99話 災難の連鎖
「やばい……やばい……やばい……」
うわ言のように同じ言葉を連呼する。
頭が朦朧とする、体も酷く気だるくて意識を保っているだけで精一杯だ。顔色も血の気が引けてとても酷いものだろう。
理由はわかっている。光魔法をぶっ続けで3時間も使ったせいだ。
「も、もう少しだよ相棒……ほら、オーデー王国の外門壁が見えてきた……」
顔面蒼白、ずっと敵の強襲を注意しているローグが震えた指で前の方を指す。
「もう少しだ、お前も踏ん張ってくれ……」
手網を握っているレイボルトがここまで走らせ続けている馬を心配する。
死屍累々、満身創痍、肉体的にも精神的にも限界が近かった。
決死の覚悟で森を抜ける事にした俺たちは何とか無事にヘンデルの森を抜けることが出来た。
現在夕暮れ時、森を抜けたのがちょうど朝が明けた頃で、一旦小休憩を挟んでからぶっ続けでオーデー王国目指して馬車を走らせていた。
レイボルトの見立てではあと30分もしないうちにオーデー王国の外門に着くらしい。
なぜしっかりと休憩を取らず無理をしてオーデー王国を目指しているのかと言うと、理由はとても悲しいものだった。
盗賊に荷物を殆ど盗まれてしっかりとした休息を取ることが出来なかったからだ。このままのんびりとオーデー王国を目指していてはいずれ体力的にジリ貧となり、王国に無事つけるか怪しい。
ということで無理をしてでも今日中にオーデー王国を目指さなければ俺たちに未来はなくこうして無理をしているわけだ。
その無理が終盤……オーデー王国に着く直前で祟ってきていた。
マーディアル王国から見て西方面に馬車を走らせて5日程かかるオーデー王国。通称、職人が集う国、人口の約半分が生産系の天職を持っている。
オーデー王国を収める王、フィンセント=ワーガルドは芸術や創作物をこよなく愛する人間で、城や城下町、道などありとあらゆる国の建造物を自身でデザインし直接現場に赴いて監督するほどだとか。
彼の有名な言葉で「自分で作らなきゃ面白くない」というものがあり、そんな王の思想に感化されてなのかオーデー王国には腕利きの職人や著名な芸術家が集まり。彼らのその作品を求めてたくさんの冒険者や商人、貴族がこの国を訪れる。
そんな職人が集まる国には『トロール』を眠らせた奏者がいるらしい。
アリアと魔装機使いの情報を共有した時に出てきた情報の一つだ。
アリアはこの奏者を魔装機使いだと判断してこの国に目を付けていた。
どうしてこんな少ない情報だけでこのトロールを眠らせた奏者が魔装機使いと断定できるのかと言うと理由は至極単純だった。
『奏者』という天職はその名の通り楽器を奏でる者のことだ。その特徴は楽器を奏でることによって様々な強化や弱体化を任意の生き物に付与することが出来ること。有名どころで言えば『攻撃力上昇』や『麻痺』『毒』などの効果だ。
一見、味方の強化や敵の弱体化ができて戦闘向きな天職に思えるが現実はそうでは無い。どういうことかと言うとこの『奏者』と言う天職は戦闘支援以外に何も出来ないのだ。攻撃力や防御力は皆無、魔法も楽器を演奏することで使えなくなり、楽器を演奏している間は完全な無防備。得意の楽器の強化スキルで自身を強化したところで戦闘が充分にできるまでのものにならない。しかもその強化スキルや弱体化スキルも使いこなす為には相当な訓練が必要なのだとかで、今言ったようなことができる奏者はほんの一握りだけなのだとか。
基本的な世間の『奏者』に対する認識は「かなり楽器が上手な人」止まり。言っては失礼だが、『奏者』という天職は『農民』と同じくらいに残念な天職なのだ。
そんな戦闘において一人では何も出来ないの『奏者』の天職を持った人間が単騎で上級に位置する「トロール」を眠らすことが出来たという。
圧倒的に不自然な強さ。
魔装機使いと判断するのはおかしい話ではない。
そうして今、俺たちがその噂の御仁が本当に魔装機使いなのかとボロボロになりながらこのオーデー王国に来て確認、仲間になってくれないか勧誘をしに来たのである。
「……二人とも入国の準備をしてくれ」
無理やりに今回の旅の目的を脳内でおさらいしていると、レイボルトがこちらに振り向いてそう言ってくる。
「つ、着いた……」
馬車の中から顔を出して外の様子を伺うと、そこには先程まで小さく見えた石の壁がその姿を大きくさせすぐそこまで近づいていた。
それを見て自分たちが目的地のオーデー王国に着いたのだと分かる。
目の前には5輌ほどの商人や冒険者の馬車がオーデー王国に入国するために外壁の関所の順番待ちをしている。
