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小話 舞台劇

既に思いが通じ合った後のお話。

もともと他者視点で描いていたので変わりづらいかもしれません。

 私、レイラは劇の鑑賞が好きだ。


 舞台劇って素晴らしい。


 前世では舞台劇なんて見たことも興味さえも無かった。今、それを死ぬほど悔やむ程好きだ。……既に一度死んでるけど。


 大好きな舞台劇の中で、悲劇は絶対に一人で行くと決めている。感情移入の激しい私は、それはもうメイクがどばどば落ちるくらいに泣いてしまうのだ。

 この世界ではウォータープルーフの化粧品など無いので、凄いことになってしまう。はっきり言ってお化けだ。顔面犯罪と言っても過言ではないと自負している。


 化粧をしない方がいくらかマシ。なので、私は化粧せず、平民に変装して劇をみている。

 まぁ、それを知り合いに見せるわけにはいかないので結果的に一人で行くことになるのだ。喜劇は友人と行くこともある。幸い原作の「レイラ」とは違い取り巻きではなく友人もいるからね!


 ちなみにアーロンとは劇を見に来た事はない。忙しいのもあるけれど。……大好きな人だ。泣き顔やすっぴんなんてさらせない。この世界は悲劇混じりの恋愛劇が多いのだ。私は女優のように綺麗に泣けないので、絶対に見せたくない。

 

 しかし、


「レイラ、舞台を観に行かないか?」


 そう、愛おしい彼に言われてしまっては断ることなど出来るわけがない。

「……ええ。題名は?」

 もしかしたら、喜劇かもと期待を込めて、聞く。

「『眠りゆく君』だ」

 ……うん。これ、明らかに悲劇デスネ。

 

 くっ! しかし、繰り返すが、アーロンの! 誘いを! この私が! 断れるはずがないのだ。

 ……確かその作品。原作があったはずよね。

 内容を予習して備えなきゃ。アーロンに無様な顔を晒すわけにはいかないのだから。


※※


 私は馬車の中でぎゅっと拳を握った。……絶対に泣かない。

 

 原作の小説を読んだときは二回泣いてしまったけれど、三回目からは泣かなかった。冒頭の文章をそらんずることが出来るくらいひたすら読んだ。だから、きっと、大丈夫。

 

「レイラ。気分が悪いのか?」

「いいえ。大丈夫。寧ろ良いくらいよ」

 心配そうに見つめてきたアーロンに微笑みを返す。

「実はね、原作を読んで来たの。とても好きなお話だったわ。これから観るのが楽しみ」

 ええ、あくまで物語としては好きだし、観るの自体は楽しみなんだ。ただ、不安なだけで。

「そうか。私も原作は読んだ。君が好きそうな話だと思って」

「あ、ありが、とう」

 ……こういう「貴方の好みを知っていますよ」みたいな台詞をサラッと言われるとドキッとしてしまう。我ながら単純だけど。好みを知ってもらえるほど近くに居たんだ、と思うとなんだか良いなぁ。


 馬車がとまり、劇場に着いた。紳士の鏡であるアーロンの差し出してくれた手をとり、腕に絡まる。以前は怖々だったけれど、もう晴れて思いを通じ合ったので遠慮はしない。

 

 劇場に足を踏み入れた。

 煌びやかではない程度に飾り付けられた劇場は居心地が良い。平民でも気軽にがコンセプトのここの空気は好きだ。席についてしばらくすると挨拶があり、舞台の幕が上がった。


 ごくりと喉が鳴る。


 ……これから、私の戦いが始まる。


 大げさと言うことなかれ。これは歴とした乙女としての矜持をかけた戦いなのだ。


 支配人の挨拶の間、物語をしっかりと復習しよう。この劇は題名から私が予期した通り、ハッピーエンドとはいえない結末を迎える。まぁ、思ったほど悲劇でもないけれど。


 愛し合っている令嬢と青年。前半に展開されるのはささやかな恋模様。しかし中盤になると、政治的な策略に翻弄され、二人はすれ違っていくのだ。激化する政権争いにより、とうとう令嬢が毒を盛られてしまう。そんな時、青年が侵入してきて、最後の逢瀬を果たす。

 令嬢はベットに横たわり、青年の手を掴んだ。


『私たちは今世結ばれる運命に無かったのよ。貴方にはきっと他に運命の人がいる。ね、お願いよ。その人と出会ったとき私に囚われてふいにしないでね』 


 そんなのは嫌だ、君以外は考えられないと泣く青年に穏やかに笑いかけ、令嬢は残された時間を楽しむ。そして、最後の最後にこう言うのだ。


『我が儘をいうわ。もし、もしね。……貴方が、いいのなら。来世で。来世ではどうか、私と……』


 最後まで言い切る事無く冷たくなった令嬢の手を握って青年は誓う。


 来世で必ず結ばれよう、と。



 転生者で来世があると知っている私としてはもう思うことがありすぎてありすぎて……。

 余計に感動してしまうのだ。


 でも、泣かない。絶対に!



※※


 青年の声が高らかに響き、舞台の幕が下がった。


 結果を言うと私は泣いた。寧ろ号泣した。

 しかし、我が家の有能な使用人はそれを見越していたので目の下ラインには化粧をしなかった。おかげでお化けになるという事態は免れた。

 けれど、目は充血しているだろうし、鼻も赤いはず……。あまり好きな人に晒していたい顔ではないのは変わらない。


 出来ればさっさと帰りたかったのだが、支配人に呼ばれてしまった。私が元侯爵令嬢で、アーロンがかなり力のある伯爵家だからだろう。面倒だ。でもこういう場合大抵、役者たちに会えるので楽しみでもある。


「レイラ、ほら」

 ハンカチがぐしゃぐしゃになっているのを見かねてアーロンが自分のものを貸してくれる。

 前世ではこんな人のことを女子力高いと言っていたな。今世は男女関係なくみんなハンカチを常備しているのだけれど。

 顔を見られたくないので俯いたまま受け取り、顔に押し当てる。

 そこはかとなくいい匂いがする。

 同じ屋敷にいるから洗剤のはずなのに私のよりいい匂い……。アーロンの香水とは違った匂いだからこれも美形の力なのかしら? 美形ってすごいわぁ。


 落ち着いてから支配人の元に行くと、誰かと話している様子だった。話していた青年がこちらをみた。


 ―――エルヴィン!


