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十八、やしろ学院館

「集合!」

 主審の号令が響く。

 それを合図にベンチから飛び出した私たちのやしろ純真学園ナインと、多恵のいるやしろ学院館ナインが本塁ベースを挟んで対峙する。

「よろしくお願いします!」

 お互いに挨拶を交わす。

 そして、後攻の学院館の選手たちがグラウンドに散っていく。

 そんな中、マウンドに向かう多恵が、ベンチに引き返そうとする私に声を掛けてきた。

「飛雄奈さん!全国、貴女に勝って、私たちが行かせていただきます」

 多恵の瞳に燃え盛る炎が見えるようだ。

「返り討ちにしてあげる」

 そんな多恵に、私も負けない。

 ベンチに戻っても息巻く私に、その様子を見ていた鷹乃が面白半分に冷やかしてきた。

「あんた、また別の娘にちょっかい出してたの?」

「知らん!あたしだって必死だ」

 羽衣に來未に伊織に多恵に、確かに私は彼女たちの野球人生に影響を与えてきたかもしんないけど・・・。

「くすくすくす」

 私と鷹乃の会話に、心当たりのあるその三人は、顔を見合わせ静かに笑いあっていた。


 さあ、私たちが先攻!

「行ってこい!羽衣」

 樹里が羽衣に激を飛ばす。

「羽衣ちゃ~ん、しっかりぃ~!」

 佳奈も昂りを隠せない。

「かっ飛ばせ、羽衣」

 鷹乃も羽衣を激励する。

「よっしゃあ!」

 そんなみんなの期待に応えるべく、羽衣がベンチを飛び出していった。

「羽衣の性格はホントに一番バッター向きだな」

「まったく。樹里先輩に負けないくらい勝気な性格よね」

 紀子と私は、羽衣の背中を見送りながら囁き合っていた。

「そんなふうにさせたのは、ひなさんですよ」

 そう言いながら、來未が私たち二人の間にひょっこり顔を出してきた。

「ぷっ。あはははは」

 私たち三人は顔を見合わせ笑いあった。

 みんな、緊張してないな。大丈夫だ。

 思った以上にリラックスしているみんなを見ながら、私は胸を撫でおろした。

「ふぇぇぇ、始まっちゃったよぉ」

 そんな中、一人がくがくと震えながら、ベンチで固まる奈子がいた。

「あ・・・」

 この人がいたね。でも、こういう時に下手に声を掛けても逆効果になるときもある。とりあえず今はそっとしておこう。


 パシーン。

 羽衣がワンボールワンストライクからの三球目を鮮やかにセンター前に弾き返した。

「よっしゃあ」

 ガッツポーズしながら一塁へすっ飛んでいく羽衣。

「やるぅ~」

 私らベンチからも羽衣に歓声が上がる。

 多恵の球は速い。

 しかし、「打てない球じゃない。ただ速いだけ・・・」と純は囁き、來未には強攻を指示。

 出したサインはヒットエンドランだった。

 來未は初球から行った。

 二塁へ走った羽衣の後方に強い打球を転がす。ライト前へ抜けるかと思われたが、セカンドが好捕。來未は惜しくも打ち取られた。

 ただ、羽衣は二塁に進塁。チャンスは続いている。

 続く鷹乃は打たされてしまったが、ただでは転ばない。セカンド方向に転がし、進塁打とする。これで、羽衣が三塁に進んだ。ここで、暴投でもエラーでもあれば、ヒットが出なくても一点だ。

「ひな。先制点、プレゼントしてやる」

 そう言い残し、樹里が打席に向かっていった。

「ふふっ」

 私は微笑むのみだった。なぜなら、樹里にはこれまでも十分頼りになる姿を見せて貰っていたからだ。

 豪乃先輩に樹里先輩。この二人は、なんてすごい人たちなんだ。

「行け!樹里先輩」

 私が内心囁くと同時に、樹里は二球目をレフト前に運んだ。

「さっすがぁ」

 羽衣が手を叩きながら本塁へ生還。私とハイタッチ。

 私たちのやしろ純真学園が先制だ。

「見たか!」

 樹里は一塁ベース上でガッツポーズ。

 さあ、次は私の番だ!

