グルアガッハ兵士育成学校
シーンは竜車内に移り、匠とエレナは今から向かう行き先についてイザベラから説明を受けていた。
「今、たくみ様が向かおうとしているのはグルアガッハ兵士育成学校という王国側が運営する学校です」
「もう少し詳しく説明してくれないか?」
真剣な表情でイザベラに詳細を聞き出す匠。
もはや匠の思考はこれを優先事項に動いているのも過言ではない『今後の展開と、ルート変更後のこの異世界とラノベの比較と予想』だ。
「真剣に学ぼうとされるのはいい事です。私もそんな人は好きですけど、すみませんがあなたは入っていません。髪の毛一本もです」
意地が悪いイザベラの発言は匠の冷静さと真剣さを掻く原因になるが、それを何故か察知したエレナは主としての権限を使う。
「イザベラ、もう一度言います。たくみの悪口を言うのはやめてください。仏の顔も三度まで言います。これで二回目ですよ」
「申し訳ありません、エレナお嬢様。これから気を付けますので、どうか心を静めて下さい。たくみ様、この度のご無礼をお許しください」
陽の光と心地いい温風が入り込む窓の右隣で深々と土下座をするイザベラに、匠は快感を覚えると同時にしつけのなっていない犬は餌どころか命の危機まである事に、現実世界の動物愛護団体の苦悩を身に染みて感じるのだった。
「エレナや日本社会も苦労してんだな……」
「苦労した時はありますけど、同時に助けられてもいるの。いいパートナーでもあるから」
しんみりと語るエレナはイザベラの近くに頬を近ずけて肩を抱き寄せる。
イザベラはそれを一旦拒んだが、少ししてから右手をエレナの白鎧に触れると、
「まったく、お嬢様はズルいですよ。でも、そこがあなたの魅力でもありますから」
「すまん。しんみりした空気を壊すほど俺はクソでは無いけど、流石にグルアガッハまでの道のりは短いだろうし、ここでお開きってのはどうだ?」
竜車が大地を蹴る音と揺れを感じるたびに、匠の心はそわそわしていた。
匠が書くラノベ内では、グルアガッハ兵士育成学校に関しての設定は距離まで事細かに定めている。
グルアガッハがルート変更の対象外であればこれまで通り距離は短い。逆に変更対象になれば、いい意味でルート変更の規模が分かり易くなり予想が立てやすいのだ。
ルート変更はバラエティー番組のように決まった時間に出てくるわけではないので、床に就くまで気が抜けない。
「認めたくは無いですがたくみ様の言う通りです。話を進めましょうか」
「そうね、イザベラの言う通りだけど……なんでグルアガッハの道のりがここから短いって分かるの? わたし、教えたつもりは無いのに……」
鋭い言葉の罠を張り巡らせたエレナが不思議そうに、奇妙そうに、こちらに視線を合わせた。
薄暗い竜車内を陽の光が照らしてエメラルドグリーンの瞳が緊張感を植え付ける。
匠の考えではアノ発言には、匠が知るはずのない情報『武装街とグルアガッハの距離』をわざと口にする必要があった。
――反応から見て、距離はラノベとは変わらないか。
グルアガッハ自体の『概念にルート変更がかかっているか』確認するにはソレと関連性の高い設定を確認すれば良い、これは距離自体もそうだがグルアガッハも確認する上で有益な情報になったと言えよう。
「あぁ、俺の固有能力である未来予知を使って分かっただけだ、別にスパイなんてしてないし。しようもんならエレナのクラウソラスで俺の身体は今頃粉々になってるよ」
手のひらを上に首を傾げながら無能アピール。イザベラは双眸を細めて疑い、エレナは少し考えてから匠に向かって、
