悪ー貳拾貳ー
やっと戻ってこられた……。
時は数刻ばかりその歩みを辿る。
……普通に言うならば、三十分前。
〜三十分前〜
「それでは行ってきます」
まるで今から会社に行くようないち家庭のサラリーマンみたいなことを僕は屋上で後ろにいる女子高生に言った。
「はい、いってらっしゃい」
と、こちらもまるで朝早くから仕事に出る夫を見送る妻のようなことを言う女子高生、サヤさん。
今回の騒動の大元、を文字通りに引き寄せている張本人だ。
彼女、サヤさんは見た目はどこにでもいるごく普通の女子高生ではあるが、その正体は“悪”を引き寄せる“アクヨセ”であり、本来なら“悪殺し”である僕が殺す標的だ。
実際に殺すといっても本当に殺すのではなく彼女の本質である“アクヨセ”だけを殺す。それが“殺す者”である僕、“悪殺し”の目的でもあり役目。
……だったのだが。
一ヶ月前。そして先日。
計二回も僕は彼女の“アクヨセ”を殺しているのだがどういうわけか彼女の“アクヨセ”は殺せず、かえってその力が増すという予想外の最悪の結果となってしまった。
そのため今や彼女の“アクヨセ”の力はユニアドの外にまでその範囲を及ぼす程に。
このままではユニアドの住人全員が“アクビト”と化してしまうので、そうなる前に人々の“悪”の部分のみを片っ端から殺そうとしているのだが…………。
しかし、そうなるとユニアドの住人は全員廃人となってしまう。つまりどっちみち滅んでしまうのだ。
一方、“アクヨセ”によりユニアドを“アクビト”で埋め尽くすか。
一方、“悪殺し”によりユニアド全域の“悪”を殺して廃人だらけにするか。
二つに一つであった。のだが。
どっちを選んでも破滅という道しかない中、僕は思いつきでとある第三の道を彼女に示した。
『“アクヨセ”を制御すること』
僕はそう言った。
もしこれが可能となれば僕の予想では“悪”の集合率は操作されることになり、さらには人の内なる“悪”への干渉も出来、ひいてはサヤさんの“アクヨセ”を殺さずとも無害化にすることが出来る。
だがこれは不可能であると僕は思っている。
元来“アクヨセ”というのは性質というより体質に近い傾向のある能力で、意志の力でどうこう出来る代物ではないのだ。
言ってしまえば人間が人間をやめるようなもの。制御が出来る出来ないの話ではない。
前例も実例も無い。
根拠も無い。
ではなぜこんな無謀な案を僕は彼女に言ったのか?
別にこの事態の大元を引き寄せた責任を取らせたい訳でもどうしようもない現実から逃げ道を作ってやりたい訳でも絶望に打ちひしがれている彼女に希望を持たせたい訳でもない。
理由は単純、サヤさんがかつて例を見ない“寄せる者”だからだ。
殺しても殺せない。
力の大きさとはあまりにも不釣り合いなほどに失う代償の軽さ。
そして能力。
今まで遭ったなかでも特殊の中の特殊で奇異の中の奇異な存在。
例外中の例外である彼女ならばあるいは、と僕は思ったのだ。
まさに浅はかな考えであっただろう。
筋道の無い子供のような考え。
それでも。
僕は彼女に勝負を持ちかけた。どちらの思い通りになるかの。どちらの真実が正しいのかを。
“悪”の制御を出来るのか出来ないのか。
そのため僕は飛び発つ。
“アクビト”が一体でもならない限りは。
彼女、サヤさんのために時間稼ぎを。
僕が僕のままで。
ーーーーーー
そして現在。
まるでしばらく休載していてもう内容も何もかも忘れた人のための処置としてここまでのあらすじをさらっと入れてみた気分だけれども。
