悪ー拾捌ー
一つ言います。………悩みました。
粛清ノ時ハ来タレリ。
粛清ノ時ハ来タレリ。
我等はイコル教。
全ての人間は皆平等である。そこに上も下も無い。優劣など存在しない。
差別も無い。
皆が幸せに生きる為の平等なのだ。ユニアドはその我等イコル教の教えに反している。
故に我等イコル教は教えの元に。
ユニアドを粛清する。
粛清している。
そこに手段は問わない。
口を使って手を使って足を使って目を見て相手の心に訴えかける平和的な方法でもいい。
口を使って手を使って足を使って目を見て相手の心情など問答無用に暴力的方法でもいい。
本来ならば我々は前者の方で事にあたるべきであった。ユニアドが間違っていると、民衆に、国に、そしてユニアドの生徒たちに分かってもらった後にユニアドの方針を変えさせるべきだったのだ。
だがそのための時間が無かった。
最早ユニアドは、ユニアド学園は世界の均衡の脅威としかなっていない。
年々奴らの秀でた者の蒐集率は上がっていっている。
昨年では人里離れたとある国の秘境のような場所に隠れ住むある部族から見つけたなどというおよそ冗談としか思えない情報まである。しかも、事実だった。
そんな世界の隅々まで手が及んでしまっているのだ。
もう、時間が無いのだ。
説得など時間の無駄だろう。そんな事をしている間にユニアドは世界中からの蒐集をし続けるのだから。
一刻の猶予も無いのだ。
なりふりなど構っていられない。
例え今後、多くの者に恨まれ、憎まれ、蔑まれようとも。
我等イコル教はユニアドを粛清する。
武力をもって。
ーーーーーー
そこには様々な者がいた。
走り続ける者泣き叫ぶ者応戦しようとする者どこからか事態を聞きつけて興味本位に見に来た者怒りながらも内に秘めて逃げる者怪我をして足を引きずりながら逃げる者親とはぐれ親を呼びながら泣く子とそれを探す親必死に誰かの元へ向かおうとする者その者を止めて求める方向とは逆に行く者動かなくなった者。
死体。
ここには様々な者がいた。
様々なモノがあった。
そんな周囲のことなどどこ吹く風で街の公道を歩く姿が一人、ではなく多数。
黒ローブに身を包んだ集団、イコル教だ。
彼等が向かう先にはユニアド学園。
実質今のユニアドをここまでにした原因でもあり総本山。
そこに攻め入ろうとしている。
彼等の行く先に邪魔する物も邪魔する者はいなかった。
否、正確にはいた。
かつて動いていたその者たちは次々と黒ローブの彼等に動かぬモノにされた。
辺り一面には倒れて動かない人。
血。
それを見て叫ぶ者、逃げる者。
さらには別のところでも別の思惑によりラボが襲撃されており、今ユニアド中心部はパニック状態となっていた。
しかしそれとは対称的に黒ローブの集団──イコル教徒達は依然としてただ規則的に整然とした隊列を敷いたまま慌てるでもなく、かと言ってのんびりとしている訳でもなく必要最低限の速度を保ったままその足をユニアド学園へと向かわせていた。
その見た目はいささか奇妙であり、また清廉されたものであった。
先頭、一列目はまるでさながら軍隊であるかのような歩幅の合わせ方をしており、見事に綺麗に横に並んでいた。
その乱れぬ隊列は後続まであり、もしも上から見ればユニアドの街に黒い長方形がユニアド学園へ前進する光景が見られたことであろう。
その清廉された隊列はさながらイコル教の教えを顕現させたものと言えよう。
イコル教徒の一人が言った。
「ユニアド学園まであとどれくらい掛かりますか?」
「このペースならば三十分も経つことなくたどり着くでしょう」
好青年の男の声が返ってきた。
「ユニアド学園へ続く道は全て封鎖しましたか?」
年老いた男性が言った。
「東と西、北は完了しました。南もおそらくもうじき完了するでしょう。ですが人通りが多いスクランブル交差点や裏路地を通って抜ける者がおり、そちらの対応に時間が掛かる模様です」
年若い女性が答えた。
「スクランブル交差点の封鎖はそのまま継続とし、裏路地から抜ける者やユニアド学園へ向かう者、また我等を妨害する者は粛清対象として事に当たりましょう」
野太い声の男性が言った。
「そうしましょう」
枯れ木のような声が答えた。
子どものような声が言った。
渋みのある大人の声が答えた。
清らかな声の女性が言った。
濁った声の男性が答えた。