「分かった、たくみを信じる。あなたと一週間を共にしましたが、とても裏切る人には不思議と思えないので」
受け入れた。
「エレナ様が受け入れるのであれば、私はそれに従うのみです。あなたに従った訳ではありません、変態妄想紳士たくみ様」
「んじゃ、皮肉メイドとの意見も合ったところでイザベラ、話を進めてくれ」
「分かりました。では、グルアガッハ育成学校は13歳から18歳まで幅広い年齢の方が学ばれています。というのも、このグルアガッハには中等部と高等部があります」
一呼吸おいてイザベラは再び口を開いた。
「元々人外と人間の戦争が起こる前までは中等部と高等部は全く別物でした。戦争が激化した事で本来それぞれが学ぶ内容を戦争関連一本に統一したことで中等部から高等部同じ内容で深く、より実践的に、高度に学べるようになりした」
「それを指示したのが、私の歴代国王パルテシナ国王です」
力なく回答したエレナの瞳は酷く澱んでいた。
エレナの瞳が澱んでいた事実は、匠にも分かっていた。彼女の人間性は命を大切にする正義の味方みたいなものだ、その彼女が許せないのは戦争の悪化。それは、命が多く散るという事。
――まぁ、エレナの性格上パルテシナを恨んでいることくらい俺でも分かる。
「そうか、まぁ俺もバカじゃないから雰囲気で察せる。余程語りたくなかったんだろ……」
匠自身バカではないが、アホではない。
この機会は匠にとって絶好の好感度を上げるチャンス。恋愛やハーレムも日々の積み重ねで出来ている「塵も積もれば山となる」それを教えてくれた野球選手に匠は心の中で敬礼をする。
「私は別に大丈夫。心配してくれてありがとう、たくみ」
「私からも礼を言いましょう。余計な気遣いありがとうございました。大変目障りでしたけど」
「エレナは純粋に嬉しい。けど……イザベラ、お前お礼って分かるかな!?」
イザベラのノリに少し順応してきたと実感して、それを好機に会話の主導権を握り始めた。
「ところで、俺からも質問したいことがある。まず、中等部と高等部があるって事は学科とかあるのか?」
ラノベの設定が正しければ、中等部は普通科、高等部からは兵役科と冒険科に分かれているはず。
イザベラの青い瞳を見つめ、少ししてからイザベラは赤く染まった唇を開いた。
「はい、中等部は普通科です。高等部は兵役科と冒険科に分かれています。理由として聞かされているのは魔王軍が魔物を送ってそれを討伐するのを生業とした冒険者が現れまして、それが職として世に定着して出来ました。兵役科は言葉通り兵士として国民を守ることを仕事とする職業です」
「そういう事か、若い時から兵士や冒険者を生み出し教育すれば、手間も省けるって訳か」
「たくみくん、鋭いわね」
「あぁ、お褒めにあずかり光栄でございます。エレナお嬢様」
「うるさいです、変態妄想紳士様」
「俺の名前、無くなってんだけど!? これじゃあただの変態じゃんっ」
プイっとそっぽを向くイザベラの揺れ動くフリルと頬の膨らみを見て、匠はツッコミを元気よく入れる。
――相変わらず小動物のような可愛さだが、中身はライオンよりおっかないだろうな。
「それで、質問したいことはありますか?」
妄想にふける匠を現実世界に戻すのは、心配そうに見つめるエレナだった。
「そうだなぁ……」
学科のルート変更は行われなかったことに安堵はしたが、二度行われている可能性もある。それを考慮した上でこの学校が影響下に入っていない事を確実にするため質問……
