57話 大騒ぎ
木造建築の稽古場。
小窓から射す光が不規則に舞う埃を照らし、埃臭さを強調する。
「はいはい、もう少し魔力を上げてみてー」
激しく何度もぶつかり合う金属の音。
魔王は蒼色の大剣を凄まじい速さでこちらに打ち込んでくる。
「ちょっと早すぎません!?」
あれから一ヶ月、俺とアニスは力を使いこなすための特訓を魔王から直々に指導されていた。
必死に魔王の攻撃を受け止める。
「よし、これぐらいにしようか」
ピタリと剣を止めて撃ち合いの終わりを告げる。
「うん、最初と比べればかなり良くなったんじゃない?」
魔王はトシミツから汗拭きを貰って顔の汗を拭う。
「はい、だいぶ良くなってきたと思います」
綺麗な水色、短髪の青年も首を縦に降る。
俺よりも少し背の高いこの伊達男はさっき魔王が使っていた蒼色の剣だ。
魔刄機の一つ、型は大剣、名前はブローグだ。
「これなら力が制御できず周りに迷惑をかけるなんてことは無いだろう」
「それって……」
「うん、一ヶ月間ご苦労さま。よくぞ厳しい修行に耐え切った!」
「お、終わった………」
足の力が一気に抜けてその場にしゃがみ込む」
「お疲れ様でしたマスター」
アニスも胸をなで下ろして笑う。
「アニスもね」
「おいおい、私も頑張ったんだから労いの言葉を頂こうか?」
「あーはいはい、お疲れさん」
「やっぱり贔屓してない?」
実戦ではリュミールも戦いに参加するので今回の特訓に混じっていた。
「リュミールもお疲れ様でした」
アニスは花のように笑ってリュミールにも優しく労いの言葉をかける。
「やっぱり私の味方はアニスだけだよー!!」
大袈裟に泣き真似をしながらリュミールはアニスに抱きつく。
この一ヶ月で随分と二人は打ち解けたようだ。
最初会った時から仲が悪いというわけでもなかったからあまりそこら辺の心配はしていなかったが良かった。
「さて、今日で君たちのお別れだし今日の夜は豪勢にいこうか!」
「それは妙案です! 早速食料を調達してきましょう!!」
「それじゃあ、僕もお供させてもらうよトシミツ」
三人の会話を聞いていて、厳しかった特訓も今日で終わりかと思うと少し寂しいような気がする。
魔界領に来て一ヶ月とちょっと、まさかこんなにも長居をするとは思わなかった。今思い返せば苦しいこともあったけどそれ以上に初めての体験や楽しいことの方が多かった。
「さあ、レイル君達はゆっくりと温泉にでも浸かってくるといい」
魔王は夜の準備をするため手短にそう言って稽古場を後にした。
「レイル、早く汗を流したいだろ? 私達は後で温泉に入るから君が先に遠慮なく入ってくれ」
「ん? いいのか?」
「はい、お先にどうぞマスター」
「それじゃあ、遠慮なく」
リュミールとアニスに一番風呂を譲られたので遠慮なくい頂くことにしよう。
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もくもくと立ち煙る白い湯気の中に一人、大きな石造りの露天風呂に浸かって疲れを癒す。
「はあ、これに入るのも今日が最後だと思うと寂しいなあ」
どんなに厳しい特訓で体が疲れ一歩も動く元気がなかったとしても今日まで欠かさず入ってきたこの温泉に別れを告げるのは本当に悲しい。
今日の魔界の空は珍しく太陽の陽を反射して綺麗な黄昏色をしていた。
「ふう……」
時刻はちょうど夕時、魔界に来て初めての光景に思わず釘ずけになる。
「おおー! 綺麗な橙色だよアニス、絶景だ!」
「い、いけませんリュミール! まだマスターが入浴中ですよ!!」
………おかしい、のぼせたのだろうかここにいるはずのない二人の女の子の声が聞こえてくる。
「アハハ! それでいいんだよ。レイルを驚かせるために先に温泉に入れて置いたんだから」
「な!? それこそいけません!!」
大きな笑い声とそれを叱る声が聞こえてくる。
うん、幻聴でもなんでなくて現実だ。
あの馬鹿精霊はまたくだらないこと思いついて、ましてやアニスをそれに巻き込んだらしい。
「ドーン! くつろいでるかいレイル?」
「ああ、だから駄目だと言っているのに……」
馬鹿精霊は非常識にも湯坪に飛び込み大量のお湯を巻き上げる。
「おい、馬鹿精霊………」
「驚いたかい!? おっと、そんなにジロジロ見るなんてイヤラシイな君は。自分で言うのもなんだけど私みたいな小さいのが好きなのかい?」
精霊は俺の言葉を聞かず、わざとらしく貧相な体を手ぬぐいで隠す。
というかジロジロ見ていない。
「すみませんマスター、何度言っても聞かなくて……すぐに出ていきますので」
「ああいや、アニス気にするな全部この馬鹿が悪い。おいリュミール、一人で悪戯するならまだしもアニスを巻き込むなんて………」
そこで言葉は止まる。
「はっ…………!!!」
リュミール達が入ってきたと分かってから裸を見ないように目を伏せていたのだがリュミールを怒る勢いで目が空いてしまいとんでもない光景が目に移り体が硬直する。
いや、本当に硬直した訳ではなくて気持ち的に。
「これを見てもお小言が言えますかな旦那?」
勝ち誇ったように笑みを浮かべてリュミールは聞いてくる。
目に飛び込んできたのは純白の肌を全て露わにしたアニスだった。
無駄な脂肪が何一つなく、ちょうどいい太さの柔らかそうな太もも、大きすぎ小さすぎないお胸にお尻がなんともたまらない……。
「はっ!?」
何を俺は見とれているんだ!?いつまでもアニスを凝視していては失礼だろう!!