「私も続きますか」

 そう言いながら打席に向かおうとした矢先、相手キャッチャーがタイムを要求。マウンドへ駆け寄っていった。

「ちぇっ。良いとこだったのに」

 勢いを削がれた私は、一人毒を吐いた。


 マウンド上に集まる学院館の内野陣。

「なに遊んでんのよ」

 学院館のキャッチャー、種山(たねやま) 都代(とよ)がマウンド上の多恵に噛みついた。

「多恵はホントに立ち上がり悪いんだから」

 ショートの有佐(ありさ) 香奈(かな)もそう言いながら笑みを浮かべている。

「相手を試すとこがあるからなぁ。多恵は」

 セカンドの文政(ぶんせい) 美智(みち)はやれやれといった表情だ。

「・・・」

 それに対し無言でマウンドを均す多恵。。

「向こうは意外に打力はあるからね。遊びはもう良いでしょ。締めていくよ」

 都代が多恵の頭をミットで小突きながら気合を入れなおし、それぞれが守備位置に散っていった。

「はあ」

 都代の背中を見送りながら、ため息をつく多恵。

「別に手を抜いたわけではありませんが・・・。都代先輩は真面目ですね。まあ、私も本気を出しましょうか」

 都代に言われたからではないが、次はあの娘である。

「絶対に打たせませんわ」

 多恵は、私を睨みつけながらボールを握りしめた。


「わちゃ~。多恵ちゃん睨んでる」

 打席でバットを構えながら、多恵の形相に私は少し引き気味になる。

「でも、引導渡してあげるわよ」

 多恵を睨み返し、バットを握る両手に力を込めた。


 初球は、スライダー。しかし外に外れてワンボール。

 二球目はその逆を突き、内角にストレートでストライクを取られる。

 確かにストレートは速い。振り負けないようにバットを少し短めに持とうかと思案しているうちに多恵が三球目のモーションに入った。

 しかし、それだとなんだか負けた気になり、バットの長さはそのまま。三球目が来るのを待った。

 三球目はまた外。しかし打てない球ではない。ボールをひきつけて右方向へ流し打つスイングに入る。

 その後、ボールは一個分外へスライドしてきた。

「うりゃあ」

 でも、私は構わずバットを振り切った。

 パシーン。

 真芯で捉えたボールが飛んでいく。

「やったぁ」

 ベンチから黄色い歓声が飛んできた。

 しかし・・・。

 バシン!

 打球は、少し右側に寄っていた美智の真正面をつくライナーに終わる。

 私は一塁へ走ることなくアウトに打ち取られてしまった。

「くそっ」

「ドンマイドンマイ」

「次は打てるよ!」

 顔をしかめる私に、ベンチから励ましの言葉が飛んだ。

「多恵ちゃんの球は、こんなもんか?次は捉えてやる」

 私は直ぐに気持ちを入れ替え、次の打席を楽しみにしながら、守備に就く準備にベンチへ戻っていった。


 一回裏。この試合最初の守備に就く私たち。

 投球練習を終え、投手板の後方に据え置かれたロジンバッグを手に取る私に、紀子が声を掛けてきた。

「ひな」

 基本的に、すぐにマスクを被り捕球体勢に入る紀子。そんな紀子が声を掛けてきた。

「珍しいわね」

「ちょっとね」

 茶化す私に、顔を赤らめる紀子。

 私は一つ思い浮かぶことがあった。樹里先輩と紀子の二人で帰っていったあの日のことだ。きっと、何か樹里先輩から言われたんだろうな。

「どうかした?」

 私は、あえてそのことには触れなかった。

 紀子は少し考えるようにしてから口を開いた。

「ひな、相手のピッチャーと何かあったのかもしれないが、ひなはひなだ。力まないように集中していこう」

 紀子にしては物言いが柔らかい。いつもなら、「相手のペースに乗るな」って一言で済ますはず。まあ、紀子も色々考えてくれてんだろうな。

 そう思った私は、素直にその言葉には返事をせず、代わりに質問をぶつけてみた。。

「あのさ、中学生との試合で私が九点も取られたのは、そのせいかな?」

「・・・ひなは、打たれた球種とコースを、今度こそって頑なに投げ続けるからな。そのうちに、球も速いだけの棒球になって・・・。ムキになるし。頭に血が登りやすいし。バカだし」

