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十二、純と遥と奈子

 キーンコーンカーンコーン。

 午後の授業開始の予鈴が鳴り響く。

 あれから何の進展もないまま一週間が経過した。

 不足したままの部員に顧問。

 羽衣や來未、伊織や佳奈ん時みたいに、集まるときには一気に集まるのに・・・。

「え~、野球って坊主にしなきゃなんないんでしょ~?ダサいし、真夏にスポーツなんてマジ無理~」

 クラスの帰宅部連中に声を掛けてみても、全く相手にされない。

「だいたい、なんで女子まで坊主にしなきゃなんないのよ」

 そんな彼女らの発言に、一人で切れてみるが何の解決にもならない。

「私も思いつく限り声かけてみてるけど全然ダメ」

「私もだ。中学時代に部活やってた娘は、もう何かしらの部活に入ってる」

 鷹乃と紀子にも事情を話し、思いつくところを当たってもらっているが、二人も結果は一緒のようだ。

 しかし、ふと私らの周りの雰囲気が違っているのに気が付いた。

「あれ、みんなどこ行った?」

 そろそろ午後の授業が始まろうとする頃なのに、伊織や佳奈どころか教室には私ら三人以外誰もいない。

「あ!今日は午後から教育実習の先生がくるから」

「体育館で集会か」

 鷹乃と紀子がそれぞれ叫ぶ。

 キーンコーンカーンコーン。

 そうこうするうちに、本鈴が鳴ってしまった。

「だ~っ、急ぐわよ!」

 二人を促し、私ら三人ダッシュで体育館に向かった。


 私らの学校では、集会時にはいつも自席で使っている椅子を持って行って、それに座ることになっている。こんな時は、それがすっごく煩わしい。

 体育館の入り口の扉を少し開いてみる。

「・・・であるからしてぇ~」

 やばい。学園長の挨拶が始まっちゃってる。

 私らは一年なので、最後列に並ぶことになっている。

 いつもは、上級生が座る位置を決めてくれるまで自分らが待たされてしまうのだが、今回だけはラッキー。

 コソコソと自分のクラスの列に私ら三人潜り込むことに成功する。

 しかし、そこに陣取っていた伊織がやれやれといった表情で私たちを待ち受けていた。

「貴女たちねぇ、五分前行動!」

「へへへ。ごめんごめん」

 小言を飛ばす伊織に、私ら三人揃って愛想笑いで誤魔化すことにした。


「教育実習の先生たちって、何人いるの」

 気を取り直して、伊織に小声で質問してみる。

「五人よ。でも男性の先生は一人だけ」

 ステージを一瞥し、伊織はそう言いながら軽いため息をつく。

「ありゃ?委員長も男性教師が気になるの?」

 女子高の宿命か。若い男性が圧倒的に少ない環境であるが故に、出会いも少ない。他校の男子と付き合ってる生徒もいるようであるが、年頃の私たちには、少しフラストレーションがたまる環境ではある。

「うるさいわね、もう」

 茶化す私に、照れながらも頬を膨らませ怒った表情を見せる伊織。初心だねぇ。そんな伊織を見ていると純粋にそう思う。・・・まあ、私も男子と付き合ったことないんだけどね。

