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朝の悲劇と真実とメイドと

「起きて、もう朝ですよ!」


 朝の覚醒は騒がしい少女の声と、眩しい朝日で目が覚めた。


「ん~何だよ……うるさいなぁ~、もうちょっと静かにできなっ」


「おーきーろ~!」


 少女の力強い声が匠の不満を消したとほぼ同時、匠の生きる希望であり睡眠のよき友でもある枕、敷布団、掛け布団、その三点セットが四十台の夫婦関係のように冷たくなった。


「風が……風がぁぁあぁぁぁ」

 睡眠三種の神器が全く機能ぜず冷風が身体の端から端にまで行き渡り、身震いする身体を卵のように縮こませてからようやく匠は重い瞼を開けた。


「布団が……無い、だ、と!?」

 確かに先程までは夢心地で、しっかりとあったはず。それなのに手元や足元にも無いのはおかしい話だ。


「では、誰が……?」

 視線を左右やその他に巡らせるなか見つけた、その憎むべき相手。


「エ、レ、ナぁぁあぁぁあぁぁ!!!!!」


「おはようございます」


「おはようございますじゃねぇんだよ、お前はサイコかっ!」


「あら、違った? では、グッドモーニングたくみ」


 そうニタりと微笑みながら挨拶するエレナの右手には紛れもない、睡眠三種の神器が拉致されていた。


「返せ」


「何でです?」


「俺は寝る」


「それは無理な話」


「なんでだよ、最終試練もまだ連絡さえ来てないし、それに異邦人裁判にかけられた者には三日の猶予があるはずだぜ?」

 ラノベの設定では異邦人裁判にかけられた人間には一週間の猶予が与えられる、それは最終試験に臨む為国が定めた法律としてでてくる。


 疑問の表情をベットに座って思案を巡らせる匠に、エレナは静かなトーンで、


「そんなのありました?」


「……は?」

 想像すらしない回答に匠は困惑する。聞き間違いなのだろうか? そうだとしても今のは恐怖すらも覚える。過去に起こった絶望の記憶、その中でもひときわ目立つトラウマを植え付けるこの言葉。


「ルート、変更……」

 そっと小声で噛みしめたソレに全身が震えあがった。

 

「どうかした? 気を悪くしたらごめんなさい……」


 幼い雛鳥を見るよう声でやさしく心配するエレナ。悪意のない彼女の行動には流石の匠も、ハーレム無双主人公を見習って好感度を保つ答えを口にするしかなかった。


「い、いや、過去のトラウマを思い出しただけだから……」

 ルート変更が行われると今後の展開や人間の生死、簡単に言えば原因と結果が悪い方向にも良い方向にも変わるということ。

 これが続けば、この世界は匠とは「無縁の世界」になるという訳だ。


 ――まるでノベルゲーをプレイしてるみたいだな。難しいし何よりも選択肢が表示されないのが更にクソゲー感がプンプンするぜ、なんか今にでもフラグが立ちそうな予感。


「そうですか。それと、最終試練にいつてですが……」

 

「フラグ回収はぇーよ……」

 聴こえない声でこの世界ゲームマスターである神に向かって不満を口にした。

 

「今何か言ってませんでした?」


「いいや、何でもないから続けてくれ」


「わ、分かりました。それでたくみの最終試練の結果はもう出たって王国の方から連絡が今来て、王国直属の連絡係が手紙をよこしてくれるそうなの」


「だから、俺を強引にでも起こさなきゃいけなかったと。そう言いたいのか?」


「だいたい合ってる」

 眼の前で人差し指を自信ありげに突き付けるエレナ。

 その反応を見るなり、匠は今の彼女の行いや態度に違和感を覚える。


「なんか、今日のエレナは一段と明るいな。いい事でもあったの?」

 

 匠はこの異世界に舞い降りてから考えが変わった、それは例え自分にとって些細な事でもルート変更の影響下にある世界にとってソレは大きいモノだということ。コレカラは小さな違いも見逃さない事を目標に心の中に匠は刻み込む。


「ええ、ありましたよ」


「へぇ~教えてくれよ」


「ソレは、これを見れば分かります!」

 今からショーが行われそうなテンションで自信ありげにそう叫んだ。

 