掠れるような小さい声が言った。
響くような大きい声が答えた。
中性的な声が言った。
鋭く刺すような声が答えた。
粘つく声が言った。
喉に何かが引っかかるような声が答えた。
ドスの効いた声が一般的な声が明るい声が同一な声が輝くような声が低いハスキーな声がおどろおどろしい声が暗く冷たい声がつんざく声が一定の抑揚のない声が高低に差が激しい声が女々しい声が強弱の無い声が。
言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた言った答えた───。
それは見るからに異様な光景であった。
会話自体にはなんの不自然も無かった。
ただ同じ人間が連続して喋らない、だけで。
まるで前もって打ち合わせでもしたかのようなその奇妙なやり取りは。
例えるならば一つの人間の脳内にある様々な思考同士がぶつかり合っているようであった。
彼等はイコル教。イコル教には上も下も無い。上下関係がない。
そう聞けば誰しもイコル教は「平等なる人間社会」という思想を元に考え、行動していると思うだろう。だがそれは違う。
「平等なる人間社会」はあくまで途中経過であって、目指すところではない。
イコル教が目指す先。その思念、理念の行き着く先には。
人と人との差を極限までに無くし、思考も考え方も全てを同位にし、その力関係さえも無くすこと。
つまるところイコル教は人間の個性を消している。
個性を消し、全てを同一にする。
統一する。
それこそが彼等イコル教の目指す場所なのだ。
それこそが彼等の言う理想の平等社会。
平等社会の成れの果て。
イコル教徒は、イコル教は。その組織そのものは。
実質一人の人間で形成されているようなものなのだ。
故に彼等の統率は乱れることはない。足並みも、呼吸も、思考も何もかも。
全てが一人の、一人の人間による集団であるのだから。
ピピピピッ。
ふと、誰か一人の、イコル教徒の中の誰かから機会音が鳴った。
「報告」
そしてそれを周囲の教徒達に伝えていく。
いかにイコル教徒と言えども、その役割までを全て統一するということは無かった。
言うなれば一人の人間での耳や口、手足のようなものであろう。
「報告、西の大公道での封鎖陣が突破された模様」
「突破された?民間人にか?」
「いえ、突破の際に使用されたトラックは一般用の物でしたが中の人間は戦闘服らしきモノを着込んでいてようです」
「戦闘服、だと?」
「まさか…」
「軍隊!?」
「バカな!この国の法律では国独自の武力の保有は認められていないのではなかったのか!?」
「自衛隊の間違いではないのか?」
「もしやユニアド独自の……」
イコル教徒達に次々と動揺と様々な憶測が感染していく。
個を捨てた実質一人の人間で構成されている組織では一人の動揺は組織全体の動揺へと繋がってしまう。
そこがイコル教の致命的に弱いところであり。
またそれがイコル教の全体的な強さに繋がる。
「いや、関係無い」
誰かがそう言った。
誰でもない、イコル教徒が。
「そうだ」
「関係無い」
「我等には」
「些末なことだ」
「我々のやることに」
「何の変更も無い」
その誰でもない一言により、イコル教徒達の動揺が消え、冷静が広がっていく。
「我等はイコル教」
「全ての人間は皆平等である」
「そこに上も下も無い」
「我等はイコル教」
「全ての人間は皆平等で差別などしてはならない」
「人間に差など無い。あってはならない」
「我等はイコル教」
「全ての人間は皆幸せでなくてはならない」
「人間に不幸を与えることは勿論与える存在も許してはならない」
「もしそのような危険因子が存在したならば」
「邪魔をするならば」
「粛清せよ」
「粛清せよ」
「粛清せよ」「粛清せよ」
「粛清せよ」「粛清せよ」「粛清せよ」
「粛清」
「粛清」「粛清」
「粛清」「粛清」「粛清」
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清。
まるで何かの呪文であるかのような言葉が、呟きがユニアドの道へ響く。
そして彼等イコル教は向かう。
足並みを寸分狂わすことなく。
列を乱すことなく。
同じ思考の元に。
誰もが違う言葉を言わず。
ユニアド学園へと。
粛清ノ時ハ来タレリ。
粛清ノ時ハ来タレリ。
悪ー拾玖ー は11/25掲載予定です。本当にゴメンなさい。