「でもね、女性の先生の中で、すごい美人の先生がいるの」

 そういう伊織の視線の先に、「おぉ~」と思わず声に出してしまいそうな、女優顔負けの美貌を誇る女教師が一人座っていた。

 腰の辺りまで伸ばした黒髪が眩しく輝き、対象的に白い肌の小さな顔。すっと通った鼻筋に切れ長の瞳と少し薄めの唇が、絶妙なバランスで配置されている。

「惚れちゃいそう」

 素直な私の気持ちが漏れ出た。

 みんなも私と同じ気持ちなのか、体育館に集まった生徒全員少しざわついている。

 そんな中、生徒らとは別に、教師と同列に並んで座っている生徒会の会長と副会長、豪乃と樹里の姿が目に入った。

 しかし、様子が変だ。

「どうしたんだろう」

 二人とも大きく目を見開いて一点を凝視している。他の生徒の興味本位とは違うその視線の先を追うと、例の女教師に行き当たるが・・・。

「静かに!これより教育実習にいらっしゃった先生方に、それぞれ挨拶をしてもらいます」

 進行役の教師の一言に、再び静寂が戻るが、豪乃と樹里の表情は固まったままだった。

 気になりつつも、私はステージに視線を戻した。


 それから少し前の生徒会室。

「豪乃~、そろそろ体育館に行こうぜぇ」

 午後からは教育実習生の就任式が予定されていた。

 この学園は、そういった体育館でのイベントでは、生徒会の会長と副会長は教師と同じ列に並んで座る習わしになっていた。そのせいか、そんなイベント前には生徒会室に二人が待ち合わせることが常になっており、豪乃と樹里の場合は、決まって樹里が豪乃を待たせる形になっていた。しかし、当の樹里は、最初こそ申し訳なさげな表情をしながら生徒会室に入ってきていたが、最近は堂々としたものになっていた。いわゆるふてぶてしいと言うやつである。