 日が差し込む窓に布団を投げたかと思えば、今度はドアが開いて男の野太い声と白鎧が見えた。


「失礼します、匠殿はいらっしゃるか!」


「ここでーす」

 無気力状態の返事を披露する匠には分かっていた、エレナがいつもとは違う態度に手紙までよこすのは明らかにドッキリを超える復讐だと予想がつく。

 

 そう、コレは自分に対して国家ぐるみで計画されていた復讐劇に違いないと……


「いや、ほんの出来心だったんだ、エレナが国王の娘である事知らなかったし。無礼を働いたなら謝るからさぁ」

 鎧姿の男に威圧感と危機感から、見苦しい言い訳を立ち上がって身振り手振りで話す。

 

 匠自身、エレナに対して暴言、恐喝に泣かせるわ、礼儀知らずと王女様に対して数えきれないくらいの死刑執行を自らしていた訳で、自業自得と言われれば流石にぐうの音も出ない。


「何でもしますから、殺さないで~!」

 涙ぐみながら必死に兵士の足元に縋り付いて懇願する匠。


「先程オルノス国王から手紙を預かっておりまして、それを届けに来ただけですが……」


「え……?」


「ん……?」


 一瞬にして時が止まった、人間恥をかくとき世界が静止する事が実際に確認できたところで……



       ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 



「すみませんした~~~!!!」


 床に額を擦り合わせ、背中を相手に晒して誠心誠意反省の心を持てば土下座の完成だ。


 先程の騒動の後、匠はベッドに泣き寝入りするわエレナが代わりに謝るわ、複数人の兵士に弄られるわ、それをエレナが泣く泣く止めるわで生き地獄を体験した匠は改めて、外に自分の羞恥を漏らさないよう兵士に口止めしたエレナに謝罪をしていた。


「全く、さっきのは何だったの? 相手の兵士も相当驚いてたみたいだし」


「被害妄想と言いますか、なんというか……お恥ずかしいところをお見せてしまい、すみませんでした……」

 今思えば、自分の言動に関してハーレム系主人公どころか物語の序盤に出てきては見せしめのように殺されるモブキャラとあまり大差がない。

 

 顔を上げれば匠の心中に呆れたかのようにエレナが首を振りながら立っていた。


「妄想が過ぎるのも大概にしないと、この先大変になるよ?」


「なんか、本当にすまん……」

 不倫現場がバレて小さくなるような感覚に、将来のだらしがない自分を想像するとため息がでる。

  

 偽りのキャラを演じようとも根は同じ事を痛感するが、それでへこたれていては本来の目的である『ハーレム計画』を達成することはできない。


「ええい、俺は神崎匠だ。俺は出来る!」

自分の頬をパンパンと強く叩けば、自信を取り戻す感覚と同じくして響くような痛みが襲う。


「それと、助けられていたのは私の方ですから。あなたの欠点を補うのは私の役目です。今後ともよろしくお願いしますねっ」

 エレナは笑顔でそう答え、手紙を開封する指示をして匠はそれに従った。


「開いたけど……」


「読んでみてくださいっ」

 

「どれどれ……コレって!」


 気付けば立ち上がっていた、内側から込み上げる思いは想像以上で匠をこの世界が認めた瞬間でもある。「リブート国民と認める」長ったらしい日本語の文面の最後にそう書かれていた。

 

 その感動を分かち合いたくて、その努力と頑張りを褒めてほしくて、匠はエレナに歩み寄ってそのまま身体を抱き寄せた。


「ありがとう、エレナ! 君のお陰だ!」


「いきなり大胆な事を……でも今回は大目に見ます。頑張りましたね」


 自分を受け入れる温もりと安心感にすんなりと従う匠の一日がまたスタートした。



        ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦


「リブート国民として認められたのなら向かう場所は決まったわ」


「……学校か」


「その通り、学校です」

 

 朝の朝食はそんな会話から始まる。朝食は昨日の夕食と同じ場所で取っており、朝食にはパンや麺類に加え日本人になじみが深いであろう白く輝く米まで用意されている。


「さすが異世界。何でもありな世界観だな、圧巻だわ」

 その世界観を創った作者自身が言うのもおかしいと分かってはいるが、それを疑い始めると異世界系アニメに登場するキャラクターの言語が、日本語なのもおかしいという話になるので「これ以上追及するはよそう」と何食わぬ顔で匠は食べ始めた。


