悪ー拾肆ー
粛清ノ時ハ来タレリ。
粛清ノ時ハ来タレリ。
まだ朝が始まって数時間、もう時期昼になるというこの時間帯にも関わらず明るいところでは目立つであろう色の黒のローブに身を包んだ集団がある場所へと向かっていた。
ユニアド学園だ。
道中その異質なる光景に目を奪われ、不気味がる者がいるも誰もが関わり合いになりたいとは思わないのか近づく者はいない。
その数は十や二十、では済まなかった。
百は軽くいた。
全身黒に身を包む集団が百近くもいるその光景はおぞましいものであろう。
もし上から見れば道がたちまち黒色に侵食されていく様を見ることができよう。
「ちょっと、なんなのあなた達?」
と、ここで彼等の動きを止める者が現れた。
警察である。
「こんな時間にそんな格好でこんな大人数で…通行の邪魔ですよ?」
どうやら警察は彼等を逮捕しに来たのではなく注意しに来たようである。
おそらく、どこからか通報があっていざ現場へ赴くと想像以上に怪しい集団が道路にひしめいていたのだ。
だがここはユニアド、外国とも交流のある街。
外国と交流するにつれ、極たまにだがこうして異文化が紛れ込んでトラブルを起こすことがあるのだ。故に警察もそのことに関しては仕方がないと判断し、しかしそのままにして置くわけにもいかないのでこうして注意だけはしておく、だけで終わらせていた。
そう、それだけで終わるはずだった。
「邪魔はお前だ」
「え?」
突然先頭に立っていた黒ローブの人物が言った言葉に理解が時間差で出来なかった警察は丸い目でその人物を見た。
そしてそれを理解する時間差が無くなる前に。
警察官は撃たれていた。
一発。
二発。
最後にトドメとばかりに一発。
一発目で自身の身体を地にやった警察官は次の二発で身体の撃たれたところを抑え呻き声を上げ最後の一発で完全に動かなくなった。
現場に血が流れる。
もちろん打ったのは黒ローブの人物だ。
その手には拳銃。
場は騒然とした。
今の惨劇を見て叫ぶ者、逃げる者、面白がって動画を撮る者、どこかに連絡する者、少し距離をとって観る者。
しかし黒ローブの集団はそんなことにはどこ吹く風でさも当たり前かのように平然とした態度で進む。そんな彼等の前に立とうとする者はもういなかった。
『我等はイコル教。
全ての人間は皆平等でなくてはならない。
そこに上や下、優劣をつけるべきではない』
『我等はイコル教。
全ての人間は皆平等で差別などしてはならない。
人間に差などはない。あってはならない』
『我等はイコル教。
全ての人間は皆幸せでなくてはならない。
人間に不幸を与えることはもちろん与える存在も許してはならない』
『もし、そのような危険因子が存在したならば』
「粛清せよ」
「粛清せよ」
「粛清せよ」
「粛清せよ」
『粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清せよ粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清』
人々には彼等が何を言っているのかは大半が分からないだろう。
だが怪しげな集団から囁かれる言葉の乱列はその集団の異様さをより一層増したことだろう。
そんな彼等が向かう先は一つ。
先頭を歩く人物の前の延長線上には。
ユニアド学園があった。
粛清ノ時ハ来タレリ。
粛清ノ時ハ来タレリ。
ーーーーーー
ユニアドもいう街は今や世界的にも有名な学園都市であるが、元は工業、漁業、産業で盛んな商業都市であった。
商業都市ということもあり、ユニアドという街は、いや島は大陸に囲まれるような孤島であったのだ。
昔、商業都市時代のユニアドの他地方の交流の手段は専ら船だけであった。
仕事にも交流の場にもプライベートにも使える船は正に商業都市であったユニアドにはなくてはならない存在だったと言えよう。
現在、学園都市ユニアドから出る船は南側のユニアドポートのみ。
その主な役割は旅客や車両を運送をするといったフェリー港というものである。
今も使われる船ではあるが、その大半は豪華客船やVIPを取り扱うものとユニアド中心街の富裕層でも手が出しづらいものだけであった。
だがここは学園都市ユニアド、もちろん中に住む者ほとんどがユニアド関係であるが、他地方からも仕事に来る一般人もいる。
そんな彼等にはどうやってユニアドを隔てている海を渡っているのか?当然とても泳げる距離ではない。
その答えは南以外の全七方向に架けられた橋にある。
特段珍しくもない橋であるが、たくさんの人が利用するということもあり、その幅は五対五の十車両が入る。
つまり通常よりかなり大きめに作られたことになる。
それが七つもあるというのだからユニアドの資産力はなかなかのものと言えよう。
もっと驚くべきはその橋の真ん中に電車が走っていることだが、残念ながらそこら辺りは割愛としよう。
さてそのユニアドに架かる七つの橋だが一応は国が管理するものとなっており、国道扱いをされている。
よって橋の入り口と出口には料金所も設置されている。
だがここの料金所の役割はただの通行料の徴収では留まらない。別の重要な役割があるのだ。
それは、車の中にある荷物に不審な物がないかの確認、つまりテロ防止である。
ユニアド独自の近未来技術により作られたセンサーで入り口と出口を通る車に瞬時にスキャンさせ、荷物が増えたか減ったか、はたまたはおかしな物が入ってないかの確認をする訳だ。
ちなみにあった場合は出口付近ですぐさま呼び止められ、場合によって罰金、没収を喰らう。
そしてこれも当たり前のことであるのだが。
橋を出る際その運転手が最初に見るユニアドの景色は廃墟である。
要するにユニアド外周部から入らなくてはならないことになる。
ーーーーーー
ここ、ユニアドは流石学園都市ということもあってそのセキュリティは世界一を誇るものだそうだ。
実際使われているものはユニアドが研究したものを応用として開発された近未来技術ばかりだ。
だが、どんな強固なセキュリティでも必ず穴は存在する。
外からの秘密裏な持ち込みが不可能であったとしても中からならどうだろうか?
