56話 慣れない力
「それではくれぐれも熱くならないようにお願い致しますぞ? 特にネメア様」
中庭に俺とネメアが10mほど離れて向かい合う。その間にトシミツが立会人として割って入り注意を促す。
「まあ、善処するよ」
注意された本人は明後日の方向を見て、上の空だ。
「最悪地面はグシャグシャにしてもいいけど周りの建物は壊すなよー」
魔王は優雅に椅子に座って紅茶なぞすすりながら言ってくる。
そこにはリュミールの姿もある。
「はあ……それではお二人とも準備はよろしいですか?」
最後の確認としてトシミツは聞いてくる。
「いつでもいいよ!」
ネメアは大鎌を構えてやる気満々だ。
「アニス……」
「はい!」
俺もアニスを構えて、トシミツに準備が整ったと目配せをする。
ちなみにリュミールが魔王と一緒に優雅に観戦しているのは別にサボっているわけではなくアニスの提案だ。
これは自分の実力を計るものだからリュミールが一緒に闘ってはそれもしっかりとわからないので今回はお休みしてもらってるわけだ。
「おーい、私抜きで負けたらだらしないぞ〜」
自分が関係ないとなるとあの馬鹿精霊は無駄に煽ってくる。
正直、しっかりとアニスを使いこなせるか不安しかない。魔王に概要は説明されたがいまいち理解出来ていないし、天職が戻って身体能力も戻ったとはいえネメアはそれだけで勝てる相手ではない。
なんせ、一人で神話級のドラゴンと余裕で渡り合うのだから。
「………」
自然と手に力が入る。
"マスター、ご安心ください。何となく感覚で私は構造を理解しています、完全とは行きませんが微力ながら援護致します"
ネメアに会話を聞かれないように脳内に話しかけてくる。
"ああ、ありがとう"
全く、相変わらずできた悪魔だ。
「それでは、始め!!」
大きく通る声でトシミツが開戦の合図を出す。
「よっ!」
瞬間、今まで目の前にいたネメアの姿が消える。
「………」
しかし、焦ることは無い。
不思議とネメアが後ろにいることが分かりすぐに大きく横ぶりに襲いかかってくる大鎌を受け止める。
「いい反応だね」
悪戯っ子のような無邪気な笑みを浮かべて、すぐさま鎌を振って連撃を仕掛けてくる。
「どうも」
それを一つ一つ丁寧に捌いていく。
………おかしい。
そんな中、一つの違和感が俺の胸の内に湧き上がる。
「やっぱり前みたく弱くはないね」
一度攻撃を止めてネメアは大きく距離を取る。
「そりゃあまあ、今はアニスがいるし……」
「そうだよね。それじゃあ、手加減はこの辺で次からは本気ね?」
大鎌を風を切るように回しながら、ネメアは詠唱を始める。
「我が闇は従順な下僕なり………」
「やらせるかっ!」
次はこちらから攻め入る。
どんな魔法を使われるにしろ厄介なのは目に見えている、意識を逸らして詠唱を止めなければ。
「顕現せよ、黒キ人形!」
一撃、ネメアに攻撃を仕掛けるが難なく受け止められ、詠唱が完了する。
瞬く間にネメアの周りの地面が黒く染まり渦巻く。
「やばい!!」
攻撃系の魔法と思い、すぐに距離を取って様子見ていると地面からネメアによく似た全身黒色の影が無数に浮き上がってくる。
……なんだあれ?
浮き上がってきたネメアに似た大量の影達は何をするわけでもなくその場に棒立ちでいるだけだ。
「さあ、舞踏会の時間だよ」
一つ、ネメアが呟いた次に無数の影達は影でできた大鎌を構えて一斉にこちらに向かって襲いかかってくる。
「くっ………!!」
止めどなく襲いかかってくる影達を我武者羅に斬り伏せて行く。
一体一体の力はそこまで無いものの数が多すぎる。このままじゃあジリ貧だ。
「ほらほら、そんなに必死になってたら後ろがガラ空きだよ!!」
いつの間にか再び後ろに回っていたネメアに背中から重たい蹴りを貰う。
「かハッ!!」
大きく吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。
……影に夢中になりすぎた。
「一つ一つが弱くてもこの数を一気に捌くのは大変でしょ?」
嫌味ったらしくネメアは頬を釣りあげて、俺の元まで近づいてくる。
………おかしい。
やはり、スッキリとしないモヤモヤとしたものが胸の中を駆け巡る。
"マスター! 一度、影渡りで距離を……"
アニスに言われて影の中に潜り込む。
「あれ?」
いきなり俺の姿が消えて驚いた顔をする。
「……ああ、スキルか」
しかし直ぐにそう判断してキョロキョロとあたりを見る。
………おかしい。
何だかいつもと体の調子がおかしい、まるで他人の体を動かしているみたいだ。さっきも間に合うと思った魔法詠唱の妨害が上手くいかなかった、どうしていきなり……。
"すみませんマスター、私が不甲斐ないばかりにご迷惑を……"
しょんぼりとした声が聞こえてくる。
いや、果たしてそうなのだろうか?