「ちょ、ちょっとちょっと、バカは言い過ぎでしょ?」

「それくらい言って丁度いい」

「・・・私もあの時の試合から色々考えてんだから・・・」

「じゃあ、豪乃先輩のため、みんなのため、その成果を見せよう」

「・・・ふふ、そうだね」

 いつもの物言いに戻った紀子の口調に、思わず笑みが零れてくる。

 正直、多恵のピッチングを見て感化された私がいた。先取点は取ったものの、それを守らなきゃいけないと力む私がいた。

 その気負いが、この時の紀子の気遣いで、どっか飛んで行った気がする。

「ん!頑張っていかなきゃね」

 私は気合を入れなおす。

 表情から硬さが取れた私を見て、紀子も少し安心したのか、紀子も笑顔になり守備位置に戻っていった。

「しまっていくぞ!」

 紀子の声がグラウンドに響く。

「おう!」

 私たちは声を合わせ、気合を入れた。


「ストライクバッターアウト!」

 主審のコールが響く。

 私は学院館の一番から三番までをすべて三振で斬って取った。

 体が軽い。どれだけでも投げられそうだ。

 対する多恵も初回の不安定さが嘘みたいな快投を見せた。

 二回と三回の打者六人、すべて三振斬り。四回の先頭の鷹乃がボテボテの内野安打で出塁したが、続く樹里をお約束のダブルプレーで仕留め、私も三振に斬って捨てられた。しかも見送り三振。

「初回よりもボールの切れが違う・・・」

 明らかに低く外れた気がしたボールが、伸びて低めギリギリいっぱいに入ってきたのだ。それを見た私は呆然とするしかなかった。

 かと言って、負けてらんないよね。

 しかし、少なからず多恵の圧巻のピッチングを見て、動揺があったのかもしれない。三回に初ヒットから連打をくらう。けど、ツーアウトからだったので、傷口はそれ以上広がらず、何とか次打者を抑え0点に抑えることが出来た。

 でも、スコア上はこちらが勝ってても、端から見たらどちらが優勢なのか見て取れたかもしれなかった。

 そして、四回。私らの守備に綻びが見え始めた。


「美智、ちょっと」

 学院館の香奈が、この回先頭の美智を呼び寄せた。

「一塁方向にセーフティーバントお願い」

「はぁ?」

 美智にとっては思いもよらない言葉に思わず声が上ずる。

「香奈、あんた私の足の遅さ知ってるでしょ?」

 美智は、いくら意表を突いたからってセーフにできっこないことを自分でも十分すぎるほど理解している。香奈に真意を尋ねた。

「・・・あのね」

 香奈が一塁方向を見ながら口を開いた。

「あの純真学園のファースト。素人っぷりがやばいのよね」

 香奈は、先程の回において、この試合初めて奈子にボールが飛んだ時の、奈子の守備の拙さを思い出していた。

「何とかボールを止めたっていうより、ボールが勝手にミットに収まったような?それに、 次の私の打席でも、結果ヒットになったけど、元々のファーストが守ってたら完全に守備範囲だったわよ」

