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十三、初の対外試合

 ドキドキドキドキ。

「私って、こんなの苦手なのよね」

 遥は自分の前に並んだ十八の瞳を前にして固まったままでいた。

「なんだ、遥。緊張してんのか?じゃあ、私が先にやってやるよ」

 こういう時、奈子の性格がうらやましいと感じる遥。

 物怖じしないというか、能天気と言うか・・・そもそも何も考えてないのか。

 遥と奈子は私らを前にして自己紹介をやらされていた。

 半ば強引ではあったが、野球部に入部させられた遥と奈子。ただ、彼女たちは二年生。豪乃と樹里以外の私ら一年生には接点がない。私たちが生徒会室に行くたびに鋭い視線を投げかけていたことは記憶に残ってるけど・・・。だから、豪乃が今日の練習に先立って二人の自己紹介を、と気を遣ったのだ。

 結局、昨日は豪乃を始め、樹里と純、そしてこの二人はグラウンドに出てこなかった。豪乃ら三人は分かるとしても、この二人がこんなことになってるなんて、私たちは想像もしていなかった。

 想像していなかったとしたら、もう一つ。

 その場に純も一緒に佇んでいるということだ。

「よろしくお願いします」

 ようやく、遥もギクシャクとしながらも自分の紹介を終えた。

 そして・・・。

「宮地 純と申しまず。実習期間の短い間ではありますが、顧問代理として皆さんの練習を見させていただきます。よろしくお願いいたします」

 生徒の私たちに恭しく頭を下げる純。

 昨日、あれから豪乃と樹里にせがまれ、この学校にいる間だけという条件付きで了承したのだった。

「おぉ~」

 清楚なその姿に感嘆の声を上げる私たち。

「で、宮地先生、樹里先輩のお姉さんなのよね」

「おおぉ~」

 思わず口に出た私の言葉に、みんな、さらなる大きな歓声を上げる。

「どんな意味だよそりゃ?」

 その声にいきり立つ樹里に紀子がとどめの一言。

「宮地先生のどこ見てたらそんな言葉遣いになるんだ?」

「紀子、言いたいことはそれだけかぁ」

 ついに逆上する樹里。

「くすくすくす」

 その姿に思わず笑みを浮かべる豪乃。

「ふふふ」

 純も続けて笑い出す。

 それを合図に私らみんなが笑い転げた。樹里も、紀子も・・・。

「あぁ~、おなかが痛い」

 これでなんとかクリアできるのかな。大会に向けて障害はなくなった。


 準備運動からキャッチボール、ティーバッティングを一通り終えて小休止に入る。

 平日行う放課後の練習は、もうすぐ夏至を迎える今といえども、日没までせいぜい三時間程度しか行えない。少しでも効率よく、短時間で行っていく必要がある。

 しかし、遥と奈子の二人は初日であるためか動きが鈍い。と言うか、道具も満足に揃え切れてないどころか、そもそもジャージ姿だ。

 ボールの投げ方もぎこちなかった。

「もしかして、野球やるのって初めてなんですか?」

 私は遥に問いかけた。

「え?」

 少しドキリとした反応を示し、遥がおずおずと話し出した。

「野球どころか、私、運動自体が大の苦手で・・・」

「そうそう、走るのもダメで、毎回徒競走は最下位だったなぁ」

 遥に代わるように隣にいた奈子が続ける。

「ちょっ、ちょっと」

 そんな奈子を制しながらも顔を赤らめながらうつむく遥。

 しかし、私はふと遥のジャージのポケットが四角く膨らんでるのに気が付いた。

「何ですか?それ」

 そこを指差し、遥に問いかける。

「え?あの」

 と言いつつ、一瞬、そこを隠そうとしたが、恐る恐るそれを取り出し、私の目の前に差し出してきた。

「やるからには、きちんとしようと思って」

 それは野球のルールブックだった。

 さらに話を聞くと、昨日の学校帰りに購入したと言う事だった。

「どうせだったら、生徒会長やみんなの役に立ちたかったし・・・」

 顔を赤らめながら消え入る声で、そういう遥。

「でも、運動苦手だから、みんなの足を引っ張るかも・・・」

 あぁ、もう。可愛いなこの人。

「そんなことありません。少しづつ覚えていけば大丈夫です。これからよろしくお願いしますね」

 そんな遥の手を取り、私は輝く目を遥に向けていた。

「私のこともね。よろしく~」

 代わりに奈子が、私の背後からそう呼び掛けていた。