アニスだけの問題か?
"…………アニス、影からでたら闇魔力をできるだけ送ってくれ"
"あの……それでは力を制御できないのでは……?"
"それでいいんだ"
"か、かしこまりました?"
ネメアや魔王は言っていた。
魔刄機は魔装機よりも使用者に与える魔力や能力向上の恩恵が大きいと。
俺はまだその恩恵に体が慣れていない。そしてアニスも同じく、言葉では理解していると言っていたが実際に使ってみるのでは違いは大きい、新しい体の使い方がどこかぎこちない。
俺たち二人はまだチグハグなんだ、息が合っていない。違和感の原因はきっとこれだ。当たり前と言えば当たり前だ、なんせ今初めて俺達は魔刄機という未知の武器を使っているのだ。
しかし、どこかで俺とアニスはこの力を練習もしないで完璧に制御しようとしていた。
それは不可能な話だ。
まずは最大を知る。
そこから少しずつ微調整をしていって体に慣らしていく必要がある。
「ねえー、いつまでも中に潜ってるつもりー?」
全く影から出てこない俺たちにネメアは痺れを切らし始めていた。
"でるぞ"
"はい!"
油断しているところ狙って、いまだ無数にいる影人形たちの群れの中に飛び出る。
影の外に出たと同時に体から大量に溢れるほどの闇魔力が流れてくる。
「ぐっ!!!」
なんだよこの魔力の量は!?
魔装機の時と比べ物にならないくらいに多い!!
体全体に魔力が溜まっていきこの力を沈めることはもう出来ない。
なるようになれ!
「ハアァァァァァァァァァア!」
影人形達に向かってではなく、地面に向けてアニスから以前最大出力で送られてくる闇魔力を叩きつける。
サクっ、と地面に剣が刺さる気の抜けた音がしたかと思えば耳を劈くほどの轟音が下から響き、中庭全体を抉りとる地盤崩壊が起きる。
「これはやりすぎたよ……」
そんな悲しそうな魔王の声が聞こえてきた。
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結果から言ってあの模擬戦はおじゃんになった。
理由は深さ15m程にもなる大きな穴を俺達が作って、模擬戦どころではなくなったからである。
「もう少し逃げるのが遅くなってたら巻き込まれてたよね」
「はい、魔王様が転移魔法を使ってくれなかったら危なかったです」
うしろからネメアとトシミツのそんな話が聞こえてくる。
「いやー、さっきのは笑えないよレイル……」
苦笑いでリュミールがこちらを見てくる。
俺は今、魔王に「反省していろ」ということで硬い大理石の床で正座をさせられている。
「すみませんでした」
もう素直に謝るしかない。
「うん、いやまあね? 建物は壊さないでって言ったけどね? 流石にあんな大きな穴が出来るほどの魔力を使うとは思わなかったよね」
「マスターは悪くありません! 悪いのは全部私です!!」
隣で一緒に正座をしているアニスが魔王に抗議する。
「アニス、君は少し黙ってなさい」
しかし、魔王は聞く耳を持たない。
「それで、なんであんな馬鹿みたいな魔力を使ったわけ? ここまで来ていきなり私たちを殺そうとでも思ったわけかな?」
「いや!そんなつもりじゃなくて……」
「つもりじゃなくて?」
「その……戦っている途中、いまいち力の使い方が分からないって言うか、しっくりこなかったんで一番最大の力を出してみて加減を調べようかと……」
「はあ、なるほど……」
腕を組みながら魔王は考える。
「私も少し考えが甘かったか」
「え?」
顔を上げて聞き直す。
「いきなり力を使いこなしてみろって言うのは酷だったってことだよ。よく考えなくても人が魔刄機を使うなんて初めてだったからね、そこを失念していたよ。私はなんの問題もなく使えたからレイル君も使いこなせると勝手に思っていたけど普通はそんなわけないんだよね……」
申し訳なさそうな顔をして魔王は立ち上がる。
「いくつか段階を飛ばしすぎたね。これでは君たちだけを責めるのはおかしな話だ、しっかりと使い方を教えなかった私たちにも非がある。すまなかった、もう正座はしなくていいよ」
魔王に一つ頭を下げられて俺達は立ち上がる。
「あ、いや、俺も直ぐに言うべきでした、すみません」
「ネメアとの模擬戦が終わったらお別れかと思ったけどまだまだやることはありそうだね」
魔王はどこか嬉しそうに言う。
「はい?」
そこから地獄の特訓が始まるとは思いもしなかった。
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