ともかく。
僕は飛び降りる。校舎の屋上から。
飛び降りた直後はその跳躍によりしばらくは体は上へと進む。
しかし最高点に到達し、体が空中に固定されれば待っているのは逃れられない重力の鎖。
地球が形成される際、その周囲にあるものを中心へと集約した。その力は五十億余年が過ぎた今も変わらず存在する。
故に僕の体は地球の中心へと引き込まれ、結果落ちる。
景色は一度静止するも全ては下から上へと流れていく。
人は高さ二十メートルから落下すれば死ぬと言われているが、ユニアド学園の校舎の高さは二十メートルなど優に超えている。
つまりこのまま落下すれば僕の体は地面に叩きつけられて必然的に普通に死ぬわけだが───。
そう、普通ならば。
重力はその身体を捕らえ、それを己が中心に引き寄せようとする。
その時の直線上の距離、つまり高さがあればあるほどにその速度、重力加速度が上がるわけだ。
そのため僕の身体は徐々に徐々にと地面に向かって加速度的に落ちていく──はずなのだが。
スタッ。
地面に着地する。そう、着地。落下ではない。
だがしかし、その時に生じるであろう砂埃や衝撃などは一切起きなかった。さながらまるでその場でジャンプ|して着地したかのように《・・・・・・・・・・・》──。
周囲に人がいないことは確認済みであるがもし今の現場を見る者がいればその者には僕がゆっくりと屋上から飛び降りたかのように見えたことだろう。まぁ、実際は等間隔の減速なので速度は一定になっていただけでけっしてゆっくりではないけども。
ともかく、まず僕は屋上から飛び降り着地してからまずしたことは。
「……さてどうしようかな…」
と、一人呟くことだった。
…………………………。
いやまぁ聞いてほしい。
先程も言った通り僕はサヤさんが“アクヨセ”を制御出来るとは思っていない。根拠も何も無い。
そもそも僕は“悪殺し”であって“アクヨセ”とは本来標的でしかない関係なのだ。
でも殺せない。針は刺さるのに反応しない。殺す手段が無い。方法が無い。
殺す手段を現時点で用いていない僕はそのあまりにも特異な個性とどんどん状況が悪化する現状に若干の焦りが積もりに積もって勢いあんなことを──。
つまり何も考えていなかった。
ノープランだった。
……………こんなことサヤさんに言ったら怒られるじゃ済まないだろうな……。
まぁ、ともかく。
言った手前こちらもこちらで行動を起こさなくてはならない。
だがそうなると一つ問題が生じる。
実は僕は人間の内なる“悪”を視ることは出来ても感知することが出来ないのだ。
そのため目に見えない遠く離れた“悪”の存在を僕は確認出来ない。
それゆえ今ユニアドのどの辺りで“悪”を集中させているのかが分からない。それこそ実際視に行かなくてはならない。
でもそれでは間に合わない。全てが後手に回ってしまう。今日の朝街のビルからビルへ翔けた時に視た感じだとあの数の“悪”を殺すには一時間二時間では済まない。
そうこうしているうちにユニアドの住人は皆“アクビト”と化すだろう。
と、するならばやはり今から少しでも被害を最小にするべく“悪”を殺すのがベストだ。
でも。
僕は今回それが出来ない。
サヤさんとの賭けがあるから。
存在するかも怪しいユニアドの未来の第三の可能性を。
僕が殺すわけにはいかない。
そうすると今回僕は針を使うわけにはいかなくなるわけだが──。
ドゴォンッ!!
