の鐘が高らかに鳴った。



    ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「ここが図書館か、想像よりも本が多いな」

 昼食を食堂で済ませ、匠は静寂保つ図書館に来ていた。


 眼の前に広がる光景は後にも先にも出会えない異世界の大図書館だ。

 最初に目に映るのはテーブルの長さと椅子の数だろう。木製のテーブルは縦に長く、椅子は軍隊のように一定間隔を保ったまま設置されている。

 見渡した感じ、本棚は匠の身長を超えるほど高くそのどれもがぎっしりと本で埋め尽くされ、壁際や二階まで同様に備え付けられている。


 この世界を創造した匠でさえこの図書の蔵書数に圧倒されていた。


「何かお探しでしょうか?」


 入口で立ち尽くす匠を現実に引き戻した声は、優しい面持ちで腕に抱えた本を元の位置に戻した。


 言動と合点がいき結論を、本題を口にした。


「歴史書と神話ってありますか?」


「いま持っていきますので、少々お待ちください」

 女性司書との会話を境に静寂が訪れる。

 

 目で認識する限り、この空間に居るのは匠含めて指で数えるくらいだ。それもその筈、匠はあのメンバーに昼を共にするよう言われたが特技である早弁を発動し、深入りを見事回避することができ今に至るという訳だ。


 ――あの時に、エレナとイザベラが居さえすればあんなに苦労しなかったよ!


「遅くなり申し訳ありません。コレがこの世界の歴史書と神話です。読み終わったら私のところまで。ではごゆっくり」


「助かります」

 そそくさと左のカウンターに戻る女性司書を見送ると匠は人気が無い、司書から死角になる場へと移った。


「よし、これで調べたいことを調べられるぞ」

 この時間に図書館へと足を運んだ理由は二つほどある。

 

 まず一つ目は、ルート変更が歴史自体に介入するか否かを確かめる事だ。だが歴史は時が経てば経つほど範囲も広くなりやすいので、今回はこの国が置かれている現状を再確認しておきたい。


「やるか……」

 三冊ある分厚い本を重ねて置き、そのうちの一冊「リブート王国歴史書」と日本語で書かれたタイトルをめくる。


「近代だな、多分」

 予想ではリブート王国の近代にエレナが説明した内容が書かれてるはず。本自体は分厚いが、少し力を入れれば破けそうなページを慎重にめくり、目当ての内容に行きついた。


「これだな。どれどれ」


「……」


「……」


「読んでみた感じ、エレナの説明は正しかったな。歴史にルート変更の影響は近代だけだが影響は受けていないと……」

 数十分の沈黙を経て匠は顔を上げると結論を出すと、本の表紙を下げて今度は「世界神話」と黄金色の文字で書かれる本を手に取った。


「最後はコレだな、ったく手間を掛けさせやがってよ」

 二つ目は次の授業に行われる『実践学』が影響していた。

 このままルート変更が起こらなければ、四人一組のパーティーを組まされ『スライム討伐』を強いられる。だが、今後の展開は主人公の強さを読者にアピールする為『ダークドラゴン』が現れ、物語が加速する予定だ。


「俺は痛いのは嫌いだ。だが、俺の実力をこの世界に広めるためであれば仕方ないか……」

 少し中二病掛かったセリフを格好つけながら本を開く。


「まぁ、俺の能力は扱いずらい部分もあるが戦闘外でストックを増やせば十分やれるな」


 匠の『固有能力:イリュージオン・ライト』この世界で主人公が操る能力で、紙に書いた内容をすべて具現化することが可能。しかし、死などの直接的な要因は具現化できない。

 匠の能力で生成された武器や食べ物は永遠に残り、能力保持者が死亡しても残り続ける。


 ――チートだな、本当に俺に与えてよかったのかよ。神様よォ。


 存在するか分からない神に匠は心の中で質問しつつ、神話の武器や神に目を通していく。パラパラとめくりながらダークドラゴンをワンパン出来そうな武器を探していると、


「あった、これなら良いんじゃないか?」

 アーサー王が持っていたという武器、ゲームやアニメが好きな人間ならば誰でも知っている勝利の剣『エクスカリバー』だ。

 ダークドラゴンは闇属性、属性でも有利を取れ威力も有名なだけあって高いと予想できる。


「決まりだな。早速メモ帳に書いておこう」

 この能力は見た目、能力、構造、それらが理にかなっていなければ具現化は出来ない、これがこの能力のデメリットに当たるが、逆に言えばオリジナルでも中と外の構成さえしっかりと書ければ具現化できる事だ。