「理事長ついて、質問していいか?」
「えぇ、良いですよ」
「理事長の名前は? それと出来たら所属も教えて欲しい」
「現在の理事長は、ゲルト・ニジェーレ第一王国騎士。所属はリブート王国指揮官です」
「という事は、リブート王国内で国王を除く地位の中で一番の権力者って事か。それだけ国王からの信頼が厚いって訳か」
この設定もラノベと変わらない、一言一句たがわずエレナは説明していた。
だが、安心は時として毒になる事を匠はこの世界に来てから学んでいる、それを生かさなければ匠の夢である「異世界ハーレム」という楽園には入場できない。
Tシャツの裾を整え、リュックを改めて肩にかけるとエレナのピンクの双眸が見据えると、
「そうですね、たくみの言う通り彼は国王への信頼が厚いです。ですが、私は彼の、戦争に対しての価値観が合わないのが……何とも言えません」
「私も同様、ゲルト様の考えには見解の相違があります。それを抜きにすれば仕事ができる人間ですが……好きになれません」
エメラルドグリーンの瞳を閉じ、ポニーテールが左右に揺れる。
しばしの沈黙が流れた後、
「……見えてきたよ、たくみくん。あれがグルアガッハの正門です」
エレナが窓から顔を出して真っ直ぐ答えたその先、その視線に、匠の目的が置かれた夢にまで待ちわびた異世界での学園生活の舞台がある。
紅髪がこの世界の物理法則従って後方に流される。それを見ていた匠も知れに続く形で反対の窓から顔を出す。
「うっひゃあ~! すげぇぇぇぇぜぇぇぇぇぇ!!!!」
匠の双眸に反射するのは左右が森に包まれ、上空は青々と澄んで雲一つない空間が支配する。
勢い良く走る竜車と春風の優しい暖かさに子供のように匠ははしゃぐ。
「たくみ様、少々お静かに願います。端的に申し上げますと、黙れこのゴミムシ野郎です」
「うっせえな! たまにはいいだろ、はしゃいだってよォ。そんなこと言ってお前、本当はやりたいんだろ?」
このキャラ、イザベラの創造主匠であれば分かる。攻撃的になるイザベラの態度は『やりたい』と言葉で示しているのと同じだ。
ルート変更でキャラ設定にバグが起きても分かるのが親。これは動物の親子でも同じ事で、人間にとっては見分けがつかない動物の子でも親が分かる感覚似ている。端的に言えば、
――直感ってやつ?
浅はかな考えを払拭するかのようにフリルがとポニーテールが口元と同時に揺れ動く。
「私は別に好きではありませんので。それより、正門を見ましたか?」
「正門?」
イザベラの落ち着いた声音に匠は眉根を歪ませて、疑心暗鬼に正門を見るため窓から首を出した。
目の前に広がるのは左右に白い壁が聳え立ちその先は見えず、中央には兵士らしき人影が黒い正門を厳重に守っていた。
「迫力があって大きいな、兵士も居てまるで今から行く場所が王国みたいだな」
正門もラノベで書いた通り変わらない広さと色が使われ、特に異常は見られない。
「何だよ、驚くことは特に無いぞ」
不思議そうに首を傾げてから竜車内のイザベラに視線を向ける。
少ししてからイザベラは子供のようにはしゃぐエレナを目線に入れてから、滑るように輝く瞳をこちらに宿して、
「これは一度しか忠告しない。あなたはこれ以上勘違いしないで欲しい。やがてそれは貴方と周りを傷つける事になる」
「は? 何言って……」
反論の異を唱えようとイザベラの瞳を見るが、それは敵意を示すような冷酷さと、残酷さ、憎悪、それら全てが匠を見据えていた。