静寂に包まれた空間に突如として舞い込んだその騒音はまるで金属と金属を激しくぶつけたような音だった。
「……!?校門の方か!」
そして僕はそのまま問題を置き去りにして走った。
ーーーーーー
=数分前=
ユニアド学園・校門前。
ここ、ユニアド学園は国からの援助と独自の技術を兼ねているからかその設備はいち学園としては大層な造りをしていた。
またその見た目以上の技能だけを考えれば下手すれば国家機関のものよりも強固なセキュリティを要している可能性も疑えないほどのものでもある。
そのうちの一つであるユニアド学園の校門前には警備員が三人。通常ならば一人のところをさらに二人を足して全方位を常に監視しているわけだ。
仮にあの三人の警備を突破したとしても次は校門の中だ。
ユニアド学園の校門はそこにあるはずの鉄柵やら扉は無く、代わりに一つの機械と二つの壁が設置されていた。
その壁にはどこからか中に入れるようでちょうど機械の横に受付のような場所もある。
左右対称にあり、入り口と出口も仕分けられているその様装はまんま駅の改札口であった。
違う点と言えば壁のそこかしこにこの学園の者かどうかを確認するセンサーともし不審人物と捉えた時には自動的に防犯システムが働きすぐさま壁や床から銃やら網やら何から何まで出る………らしい。
もし仮にセンサーをごまかせても中には二人の警備員がいるのでそちらの目もある。
現時点では両方を誤魔化すのは不可能だ。
なので狙いは門、ではなく壁。
もちろんあの物騒な駅の改札口のような方のではなく、学園を囲う壁の方。
時代錯誤もいい方で如何にもな貴族達が好むような色合いとデザインを用いた壁。というか城壁。
この壁もただのデカイ壁ではない。中には重さを感知する重力センサーが仕込まれており、もしも少しでも体重をかけてしまえばたちまち警報がなるという仕様になっている。
ではなぜ壁へ向かうのか?その理由は校門が突破困難というのもあるが。
もっと単純な理由でもある。
「……やれ」
「了解」
その短い問答の末。
仲間の運転手が足の先、アクセルレバーを強く踏み込み。
自分含め数人を乗せたトラックをそのまま壁へと向かわせ、そして───。
ーーーーーー
ユニアド学園・校舎1F
「………誰もいない校舎ってなんか不気味だよなぁ」
「あら、怖いの?なら手を握ってあげましょうか?」
「いやいいよ」
冗談交じりに手を差し伸べてくる紫がかった黒のボブヘアの女子の手を払う体育会系の男子。
今この校舎の廊下にいるのは二人、ミキナとハゼトのみであった。
普段は賑やかな声が飛び交うのに対し、今は静寂のみがこの場の全てを飲み込むような圧を出していた。
「ま、無理もないわ。普段は誰かしらの気配やらを感じ取れるからそれほど違和感を感じなかったのかもしれないけれど学校って万がいち不審者に遭遇した時にすぐ隠れられるようにした構造にもなってるからね」
「え、そうなのか?」
「あくまで噂よ。でもそういう隠れられるところに人がいるかいないかの不安感が連続してこみ上げてくるから人のいない廃墟やら廃屋に恐怖するのよ」
「ふーん」
と、ハゼトの気の無い声が廊下に響く。
「……随分と興味無さげに返事するわね?それが人に教えを請うた者の態度なのかしら?」
「いや教えを請うたことねぇよ」
「ハゼト君の人格を疑うわ」
「俺はお前の精神を疑う」
そんなやり取りをしつつも二人は進む。
その目的、人物、共通の者のため。
そこにさらに『友情』が入るミキナにしては一刻も早く駆けつけたい衝動に駆られているのかハゼトよりも歩幅を少し広くしていく。
「なぁ、やっぱり俺が前を歩いた方が良くねぇか?」
そんなミキナの冷静とは思えない行動についそんなことを言ってしまうハゼト。
無意味と分かっていても。
「いえ、前回は暗い土地勘の薄い路地裏だからハゼト君をおと……先頭に行ってもらっていたけれど」
「今『囮』って言おうとしたよな?」
「今回はハゼト君には後ろにいてもらうわ」
まるで何も言われていないかのような華麗なスルーをされたハゼトは少し怪訝に思った。
「何でだ?そりゃ学校が土地勘あるからなら尚更俺が前にいた方がいいんじゃないのか?」
「確かにハゼト君の言う通り今回も裏路地の時と同様にした方がいいかもしれないけれど、それだと一つ問題が起きるのよ」
ピッ、とミキナは人差し指を立てる。
「問題?何だそりゃ?」
というハゼトに対し、ハァー、とミキナから溜息が一つ。
「さっき言ったでしょ。“学校の中って案外複雑で隠れられる場所が多い”って」
「おう」
「それって逆もまた然りと思わない?」
「…………………?」
ハゼトはしばらく考え込むように首を傾げ。
やがて「あっ」と言ってその本質に気付く。
「つまり相手、この場合は不審者か、が隠れ潜んでいる可能性があるってことか」
「そう、それでもしも背後から忍び寄られれば私は簡単に攫われることでしょうね」
ハゼトは絶句した。それはそのことを想像しての怒りからか、もしくは別の何かか。
「…まぁ、そうならないようにとこうしてハゼト君を後ろにしてる訳よ」
「…考え過ぎじゃないか?」
「かもね。でも万に一つということもあるわ」
昨夜のようにね、とミキナは言う。
「…………………」
そのことに対してはハゼトはノーコメントだった。
そのまま二人は一年の教室のある階を目指して階段を───。
「?」
突如ミキナの動きが止まる。
それによりハゼトも立ち止まった。
「どうかしたのか?」
と、ハゼトが聞くも。
「いえ………あの掃除用具入れ」
と、ミキナが言いかけると。
ドゴォンッ!!