「その世界観とやらは知りませんが、この穀物や魚やお肉も一つの命。私たちはいかされているの。だからこそ、それに見合った行動を取らないと、ね?」


「そういやさ、今日はやけに馴れ馴れしいな。そんで命の大切さを教えてくるわ、で何かあった?」

 食事にありつくのを一旦は止めて、匠はエレナを見る。

 見た目は美しすぎるが故に近寄りがたいと思わせる類の美人のままで、服装も白鎧にエメラルドグリーンの宝石が胸元に輝いている。だが、問題は中身の方だ。

 昨日までの敬語が緩くなりやけに馴れ馴れしいのだ。

  

 エレナと出会って一週間が経つ。匠は基本的にすぐ人と仲良くなるタイプで、高校でも一週間以内にクラスの友達とカラオケに行けるほどフレンドリーな性格。一方エレナの性格はというと、周りから興味を持たれるが最低限の人間としか関わらず、自分の内面をあまり出さない設定だ。一つ言える事は、


 ――昨日の夜に何かしらのアクションがエレナに起こった可能性がある。


 エレナは目を見開いて、白身魚のフライがフォークから白皿に落ちるのが見えた。右手は小刻みに揺れ、明らかに動揺しているのが伝わる。


「やっぱり、なんかあった?」


「……いえ、何もなかったですよ?」


「なぜ、疑問形だし」

 ハーレム系チート主人公の性格を取り戻した匠がエレナの言葉にツッコミを入れる。

 本来の性格で有れば隠し事をされるだけでも血が昇るが、ここはイメージアップのためにぐっと堪えてイケメン対応。


「ま、まぁ細かい事は気にせずに食べましょう!」


 ――あ、また誤魔化した。


「まぁ、食べないと冷めるしな!」

 半ば強引に誘導され、箸を進めつつエレナについて考えていた。


 設定上彼女は嘘をつけない人間でいい意味でも悪い意味でも正直者なのだ、そんなエレナが慣れない嘘を通してでも守りたい「何か」がある。

 エレナが他人に話せない場面はラノベでいくつかあった、大抵それはこの国では対処できない事ばかり。エレナの性格にルート変更の痕跡が存在する限り、前の設定が残っているのかも不明な状態にある。


 彼女が語らない以上、匠自身が少ない情報で解を見つけるしかないのだが……


 ――分かることはエレナの態度が変わる前と後の間の夜中に何らかの騒動が起こった事と翌日国王から手紙が来た事のみか。


 情報を集めて考えてみても白い靄が匠の脳内で無限に広がっている。それを払拭する為のキーは形だけならあるが、それは重さが無いため触れると永遠に飛んでいきそうな程だ。


 ――エレナの態度が翌日にフレンドリーになって、今朝リブート国民として国から認められた……待てよ、って事は……!


 その瞬間匠の脳内で思考が加速し、靄が晴れ渡って一筋の光が扉に止まる。質量の概念を得た鍵が結論の扉を開くと、赤い感情と一つの答えに行きつく。


「おい、エレナ。まさか最後の試練に俺が合格する事を知っていたのか?」


「えぇ、実は……知っていました……」


「どうりで、朝から態度が変わった訳か……」


「見抜かれてましたか」


「って事は、エレナが最後の試練に関わっていてもおかしくないよなァ?」

 手に持つナイフがテーブルに落下するのも忘れて威圧的にエレナへ迫る匠の言動には、怒りの情が確かにある。

 騙されていた事への苛立ち、信用されていない事への不満、理想が崩れるのを受け入れられない自分、気づけば全ての想いや感情をエレナになすり付けたくなっていた。

 

 怒りの矛先が自分に向いていることを察したのか、エレナは早くも謝罪を試みる。


「私はあなたの言うように最終試練に関わっていました。ですがこれは任務であって、あなたを信用していない訳ではありません」


「そうか……要するに、任務だからって人が傷つくような行為をしても仕方がないと? 例えそれが殺人だったとしてもって事だよなァ?」


「そのような事は決してしません! 上がそう命令しても例え強制したとしても、私は人間でありたい、あり続けたい。あなたもそうでしょう?」

 スプーンをそっと置いたかと思えば、机をバンっと叩いて立ち上がって激怒に似た反論を匠に向かって強く述べた。


 あっけに取られる匠を目にしたエレナは桜色の双眸を息づかいが聞こえる位置にまで顔を近づけ、黒瞳見るなり優しい形相で、


「たくみくん。いい加減、調子に乗るのやめません?」


「……あ、はい、やめます。今すぐやめますんで」

 全てを察した匠は、その言葉に従うしかなかった。


「それじゃあ、この話は終わりって事で。早く朝食済ませちゃいましょ」

 何事もなかったかのようにパンを上品に口に頬張るその表情からは、年頃の乙女が幸せそうな笑みを浮かべているように見える。

 

