104話 昼食
「わぁー! アラクネお姉ちゃんおめめ真っ赤っかぁー!」
「ほんとだ! どうしたの!? 誰かに泣かされたの!?」
「おいお前! お姉ちゃんに何したッ!!」
掃除を終えて大広間に戻ってきた子供たちが俺の周りを取り囲んで騒ぐ。
「こ、こら、やめなさい! お兄さんは何も悪くないの! お姉ちゃんが悪いのよ!!」
それをアラクネさんが慌てて止めようとする。
「どうやら話は上手くいったようだね」
「ああ、何とかな……」
「でも一体どう言う流れで?」
同じく戻ってきたレイボルトとローグが不思議そうに思う。
「色々とな……」
今の俺にそれを説明するほどの気力と余裕はなく、まだぐるぐると周りを囲んでいる子供たちに叩くや蹴るなどのちょっかいをかけられる。
「あらあら、レイルさんは随分と孫たちに気に入られたようですね」
アラナドさんはアラナドさんで呑気に的外れなことを言う。
この状況を懐かれているというのならば、世界はもっと平和なはずだ。
「お食事の方をお持ちしました……おや? また賑やかですね?」
そんなどうでもいいことを考えているとまたも老紳士が食事を乗せたワゴンカートを引いて大広間に現れる。
「ちょうどいいタイミングだわフルーエル。皆さん! お掃除やお庭のお手入れご苦労様でした、フルーエルがお昼を持ってきてくれたので食べましょう!」
「わーい! ご飯だー!!」
「お腹空いたぁー!」
「こら! 走ったら危ないわよ!」
それを見たアラナドさんはそう言うと、今まで俺の周りを取り囲んでいた子供たちは一直線に老紳士の方へと走っていく。
「やっと開放された……」
子供の底なしの元気というのは恐ろしい。俺もまだまだ若い方だが、それでも小さい子供と言うのは考え無しに突っ込んでくるから何をしてくるか全く分からない。
「僕達もいただいちゃっていいんですか?」
「ええ勿論です。大勢で食べた方が食事は美味しいでしょう?」
「ぐはッ……! 天使だ! ここに天使がいるよレイボルト! ……いや女神かッ!?」
「少し落ち着けローグ……アラナドさんありがとうございます」
俺がぐったりとしていると他の二人もアラナドさんに促されて席に着く。
「レイルさんもどうぞ」
全員が席に着いたところで、まだ唯一席に座っていない俺は慌てて席に着く。
「それでは皆さん、遠慮なく沢山食べてください」
「「「いただきます!!」」」
その一言で全員で楽しい昼食を取る。
朝食の時とは打って変わって、各々が思い思いに食事の感想や楽しげな会話をしながらの賑やかな昼食となる。
フルーエルの作った食事は朝食べた時も感じたが、とても美味しく、手の込んだ料理が多いので食べていて飽きなかった。それまでのひもじい生活を思い出すとじんわりと食事の有り難さを再確認する。
そうして思い思いに食事を楽しんだところで食後のティータイムとなった。
「色々と今更になってしまいますが私の魔装機を紹介しますね」
老紳士が入れてくれたハーブティーに舌鼓を打っていると、同じ柄のティーカップを持ったアラクネさんが俺たちに水を向ける。
そう言えばまだ魔装機の方とは挨拶をしていなかったな。何度かその名を話の中で聞いてはいたが、しっかりとした自己紹介はまだだ。
……それならばこちらの魔装機も一緒に紹介した方がいいのでは?
そう思い俺は腰の鞘に収めた銃剣に意識を向ける。
「それならこっちの魔装機も……アニス」
「はい、マスター」
名前を呼ぶと直ぐにアニスは俺の意図を汲んでくれて悪魔の姿で現れる。
他のアッシュやエリスも同様にだ。
まずは数の多いこっちから軽く名前と武器種の説明をする。
「フルーエル以外の魔装機を見るのは初めてですがその個体によって性能や能力が変わるのですね。とても興味深い……」
「はい……皆さんとても強そうです」
それを聞いてアラクネさんとアラナドさんは興味津々にアニス達を見ながら話を聞いていた。
「えっと……じゃあ次はそちらの執事さんのご紹介をよろしいでしょうか?」
何やら二人でブツブツと話し合っているのを申し訳なく思いながら遮ってお願いをする。
「あ! そうですね、ごめんなさい。それじゃあフルーエル、皆さんにご挨拶を」
「畏まりました」
アラクネさんは我に返ったように目を見開くと慌てたように紳士を呼んで一歩前に出させる。
「大変ご挨拶が遅れました。私の名前はフルーエルと申します、創造主たる魔王さまが作りし魔笛でございます。今はご縁あってアラクネお嬢様に五年ほど前からお仕えしております」
改めて老紳士は名乗ると綺麗なお辞儀をする。
魔笛フルーエル。見た目は五十代半ば辺りの老紳士を思わせる。黒を基調とした燕尾服に身を包み、身長はこの部屋にいる誰よりも高い。近いところで言うとラミアの魔装機であるガーロットと近いだろうか。白髪をオールバックにしてとても清潔感がある。
笛の魔装機は当然初めて見た。
というか笛の魔装機もあったのかって感じだ。ヤジマさんは一体何を目指していたんだろうか?ここまで色々な物を作っているのを見ると逆に何を作っていないのか気になってくる。
いやあの悪魔なら「とりあえずこの世にある武器や物はある程度作った」とか言いそうだ。……マジでありそうだなオイ。
「そのレイルさん達はそれなりに魔装機に対する知識がお有なんですよね?」
そんな我が師匠の事を思い出していると、何やら興味津々と言った様子で目を輝かせたアラナドさんが質問をしてくる。
「ええ、それなりには」
「もしよろしければお話を聞かせて貰えないでしょうか。私、魔法や魔道具を研究するものとして魔装機の事がとても気になるんです!」