自分がアニスを凝視していることに気づき、戒めとして顔面を思いっきり殴り湯坪のなかに潜る。
「ま、マスター!?」
突然の俺の行動にアニスは心配する。
「ああ、気にすることはないアニス。レイルはただ君に見とれて気が動転しているだけだから」
「見とれ……!?」
本当にこの精霊は余計なことしか言わないな!!
「間違いじゃないけど今言うことじゃないだろうが馬鹿精霊!! アニスこれは……」
怒り心頭。湯坪から体をまるまる出してリュミールに文句を言う。
「間違いじゃない………はう!!!」
アニスは顔を真っ赤にしながら俺の方を見て固まっていた。
「あ……」
完全に終わった。
今見られてはいけないものがある。……特に下の方に。
横では大爆笑しているリュミールの嬉しそうな声が聴こえる。
お前の計画通りに行ったか?これで満足か?この馬鹿精霊め………。
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「それでは! こうして楽しく食事できるのもとりあえず今日で最後だ、思いっきり楽しもう、乾杯!!」
魔王が慣れた様子で音頭をとり、グラスを天に向ける。
「「「乾杯!!!」」」
それに呼応して玉座に集まった大勢の悪魔達も手に持っていたグラスを天に上げる。
魔王城にいる全ての悪魔や魔物達がこのお別れ会の噂を聞き付けて、滅多にないお祭り騒ぎに参加すべくここに集まった。
ちなみに噂を広めたのはネメア。
「なんかこういうのいいですね」
隣でグラスを両手で大事そうに持ったアニスが言う。
「うん、なんかこんな馬鹿騒ぎするのは久しぶりかもな」
「おーい、二人ともこの料理美味しいよ!!」
テーブルの上に置かれた大量の食べ物を見てリュミールは興奮している。
あちこちで楽しそうな笑い声や何処から持ってきたのか楽器を奏でる音が聞こえてきたり、その音に合わせて踊ったり。
まさにお祭り騒ぎ、馬鹿騒ぎだ。
「レイル殿、飲み物のお代わりはいかがですか?」
前からトシミツが飲み物の入ったボトルを持ってくる。
「ありがとう、貰うよ」
中途半端に入っていたジュースを一気に飲み干して新しく赤紫の飲み物をトシミツに注いでもらう。
「アニス様もどうぞ」
「あ! ありがとうございます」
アニスも流れで注いでもらう。
「む……おいトシミツ、これワイン酒じゃないか」
一口飲んで渋い顔をしてしまう。
「おや、レイル殿はお酒は飲めませんでしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどなんかあんまり得意じゃなくて」
成人の儀を迎えればお酒は飲んで大丈夫だ。匂いは芳醇で味も癖がなくてとても飲みやすいのだが飲み慣れてないためか少し苦手意識がある。
まだまだ子供舌ということなのだろう……。
「それは失礼致しました。すぐに新しいものを持ってきますね」
「ああ、いいよ別にこれで。このワインは飲みやすいし大丈夫だ」
急いで他の飲み物を取りに行こうとトシミツを引き止める。
これもいい機会だ、少しでも酒に耐性を付けておこう。
「すいません、お代わりを頂けますか?」
すると隣ですいすいとワインを飲んでいたアニスがトシミツにグラスを勢いよく出す。
「あはは、これ美味しいれすねー。グビグビいけちゃいますぅ」
「あ、アニス酔ってる?」
赤く染まった頬に定まりのつかない呂律、目頭も眠たそうに垂れ下がっている。
「何を言っているんれすかますたぁー、私は酔ってなんかいませよーだ!」
ああ、これは完全に出来上がっている。
とういうかまだ一杯目なのに既にこの酔い方……アニスはお酒に相当弱いみたいだ、
トシミツに注いでもらったワインを一気に飲み干してケラケラと楽しそうに笑う。
……これは止めた方がいいのだろうか?