そう、例えば外周部から中心部へ向かう道中にその荷物を紛れ込ませた車を走らせるとか。
他地方からユニアドへとやってくる車は大体が荷物運びに特化したトラックなどだ。
その理由は学園都市の研究施設に扱う器具や材料であることと、もう一つは単純に車よりも電車の利用者が多いからである。
故にこの時間帯の橋は大型車でいっぱいとなる。
その中に数台我々のものも紛れ込ませることは容易であった。何せ朝のこの時間帯は誰もが忙しくしているのだ。たかが数台のトラックが外周部から横入りしようと誰も気にしないことであろう。
その数台の内の幾つかに、我々は乗っていた。
座席にではない。その後ろに背負われている長細い箱の中にだ。
我々の総員はおおよそ千人。そのうちを幾つかの部隊に分けた。
ー突撃部隊ー
これは文字通りの部隊だ。この部隊が目的地に着けば合図があるまで待機、合図が出れば突撃、制圧の任を任せている。
ー遊撃部隊ー
この部隊は万が一、不測の事態などで激戦を強いられた時に援護に回る部隊だ。
基本的に突撃部隊の後方のバックアップなどを任せている。
そしてもう一つが…。
キィッ。
突然のブレーキにトラックの減速を感じつつやがて車体は止まった。だが今武装してる俺たちの体ではその慣性に逆らうことが出来ず転ぶ者が出た。
「おい、どうした?」
耳に手を当て、小型の通信機を介して仲間の運転手に話しかける。
「前方の道路に黒い布か何かで体を覆っている集団が道を封鎖しています」
「なんだと?」
意味が分からない。まさか俺たちの計画を知って妨害する者がいるのか…?いや、あり得ない。
「そいつらの特徴は?」
「はい。特徴は先ほども申しました黒い…これはローブでしょうか?それに背中には二本の横線が引かれております」
「!…おい、それって…」
「イコル教…のようです」
イコル教。その名の宗教集団は頭の片隅程度にはあった。だがその詳細についてはあまり知らない。知っていることと言えば、確か人間の差別を無くす人類水平基準を提唱して国々を回っていると聞いたぐらいだが…。
「いかがなさいますか?」
運転手がこちらの指示を待っている。その他の部下たちも俺の判断に注目してこちらを見ている者がいた。
「迂回しろ。別ルートから向かえ」
「よろしいのですか?」
「構わん」
「了解」
運転手がそう言うとエンジンが再び掛かる音が聞こえ、動き出す。そのまま元来た道へと引き返す。
「どうかしたのか?」
そう言って俺に近づいて来たのはホームレスになったばかりから常に一緒につるんでいた奴だった。この男、今や一つの軍隊を率いるリーダーとなった俺に周囲の部下たちの目も気にせずに気兼ね無く話し掛けてくる。
特にそのことに不満は無いが。
「イコル教が道を封鎖してるらしい」
「イコル教!?おい、大丈夫なのか?時間ねぇだろ?」
そいつはそう言って俺に詰め寄るように近づく。
「あぁ、今はまだ騒ぎを起こすわけにはいかないからな。余計なトラブルはなるべく避けていた方がいいだろう」
「まぁ、そのことに関しては同意するけどよ…」
「なんだ?」
「いやイコル教の目的は分かんねぇけどよ。このままじゃあいつらのせいで作戦が失敗するんじゃないかと思ってよ…」
確かに、奴らイコル教が一体何のために道を封鎖などしているのかは分からない。
が、それによって計画が狂うことはない。あったとしても微々たるもの、修正出来る範囲だ。
故にこいつの心配はまさに杞憂だと言えるが…。
周囲、他に待機してる部下たちを見る。
全員奪った戦闘服で武装をしており顔色は伺えないがどうにも不安の色が見える。
無理もない。何せ俺たちは特殊な訓練も何もしていないただの一般ホームレスなのだから。武装はしていても、実際の軍隊、いやこの街の警官達にも直接対峙すればひとたまりもないだろう。
