98話 不運な彼女は今日も……。
この世で私よりも男運や女運、仲間運……とにかく人付き合いに関する全てが災難で不得手な人間は存在しないと思う。
いるのなら挙手をして名乗り出て欲しい。
いや……ホントに……私より酷い人がいるのならば……いえ……いてください……。
「どういうことなんだいアラクネ!?」
「僕とのあの甘酸っぱいキスは嘘だったって言うのかッ!!?」
「ホントあなたって最低な女よ!!」
「人の気持ちをなんだと思っているの!!」
陽もだいぶ傾いてきたオーデーの城下町は今日もたくさんの冒険帰りの冒険者たちや、それを商売相手とする客引きや商人で賑わっていた。
そんなお祭りのような騒ぎを見せる城下町の一角にある宿屋兼酒場のヤットルネ亭の一つ5人がけのテーブルでは、周りの賑わいムードをぶち壊す緊迫した声が響いていた。
原因はパーティー内での色恋沙汰での問題でだった。
外にいる危険な魔物の討伐や珍しい薬草、鉱石を取ってくることを生業としている……所謂冒険者といのをやっているこの私、アラクネも受けていた仕事終えてパーティーの仲間たちと酒場で一杯やろうと言う話になった。近くの適当にあった宿屋兼酒場のこの店に入ったのはいいのだが、どうしてこんなことになってしまったのだろうか?
正直なことを言えば私はこんな飲み会になんて出たくなんてなかった。早く家に帰って下に4人もいる弟妹の面倒を見なければいけないのだ。
だと言うのにこの飲んだくれ共と来たら「ノリが悪い」だの「親睦を深めよう」だの「30分でもいいから飲みましょう」だの適当なことを言って……。
私からすればお前らのつまらないノリとか親睦とかに付き合うよりも『家族』という何よりも優先するべきものがある。
それに私は知っている。
このパーティーがどれほど歪んでいて、どうしようもない屑共の集まりなのかということを。
まず「どういうことなんだ!?」と聞いてきたこのパーティーのリーダー、剣士のラルト。パーティー途中加入の私を快く入れてくれたことには感謝している。しかしことある事に私の彼氏面をしてくるのは止めて欲しい。貴方のその下心しかない行動でパーティーの雰囲気がどれほど悪かったあなた自身は分からないだろう。本当に空気を読んでくれ。
次に「僕とのあの甘酸っぱいキスは嘘だったって言うのかッ!?」と全く身に覚えのないことを堂々と恥ずかしげもなく叫んだ神官のゴヨーテ。貴方の度々口から吐きでるその虚言の数々にはパーティーメンバー全員がうんざりしていた。誰にマウントを取りたいのか知らないが、絶対に自分ではやった事がないであろう事をさも自分がやったかのように誇張して話すのはいい加減やめたほうがいいと思う。聖職者が聞いて呆れる。というか聖職者なのだからまず嘘をつくんじゃあない。
そして「あなたって最低な女よ!!」と私を非難してきた狩人のヤルメラ。貴方はとても純粋で一途、このパーティーの中だけで言えば唯一の良心だと私は思うけれど如何せん純粋すぎる。リーダーであるラルトが大好きなのは分かっている。が少し……いやかなりその度合いが過ぎている。そして証拠も何も無い情報を簡単に信じるのはやめたほうがいい。少しは自分の頭で考えて、嘘の情報を見抜けるようになれ。
最後にこの諍いの原因となった私のことを「最低な女」呼ばわりした格闘家のリュンメイ。最低な女なのはどちらかと言えば貴方の方だ。私がこのパーティーに入ってからことある事に私をライバル視してつかかってきたり、妬んできたり。仕舞いには今回のようにあらぬ噂を立てて私をこのパーティーから追い出そうとしている張本人。貴方ほど私利私欲で行動している最低な人間なんて私は居ないと思う。
いい加減、こう言った話には飽き飽きしていた。「惚れた腫れた」「奪い奪われた」の色恋沙汰の話なんて。するのならば私をその話の中に混ぜないでくれ、気づいたら私がこの手の話の問題の中心に立てるのはやめて欲しい。
「……あー、逞しくてダンディなおじ様の胸板に飛び込みてぇ〜」
忙しなく押し寄せてくるストレスに思わず欲望全開な思いが溢れ出る。
「何か言ったらどうなのよこの女狐ッ!!」
「頼む嘘だと言ってくれ! 君が愛しているのはこの僕だろう!?」
親の仇のように睨みつけてくる狩人の女性と未だ彼氏面をしてくる剣士の男。
「僕とのあの熱く求め合う夜は嘘だったって言うのか!?」
「ふふふっ……ざまぁないわね……」
加えて次から次へと虚言を言い続ける聖職者(仮)と私を上手く罠に嵌め込む事が出来て嬉しいのかとても嫌らしい笑みを浮かべる女武闘家。
そのテーブルはまさに混沌。
幸い……いや生憎だろうか酒を飲んで上機嫌に騒いでいる他の冒険者たちがいることで変に目立つことはないが早く家に帰りたり。弟妹に会いたい。フルーエルに膝枕してもらって耳掃除をして欲しい。
「帰りたい……」
私の窺い知らぬところで私の扱いについて話が進んでいく。