あまりの変わりように全身から悪寒が走る。
「イザベラ、たくみくん。もう少しで着くので身支度をお願いしますね。それとグルアガッハに入ったら最初は理事長室に行きます」
「かしこまりました、エレナお嬢様」
「あぁ、ああ……」
先程のイザベラの瞳が頭の中でフィードバックして、言葉足らずの返答をしてしまう。
匠には何が分からない、明らかにイザベラは含むような言い方をしていた。それが今は頭から離れない。
――調子に乗るなって、どうせ俺の能力を羨ましい思ってんだよ。雑魚の意見なんて気にするなよ匠。
「たくみくん大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫! ちょっと考え事してただけだから」
「そう、ならいいけど。何か悩みがあればいつでも私に言ってね。あなたの力になるから」
「分かった。まぁ、悩んだときは遠慮なく使っておくわ!」
匠のセリフで会話を〆た後から徐々に竜車内の揺れが収まり、竜が地を蹴る音も落ち着いていく。
その間にエレナは瞑想、イザベラは身の回りの整理をする。それを予想する限りではどうやら……
「リブート様、グルアガッハ育成学校に着きました。お疲れさまでした」
年季かかった声で竜車を操作するお爺さんが灰色のカーテンを開き白い髭を触っていた。
「お疲れさまでしたロマンさん。イザベラ、たくみくんここからは少し歩きますよ」
「かしこまりましたエレナお嬢様」
「分かった」
匠たちは薄暗い竜車から解放され、徐々に身体が紫外線で焼かれる感覚を取り戻す。
地に足を付ければ、匠の中で第二の学生生活が幕を開けた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
無駄に厚く黒い塗装を施されたドアが開けば、男の落ち着いた声音が耳を刺激した。
「彼かね? 新たに入学する異邦人というのは……」
「ご無沙汰しております。エレナ・アイ・リブートです」
「元気そうで何よりです理事長様。イザベラ・フローレス、帰還いたしました」
エレナとイザベラは理事長室の前で尊敬と挨拶を言葉で示すだけでなく、左膝を床につけて忠誠の証である右手を右膝に乗せ、目線を下に移すとそこから一歩も動こうとしない。
ラノベのストーリーでも確かにその描写は在ったのだ、もちろん匠は異世界転生などの非科学的な事が起こるとは想像すらしていなかったので、今となっては匠自身が創り上げた設定といつの間にか書いていた設定ノートの悪事を心の中で責めている。
――俺の設定がここまで忠実に再現されるのを見ていると、凄いっていうか、本当に異世界何だな。
「かしこまらなくても良い、今は騎士ではなく理事長の立場、生徒を育て上げるのが私の責務。それを忘れては困る」
「申し訳ありませんでした。ゲルト・ニジェーレ理事長」
先程よりも深く頭を下げて非礼を詫びるエレナ。それを見かねてゲルトが救いの手を差し伸べる。
「ここに居ても邪魔になるだけだ、さぁ上がりたまえ」
「承知しました。有難く入らせてもらいます」
「失礼します」
エレナが先頭を切り、後に続くのはイザベラだ。
日本とは違い、土足で上がるその様は海外の風習を思い出させる。
匠も一応れっきとした日本男児、礼節やルールは一通り認識しそれを重んじている身だ、その立場から見れば土足で上がるのに少し抵抗があった。
――それに、如何にも高級そうな赤いじゅうたんが敷かれているし……この世界だけはカウントしないことにしよう!