意外と順番を待つ馬車の数が少ないと思い、空を見遣るとあと本当に少しで太陽は完全にその身を隠そうとしていた。
外門の関所は夜になると通ることが出来なくなる。時間にしてそのちょうど直前のためか俺たちの後方に停る馬車の影はない。
「次の方どうぞー!!」
数分ほど待つと門番の兵士が馬車を前に進めるように大きめに手招きをしてくる。
その指示に従い、門の中で馬車を降りて関所のカウンターへと三人で向かう。
「それでは証明書を見せてください」
直ぐに関所の兵士がそう口を開くので俺はアリアから事前に受け取っていた証明書を渡す。
「──はい、問題ありません……馬車がかなり傷付いているようですが魔物にでも襲われましたか? 中の荷物も全く積んでいないみたいですが……」
証明書を返すと兵士は俺たちの馬車を見て眉を顰める。
……まあ男三人で馬車の中に何も荷物がなければ不審に思われても仕方が無いか……。
「実はヘンデルの森で盗賊団に襲われまして……」
なんだか「逃げてきた」と素直に言うのは癪だが、ここまで来て「怪しから入国するな」と言われたら溜まったものでは無い。無性に腹が立つのを隠して俺は不審がる兵士の誤解を解くべく、素直にそう言う。
「なるほど……そういう事でしたか。それは災難でしたね」
兵士は俺の短い説明で納得すると、とても気まづそうに目を逸らす。
俺はそれが気になり、あの盗賊団について知っていることはないか聞こうとする。
「あの……「そ、それでは他に問題ありませんし通って大丈夫ですよっ! オーデーを楽しんで!!」
が、兵士は慌てたように言葉を被せ、俺の言葉を遮る。
そのまま急かすように関所を出されて、俺たちはオーデー王国に入ることになった。
「なんか様子がおかしくなかった?」
ローグが追い出された関所の方を見つめながら首をひねる。
「確かに、急かすように僕達を追い出したね」
レイボルトも同じく訝しげに関所を見ている。
二人は何かが引っかかるようで暫くそのまま考え込むが腹の虫が寂しそうに鳴く声で直ぐにその集中力もなくなる。
「お腹減った……」
「今考えるのは止めよう、まずは食料と寝床の確保だ」
「そうだな。まずは宿を探そう」
オーデーに着いたことで気力が少し蘇った気がする。
最後の力を振り絞り、俺たちは夜だと言うのに人でごった返す城下町へと歩き出す。
……と、そこであることに気づく。
「ん? 相棒どうしたの?」
「レイル?」
数歩としか進んでおらず、宿屋は疎か飯屋すらまだない場所で突然動きが固まった俺を見て二人は不思議そうな顔をする。
おいおい……嘘だろ……。
俺はそんな二人を無視して自身の体をまさぐり、ソレを急いで探す。
「な、無い……」
ズボン、上着、全てのポケットを手で叩いて、何度か確認するがとても大切なソレが見当たらない。
「何が無いの?」
「……まさか……」
片方のイケメンが再び首を傾げ、もう片方の自殺志願者が何かを察したようで俺と同じようにポケットを確認し始める。
「金も盗まれてる……」
血の気が引いていくのがしっかりと分かる。身体中に嫌という程の脂汗が浮き出てとても気分が悪くなる。
「えッ……」
俺の哀愁漂う一言でアホ面こいてたイケメンも察しがついたようで、焦った様子で手持ちの荷物を確認し始める。
確認には数分とかからず、直ぐに二人の絶望感漂うご尊顔が拝めた。
「無い……僕のお金がないよ、相棒ッ!!」
「僕のもだ。荷馬車の荷物に夢中で自分の物には意識がいかなかった……なんて手癖の悪さだ……」
オーデーについてまだ数分。肌身離さずアリアから預かった証明書と同じくらい大事に持っていた金が全てヘンデルの森で盗賊団に盗まれていた。
門前で俺たちは一文無しになってしまった。
「アリアから預かった証明書はあったのにどうしてこうも悪い方向に……」
戻りかけていた気力が一気に削り堕ちていく。
「終わった……」
膝から崩れ落ちるように地面に四肢を着く。
結局のところこうだ。
力尽きる前にオーデーを目指して予定よりも一日早く着いたのはいいが、着いたは着いたで金を全部盗まれたことに気づいてどちらにしろ詰んだ。
宿屋どころか今日の御飯にすらありつけない。
そう思えてくると無性に疲労感と空腹感が襲いかかってくる。
「ど、ど、どうしよう……こういう時ってどうすればいいの!?」
「お、落ち着くんだローエングリン。何か……何か方法はあるはず……」
あたふたと喚く俺たちを城下町を歩く人々が困惑の視線で見てくる。
もう何も考えられない。いや、考えたくない。
本当に散々だ、俺たちが何をしたって言うんだ?