 先程の作り笑顔から考えるに、匠が疑問に思った『最終試練の内容』それを聞き出すのはもう少し後になりそうだと割り切るしかない。

 一番怒らせてはいけない人間は場面と行動が逆になる人間だと匠は思う、ラノベの設定ではエレナが怒る際は笑顔なのだ、そこに不満を持つことはエレナという人間を創った自分とエレナ自身を否定することになる。


「怖すぎるだろ、エレナだけは怒らせないようにしよっと。この設定だけはマイルドにして欲しかった……」


「何か言いました?」


「いや、何でもないです」

 そそくさと木製のボールに盛られたサラダを白い皿に移して自らの口に含めれば、思わず舌を出したくなる程の苦みが口いっぱいに広がった。


          ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦ 


「準備は済みました?」


「あぁ、大丈夫だ」


 荷造りを済ませて匠とエレナは一階に集まっていた。

 この宿舎にエレナは今日の午前十時までチェックインしているらしく、今の時刻は九時三十分を回っていた。


「忘れ物しないでね? もう一回取りに行くのは勘弁してほしいから」


「分かってるよ、こう見えても俺はホテルとかで忘れ物をしたことが無いんだぜ?」


「さっき、あなたの上着をベッド下で見つけたのは誰か知ってる?」


 薄っぺらい有能アピールも数々の試練を超えてきた完璧超人エレナの前で、予想通り返り討ちに合う匠。

 いくら表向きで取り繕うともそこに中身が無ければボロが出てしまう、今の匠には辛い現実だ。


「ま、まぁ、それはたまたまだし。本気出してないだけだから!」


「ふーん、その余裕がグルアガッハでいつまで続くんでしょうね……」


「なんか、今のエレナ活き活きしてるな。やっぱ俺という存在に慣れたからかな?」


「そ、それもありますけど……」

 半回転して匠に背を向けるエレナ、クラウソラスの鞘が無防備になるなか、


「一番は、たくみくんが生きててくれた事かな」

 眼の前には頬を桃色に染めて明るい笑顔を魅せ、恥ずかしそうに首を傾げるエレナの姿がそこにはあった。


「これで、ミッション1クリア。エレナは俺の手の中だぜ!」

 後ろを向き、小声で確定したフラグを理解すれば自然にガッツポーズをしていた。


 ミッション、これは匠が異世界で定めた最終目標「ハーレム主人公計画」の際に達成しなければならない中間目標の9つを指す。

 そのうちの一つに「エレナに好意を持たれること」が入っている、設定によればエレナは元々人を惹きつける力を持ち、作中でもその優秀さと人間性に惹かれて男女問わず人に愛される。

 そのエレナに好意を抱かれれば共に行動する頻度も上がり、匠が優秀に見られると同時に好みの女性を物色できる一石二鳥の関係が成立した。


「ありがとな、エレナ」

 何事もなかったかのように振舞う匠は理解していた、自分がクズである事を。だが、今更自分の性格を直そうとは思っていない、匠の居た世界では政治家、大手企業の社長、身近にいる友人その全てが巧みな嘘を敷き利用しあっている。だからこそ匠は思う、