突如やってきた爆音は二人を除いて誰もいない廊下の静寂を破った。
「何だ今の音!?」
「…どうやら思った以上に時間は無いようね!」
行くわよ!とミキナの掛け声にハゼトが応じ、二人は階段を駆け上がる。
そして校舎一階には誰もいなくなり───。
ーーーーーー
………。
……………。
……………………。
危なかった。
まさかまだ校舎に生徒が残っているとは…迂闊だった……。
ギィッ、と用具入れの扉を少し開け、先ほどの生徒がいないかの確認を終えると素早くジョネルヴィは外へその身を翻した。
二階から一階の階段を降りる際、突然生徒の声が聞こえたので慌てて入ったからかところどころに埃を被っていた。
それを払いながらにジョネルヴィは地下一階へとその足を運ばせる。
ここユニアド学園の校舎は地下が存在する。
そこには普段使われない教材、道具、工具と様々で雑多としており実質物置場と化している。
さらにそこにある教室は生徒たちが勝手出来ないようにと戸には鍵を、窓にはカーテンをして中の様子を確認できないようにしている。
ジョネルヴィの目的はその閉ざされた教室にある──のではない。
目的は廊下の向かって左側。そこに唐突に存在する通路。
いや、通路にしてはあまりにも短いので用途としては物置に近いものだろう。実際その通路には掃除用具を始め様々に使われなくなった教材やら何やらが無造作に置かれていた。
すぐ目の前には物置となる教室があるというのになぜこのような場が存在するのか?もちろん単なる建築ミスでもなんでもない。|むしろ地下はここのため《・・・・・・・・・・・》に作られたのだから。
その通路にジョネルヴィは入る。
道は道と言えないほど足場が悪く、またどういった用途のものか定かにならないものも幾つかあったがジョネルヴィにとってはそんなものに意を介す気は無かった。
そしてたどり着くは先程と同タイプの掃除用具入れ。
そこを開ける。
もちろんまた誰かが来たから隠れるためではない。ここが入り口なのだ。
開けるとそこには案の定というか当然というか掃除用具が入っていた。モップは立てかけてあり、雑巾などは内壁を覆う程にある。
どこからどう見ても普通の掃除用具入れだが一つ妙な点がある。
収容された掃除用具、もとい箒やモップ、雑巾に使われた形跡が見受けられないのだ。
普段誰も訪れないということもありこの場所は掃除場所として指定されていない……ならまだ分かる。
しかし、それでは説明がつかないところがある。それが廊下の床だ。
誰も来ないというのにここの床は妙に小綺麗で、ホコリが積もっているということが無いのだ。
それだとやはりここは掃除場所として指定されており、毎日掃除をされているだけ……ならば説明がつくがそれだと次は掃除用具が使われた形跡がないということに説明がつかない。
つまりここ地下一階では滅多に誰も使わないのに掃除を───その裏にあるものを隠す工作が必要だということだ。
掛けられたモップ類、その奥へと手を入れると。
目的のものはそこにあった。
思わずジョネルヴィの口元が上へと吊り上げられる。
ソレに少しの操作をした後。
突如ガシャンッ!と何か大きな音がしたかと思えば。
奥の壁、用具入れに面した壁がさらに奥へと動き出す。
そして現れるは地下へと続く階段。
「……ビンゴッ!」
任務中であるにも関わらず思わずそんなことを口から零すも。
ジョネルヴィはそのまま暗い階段へと足を踏み入れた。
次からは早い段階で書けるように頑張ります。