その話し合いをしっかりと聞くことも無く。どうせ私はこのパーティーから追い出される。それは親の顔より見たお決まりの流れだ。本当に今年で何回パーティーを入ったり追い出されたりしたか分からないぐらいした。
「……ほとぼりが冷めるまではまた路上で笛吹かしらね」
今後の身の振り方を考えながらテーブルに置いてあるすっかりと温くなったビール酒の入ったグラスを掴み、それを一気に飲み干し立ち上がる。
「ど、どうしたんだアラクネ?」
「な、なにか言いたいことでもあるの!?」
「あるならさっさとしなさいよ!!」
私が突然立ち上がるとパーティーメンバーは怒りや驚き、焦りなど様々な表情で私を見上げる。
こいつら私のことを好き勝手言い放題していたくせに、私が何か言おうとすると……何とも傲慢な態度だ。
……やっぱり同年代、同世代の人間とパーティーを組むのはダメだ。どうしてもこう言ったいざこざがついて回ってくる。これは反省点だ。次パーティーを組む時はそれなりに歳が離れた人達とパーティーを組もう。
そう自分勝手で自己中などうしようもない元仲間を一瞥して頭の中で総括をする。
「……私、パーティー抜けるわね。今までありがとう、それじゃあね」
様々な話に関する弁解、弁明は何一つせずただ簡潔にそう言い切って私は酒場の出口へと踵をかえす。
背中越しには困惑する男の声や、罵詈雑言を向ける女の声が聞こえる。
しかしそれを一切歯牙にもかけず、私は晴れ晴れとした気持ちで店を後にする。
「や〜っと面倒事が終わった。早く帰ってあの子たちにご飯作ってあげないとっ!」
店の前で大きく伸びをして夜の冷たい空気を吸い込む。
瞬間、肉を焼く香ばしく美味しそうな匂いが鼻腔を刺激する。
「む……なんとも食欲が刺激される匂い……」
深呼吸を終えてもう一度鼻をすすり、匂いのする方向へと自然と足が動く。
すぐさま匂いの原因へとたどり着くとそこには肉や野菜、キノコなどの串焼きを振る舞う屋台があり、美味しそうな煙をもくもくと焚いていた。
「今から帰ってご飯を作るのも面倒だし、今日はあの子たちに串焼きを買っていこうかしら?」
腕を組んで考え込む。脳内で家に帰ってからの色々な作業過程を上げていき時間を逆算していく。
「……うん、買って帰りましょう。すいませーん! お持ち帰りで串焼きを50本ほど下さーい!!」
長考の結果、自身の楽を優先することにして串焼きを一生懸命焼いている店主に大きな声で声をかける。
「はい、いらっしゃいッ! 串焼き50本だね!!」
ハキハキとした明るい声で答える店主は注文を承ると急いで串焼きを紙袋に詰め始める。
「ハイお待ちっ! 串焼き50本ねっ!!」
「ありがとうございます、これお代です」
しばらくして丁寧に紙袋を渡してくれた店主にお礼を言ってお金を支払う。
「丁度だね、毎度あり! また来てね!」
店主はそれを確認すると満足気な笑顔で見送ってくれる。
それに軽く会釈をして足早に城下町を駆け抜けていく。
先程まで少しづつ顔を見せていた太陽もすっかりとお月様と場所を交代させて、辺りはすっかりと真っ暗になってきた。しかしそれでも城下町は人通りが少なくなるどころかさらに騒がしく賑わいをみせていく。これからが飲食店やその他もろもろの店の書き入れ時だろう。
そんな事を考えながら自身の帰りを心待ちにしているであろう弟妹達の待つ家に向かってさらに走る速度を上げようとしたその時だった。
「す、すいませんがそこのお姉さん。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
そんな確実に私を呼び止めているであろう声がすぐ後ろから聞こえてくる。
一瞬、ナンパか夜のお店の勧誘か何かかと思ったが、声の若さや声色からそう言った類のものでは無いと判断できた。
「すみません……いまちょっと急いでるで他を当たって──」
しかし相手をするのは面倒だし、早く家に帰りたいので無難にそう言って声のする方に視線を一瞬向けると、自然と言葉が止まってしまう。
そこには馬車を引く馬とその手網を持って歩いている青ざめた顔をした3人の少年がいた。
「すみません。失礼ですが、あなた魔装機使いですよね?」
「ッ!」
黒髪の少年が虚ろな目で私を見てくると誰も知らないはずの聞き覚えのある単語を言ってくる。
「……すいません、助けてください。俺たちは──」
続けて助けを求めてきた平凡な顔立ちの黒髪の少年は自分が名乗ろうとしたところで地面に倒れてしまう。彼の後ろにいた2人の顔立ちの整った少年もそれに連れられるように倒れ込んでしまう。
「え……えッ!?」
突然すぎる展開に脳は考えることを放棄して、そんな間抜けな声が出てしまう。
「ヒヒーン……」
つぶらな瞳で悲しそうに私を見つめてくる馬の声が寒い空に響いた。
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