 自信満々な香奈の口ぶりに、美智も納得を示し始める。

「じゃあ、あっちに転がせば、ヒットになるわけか」

「そういうこと」

 美智が香奈との話を終え、奈子を見ながら意地悪な表情を浮かべて見せる。

「これは勝負だから。恨まないでね」


「あいつ、・・・なんか話してたわね」

 打席に入ってくる相手の三番バッターを見ながら、私は何かしら不穏なものを感じていた。

「少し外に外してみよう」

 紀子もその雰囲気を察知していたのか、サインを送ってきた。

「了解」

 私は素直に首を縦に振った。

 左打ちの三番バッターの外。三塁側に紀子がミットを構える。

 しかし、外すなら外すで、はっきりとするべきだった。

 中途半端に外そうとしたボールがスッと内側に入る。

「しまった」

 そう思った時には後の祭りで、美智が少々強引だったが一塁方向にボールを転がすことに成功した。

「え?え?」

 奈子は混乱していた。自分の方向にボールが転がってきているものの、勢いが弱いため自分のところに到達する前に止まってしまいそうだったからだ。

「あれも私が捕るの?」

 そんな状況に混乱しつつも、とりあえずボールを捕りに向かう奈子。しかし、明らかにダッシュが遅い。

 やられた。

 ようやく奈子がボールを拾い上げた頃には、美智は既に一塁に到達していた。

 それを見た奈子が私に向かって申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい」

 いつもの天真爛漫さが嘘のように萎れた表情を浮かべる奈子。

「ドンマイです」

 奈子からボールを受け取りながら笑顔をかえしてみるものの、弱点が露呈してしまった現実に、私は焦りが頭をもたげ始めていたことを感じていた。

「奈子先輩には、まだ細かいこと教えてないんだよね」


「やられたわね」

 純も、ベンチでこの様子を見ながら顔をしかめた。

「先生・・・」

 遥も不安を隠せないでいたが、まだまだ体力の回復が不十分だと思える豪乃に交代を訴えるには気が引けてしまい、そこまでしか言葉を紡ぐことが出来なかった。

「奈子さんなら大丈夫ですよ」

 遥の気持ちを察した豪乃が慰めの言葉を口にしてみたものの、しり上がりに調子を上げてきた多恵のことを考えると、ここも出来れば無失点に抑えておきたいと思うのが正直なところだった。

「私、行きましょうか?」

 奈子には申し訳ないと言う気持ちもあるが、豪乃は純に自分の出場を願い出た。

 しかし・・・。

「まだ、このままで行きますわ。奈子さんを代えるのは簡単ですが・・・」

 純はそこで言葉を切り、少し間を置きこう言った。

「野球は九人でするものですわ」

 奈子を思い、チームを考え、純は、敢えてそちらを選択した。


 美智に続いて学院館四番の都代が打席に入ってきた。

 昨年の大会では、一年生でありながら全国大会で三本のホームランをかっ飛ばしているスラッガーだ。

「次は、四番か。さすがにバントは無いよね」

 私は一人ごちた。

 奈子のいる一塁に打ちづらくするためには、右打者の都代には内角を攻めるしかない。しかし、それが真ん中に入ると長打の危険性がある。

「ここはエースの真価が試されてるってかぁ」

 私は自身を奮い立たせるように、都代を睨みつけた。


 この回は何とか無失点で切り抜けることが出来た。

 内角攻めをした都代は、目先を変えるために放った外の球を強引に当ててきた。そこまで奈子を狙うのかって執念を感じるほどだったが、ライナー性の打球を、今度は奈子は止めて見せた。少し打球を弾いたため、一塁ランナーは二塁に進めてしまったが、都代は一塁で封殺できた。