「お邪魔しまーす」
覇気のない挨拶と無駄に事細かい自分ルールが発動したところで、匠はその一室を視界に入れた。
左右には木製の本棚に書物が隙間なく敷き詰められ、前方にはクリーム色の机が置かれてその役割を理事長書かれるプレートで理解できる。天井は高価そうに輝くシャンデリアがその真価を発揮している。
「君も来なさい。紅茶とお菓子を用意している。口に合うかは分からないがね」
「あ、すみません」
呼ばれるまま対面するソファーの開いている場所、エレナの隣に腰を落とした。前方には理事長が、テーブルを挟んだもう一席にはエレナと匠が位置し、イザベラはエレナの隣に佇んでいた。
「理事長、こちらは例の異邦人裁判で無実を証明され、新たにリブート国民になった神崎匠です」
「神崎匠です。これからはリブート王国の為に忠義を尽くしたいと思っております」
「へぇー、神崎匠か。うん、良い名前だ。意気込みも素晴らしい。ところで、質問だが……」
白のティーカップを口元に運びその香りを堪能し一口飲むと、
「君の国では目上の人間に跪かないのかね?」
優雅さと落ち着きから出たゲルトの言葉はまさしく獲物を絞め殺す大蛇そのもので、安易に背中は見せられない事を示していた。
「跪く事は無いですが、作法として礼をする事はあります」
「そうか。君が違う世界から来たことはエレナから聞いていたが、やはり本当だったか……」
――エレナの野郎……事前に俺の情報をばらしやがったな! ゲルト、こいつはキレ者だ。あまり敵として出会いたくない部類の人間だ。
優雅さと紅茶のほのかに甘い香りに包まれて周りはリラックス状態だ、ただ一人を除いては。だが……
匠ただ一人だけがこの世界をキャラクターの設定を創ったからこそ、眼の前でこうしてにこやかと微笑むゲルトに、匠は今までに無い緊張感を覚えた。
こう見えてもラノベの設定でゲルトはこの国で一番の頭脳派と称されエレナの次に実力がある人物で、オルノスの右腕として活躍の幅を広げる男だ。
そんなゲルトに探りの一つや二つを入れられると現時点で対応は不可能。ならばいっその事、化けの皮を追加するしかない。
「なぜこの世界に来てしまったのかは分かりません。気づけばこの世界にいました。ですが、それでも自分のやるべきことは分かるんです」
なるべく深刻にそして感情的に、時々下を向いてリアリティ出しつつ匠が今できる最善の策を実行する。
それをジッと静かに見つめるのはゲルトだ、すぐ隣のエレナは匠の変わりようにため息をついて、イザベラからは禍々しい視線を感じる。
地獄の一歩手前を動かしたのは、
「ほう……?」
ゲルトだった。
流石はキレ者、交渉にも似た場面では眉根すらピクリとも動かない姿はまさしく「泣かぬなら鳴くまで待とう時鳥」の体現ともいえる。
その様を目に焼き付けながら匠はゲルトに視線を合わせ、
「自分はこの世界が、人間が置かれた状況を知り、是非とも同じ人間として……いえリブート国民としての義務としてこの世界と人類に平和を取り戻したいと思っている!」
「夢は大きいほうがいい。だが……果たして君にはそれができるかな?」
「どういう事だよ……」
「そう、例えば……」
中途半端に伸びる自分の白髭を触りつつ数秒の沈黙に終止符を打つ。
「能力のコントロールだ、それが制御できずに仲間を殺してしまう事も少なからずはあるんじゃないかな?」
「話が見えねぇよ、何が言いたい」
「君は見たところ、我が強すぎる。このグルアガッハで協調性を養ってもらいたいのだよ、来るべき日に向けてね」
「は? 俺は普通だよ」
――ゲルト、お前はさっきから何を言っているんだ?
「だからこそ君、神崎匠にはこの学校で友情と協調性、努力することの大切さを是非とも学んでほしいんだよ」
意図が見えないゲルトの言葉に、匠の瞳が歪んで答える。
「貴様の目的……は?」
確かに協調性が足りないことは分かっていた、学校とは個性を消して皆に合わせることが社会の基本だと、生き延びるために必要な事を間接的に教えられる場所だ。だが、匠が気になるのはその先にあるゲルトの目的ただ一つ。
匠が自作したライトノベル設定資料集にもその目的を示す描写は書かれていなかった。それもそうだろう、なんせゲルトの目的とラストが書かれる筈のページは、何の前触れもなく白紙に切り替わっていたからだ。
――元々はラストを書かなかった俺の自業自得だけどさ、俺は自分の中で思い描いたストーリーは最後まで書く性格だぞ? 今思うと、俺に限ってラストの書き忘れって有り得るのか?
