番外編 其の二
私は、彼の家を出たあと、一旦、実家に戻った。
他に行く宛てはないので、仕方なく。
実家に戻ったのは、あくまで、一時的なもので、すぐに出て行くつもりだった。
しかし、両親に家を出ることに反対されてしまう。
三人で、沢山、言い争いをしているうちに、私の継母に対するわだかまりが消えていく気がした。
イヤ、実家に戻ったその時から、既に消えていたかも知れない。
『時間が解決してくれるんじゃないか?』という彼の言葉は、本当だった。
結局、二人に押し負け、私は実家で仕事を探すことにする。
しかし、30間近の女にまともな正社員の職を用意してくれるほど、世間は優しくない。
あるのは、時給の安いバイトか、それなりに稼げる水商売の二択。
後者は懲り懲りなので、バイトを転々としながら、日々を過ごしていたら、あっという間に、30歳になってしまった。
両親は私に、『早く結婚しろ』とは一言も言わない。
しかし、周りはそうもいかず、見合いの話をいくつか持って来られた。
結婚は必ずしないとダメなんですか?
結婚しなくても生きて行けるでしょ?
男にとって、結婚に向いてない女と結婚することほど、不幸なことはない。
そんなある日…。
「香織ちゃん、今、仕事してる?」
叔母に声を掛けられた。
また、見合いの話かよ…。
「今はしてませんよ。」
うんざりしながら答える。
生憎、働いていたコンビニは、先月、潰れてしまった。
「私の代わりに、働く気はない?」
「えっ、どういうことですか?」
叔母が、長年パートで働いていた酒屋をやむを得ず辞めることになり、代わりの人を探しているらしい。
そこの店主に、『誰か紹介してよ』と頼まれたらしい。
「それならいいですよ。」
見合いの話じゃないことにホッとして、深く考えずに了承した。
「こんにちは!バイトの面接に来た石崎ですけど。」
「はーい、ちょっと待ってて!」
店の奥から、大きな返事が帰ってきた。
しばらくしてから出てきたその年配の女性に向かって、もう一度、挨拶をする。
昔、鍛えた営業スマイルで。
「合格!採用!いつから来れる?」
履歴書を見せる前に、そう言われた…。
その女性曰く…。
うちみたいな商売は、仕事が出来る出来ないより、愛想や愛嬌が重要である。
気持ちのいい挨拶が出来るのは、最低条件である。
その点に関しては、あなたは問題なし。
あなたは、若くて器量良しなので、ボーナス点が加算される。
ということだった。
昔、どこかで聞いたことがある話だった。
仕事の内容は、店番と必要に応じて在庫整理。
配達は店の主人と、その息子がやり、私は注文を受け付けたり、在庫を確認したりすれば良いとのこと。
ただし、それなりに繁盛しているらしく、ピーク時の注文は、かなりの量になるらしい。
最近は、ネットを通した注文も始めたらしく、その管理なんかもやるらしい。
それぐらいなら、私にも出来そうである。
時給はそんなにいいわけではないが、家でダラダラしているよりマシだろう。
最後に、暇な時は、私の話し相手になってね、とも言われた。
「一応、履歴書を書いてきたんですけど、どうしましょう?」
この人のペースに巻き込まれ、本来の目的を忘れそうになっていた。
この人、私に似てるかも…。
歳の分だけ、この人の方が上手だけど…。
「あら?あなたも、A高校だったの?」
履歴書に目を通して、彼女が言った。
「そうですが。」
何か問題でも?
「うちの息子と娘も、一緒なのよ。」
「そうなんですか。」
ちょっと、ホッとした。
実は、履歴書を見られるのは、ちょっと怖かった。
普通の人には分からないようにではあるが、キャバクラ勤めの職歴が書いてある。
店の名前ではなく、統括している会社の名前で。
今までの面接で気付かれたことはないが、いつもびくびくしている。
「『(有)Eスペース』っていうのは、どういう会社?」
うわっ、きたー!
今まで、突っ込まれたことなかったのに!
「あっ、えーと…、飲み屋というか…、『クラブ』っていう感じの所で…。」
「若くて綺麗な娘がいる店ね。」
「イヤ、えー…、まぁ、はい…。」
「それなら、お酒とかは詳しいよね?」
「まぁ…、洋酒系なら大体は…。日本酒も少しは…。」
「フフッ、別に咎めているわけじゃないから、安心して。そういう仕事は、少しは理解しているつもり。それに、そういう店は、うちの大口顧客の一つだから、気にしなくて平気。」
「はい…。」
「あなた、もう30歳なの?そうは見えないんだけど!」
「ありがとうございます。」
実際の年齢より若く見られるのは嬉しい。
例え、お世辞だとしても。
「うちの息子も、そうなのよ!」
「えっ?」
もしかして、高校の同級生?
「あれ?もう31歳になるんだっけ?実際の年齢より老けて見えるから、分からなくなっちゃうのよね。」
「ハハ…。」
まさか…、イヤイヤ、そんな偶然はあり得ないでしょ。
だってアイツは、あっちで仕事してるんだし。
「あなた、うちの娘になる気はない?」
「えーと、そういう話はちょっと…。」
うんざりしてるんです…。
「気が変わったら、遠慮なく言ってね!」
やっぱり、30歳の独身女はおかしいのでしょうか?
『リカーショップ リバー』
帰る時、お店の名前を、もう一度、確認する。
リバー…、川?
川田、川合、川島、…川口…。
だから、あり得ないって!
世間は意外と狭いものです。
筆者も痛感したことがあります。
一応、この作品は完結です。
続編も書くかも知れません。
上手くまとまったら投稿するので、その時は読んでみて下さい。