 太陽が半分ほど地平線に沈み、辺りの風景もオレンジから濃ゆい紫色に変わりだしてきた。

「そろそろ上がるぞぉ」

 樹里の声がグラウンドに響く。

 それを合図に私たちは道具の片づけに入った。

 ほどなくして道具の片づけを終えたころ、ベンチ脇にペタンと座り込む遥の姿があった。

「大丈夫ですか?」

「初日にしては頑張ってましたね。先輩」

 鷹乃と羽衣がそんな遥に気遣いを見せる。

「はぁ。なんか今日だけで一年分の運動した気がする」

 遥がそう言いながらため息をついた。

「おつかれさま」

 豪乃もそんな遥の横に膝まづきなから、今日の頑張りを称えた。

「遥さんや奈子さんは、あまり無理しないでね」

 自分たちが強引に入部させてしまった後ろめたさがあるのか、豪乃がそう付け加える。

「でも、やるからには少し頑張ってみましょうよ。野球もやってみれば楽しいですよ」

 私は、遥と奈子に語り掛ける。

「そうだぜ。目指すは全国大会!全国制覇だぜ!」

 樹里も、私に乗っかかる。

「まだ、一試合もやったことないですけどね」

 しかし、それに水を差すように紀子が突っ込む。

「てめぇは、そんなことばっか言いやがって」

 そう言いながら、逃げまわる紀子を追っかけ回す樹里の姿に、また一同が笑いに包まれた。

「でも、確かにそうね。そろそろ、考えてみましょうか」

 そんな中で、豪乃が一人、今後のことを思案していた。


 それから翌週の土曜日、私らは市内にある県営球場にいた。

 午前中に学園で少し体をほぐしてから自転車で移動すること三十分くらい。

 豪乃があれから練習試合の相手を当たってくれたのだが、県内にある二校の女子野球チームからは断られたらしい。特にやしろ学院館からは「子供たちにも意味のある試合をやらせたい」とかで、相手にもされなかったとか・・・。

 確かに、うちは復活して間もないし、未経験者除いたらきっかり九人しかいないし、全国的にも強豪の部類に入る学校からしたら、私たちと試合してるより練習してた方が有意義なんどろうけど、断り方っていうのもあるじゃない?・・・超、ムカつく。

 で、私らの今日の対戦相手がどうなったかっていうと、市内にあるリトルシニアのチームに決まった。なんでも、そこのチームの監督が豪乃の父親と繋がりがあるそうで、急な話でも予定を空けてくれたとか。おまけに、試合会場にしても練習試合で球場を使うってそんなにないことだと思うけど、これも豪乃の父親が手配したらしい。どんだけ、力があるんだろう。どっかの社長とのことだが・・・。

 ちなみに、リトルシニアとは少年硬式野球で中学生を対象にしたものだ。中学生と言っても、近い将来、高校球児として甲子園を目指し、活躍している選手が多く、当然、私らから見たらすんごい相手である。 

「相手は中学生ですが、気を抜かず頑張りましょう」

 そう言う豪乃の笑顔は今日も眩しい。

 しかし、私らの内心は「私ら野球やらせてもらえるのかな・・・」と、穏やかではなかった。

 でも、私らは失うものは何もない。当たって砕けろだ。

「今日のオーダーは、こんな形で行きますわよ」

 一番、センター 羽衣

 二番、セカンド 來未

 三番、ショート 鷹乃

 四番、サード 樹里

 五番、ピッチャー ひな

 六番、ライト 佳奈

 七番、キャッチャー 紀子

 八番、ファースト 豪乃

 九番、レフト 伊織

 純が、順番にオーダーを発表していく。

「今日が初めての試合になります。失敗を恐れず、思い切りプレーしましょう」

 純の真っ白なユニフォーム姿も眩しい。

「おうっ!」

 そんな純を中心に円陣を組み、私らは気合を入れた。


 時は流れ、試合は七回の相手の攻撃が終わったところまで進んでいた。

「おっかしぃなぁ。もうちょっとやれる気がしたんだけど・・・」

 初回こそ0であるものの、二回から三イニング連続して3が並んでいる相手のスコアを眺めながら、私は一人へこんでいた。

 ストレートも走っていたし、変化球の具合も悪くなかった。そんじょそこらでへこたれる程、やわなスタミナではないとの自負もあった。

 それなのに、現時点で0対9。

 うちが一方的にやられていた。

 ここまで取られることなんて想像もしてなかった。

 私の考えが甘いのか、それとも逆にこれだけで済んで良かったと思うべきなのか?

