十九、今までとこれからと
「ぐすっぐすっ」
私たちの涙は止まることは無かった。
試合終了の挨拶をすませ、ベンチを引き上げ、私たちをここまで運んできた学校のバスが止められている駐車場に戻ってきてからも。
特に、私の涙はとめどなく溢れた。
私さえ、もう少ししっかりしていたら・・・。私のせいで勝利を手放してしまった。この十一人で野球ができる時間を自ら手放してしまった。
色々な思いが、次々と溢れて止まらない。
そんな私の元に二つの人影が近づいた。
「ひな。そんなに泣くな」
「ひなちゃんのお陰でここまでこれたのよ」
樹里と豪乃だった。
私らとは対照的に晴れやかな表情だった。
思いきり自分の力を出し切ったからか?ここまでこれただけで満足だったからか?
「本当だ。お前のお陰だ」
「ありがとう」
ホントにホントに二人の言葉は今は痛い。
「どうしてそんなに優しいんですか?」
私は二人に縋りつく。豪乃と樹里は、そんな私を優しく抱きしめてくれた。
二人が掛けてくれる言葉はありがたかったが、それと同じくらいに辛い。
私は責められるべき存在なのに・・・。
せっかく、みんなで全国行けたのに・・・。
「みなさん、お疲れさまでした。これだけの試合が出来たことに自信をもって、これからにつなげていきましょう」
少し時間が経って、みんなが少しづつ落ち着き始めたのを待って、純が労いの言葉を語りだした。
そんな純の目元も少し赤い。
「そっか、宮地先生もこれで終わりなんだ」
純の教育実習期間も、そろそろ終わりである。豪乃、樹里もこれが最後の大会になってしまった。そう思うと、また悲しくなる。
でも、三人のためにも前を向かなきゃね。みんなのためにも頑張らなきゃね。
「二人はどこ行ったの?」
純が私たちに問いかけてきた。
落ち着きを取りもどし、帰り支度を終えた私たち。しかし、バスに乗り込んでみて豪乃と樹里がいないことに気が付いた。
「私が探してきます」
そう言って私はバスを降りた。
「わたしも」
「一緒に探そう」
鷹乃と紀子も降りてきた。
「みんなで探せば早いわ」
「私も行くねぇ」
伊織と佳奈もやってきた。
「仲間外れにすんなよ」
「一緒に行きましょう」
羽衣と來未も続いてきた。遥と奈子の姿もあった。
「私だけで十分なのに」
そんな一同を前に強がって見せる私。
「ほら、行くよ」
鷹乃の一言を合図に、それぞれが四方に散って二人を探しに走った。
暫くたったころ、私は、この球場のバックスクリーン周辺に立ち並ぶクスノキ群の陰に二人を見つけた。
ただ・・・。
二人は抱き合いながら涙を流し合っていた。ボロボロに泣いていた。
先ほどはあれだけ笑顔を浮かべていたのに。私たちを気遣っていたのか。
・・・どれだけ気丈なのだろう。
「そう・・・だよね。悲しくないわけ、無いよね。・・・悔しくないわけ、無いよね」
その光景を眺める私の頬を、また涙が伝い落ちていった。
次々に、鷹乃や紀子、三年生を探しに出たみんなが私の所に集まってきた。
そんなみんなもまた、その光景に胸を熱くし涙するのだった。
「お世話になりました。これからも頑張りなさい」
その日から数日後、教育実習を終えた純が、その言葉を最後に学園を去っていった。
純は生徒ばかりか先生方にも人気があり、あれだけ渋っていた野球部顧問を、純の一言であっさりと決めた。その後任は、学園で一番年配の先生だったが、それだけでも十分だった。それが、純の置き土産になった。
そして、豪乃には純からもう一つのプレゼントがあった。
「本当は、あの日に豪奈から渡されていましたが・・・」
そう言いながら、一つの封筒を豪乃に手渡した。
中には、豪奈からの手紙がしたためてあった。
やはり、あれは幻ではなかったんだ。
そう思うと、豪乃の心に温かいものが溢れてきた。