 ――この世界は自分が創ったも当然だ、穢れた存在から産まれたモノは近いうちに穢れていく。


「だから、少しくらい穢れてもいいよな……」


「……エレナお嬢様。この者がいま、穢れを口にしていたので排除しても宜しいでしょうか?」


 エレナお嬢様と聞こえた左、武装街の方向に匠とエレナは同時に顔を向ける。

 そこに立っていたのはエメラルドグリーンの綺麗な瞳を歪曲し、右手の人差し指で敵意を示す美しい少女だった。


「やめなさい、イザベラ。彼は大切なリブート国民です」

 冷静にイザベラの歪んだ考えを訂正するエレナ。


「しかし、彼は如何にも怪しい。お嬢様を汚そうとヤラシイ考えをお持ちです。それでもですか?」


「いや、待て待て。俺は別にエレナを穢そうだなんて、まぁ実際は汚したいと思うのはホントだが……」


「あ、あなたって人は……」


「まぁ、今言ったことは半分冗談で、今後の事を考えててそれが声に出ただけで、エレナには直接関係ないからな!」


「全く、たくみ。あなたって人は……本当に引きました。これじゃあ同性まで嫌われますよ?」


「お嬢様の言う通りです。だから変態妄想紳士は困ります」

 イザベラは口元を緩めて「やれやれ」と首を左右に振っている。明らかにこの状況を楽しんでいる人間の表情をしている。


「お前が、それを言うか!」

 匠はツッコミでその場をリアルから冗談に変え、イザベラを凝視する。

 口調から分かるが、服装は白と黒を基調とした袖と襟、スカートまでフリルが付けられたアニメでよく見かけるメイド服姿だ、髪色は一切の汚れ許容しない白。髪型はひとまとまり束ねられ、肩甲骨まで伸びるポニーテールだ。

 

 イザベラに対して心残りなのは、


「やはり性格がアレでなけりゃあ、好きになってたのに……」


「エレナお嬢様、やはりこの者は無礼極まりない。相当の罰を下さなければならないかと」


「イザベラ、あなたも人で遊ぶのは大概にしなさい」


「すみません、お嬢様。運がよかったわね、変態妄想紳士今度会った時にはただではおかなっ、イテッ……」

口数減らないイザベラの頭上にコツンっと拳を鳴らせば「ごめんね」と謝罪が匠の耳を心地よく通り、更に右手をイザベラに向けると。


「紹介が遅れましたが、この子がイザベラ・フローレス。私の側近メイドであり、あなたが入学する学び舎の同級生でもあります」

 

 それを聞いていたイザベラがこちらに向かって歩みを進め、深々とお辞儀をしながら……


「イザベラ・フローレスと申します。先程は無礼を働いてしまい申し訳ありません、変態妄想紳士匠様」


「あ、こいつマジで人をキレさせる天才だわ……」

 だが、表面ではそう言っても今後の展開で一番必要なキーがルート変更を受けてないことに心では安堵する匠だった。

 イザベラ・フローレス。ラノベの設定では、幼少期からエレナと行動を共にする側近メイドで表向きの会話ではエレナに敬語、その他には敬語に似た毒舌を吐く。仲良くなれば、敬語と毒舌なしで友達のように喋ることが出来る。

 もちろん、エレナもそれに該当するが――


「私は宿舎に鍵を返してくるのでその間、イザベラはたくみを竜車に入れてて」


「りょ~、あ、間違いです。かしこまりましたお嬢様」

 

 ――このように時々ボロがでてしまう事もある。


「さ、竜車に乗りますので変態妄想紳士匠様は私の後ろに無能な雛鳥のように付いてきて下さい」


「おいおい、エレナが離れた途端ボロクソ言うようになったじゃん。コレも俺のラノベの設定が裏目に出た結果なのか?」


「何をぶつぶつと独り言を背後で言うように? まさか……病気なのですか?」


「いや病気なのはお前の方だ、敬語を使いながら罵倒するバカメイドがどこにいる!」


「変態妄想紳士匠様は心の広いお方で、この程度の罵倒なら許してくれるかと思ったのですが……どうやらクズの間違いでしたか」


「安心しろ、コレに付き合っているお前も充分クズだよ!」


 わざわざ足を止め、振り返り罵倒するイザベラに先導されつつ匠は暴言を吐きながら竜車の荷台に嫌々乗り込んだ。


「全く、俺がこいつに何をしたって言うんだ?」

 今更疑問に思った事だが異世界に来てからやけに自分への当たりが強いのだ、普通主人公側の人間視点で異世界に転生したならばハーレムになる場合が多い、そうでなかったとしても初対面で嫌われることなどよっぽどの理由が無ければいけない。