 続く五番、六番は三振で切って見せた。

 奈子が都代の打球を体を張って止めたのだ。私も気迫を見せないと罰が当たる。

 しかし、それはそれで大きい代償を払うことにはなったのだが・・・。


「どうしたのよ?それ」

 五回表の私らの攻撃も多恵に三人で片付けられ、その裏の守備に就こうか否やとしたとき、突然、遥が叫んだ。

 遥の隣に座った奈子がうずくまっている。

 何事かと集まった私らの前に、衝撃の光景が広がっていた。

 奈子の左手首付近が腫れあがっていたのだ。

「まさか、あの時?」

 鷹乃が、都代の打球を奈子が止めたシーンを思い返した。

「グローブに当たった気がしてたから、気にしてなかった」

 弱々しげに奈子が口を開く。

 恐らく、当たった直ぐは痺れもあったのだろう。それが時間が経つにつれ痛みに変わった。

 それでも、奈子の左手にはミットがはめられていた。

「まだ、試合出る気だったんだね」

 遥が、そんな奈子に涙を浮かべながらミットを外しにかかる。

「・・・私、それくらいしか出来ないし」

 言葉足らずではあったが、奈子の言葉に、豪乃へ、そしてチームへの思いが十分に込められていた。

「・・・」

 そんな光景にみんなが沈黙する。

 しかし、豪乃が奈子の左手から外したファーストミットを遥から受け取りながら、その沈黙を破った。

「奈子さん、ありがとう。私ならもう大丈夫です」

 晴れやかな顔をした豪乃の姿があった。

「よおっし」

 奈子の意地に、豪乃の思いに感化された樹里が叫んだ。

「おお!」

 それに応じるかのように、私らも叫んでベンチを飛び出した。


「えぇ?あれがボールなの?」

 絶対にあれはストライクだ!という表情を浮かべながら、私は一塁へ進むバッターランナーを恨みがましい目で睨んだ。

 ゲームは七回裏まで進んでいた。そう!最終回。

 そしてツーアウト。で、このバッターを打ち取れば、晴れて私たちの勝ちだったのに・・・。

 ストライクだと確信していた紀子も、複雑な表情をしながら、振り上げた両手を下ろしていた

 “ヤッタ~”の“ヤ”まで言いかけてたからね。紀子は・・・笑。


 試合は、1対0のまま、この回に突入した。

 結局、私らは二回以降、多恵に鷹乃のボテボテの内野安打一本に抑えられた。七回表も三人で抑えられた。しかも、私が最後のバッター・・・三振で。

「バッターアウト」

 主審がそうコールする中、「ふふん」と得意満面の笑みを浮かべながらマウンドを後にする多恵の姿が、すごく鼻に付いた。

「絶対、勝ってやる」

 そう意気込んで上がった七回裏のマウンドだ。

 勝利はすぐそこまで来てるのに・・・。


「ひな」

 マウンドに紀子が歩み寄ってきた。

「なに?」

「焦らずに行こう。投げ急ぐな」

「分かってる」

 幾つか言葉を交わし、お互いの守備位置に戻る私と紀子。

 しかし、ここで打席に入ってきたのは因縁の相手である多恵だ。

 最初の打席でヒットを打たれているが、これも転がったところが良かっただけで打ち取ったあたりだった。次の打席は三振。打者での多恵との勝負ではこちらが勝っている。

「さっきの顔、泣き顔に変えてあげるから」

 私は投球モーションに入った。


「ファウル」

 三球目のストライクを振りに行ったが、多恵のバットは明らかに振り遅れていた。当てるのがやっとだった。

「まだ、これだけ球威は残っているのね」

 痺れる両手を見ながら多恵は呟いた。

 あの時から、目の前の人物に勝つために頑張ってきた。投げる方では完勝だった。でも、試合に負けてしまっては元も子もない。

 そんな思いが多恵の中に駆け巡る。

「絶対に負けない!」


「しぶといわね」

 仕留めるために放った自慢のストレート。低めいっぱいに決まったはずなのに当ててきた。

 忌々しげに多恵を睨みつける私。

 あと、アウト一つ。あと、ストライク一つで試合が決まる。

 三人で始めた野球部の活動。それから豪乃と樹里に出会った。そして、二人の姉たちの話を聞いた。そうこうするうちに、みんなで十一人の仲間が集まった。これで、行くんだ。

この仲間で全国に行くんだ。

 そんな思いが私の中に駆け巡る。

「絶対に勝つ!」


 ツーボールツーストライク。

 運命の五球目。

 ガッ。

 鈍い音を残し、多恵の振りぬいたバットに弾き返されたボールが、私の前に転々と転がってきた。

「勝った」

 私は、内心叫んでいた。

 それを拾い上げ一塁の豪乃に振り向く。

 豪乃も笑顔だ。

 しかし・・・。

 ツルッ!