「しっかりと中と外を書かないとな。エクスカリバーだけじゃ心配だし……」

 エクスカリバーの中と外を詳細に書いた後、更に読み進める。


「グングニル……一応コレも書いておくか」

 頬杖を付きながら更に筆を滑らせ、発動条件を紙に書く。


「よし、これで大丈夫だろ。見てろよ異世界、俺が主人公だ」

 自身に満ちた表情と共に立ち上がり椅子を引いた。匠の目にしたのは真っ昼間と不釣り合いな闇そのものだった。



        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



「これから、君達には実践訓練をやってもらう。まあ初めての実践訓練だから、最初は草原に居るスライムを四人で協力して倒してもらう。エリアは俺が予めリーダーに教えている。では頑張りたまえ!」

 解散の合図が手で鳴らされ、クラスメイトが散らばる。それを一瞥してから匠も仲間と合流し森の奥に身体を入れる。


「それにしても、スライムかよ……もっと強い奴を相手にしねぇと燃えねぇよな? なっ!」

 

「私は……怖がりなので、スライムさんの方が可愛くてやりやすいと思いますぅ……」


「スライムと言えば、薄い本に登場するモンスター! 私……ゾクゾクしてきました!!!」


「ま、楽しめると思うぜ? それなりに……な」

 草木をかき分けながらジークの不満に、匠は言葉を濁しつつ口角を上げた。


 時は図書館から1時間が経ち、今はラノベの展開と同じくスライム討伐の最中だ。メンバーはリーダーがジーク。ソフィアとアンネローゼ、そして匠の四人パーティーだ。

 エレナは王国騎士なのでスライム以外の害悪モンスターを移動や気絶させて、実践学のクラスメイトの安全を確保している。イザベラは他の仲間とパーティーを組み、一緒ではない。


 ――ったく。イザベラの奴、俺のありがたい誘いを無視して別のパーティーへ行きやがって。後で見てろよな!


 先程イザベラの完璧最低罵倒をもろに受けたその記憶が蘇り、匠は草木に八つ当たり。それを皮切りに、


「おーい、開いた道だぜ! お前らも来いよ~!」

 

 ジークの先導で、開いた平原に行きついた。


「ここならスライムさんとも戦えるかも……皆さんどう思いますか?」


「ソフィアちゃんが可愛ければ私はそれでいいわ」

 アンネローゼは右手に持つ巨大ハンマーを撫でるように触り、艶のある声で答えた。


「ま、ここなら戦いやすいぜ! てか、燃えるぜ!!!」

 自身の身長と変わらない大きさのランスと盾を、空に向かって持ち上げるのはジークだ。


「いい所だとは思うぜ? これなら俺の能力が使いやすいしな」


 それぞれが納得した答えを出した瞬間、青く透き通った物体が列をなしてこちらへゆっくり現れた。


「スライムか……」


「スライムさん……可愛いですけど、ごめんなさい!」


「スライム……!!! 薄い本によると身体の色々な部分に侵入してくるとか……」


「いや、アンネローゼ。薄い本の設定はココで忘れろ。数は五体……」


 アンネローゼがノルザと同じ系統の変態だと分かったところで、全員がそれぞれの武器を持ちそれぞれの配置に付いて来るべき襲撃に備える。


 前衛にはランスを所持する特攻隊長、ジークとハンマーを右手に持つ変態アンネローゼ。中衛は場面に合わせて変形する双剣を両手に握り締めるソフィアだ。後衛には、メモ帳を持つ匠だ。