「うるさいです変態妄想紳士匠様。これ以上の戯言を口にするのなら強姦とレイプであなたを訴えます」


「これが冤罪の作り方ですか……異世界に来て学ぶことは無いと思っていたけど、まさか法律を学ぶことになるとは……ねぇ」

 ようやくイザベラの毒舌から逃れた匠が胡坐をかきつつ考える。

 

 ラノベの設定では主人公の人間関係は良好で、行動を共にするヒロイン達は催眠術にかけられているかのように主人公に好意を寄せている。

 それは竜車の外に立つイザベラも同様で、読者が選ぶライトノベル限定キャラクターランキングでは常に十位以内に食い込むほど。容姿もさることながら元の性格が好きという人間も多い人気キャラで、本来であればイザベラも主人公に惚れるのだが……


「エレナもそうだったけどイザベラまでも俺に好意を抱くどころか毛嫌いしている……」

 匠自身が主人公枠では無い説を考えては見た、しかしこの世界に生きる匠のステータスと固有能力と展開がほぼラノベの主人公と比べてみても寸分変わらない。匠が主人公視点でこの世界をプレイしているのは事実と言える。


「それ以外の原因があるとすれば……ルート変更か」

 その名を口にしただけでも吐き気が襲うほど今の匠には精神的にキツイ事実だ。

 エレナがルート変更の影響を受ければ絵の具のようにそれが広がり伝染していくのだ、問題は……


「そのルート変更が今後も続くのであればその範囲は今と同じか、ランダムか」

 次元論の教科書に理論として記載されてはいたが証明する手立てがないので、その範囲と影響について教科書には書かれてはいない、あくまで証明しようのない理論だからだ。

 だがその神の力は匠の人生に手を加え、人間を動かしている。紛れもない事実だ。

 

 ココ一週間の経験から言えるのは直接人間に害がない事、ルート変更は人間の精神部分にまで干渉できる事、当たり前の話だが変更された後の展開も大きく変わることだ。


「しかし、この異世界の分類が二次元か三次元かによって変わってくる可能性もあるか……この世界が本当にあるのなら三次元になる。もし、違うのであれば二次元になる。そう考えると……」

 深く考えれば考えるほど、頭がキュッと締め付けられる感覚に陥り、匠はこめかみを指でぐりぐりっと押し始めれば、


「遅くなってごめんなさ~い。ん、たくみは何をしているの? マッサージ?」

 荷台に足を踏み込んで隣に座るエレナが口にし、その直後に荷台が揺れ動いた。


「本当は分かっている癖に、ぬかすな!」

 エレナの顔色は鮮やかで、口角が自然に上がり桜色の双眸がキラリと輝き――


「バレちゃったか、ごめんごめん。考え事でしょ?」

 ふふふと微笑みに近い上品な笑いを披露するエレナは、何故か楽しそうにも見えた。


「ボケるならもっと高度なボケを披露してほしかったぜ……」

 面白くもなく捻りすら無いエレナの初ボケに匠はゆっくりとため息をつくが、


「エレナお嬢様、変態妄想……いえ、クズ様の意見など聞く耳を持たない方がよろしいかと。なんせ、この今にも腹を抱えて笑ってしまいそうなお嬢様のお言葉の面白さを知らない底辺の意見など……」

 

 エレナの後ろに待機して綺麗な正座を披露するイザベラが指を立てて反論し、それを匠が声を荒げて意見する。


「おい、省略の仕方が悪意しかないだろ!!!」


「クズ様、いえクズ。あなたの省略はこの程度の価値しか無いの間違いかと」


「最終的に様が無くなってるし! お前本当に可愛くないやつだな、ほんっとムカつくわ」


「クズ、あなたはクズです。それを自覚させる為にわざわざ時間と労力を……」


「コラッ、イザベラ。いくら何でも言葉が過ぎますよ、たくみに謝りなさい」


「しかし、お嬢様この者は……」


「分かっています。ですが、今はその時では無いのです」


 真剣な表情を浮かべて時々宙を見上げてイザベラに向かい、喋るエレナに何事かと問いかけるのは匠だ。


「一体何事よ? 俺の事で真剣になってくれるのはいいけどさ、規制し過ぎも良くないと思うけどなぁ~」


「あなたには……関係ありませんっ」


 返答したのは、エレナのか細い声と窓から入る暖かく優しい風だった。

 春風が先に行く末を見守っているようで、匠は窓を覗くエレナの背中を見つめる事しか出来なかった。

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