でも本人は楽しそうにしているし、これは俺達のために開いてくれている送別会なのだから楽しまないと損なのだが……。
でもこのまま飲み続けると明日痛い目を見るだろうしなあ。
「二人とも楽しんでるかい?」
頭を悩ませていると顔を真っ赤にした魔王がグラスを持ってフラフラと覚束無い足取りでやってくる。
こちらもかなり出来上がっているようだ。
「はい、楽しませてもらってます」
「そうか、それは良かった。アニスも楽しんでる?」
「いえーい! 楽しんでまーす!!」
普段は絶対に喋らない口調で魔王に返事をしてグラスを前に出す。
「おおー、かなり出来上がってるねー。いいねいいねー!」
嬉しそうに笑って魔王もグラスを出して、アニスのグラスに合わせる。
鐘のような高く子気味の良い音が響く。
「いやいや、本当にこの一ヶ月君たちは頑張ったよ! それに久しぶりに武器を作ったけどここまで良い物が出来上がるとは思ってなかった!!」
魔王は突然そんなことを言い出して続ける。
「しかもそれが初めて作った剣になるとは思いもしなかった、いや本当に人生何があるかわからないなぁ」
魔王は感慨深そうに顎に手を当てて頷く。
「なあアニス、私の所に戻ってこないかい? 君は私に新たに創り直されたことで私の求める最高の武器、魔刄機になった。あの時は君を捨ててしまったがもう一度私の剣にならないかい?」
いきなり真剣な顔をしてアニスそう語りかける。
「……え?」
俺の中の時間が一瞬止まる。
突然何を言い出すんだこの悪魔は?
ここまで協力しておいていきなりアニスを自分の元に戻そうして何を考えているんだ?
「そんなの認めるわけ……!!」
「レイル君は黙ってて」
魔王は俺の抗議の言葉を上から押さえつける。
「今私はアニスに聞いている」
「くっ……」
「………」
アニスは俯いて黙りしてしまう。
「あ、アニス……?」
……なんで「嫌です」って即答しないんだ?そんなに悩むことなのか?
アニスは俺じゃなくて魔王を選ぶのか?
いまだ黙り込んで一言も発さないアニスを見て、そんな考えが頭の中を過ぎる。
「申し訳ありませんがそれは無理なご相談です」
しばらくしてそんな答えが出てくる。
「私が今こうして笑えているのは私を見つけ出して、信じてくれて、必要だと言ってくれたマスターがいたからです。創造主である魔王ヤジマ様に再びそう言って頂くのはとても光栄だと思います。ですが私の主はレイルだけです。私はこの身全てをレイルに捧げるともう誓いました、ですのでその提案には申し訳ありませんが頷けません」
アニスは魔王に向かって深深と丁寧にお辞儀をした。
「アハハ!! いやー振られちゃったな〜」
魔王は悪戯をした少年のような嬉しそうな笑みを浮かべそう言う。
「え?」
いや、訳が分からない。
「少しアニスの気持ちが知りたくてね、変なことを聞いちゃったよ。驚かせてごめんねレイル君」
「いや、あの……」
「アニスを取られちゃつかと思った? 流石に私もそんな酷いことしないよ。でも良かったねアニスは君にぞっこんみたいだ!!」
最後にそう吐き捨てて笑いながら颯爽と逃げるようにしてどこかへ走っていく。
「………は?」
色々とごちゃごちゃなまま話は終わり、再びアニス二人きりになる。
なんだったんだ一体……。
「ますたぁ!! 私はもう二度とますたーを悲しませたりはしません!! 私がますたーを最高のきしにしてみせます!! 幸せにしてみせまふ!!!」
アニスはアニスでいきなり大声で決意表明をし始める。
よく見るとアニスの右手にはいつの間にかトシミツが置いていったワインのボトルが空になって握られていた。
「だからますたーも私のことを………」
最後に何かを言いかけてアニスは俺の方に倒れ込む。
「おっと!」
それを難なく受け止めアニスを見ると静かに寝息を立てていた。
「……はあ、飲み過ぎだよアニス」
仕方ないので部屋まで連れていこう。
横目でリュミールの方を見て、まだこの馬鹿騒ぎを楽しんでいるようだったのでそのまま放っておくことにする。
「よっと」
眠ってしまったアニスをお姫様抱っこで抱えなおして寝室の方までアニスを運ぶ。
そのまま夜は騒がしく更けていった。
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