 しかしながら豪乃の方は、それだけ待たされても常に笑顔で樹里を迎えていた。だが、今日ばかりはその様子が違っていた。

 一枚の紙きれを神妙な表情で見つめ、樹里の言葉にも返事をせずにいたのだ。

「どうしたんだよ?」

 変に思った樹里も豪乃の隣に並び、その紙きれに目を通してみる。

 “教育実習生名簿一覧”と表題に書かれている。順に、教育実習生の氏名と受け持つクラス及び担当教科が記載されていた。

「え?」

 五人目の教育実習生の名前を見た瞬間、樹里も思わず驚きの声を上げていた。

 そこには、“宮地 純”と記載されていたからだ。


 お互いが信じられないものを見たという感じだったが、就任式まで時間が迫ってきた。二人は生徒会室を離れ、無言のまま体育館に移動した。

 体育館に到着し、所定の場所に腰かける。

「同姓同名っているんだな?・・・俺、何も聞いてないぞ」

 黙りこくった豪乃の隣で、樹里が自らを落ち着かせようと口を開いた。

 式が始まり、教頭に促され、教育実習生五人がステージに上がっていく。そこに並べられた人数分の椅子に、それぞれが笑みを浮かべながら着席していく。

 その一連の動きを目で追う二人。

 最後尾を歩いていた教育実習生が着席しこちらに振り向いた。

「うわ・・・」

 二度目の衝撃に、驚きの言葉が樹里の口から飛び出す。

 最後に見てから二年と少し、その時から少々大人びていたが、それは紛れもなく樹里の姉の姿だった。


「宮地 純です」

 最後に登壇した女教師がそう自分のことを名乗った。

「・・・どっかで聞いたな。その名前」

 私は、腕を組みながら記憶を探ってみる。

「ひな、ひな」

 鷹乃が囁きながら私の肩をツンツンと突いてきた。

「何?」

「あれって、樹里先輩のお姉さんじゃない?」

「じゃない?」

 久々に語尾だけ紀子が鷹乃にハモらせてきた。

「えぇ?」

 私はそのハモりに突っ込む以前に驚いた。

 その声が思いのほか大きかったのか、みんなの視線が私に集まる。

「あぁ、ごめんなさい」

 あたふたとしながら周りに詫びを入れる中、教師と同列にいた樹里と視線が合ってしまった。その樹里が私にコクンと頷き返す。

「え?て言うことは、本人?」

 話しの中でしか聞いたことのない人物が目の前に現れた。私も決して軽くはない衝撃を受け、半信半疑の思いが口から飛び出してくるのを止めることが出来なかった。


 就任式が終わり、ホームルームが終わった後、樹里は職員室に向かっていた。自分の姉を捕まえるためだった。

「ったく、久しぶりに帰ってきたと思ったら」

 久々の対面の嬉しさより、自分がいる学園に教育実習生として赴任してくることに対して、何の一言も連絡が無かったことに樹里は怒りを覚え、職員室への歩を急がせていた。

「失礼します」

 挨拶もそこそこに、職員室に入る樹里。

 キョロキョロと自分の姉を探す樹里の視線の先に豪乃がいた。どうやら先にここに来ていたようだった。そして、その前に・・・純がいた。

「姉貴、こんなとこで何してんだ」

 二人、何やら話していたようだったが、そんなことも構わず、二人の間に割って入るや否や、純に向かって樹里はそう叫んでいた。

 その声が少々大きかったのか、辺りが静まり返る。

 それでも、表情を崩さず純を睨みつける樹里に対して、最初、唖然となった純だったが、軽くため息ついた後に、こう言った。

「ここでは、先生でしてよ」

 純の毅然とした物言いに少しひるんだ樹里は、職員室では気まずさを感じ、豪乃も引き連れ、生徒会室に場所を移すことにした。


 一方、私たちも、就任式後に教室へ戻ったのだったが、どうしてもあの女教師が気になって仕方がなかった。

「あの先生、本当に樹里先輩のお姉さんなのかな?」

 どうしても頭から離れないその疑問を鷹乃と紀子の二人にぶつけてみる。

「確かめるしかないな」

 紀子がやる気満々で返事する。

「あんた、ホントにこういうの大好きね」

 少し苦笑いを浮かべながら紀子を茶化してみる。

 しかし、今回ばかりは鷹乃や伊織、そして伊織に付いてきた佳奈も興味津々で疑問解決を私に促してくる。。

「確かめるしかないわよ」

「確かめに行きましょう」

「何がどうしたのぉ?」

 一人だけ、何が問題なのか分かってないのがいるが、確かに私も気にはなる。

「じゃあ、生徒会室に行ってみますか」

 そして、、私たち五人は真相を聞き出すべく生徒会室に向かった。


「また、野球部がたむろってる」

 生徒会書記の高田(こうだ) (はるか)は、最近、生徒会室を我が物顔で出入りしている野球部員の姿を眺めながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「まあまあ、会長と副会長も野球部員だから仕方がないよ」

 対照的に、同じ生徒会役員である植柳(うやなぎ) 奈子(なこ)は天真爛漫な笑顔を浮かべながら遥の横に鎮座していた。

「あんたも呑気ねぇ」

 そばかす顔が特徴的な、もはや腐れ縁になっている友人に向かって遥はため息をついた。

 確かに、初めのうちは親愛なる生徒会長と、少々荒っぽさが目に付くものの、面倒見が良く、後輩にも人気のある副会長のすることだからと何も言わずにいたのだが、最近では野球部のミーティングもここで行われる事が日常になってきていて、おかげで、生徒会役員である自分たちが隅に追いやられる始末だ。

 今日においても、野球部のいざこざの舞台に生徒会室が使われようとしている。

 奈子が言うように、会長と副会長も同じ野球部員だからと、他の生徒会役員たちもあんまり文句を言ってないようだが、何か違う気がすると几帳面な遥は感じていた。

「私の方が間違ってるのかしら」

 物事の白黒をハッキリつけないと気が済まない性分の遥が頭を抱える。

「副会長はともかく、会長が野球だなんて・・・」

 遥は昨年、入学したてで教室の配置をまだ覚えきれてない頃、その教室への行き道が分からず遅刻しそうになったことがある。ただでさえ方向音痴の遥であったがゆえに、焦れば焦るほどパニックになりつつあったとき、偶然に豪乃と出会った。豪乃自身も、生徒会室から次の授業が行われる教室に移動しようとしていたようだったが、自分のことも構わず、その教室まで遥に付き添ってくれたのだ。遥はそれがきっかけとなり、豪乃のすべてを憧れようになり、そして生徒会役員に立候補した。