 ボールが私の手の中から滑り出た。しっかりと掴み切れないまま放られたボールは豪乃の遥か頭上を通っていく。豪乃がジャンプするも届かない。

「わぁ!」

 球場全体が歓声で揺れた。

 ライト方向にファウルグラウンドを転がっていくボール。

「何やってんだ!」

 叫びながら羽衣がようやく追いついた。

 それを見て一塁ランナーは三塁へ。多恵は二塁に進んでいた。

 打順は先頭に戻る。私たちは一転、ピンチに陥った。


「何やってんだよ」

「勝ってたのに」

「ドンマイです」

「まあまあ」

「ひなのばか」

 マウンドに集まってきた樹里が、鷹乃が、來未が、豪乃が、紀子が、それぞれの思いを私にぶつけてきた。

 來未や豪乃の慰めの言葉も今は痛い。むしろ、鷹乃や樹里先輩のように罵ってもらった方が幾分楽だ。でも、紀子のはただの文句よね。

「すみません」

 私は、これだけ返すのがやっとだった。

「とにかく、バッターにだけ集中していこう。あと一つだ。締まっていくぞ」

 樹里が、最後の気合を入れ、私らはそれそれの守備位置に戻った。

 一番バッターの香奈を迎え、外野にボールが抜けるのを避けようと、内野は少し後方に守備位置をずらした。

 このバッターに全身全霊を傾ける。

 しかし、この時、僅かばかりではあったが、二塁ランナーの多恵のリードが広いことに、私たちの誰もが気付かなかった。


 バシン!

 初球が重々しく紀子の構えたミットを鳴らす。

「まだまだボールは走ってる。大丈夫」

 紀子はそう感じていた。

 対する香奈も同じことを考えていた。

「私じゃ、外野にボールを運ぶのは無理かな」

 そう呟きながら、ヘルメットを被りなおし、自分に気合を込めるように両手で頬を軽くたたいた。

 私らは全く気付きもしなかった。それが多恵に向けてのサインだと言うことに・・・。


 二球目。

 通常より後方に位置する内野陣を見て、ツーアウトにも関わらず香奈はセーフティーバントを試みてきた。しかし、三塁方向ではあるが私よりにボールが転がってきた。しかも、勢いが強い。

「行ける」

 私は、「任せろ」と叫んだ樹里を制して、そのボールの処理に走った。

 豪乃に向き直る。今度は慎重に。しかし、先程の暴投が頭をよぎった。その思いが、少しだけ私の動きを緩慢にした。無意識に余計な力が掛かる。

 これにより、今度は豪乃に届くかどうかの山なりのボールになってしまった。

 でも、これをアウトにすればゲームセットだ。

 豪乃が思い切り伸びて、これを捕らえようとする。

 香奈が一塁に迫る。速い。

 豪乃のミットにボールが収まる。

 それと同時に香奈が一塁を駆け抜ける。

 アウトなら試合終了。セーフなら・・・。

 みんなが一塁塁審に注目するも、私らには非情の声が上がる。

「セーフ!」

 その声に学院館のベンチが沸く。

「ホームぅ!」

 これと同時に紀子、樹里、鷹乃が叫んでいた。

 多恵が三塁ベースを回っていたのだ。

「まさか、ツーランスクイズ?」

 私は再び豪乃に視線を向ける。

 豪乃も本塁へ送球する姿勢に入るが、捕球の際に思い切り伸びきっていたおかげで、その動作がワンテンポ遅れる。元より、豪乃の体力は未だに完全に戻っていない。

「ホームイン!」

 豪乃から転送されたボールが紀子の元に届いた際には、既に多恵が本塁に到達した後だった。

 みんなが立ち尽くす。

 豪乃や來未が崩れ堕ちる。

 1対2。ツーアウトからのまさかのサヨナラ負けだった。勝利を目前にして・・・。

「え?え?なんで?なんで・・・」

 いきなり突き付けられた現実に、私も混乱しながらへたり込むしかなかった。

 目の前に、劇的な勝利に沸く学院館ナインの姿があった。

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