俺の返答にアラナドさんは表情をさらに輝かせると身を乗り出して聞いてくる。
……この人もなんだかヤジマさんと同じ匂いがする。
もう目の輝きがあの悪魔と同じだ。
そして本当に軽く、自己紹介に続いて魔装機の説明をアラナドさんとアラクネさんにした。
二人からすれば俺の話した説明の殆どが新しい事だったようで興味深そうに途中からはフルーエルも一緒になって話を聞いていた。アラナドさんは何やらペンと紙を持って来て、一生懸命に俺の説明をメモしていた。
本当にこういった類の話や研究が好きなのだろう。
「とても有意義な内容でした、ありがとうございます」
「私もこれからの戦闘のことに活かせそうなことがあって勉強になりました。ね、フルーエル!」
「はい、自分の知らない知識というのはとても興味深かったです。ありがとうございますレイル様」
それぞれそう感想を言ってもらえて、こちらも説明をしたかいがあったというものだ。
「……このような試す結果となって聞きそびれていたのですがレイルさん達はどうしてあんなに疲弊しておられたのですか? アラクネから聞けば突然気を失ったとのこと、かなり無理をしてオーデーまで来られたようですが……」
説明を終えてハーブティーのおかわりを貰い、喉を潤しているとアラナドさんが尋ねてくる。
そう言えばどうして俺たちがこんな形でアラクネさんに接触することになった理由を話せていなかった。
無事にアラクネさんには協力してもらえることになったのだし、リュミールの事も含めて話しておかなければいけないだろう。
「えーと、それは……ヘンデルの森に最近盗賊団が出るのはご存知ですよね?」
どこから話すべきか俺は少し考えてそう話を切り出した。
「ッ!!」
「……え、ええ勿論」
俺の質問に二人は一瞬眉を顰めるとぎこちなく頷く。
「……」
そんな二人の反応を見て俺は関所での門番たちに感じた違和感と同じ感覚を覚える。
なんだ?オーデーではこの話はタブーなのか?
まだこの話をしたのがアラナドさん達と門番たちだけなのでなんとも言えないが、こうも分かりやすく同じ反応をされると勘繰ってしまう。
「──恥ずかしながら俺たちはその盗賊団に襲われまして、盗賊団の団長を名乗るアラドラと言う男に荷馬車に積んでた旅の荷物や有り金、そして私の大事な仲間を盗まれまして──」
違和感を覚えながらも俺は説明を途中できる訳にはいかず言葉を続ける。
「アラドラですって!?」
「アラドラですか!?」
すると二人は俺の『アラドラ』という名前に反応して今度は驚いた様子で興奮気味に聞いてくる。
「え? あ、はい……アラドラって男とその仲間に全部持っていかれまして……」
予想していた反応と違い、そのものすごい二人の剣幕に俺は驚いてしまう。
「まさか本当に帰ってきていたとは……」
「はい、盗賊団の噂は知っていましたが……」
俺の今の発言でアラナドさんとアラクネさんはどんどん何かを考え込むように二人だけの思考の世界へと沈んでいってしまう。
「あの〜……」
少し待っても二人はその世界から帰ってくる気配はなく、俺はただ少しぬるくなったティーカップを見つめることしか出来なくなる。
二人の間に何か引っかかる単語があったというのは分かる。それが『アラドラ』という男の名前だと言うことも。
しかしどうしてあいつの名前なのだろうか?
アリアの話では盗賊団がヘンデルの森に姿を見せるようになったのは最近……一ヶ月やそこら辺と言っていた。それまでに奴らの名前やそういった情報はオーデーに広まらなかったのだろうか?
奴らがどれほどの悪事をあの森の中で働いてきたのか知らないが門番達の反応を見ると被害にあった人間は相当な数だろう。それならばそれなりの情報が出ていてもおかしくはないと思う。
……でもあの門番達の反応からして、彼らも盗賊団のまともな情報を持ってる様子は疎か、あの盗賊団を捕まえる目処は無いのだろう。盗賊団をいつになっても捕まえられないことにオーデー騎士団や、その管轄であるあの門番たちは被害にあった俺たちを見て苦い顔をしていたのだろう。
有益となる情報がまだ揃っていない。
それならばこの二人が盗賊団の親玉の名前を聞いて驚くのは不思議なことではないが、そんな何か思い詰めるほどのことなのだろうか?
「……」
俺も二人の真剣な様子にそのような思考を巡らせてしまう。
「レイルさん──」
数分の沈黙の後、アラナドさんは口を開く。
「──あなた方がどのような理由でそうなったのかは理解致しました。とても苦労されたのですね──」
「どうも……」
その声はとてもこちらを気遣った優しい声音だ。
「そして本当に申し訳ありません……」
そして続けて放たれたその言葉は謝罪だった。
「えっと……どうして二人が謝るんですか?」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるアラナドさんとアラクネさんの意図が全くわからず俺達三人は首を傾げることしか出来ない。
「ハッ……そうですね、しっかりと理由とお話しないとわけが分かりませんよね」
アラナドさんは自身の説明不足に気づき、慌てて顔を上げてこう続けた。
「今ヘンデルの森で悪さをしている盗賊……アラドラは私の孫、アラクネの四つ下の弟なのです」
「…………は?」
付け足されたアラナドさんの説明を聞いても俺は頭の理解が追いつかず呆けてしまう。
あの変顔道化師がアラナドさん達の血縁者?
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