心の中でせわしく思案。イチゴが乗ったショートケーキを一口頬張れば、クリームの甘さとイチゴの酸味が口内に広がる。
案外悪くは無い味だ、普通のショートケーキよりも甘さを控えめにした大人向けのケーキだ。
その反応に返答するのは、青い軍服を纏って白い髭を一撫でするゲルトだ。
「正直に言わないとダメそうだねぇ~。君をここに招き入れた目的は、君の力を貸してもらいたいのだよ」
「やっぱりそうか、予想はしていたさ」
「そう、君ならばこの世界の終わりを創る事ができると思ったからだ」
「報酬は? 俺はリブート国民になったが、ただ働きするとは言ってない。そこんところ忘れんな」
「そう言うと思って用意していました。一回の働きで100ゴールドでどうかね?」
「お、お言葉ですが理事長。神崎匠の性格を見れば分かります。ろくなことにはなりません!!!」
二人の会話に首を突っ込んだのは、エレナではなくイザベラだった。
言葉を荒げて話すイザベラは瞳に涙を浮かべて絹のような白髪が激しく揺れ動き、それは木製のテーブルにまで至った。
「イザベラくん、何のつもりだね?」
「す、すみません。ですが、私はどうしても認められませんっ。彼を王国騎士団に入隊させるなど私は認めませんっ!!!!」
「イザベラっ、やめなさいっ! こ、これ以上は……」
止まらない匠批判に心を多少はショックを受けるも、紅茶で一息つく。
イザベラは涙を浮かべて講義をし、エレナはそれを言葉の強制力で止めようとし、ゲルトは……
「へぇ、よく私の心中が分かったねぇ。イザベラ……君は邪魔だ、口を慎め」
「も、申し訳……ありませんでした……」
ゲルトの叱責に思わずテーブルから手を放すのはイザベラだ。頬は赤く腫れあがり目は赤く充血し、その必死さを匠自身は理解できた。
――いや、いくら俺が嫌いでも泣くのは酷くないか?
「すまないね、たくみくん。邪魔が入ってしまった。それで、どうする? 私の提示した金額で王国騎士見習いとして来ないかい?」
「家や、食料は用意されるか?」
「あぁ、希望するならたやすい事だ」
「分かった、理事長。あんたに乗るよ。すまないな、イザベラ。俺の命を心配してくれるのは分かるけど、国の為に戦いたいんだよ。分かってくれ」
半ば強引にハンドシェイクを理事長ゲルトと交わせば、内心では「ざまぁ」と口ずさむ心を塗装して、イザベラに無双系主人公として振舞うが、
「たくみくん、調子に乗るのはやめてください。あなたの為を思ってイザベラは勇気を出して抗議してくれました。あなたはそれを愚弄するのですか?」
冷静さを保つ言葉はそのまま行動にも表れ、匠の前に障害として立つ。あえて怒気を強めず、あくまで指摘をするエレナ。
その濁りない桜色の瞳をみれば、
「しょうがねぇなぁ~。謝ればいんだろ? 謝れば」
「よくできましたっ」
再びエレナは笑顔で元の位置へと戻る。
「すまないな、俺の為にやってくれてた事を馬鹿にしてしまって……」
「い、いえ……」
だが匠の中での内心は……
――まぁ、アニメやラノベ上キャラにギャップを持たせればモテるのが法則だ。ここは、エレナに素直に従うとしようか。
匠自身から見れば、どうしようもないクズだった。
それを再び理解したとほぼ同時、ゲルトは白髭をさすって一言入れた。
「最後に、これはたくみくんに対して忠告だが……」
「何ですか?」
「君のその力は魔王以上だ、もはや敵はいないだろう。故に、だ。君はこの力に支配されないよう頑張りたまえ」
「分かりました、ご忠告感謝します」
その言葉を皮切りにエレナとイザベラ、そして匠の順に理事長室を後にする。匠の中で、理事長ゲルトの引きつった笑みが背中を見送っていた。
「あれは魔王どころじゃない。本当に恐ろしい化け物を飼っている」
ゲルトは一人、理事長室で恐怖の念に駆られていた。