 でも、五回からマウンドに上がった豪乃は七回までの三イニングをピシャリと抑えて見せたのだ。

「こんなはずじゃなかったのに・・・」

 自分の力ってこんなものかと思うとすごく情けなくなる。

「おう!ひな、まだ試合は終ってねぇぞ」

 豪乃とマウンドに上がるとともに、五回からマスクを被った樹里が気合を入れなおしてくる。

「一点でも取るぞ、ひな」

「頑張りましょう」

 七回の先頭バッターになる羽衣と続く來未も私に激を飛ばしてくる。

 打線は六回までヒット五本に抑えられていたが、得点機は何度かあった。悪くない。

「そうね」

 取られた九点は私の責任。そんな私が最初にしょげててどうする。前を向かなきゃ。

「とりゃ~」

 羽衣のバットが快音を発し、ボールを奇麗に弾き飛ばした。

 センター前ヒット。

 それに來未も続いた。

 粘りに粘った九球目を渋くライト前に持って行った。

 ノーアウト一塁、二塁。チャンスが広がる。

「私も!」

 三打席のうち一打席はフォアボールだったが、残りの二打席はともに快音を響かせていた鷹乃。

 その気合に押されたのか、相手ピッチャーは鷹乃相手にまたもやボールを四球重ねた。

 これで満塁。しかもノーアウトだ。

 ここで四番の樹里に回る。

 今日の樹里は最初の打席でヒットを打っている。

「樹里先輩のヒット、初めて見た」

 その時、紀子はまたしても意地悪なことを言っていたが・・・笑。

 押せ押せムードの私たちに少し臆してしまったのか、相手ピッチャーの初球が真ん中に入ってきた。

「どりゃあ」

 カキーン。

 その失投を見逃さず、樹里は完璧に捉えた。

 打球がレフトポール際に飛ぶ。

「ファール」

 しかし、わずかに切れた。

「はぁ~」

 行ったと思った私たち全員がため息とともに膝から崩れ落ちた。

「樹里、この打席はダメかもね」

 しかし、その様子を見ていた純が、私らの願いとは真逆の言葉を囁いた。

「え?」

 真芯でボール捉えてるのに?

 次こそはかっ飛ばしてくれるんじゃ?

 不思議に思う私たち。

「樹里ちゃんて、こう言う時って力み過ぎちゃうのよね」

 豪乃が、ため息交じりに純の気持ちを代弁した。

「え?」

 皆、樹里に注目する。

 いつの間にかツーストライクになっている。そして三球目。

「どりゃあ」

 渾身の一撃!

 そう言いたいところだったが、純の言葉通り樹里のバットは空を切った。

「えぇ~?」

 まさかの三振。

「樹里先輩ってぇ、こういうの裏切らないのねぇ・・・」

 今回は紀子ではなく佳奈が突っ込んだ。まあ、今回ばかりは私も同感だったが。

 ワンアウト。

 でも、気を取り直そう。

 次は私の打順だ。

 鼓動が高鳴る。

 最悪、ダブルプレーになると一気に試合終了もあり得る場面。

 緊張も高まる。

「よろしくお願いします」

 そんな私を鼓舞するように、自らに発破を掛けるように大声で挨拶しながら打席に入った。

「ひな、打ってぇ」

 ベンチで自分の打順を待つ伊織も思わず両手を合わせ祈る。

 一点。まずは一点だけでも欲しい。

 これが、チーム全員の願いだった。

 しかし、相手もタダでは引かない。

 ギリギリのところにストライクを二球決めてくる。そのあとの三球目はボール。

 ワンボールツーストライク。

「次は何で来るだろう」

 私は頭の中で次の球種を想像する。

 ストレート?スライダー?フォーク?

 今まで、相手ピッチャーが投げてきた球種を思い出し、色々思案する。

「だぁ~」

 まとまらない。こうなった来た球を叩くのみ。

 私は難しいことなんか考えらんない。直感で動くだけ!

 相手ピッチャーが放った四球目。私は無我夢中でバットを振った。

 スパーン。

 軽い手応えはあった。しかし、ボールはどこだ?

 ボールを見失った私は辺りをキョロキョロと見まわしてみる。

「よっしゃ~!」

「やった~!」

「すご~い」

 いきなり私らのベンチから歓声が上がった。

 それに一番びっくりしたのは私だった。

「ひな、すごいぞ!ホームランだ」

 三塁から羽衣が目を輝かせながら本塁へ生還してきた。

「え?え?」

 未だに事態が飲み込めない私に審判から声が掛かる。

「早く一周してきなさい」

 その声に、私はようやく一塁ベースに向かった。まだまだ背後からチームメイトの歓声が上がっている。

 ふと気づいた。私の両手が微かに震えている。

 高校入ってから初めてのホームラン。

「ナイスホームラン」

「ナイスです」

 ダイヤモンドを一周し、本塁へ還ってきた私を鷹乃と來未が迎えてくれた。

 ベンチに戻ると、ハイタッチやらみんなが手荒い祝福を私にくれた。

 すっごい気持ちいい。

 スコアは4対9。一気に五点差に縮まる。

 なんだか、行けそうな気がしてきたよぉ~。

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