手紙にも目を通してみる。
「ごのへ
近いうちに戻る。今までゴメン。
樹里にもよろしく伝えてくれ 豪奈」
文章を書くことが苦手な豪奈らしい手紙だった。
でも、それでも、今の豪乃には十分だった。十分すぎるプレゼントだった。
本格的な夏を迎え、全国大会も終わりを告げた。
その全国大会も、やしろ学院館が圧倒的な力を見せての優勝だった。全試合、二桁得点でしかも完封。結局、やしろ学院館が唯一失点した私たちとの試合が、事実上の決勝戦だったかもしれなかった。
彼女らが全国制覇した後、この街に戻ってくる日、私も学院館の正門前に佇んでいた。純粋に彼女たちを、多恵を出迎えたかったからだ。
予定時間を少し過ぎたころ、彼女たちを乗せたバスが学校に到着した。
バスから次々に降りてくる学院館ナインに、出迎えた学院館の関係者たちが歓声を上げる。
「おめでとう」
「優勝、ありがとう」
彼女たちを称える声に、照れながらも応じるその輪の中に多恵がいた。
「ちょっとでも話せたら嬉しかったけど・・・帰るか」
遠目に眺めていた私は、あまりの人出の多さに多恵との接触を諦めようとした。ところが、歩き去ろうとする私を呼び止めるように背後から声がした。
「飛雄奈さん、いらしてたんですか?」
彼女の息が少し弾んでいる。わざわざ駆けて来てくれたようだ。
「あ?ああ。優勝おめでとう」
私は素直な思いを彼女に伝えた。
しかし、思いもよらず彼女が少し不機嫌な表情になったあと、こう口を開いた。
「せっかくの全国大会でしたけど、貴女の投球を見たせいか、貴女たちの打線の迫力を感じたせいか、あまり私を熱くしてくれませんでした。責任取っていただけますか?・・・また、私たちとやりましょう」
優しい笑顔を浮かべながら、多恵が右手を私に差し出してきた。
「良いわ。またやりましょう」
私は多恵のストレートな物言いに、少しはにかみながらも彼女の手を握り返し、お互いに「あはは」と笑いあった。
「報告会が始まりますから失礼します」
短い再会を惜しむような表情で、ナインの元に戻っていく彼女の背中に、私はこう呼びかけた。
「私のことは“ひな”って呼んで」
振り返り、少し拍子抜けした表情を浮かべた多恵だったが、オーケーサインを作りながら、またいつものクールな笑顔を返してくれた。
それから数日後、真夏の太陽が照り付けるグラウンドに私たちはいた。
陽炎が、灼熱の場所に変わり果てたグラウンドにゆらゆらと立ち並ぶ。
バックネット裏にブルーシートで作った日よけが作る影も、この陽射しの中では無意味に思えた。
私たちの頑張りが学園側にも評価されたのか、週に二回はグラウンドを目いっぱい使えることになり、今日はその日だった。まあ、それはそれで喜ばしいことだったが・・・。
「今日、すっごく暑い。暑すぎ・・・だるい」
私はそんなグラウンドを眺めながらもうちわが手放せなかった。
「あぁ、日焼けしちゃう~」
鷹乃がそう言って身悶える。
「もう、遅いって」
羽衣が、そんな鷹乃をからかう。
「あぁ、羽衣。言っちゃった!」
伊織が羽衣を指差して笑う。
來未も「くすくす」とそんなやりとりを見ながら微笑んだ。
「今日は、休みにしよう」
紀子がだらけながらぼやいた。
「解けちゃいますねぇ~」
佳奈も紀子に同調する。
「こんな時は怪我しててラッキー」
まだ腫れが完全に癒えていない左手を撫でながら、太陽に負けないくらいの笑顔を浮かべる奈子。
「ずるぅ~い」
そんな奈子にぶぅ垂れる遥。
みんながみんな、個性の塊。私の大事な仲間だ。
「ほら!お前ら練習始めるぞ」
「暑いけど、頑張りましょう」
引退はしたものの、変わらず白いユニフォームに身を包んだ樹里と豪乃がグラウンドに姿を現した。
「えぇ~、今日は休みましょうよぉ」
私らの声が、一斉にグラウンドにこだました。