「あの……マスター……」
誰に問うでもなくそんなことを思っていると、突然疲労感漂う少女の声が脳内に響く。
「ん? どうしたアニス?」
数時間ぶりに聞いた彼女の声に俺は情けない声で答える。
「その……こんな時に言うことではないのかもしれないのですが──」
「うん、どうした?」
珍しく歯切れの悪い彼女の言葉を俺はただ待ち続ける。
「──魔装機の反応があります、それも少し行ったところにです」
数瞬の沈黙の後、アニスから衝撃の言葉が飛び出す。
「……え?」
しかし、今の弱りに弱りきった精神状況ではこんな気の抜けた声で反応するのが精一杯。
そこからの思考が続かない。
「提案なのですが、その魔装機使いの方に助けを求めるのはどうでしょうか?」
彼女の提案が思考の停止した俺の頭に入り込んでくる。
「助けて貰う…………」
″はい″
「…………それだッ!!!」
しばしアニスの言葉を反芻し、彼女の素晴らしすぎる妙案に気力が一気に漲ってくる。
「相棒?」
「どうしたレイル?」
急に叫び出した俺にローグとレイボルトは目を丸くする。
「行くぞ二人とも!!」
力の抜けていた足に再び気合を入れて俺は立ち上がり、歩き始める。
「え!? 行くってどこに?」
全く状況が理解出来ていない二人は困惑しながらも俺の後ろをついてくる。
説明は後だ。
今はそれよりも助けを求めることの方が先決。
そう自身に言い聞かせて、石畳の道をどんどん進んでいく。
数分、右へ左へ曲がりながら見慣れない道を迷いなく進み屋台や酒場、宿屋が立ち並ぶ通りに出る。
「あの人だなアニス?」
ちょうど串焼き屋で大きめの紙袋を受け取った女性を視界に収めてアニスに確認を取る。
″はい。間違いありません″
「よし……」
確認が取れたところで再び止めた足を前に進める。
暗めの赤いドレスの様な服に身を包んだ女性の後ろへと近づいていく。
ちょうど確実に声が届く距離まで詰めると突発的に浮かんだ言葉で声をかける。
「失礼ですが、あなた魔装機使いですよね?」
「ッ!」
腰まで伸びた綺麗な翡翠色の髪を揺らしながらこちらに振り向いた女性の表情はとても驚いた様子だ。
それが不審者極まりない呼び掛けによるものか、それとも『魔装機使い』という言葉に反応したのかは分からない。
まあ普通に言えば前者なのだろうが、こちらはこの女性が『魔装機使い』というのをわかっていて声をかけている。それならとても失礼なことだとわかっているが返答は待たない。
空元気ももう限界だ。とりあえず要件だけは言わなければ……。
「すいません、助けてください。俺たちは──」
そこで意識が途切れていき、体が下に自由落下していくのが何となくわかった。
最後の言葉をしっかりと言うことが出来たが不安だが、後はアニスか誰かが何とかしてくれるだろう。
他の二人も本当に体力の限界だったようで俺とほぼ同じタイミングで倒れるのが見えた。
「え……えッ!?」
最後にそんな女性の困り果てた声で完全に意識は無くなる。
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