 せっかく、豪乃と同じ生徒会役員になれただけでなく書記長に任命されたということで、、豪乃と少しでも長くいられると嬉しく思っていた矢先にこのゴタゴタである。

「そうだねぇ、会長が野球やってたなんて、想像すらしてなかったよ」

 奈子も遥に同調するも、奈子の次のセリフが何よりも遥にショックを与えた。

「おかげで会長、少し日に焼けてきてない?」

「・・・うそだ」

 何より透き通るような白い肌。普段のお淑やかな振る舞い。

 遥にとって、理想の女性像を具現化する豪乃が野球部に毒されていっている気がして、半ば呆然となる。

 それでも、遥と奈子の目の前で行われているやりとりに、これから何が起きるのだろうと悔しくも興味を引かれてしまうのは確かなことだった。 


「黙ってたのは申し訳なかったと思ってます」

 生徒会室に集まった面々を前に、純は素直に頭を垂れながらそう言った。

 しかし、樹里は納得できず、座ったまま頬を膨らませ、そっぽを向いている。

 そんな樹里に代わり、豪乃が口を開いた。

「純さん・・・あ、宮地先生。その・・・、久しぶりにお会いできて、すごく嬉しいです」

 私には、豪乃の表情が、無理に嬉しさを押し殺しているように見えた。

「そりゃそうか」

 大事な人に久しぶり会えたんだものね。ホントは居ても立ってもいられない状態なんだろうな。彼女たちの過去の話を聞いている分、私は素直にそう思った。

 鷹乃らも、ハラハラしながら事の成り行きを見守っている。

 しかし、今の私らは完全にお邪魔虫だ。野次馬にしかなっていない。豪乃たちにも積もる話はあるだろう。

「じゃあ、豪乃先輩、私ら先にグラウンドに行ってますんで」

 ホントはこの場に留まりたい気持ちでいっぱいなのだが、それを必死に抑えて、私はバットを振るそぶりをして見せながら、そう言った。

「ほら、みんな行くよ~」

 外に出るよう、鷹乃たちを促す。

「今からが良いときなのに」

「えぇ~、もう行くんですかぁ~」

 紀子と佳奈が、そんな私に口々に抗議してくる。

「ほら、行くよ」

「佳奈、貴女、着替えるの時間かかるでしょ」

 鷹乃と伊織が、そんな私の気持ちを察して二人を連れ出すのを手伝ってくれた。

 さすがの二人。有難い。

 そんな私たちに安どの表情を見せる豪乃。

「ありがとう」

 そう言って、私たちを見送ってくれた。


 私ら野球部員が生徒会室を出て行ってから少し時間が経った頃、純が口を開いた。

「あの娘のそぶり。・・・もしかして、ごのちゃんたち、野球しているの?」

 少し驚いた感じではあったが、そい問いかけた純の表情は、あの時のものだった。姉が突然消えた豪乃の面倒を甲斐甲斐しく見てくれたあの時の・・・。

 純の言葉を噛みしめる豪乃。

「お帰りなさい」

 豪乃はそう言うだけで精いっぱいだった。豪乃の頬を涙が伝う。

「ただいま」

 純も、少し涙を浮かべながら豪乃を抱きよせる。

 そんな、しんみりした雰囲気を打ち破るように樹里も口を開いた。

「あれから、苦労したんだぜ。でも、なんとか野球部、復活したぜ」

 強がって息巻いて見せたが、樹里も感情を抑えきれないようだった。半分、泣き顔で表情が崩れかかっている。

「ほとんど、あいつらのお陰なんだけど」

 もう、最後は言葉になっていなかった。

 樹里は、机に突っ伏しながら泣き始めた。

 それには純も何も言わず、そっと樹里の頭を慈しむように撫でてあげるのだった。


「ちょっ、ちょっと私たち、どうすれば良いのよ」

 生徒会室の奥にいたがゆえ、野球部員たちと一緒に退出し損ねた遥が、小声で奈子に縋りついていた。

 確かに、目の前では久々の再会なのだろうと思われる感動の場面が繰り広げられているものの、そこに自分らが居ていいのだろうかという疑問が自分を責め立てる。

「ぐすぐすぐす」

 そんな心配をよそに、奈子は豪乃ら三人につられて、周りに憚らず泣き倒していた。

「あ、あんたねぇ」

 奈子と豪乃らを交互に見やり、自分に味方がいないことを察する遥。

 おろおろとすることしかできない。

 四人の涙をすする音だけが教室内に響く。

 そうするうちに、樹里が少し落ち着きを取り戻しつつあった。

「ふぅ~」

 樹里が深いため息をついた。

「さて」

 不意に樹里が遥と奈子に向き直る。

 そして・・・。

「お前ら、私の泣き顔見やがったな。罰として野球部に入部だな」

「えぇ?」

 樹里の本当に言い掛かりに近い一言に戸惑いが爆発する遥。

「ど、どうして私たちが野球部に?えぇぇ?」

 確かに、泣いてる姿が想像できない樹里のそんな姿が見られるなんて、なんてラッキー・・・いやいやいや、やばいものを見たような気もするが、とても納得なんてできない。

 しかし、未だに涙が止まらない奈子の方は違っていた。

「はいぃぃぃ」

 何の抵抗もなく受け入れの姿勢を見せている。

「ちょ、ちょっと、あんたなんでまだ泣いてんのよ。って言うか、え?えぇ?」

 半分パニックになる遥の目の前に、申し訳なさそうな表情をしながら一人の人物が佇んだ。

「遥さん。お願いしていいかしら」

 それは豪乃だった。

 まだ戸惑いが収まらないながらも、豪乃の目の周りがまだ少し赤くなっているのが遥の目に留まる。

 そんな表情をされたら・・・。

「・・・はい」

 そのころには、豪乃の気持ちを素直に受け入れる遥がいるだけだった。

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