 ――俺だけダサくないか? それよりも、


「走ってきたぞ、俺が仕留めるから後方支援は任せた!」

 ピョンピョンと軽快なステップで走り、体当たりするスライムをジークは盾で防いで魅せ、ランスで突く。攻撃を受けたスライムは見ず風船のように破裂し、その生を終える。


「あら、楽しそうね」

 すかさず快楽を求める変態、ならぬアンネローゼは加勢に出る。


「私も! スライムさんごめんなさいっ……」

 ソフィアの右手、双剣ブラックメイサが第二の姿を現し銃に変形する。

 甲高い音と共に黒い弾丸が目の前で火を噴くと、スライムに直撃し破裂した。終始謝りながら殺す姿はサイコパスそのものだったが、ソフィアの命中率は匠から見ても才を感じずにはいられない。

 

 それぞれが自信に課せられた仕事をする中、匠はひたすらブラックドラゴンの登場を今か今かと待ちわびていた。


「いつ来るんだ? ブラックドラゴン」


「あのぅ、匠さん……どうやら戦闘は終わったらしいですよ」


 雲一つない空を見上げる匠にそう告げるソフィアは、身体の力が抜けたのかその場で膝から倒れ込んだ。


「ソフィアさんが倒れている……まさか! スライムが中に!?」


「いや、違うから!」

 アンネローゼの妄想を打ち砕くのは頭を抱える匠だ。


「めっちゃ楽しかったけど、なんか遊び足りないな。どっかに強いモンスターでも現れねぇかな?」


 ジークの言葉はフラグだった、それに呼び寄せられた形で空中の太陽はその姿を消したまま上空は、暗黒に包まれた竜が匠達を見据えていた。


「何だ、この竜……」


「怖いですぅ怖いよォ、私、美味しくないですからっ」


「私達じゃ対処出来ないっ、何で此処に?」


 三人がそれぞれ違った恐怖を示す中、匠だけが笑っていた。


「やっと来たか……ソフィア、アンネローゼ、俺の後ろにいろ! ジーク、お前の持っているこのランスで前に出て俺を守れっ!」


「おい、無茶を言うなよ。いくら何でも無理だ」

 

「大丈夫だ、俺を信じろ。お前との時間をここで終わらせたくは無い」


「……分かったぜ、たくみ。お前を信じる!」


「ジーク前は頼んだ、アンネローゼやソフィアも俺の後ろに行け!」


「分かった。たくみも良いオスだから死なないで!」


「たくみくん、死なないでください……」


 それぞれが移動したのを確認すると、ダークドラゴンの風圧が大きくなるがそれをジークの盾が全員を守る。


 ――これはルート変更が行われていない。であれば、エクスカリバーが効果抜群だ!


「イリュージオン・ライト!」

 無詠唱でも設定の紙を出せば効果は発揮されるが、格好つけたい気持ちと締まらないむず痒さが匠には合わなかった。エクスカリバーは通常なら『円卓の騎士』の合意でのみ使用することが可能だ、しかし匠は設定で扱いやすいように改造した。

 

「出でよ、エクスカリバー。我の命によりて眼の前の敵に大いなる裁きを!」


 全身の魔力が外に出され、線上に魔力が繋がれてそれが立体となり剣の大部分『形』を形成する。魔力が黄金色に輝き、柄から滑るようにその姿を現し、やがては勝利をもたらす剣となる。


「これがエクスカリバー……」

 美しい黄金は刃にまで至りその輝きをいっそう引き立てている。鞘は赤く燃え上がりエクスカリバーの隣に存在し、宙に浮いていた。


「おい、見とれている場合じゃねぇぞ! こいつの風圧が凄すぎて……」


「分かっている、ちょっと待て……」

 意識をエクスカリバーに向け、集中する。全身の魔力の循環を感じながら、


「エクスカリバー、力を貸せ、この俺に……!」

 内側の魔力とエクスカリバーの能力を共鳴させ、匠はエクスカリバーを右手で持ち上げる。


「これでも喰らえー!!!」

 両手でエクスカリバーを一振りした。エクスカリバーからは匠の魔力が放たれた。黄金色の巨大な線を形成した魔力は、砂埃を巻き込みながらダークドラゴンに直撃した。

 生物の悲鳴が聞こえた後、ダークドラゴンは落下し地に倒れ伏した。


 ――俺ってチートじゃね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