だからか、こうした不測な事態が起きるとどうしても決心が揺らぎ出す。
「ふぅーっ…」
溜め息を吐く。
それにより自分の中にあるゴチャゴチャしたものを吐き出すような気分に浸る。
元はただのしがないサラリーマン。
それがある日ホームレスになり、その次はそのホームレスたちを率いた武装集団のリーダー。
僅か数年だと言うのにかなりの激動だ。責任の重さが違う。
ここで俺まで不安になればおそらくこの作戦は失敗する。
失敗すればどうなる?もちろん俺たちは捕まるだろう。今度こそこの街に全てを奪われてしまうのだから。
そんなこと、あってたまるか。
そう思い、俺は通信機のスイッチを入れた。
「……?」
すると近くにいた旧友はもちろん、その場に一緒に居合わせた部下も訝しげな表情を自分の通信機の方へ向ける。
「俺だ」
通信機の対象を部下全員に向けたので、今この声はおよそ千人近い人数に届いてるわけだ。
言葉を続ける。
「今この街にイコル教が暴動を起こしているようだが、構うな。作戦には何の支障もない」
全員が黙って聞く。
「……俺たちがここまで来るのにどれだけの年月が掛かった?」
ふと、そんな言葉を発する。
「それは人それぞれだろう。一年前の者もいれば、中には一ヶ月前だという奴も、もしかしたら一週間前というのもいるかもしれん」
俺は目を瞑る。その瞼の裏にこれまでの情景を浮かび上がらせる。
「俺はもうすぐ十年近くもなる。十年だ。この街が、ユニアドが間違った政策を行ってから。その後はまさに辛い日々の連続だった…。職を失い、家族を失い、家を失い、居場所を失い、自尊心を失った」
だが、と俺は続ける。
「それでも俺はこの日が来るのを待っていた。いつの日か、必ずこの街に復讐する時を。そのためにしたことはあまりにも無謀なことばかりだった。闇関係の者やマフィア、ヤクザ、様々な組織に襲撃した。…それにより何人もの同志を失った。それでも、俺たちはここまで来たのだ」
目を開ける。その目線の先はトラックの箱の壁を突き抜け、真っ直ぐ、全ての根源へ向けて。
「思い出せ、この街が俺たちにしたことを。
思い出せ、俺たちが何を失ったのかを。
…思い出せ、俺たちがすべきことを」
そう言って、俺は部下たちの顔を見る。全員こちらを見ていた。
「不安はあるかもしれない。だが、忘れるな。お前たちは一人じゃない。俺たち仲間がいる。何があってもこの作戦は成功させてみせる。いや、成功する」
部下たちの顔にはもう不安の色は消えていた。
あったのは一つの色。
必ずやり遂げる、といった使命感だ。
「今日をもって、この街には大きな革新が起きるだろう。俺たちの手でな。その時こそ俺たちの、そして心半ば散っていった同志たちの無念も晴れることだろう」
そして。
「俺からの指示はただ一つだ」
俺はこの十年の想いを、その言葉に込めて言った。
「……全てを奪い返せ」
ブツッ。
それにより俺は回線を切った。
横にいた旧友は少しにやけ顔でこちらを見ていた。
「ハッ、言うじゃねぇか」
「フンッ、大したことじゃねーよ」
「でも全員の士気は上がった。やっぱりさすがだよ…」
部下たちを見る。もう、先ほどの不安など微塵も残ってないだろう。
これなら大丈夫だ。
「もうすぐ作戦の時間だ。身を引き締めておけ」
「あぁ」
短く、そいつはそう言うと俺から少し離れてそこに座り、瞑想するように目を瞑った。
俺もそれにならい目を瞑る。頭には作戦の段取りを思い浮かべながら。
目的地に怨恨の思念を送って。
俺たちが乗っているトラックが向かうその先にあるものは。
ユニアド学園。
ここで一つ整理しておきます。
ジョネル:ユニアド学園から機密情報を盗むため潜入。
イコル教:教えに従って全てを平等にするためにユニアド関連の者を粛清する。
武装ホームレス集団:全てを失った恨みを晴らすためにユニアドに復讐。