 私は感極まって青年に駆け寄った。エルヴィンとは今回の舞台の主役の青年である。

 彼の手をぎゅっと手を掴む。落ち着いたはずの涙が溢れそうになる。


「……っ、幸せに」

 来世ではどうか幸せに……!

 そう言いたかったのに、上手く喉から音が漏れなかった。

 アーロンに呼ばれている気がするが、涙を堪えるのに必死でそれ所じゃない。


「あ、あの……てっ、手を」


 青年の顔が引きつった。ああ、手を強く握りすぎてしまったらしい。私はあわてて離して、謝罪した。

 青年はほっと息を吐いた。え、そんなに痛かったの? 

「レイラ」

 アーロンがぐいっと私の肩を引き寄せる。私の無様な泣き顔を晒さないようにとの配慮だろう。私の旦那様は気が利くなぁ。

 アーロンの胸に顔をうずめてなんとか息を整える。

 ふーっと、息をはき、吹い……よし。

「……アーロン、もう大丈夫よ。離して」

「駄目だ」


 さっきとぎれてしまった台詞を言おうとアーロンをそっと押したが離してくれない。まだ離せないなんて相当酷い顔をしていたのかしら?


 それでもどうしても言いたかったので、抱きついたままというなかなかシュールな姿勢だが、声を振り絞った。


「あの。エルヴィン様。来世では、幸せに……っ」

 うう、駄目だ。口にしたらまた泣けてきた。

 あ、いや。勿論舞台役者で彼が「エルヴィン」では無いことは分かってるんだけどね。それでも伝えたかった。きっと困るだろうなぁと思ったんだけどね。


 しかし、予想に反し、青年は急に、いいところに! と声を上げた。

 なんだろう?


「お、おお嬢さん」

 その声に反応して顔をアーロンから離した。抵抗されたが、無理矢理離れた。勿論ハンカチで顔は隠してある。

 青年の腕にはあの令嬢がいた。


「ら、来世ではなく今世で、幸せになりますからッ! 俺たち愛し合ってるんです! ええ、彼女しか考えられないくらいに!!」


 腕の中の彼女は顔を真っ赤にしている。


 ……なんということでしょう。

 某テレビ番組の台詞が頭に飛来した。


 素敵……。


 反応をみる限り多分、恋人でもないのだろうけれど。単純にそう思った。


 私の劇と現実を混同するような行動に驚いただろうに素敵な返しをくれた、頭の回転の早い彼はきっと役者として大成する。そんな予感に心が躍った。


「お幸せに!」


 野暮な事は言わずにそれだけ言ってほほえむと再びアーロンに抱き寄せられた。さっきより力が強い。


「すまないが、家の“妻”は少し取り乱しているようだ。お話ならまた今度聞こう。では先に失礼させて貰う」

 アーロンは綺麗な笑みを浮かべているんだろうなぁ。見えないから分からないけど。


 そのまま引っ張られ、馬車に押し込まれた。


 ぱたりと、扉が閉まってもアーロンは離してくれない。

「……アーロン?」

「君は……、いつもああなのか?」

 ああ、とは? アーロンは言いにくそうに腕に力を込める。

「その、男の手を握ったりするのか?」

「へ? ……あぁ、そうね。たまに感動するとつい、ね。でも滅多にないわ」

 我ながらよくはないとは思っている。だから滅多にしない。しかし、私の旦那様はその答えに満足しなかったらしい。体を離し、私の頬を挟んで麗しい顔を近付けた。


「今後、舞台は俺と行くように」

「そんなっ」

 安心して泣けない! 舞台に入り込めない!


 アーロンはただでさえ美しい顔に香り立つような笑みを浮かべた。


「レイラ?」

「は、はい!」


 Q:笑顔なのに、なんだか怖いのは何故でしょう。

 A:彼の目がまったく笑っていないからです。

 うん。アーロンみたいに顔の美しい人がすると本当に怖い。

 するりと、アーロンの手が頬から唇へ移動する。

「俺は嫉妬深い」

「へ?」

 なんでそんなことを言い出すのだろう。アーロンは笑みを保ったまま続ける。

「本音をいえばレイラの視界に俺以外の男をいれたくないくらいだ」

「そ、そう……」

 ここで、そこまで? と思わずに愛されてるなぁと嬉しく思うあたり私も末期だ。


「そんな、俺が」

 アーロンの手が私の唇をなぞった。はう! 色気が……。

「君が他の男の手を握っているのみて、どう思ったか……」

 気が付くと鼻がふれる程の至近距離にいたアーロン。目に妖しい光りが灯る。 


「教えてあげようか?」


 さらに顔が近づいて―――……ええ。たっぷり教えていただきましたとも。


レイラとアーロンの本編はここで終了になります。今までお付き合い下さり、ありがとうございました!

小話なので、なんだか終わりらしくないのですが…。


 数話溜まったら、原作のヒロイン、シュエラちゃんと二人の息子にしてヒーロー役、レオナルドのお話を書きたいなと考えています。よろしければお付き合いください(^^)


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