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王宮のみなさんの悩みごとな件について


 次の日。

 宣言どおり迎えに来た会長に連れられて、エマは王宮に足を踏み入れていた。


 王宮に来るのは、2年前のデビュタント以来である。相変わらず壮大で美しい宮殿であるが、だからこそ場違い感がある。

 しかも、隣には会長。さらには、逃げられないようにかエスコート付きであった。人の目が痛すぎて離れようとしたが、どうやっても手が会長の腕から離れなかった。……え、まさかこれ魔法使ってます?


 そんな感じで王宮内を闊歩させられ、なんかだいぶ奥まった部屋に案内され、妙にふかふかのソファに座らされたと思ったら、信じられないことに会長は部屋を出ていった。ちなみに、隣には相変わらず会長クマが鎮座していた。よく分からないが、朝の挨拶の次に会長クマの存在を聞かれたので、……まさか会長、このクマのことを気に入っているのだろうか。


 消えた会長に怒りと疑念を抱きつつ、王宮内を勝手に歩き回るのも怖いので大人しく座っていると、目の前の扉が開いた。

 そして入室する、見覚えのある顔。……え、なぜ学園長が?

 生徒会役員とはいえ、ただの一般生徒にすぎないエマにとって、学園長は年に数回しか顔を合わせない存在である。だが、学園の最高権力者であり侯爵家出身の彼のことを記憶するのは当然だ。


 とはいえ、この場に顔を出した理由が分からない。まさか、学園の生徒が王宮に出張していることを心配して……?


「実は相談があって」

「あ、はい」


 違った。ただの相談者だった。

 一瞬でも生徒思いだなどと思ったエマが馬鹿であった。


「とある人物の顔が見れなくなりまして」

「なるほど」


 学園長は言いにくそうに言葉を重ねていく。


「実はその……最後の一本を燃やしてしまったんです」

「はあ、燃やした」


 そんな大事なものでも燃やしたのか。学園内のものだったら会長に丸投げしようと考えながらエマは相槌を打つ。


「そうです。髪の毛なんですけど」

「極悪人ですね」


 エマは断じた。迷いなど一切なかった。


「いや、違うのです」


 違うって何がだ。

 焦ったように否定する学園長を、エマは冷めた目で見た。


「私はそんなつもりなくて、……あれはその、つい手が滑ったというか」

「そんな言い訳で許されるとでも?」


 エマはますます冷めた目をした。

 学園長としての威厳を失いたくないのか、彼はしばらくの間あれこれと弁解しようとしていたが、やがて両手を組んで沈痛な面持ちで言った。


「私はどうしたらよいでしょうか」

「誠心誠意謝りましょう(土下座しましょう)」




 次に登場したのは、騎士団長だった。

 なんでこうも階級の高い人ばかりが相談に来るんだとエマは頭を抱えたかった。王宮だから?王宮だからこうなっているのか?……だけどそれにしたって、ただの学生に期待し過ぎてませんか?

 どうか、簡単に答えられる相談でありますように、と思いながら促すと、


「5年間放置していた妻と別れたくないんです」


 なぜそれを私に相談するんだ?

 エマは心底疑問に思った。

 何しろ、こちらは婚姻どころか婚約もしておらず、さらに言えば恋人さえいたことのない人間だ。そんな相手に離婚問題を持ちかけて回答が欲しいなど、無理難題にもほどがあるだろう。


 ……それにしても、なぜ私には恋人ができないのだろうか。

 生徒会入りするとき、当時の会長から「生徒会に入るとモテモテだよ」と確かに言われたはずなのに、半年が経過する頃には、その話題を振ると「あー天気がいいなあ」と土砂降りの外を見ながら誤魔化されるようになった。

 おかしい。なぜですか先輩。私の何が駄目だというのでしょうか。

 ただ真面目に庶務の仕事に取り組み、これといった大きな失敗も特にせず、2年連続で生徒会に所属しているというのに、なぜ私はモテモテにならないのですか。


 エマは表面上真面目な顔をして頷きながら、内面では自らの状況を嘆いていた。


「――それで、私はどうすればよいのでしょうか」

「家に帰ればよいと思います」


 はっきりと迷いなく答えを出したエマに、騎士団長は狼狽えた。目線を右往左往させ、「いや、しかし」や「ええと、でも」など、配属されたばかりの新人騎士のようにゴニョゴニョと口の中で言い訳を転がしていた。

 最終的にエマに縋るような目を向けたところで、エマはもう一度繰り返した。


「家に帰ればよいと思います」

「……いや、しかし、ファーレン殿。私の妻は」


 言いかけて、途中で止めてしまう姿に、妻はなんだとエマは問い詰めたくなった。


 さっきから黙って話を聞いていたが、要約すればただの惚気である。悪徳貴族に騙されていた伯爵家のご令嬢と、彼女に一目惚れした伯爵家嫡男が婚姻するまでの物語。だがそこには、悪徳貴族を撃退した恩があると、彼女の意に反する婚姻だったのではないかという疑念がある。自分は彼女の隣にいてよいのか……。万が一にも彼女から憎しみを向けられたら、と想像するだけで耐えられず家に帰れない。


 ――いや、まず確かめろよ。

 エマは話を聞いてまず思った。


 勝手に想像して勝手に落ち込んでどうするのだ。だいたい、「離婚を申し込まれたら別れるのですか」と聞いたら、「嫌だ」と間髪入れずに返すくらいだ。相手がどんな感情を抱いていようと別れる気がないほど重く粘着質な愛を持っているなら、とりあえず聞いてみたらいいではないか。


「家に帰りましょう。それで、嫌いだと言われたら別居状態の維持継続ならば可能かを伺い、不可かつ離婚希望が出されればその時再度検討しましょう」

「ですが自分はあらゆる未来を想定し対策を立てて準備万端整えてから動くタイプで」

「5年かけて整わないのですから、これ以上時間をかけたところで大した進展は見込めません。石橋を叩くのはよいですが、同じところを叩き過ぎたらいつか崩落しますよ」


 言い切ったエマに、ようやく観念したらしい。「分かりました」と頷いたのを見て、エマは小さく拳を握る。


「それでは、ファーレン殿」


 別れの挨拶だと思い顔を上げたエマに、騎士団長は言った。


「一緒に家に帰ってくれませんか」

「一人で帰りなさい」


 真顔で却下した。




 その後も、続々と相談者が現れ、エマの精神を着実にすり潰していく。


 相談者7:キラキラしい貴族服を着た男性

「最近、友人の献身度が高すぎてどうしたらいいですか」

「ありがとうと感謝しましょう」


 相談者8:魔法師団の団服を着た女性

「恋人から、『君を失ったら世界を滅ぼしそうだ』とプロポーズされました。注意するべきですか」

「厳重注意の上、最低1日3回は世界平和の尊さを説きましょう」


 相談者9:白い侍医服を着た男性

「最近、娘が胃腸薬ばかりを作ります。胃腸炎かと心配しているのですが、ハニーに相談しても『病は病でも、あれは違う病よ。ふふっ』と取り合ってくれません。どういうことでしょうか」

「おそらくあなたと同じ病を患っているのでしょう」


 相談者10:侍女服を着た女性

「夢は、どんなものでも応援するべきですか」

「内容によります。ただし、身体に危険を及ぼすものは断固反対しましょう」


 相談者11:最先端の流行服を着た男性

「弟が金策に精を出しています。理由を聞いても不可解な答えしか返ってきません。見守るべきですか」

「限界の少し前までは見守っていてもよいと思われますが、もしも弟さんが賭け事を始めたらそれは末期寸前です。即座に禁止しましょう」


 相談者12:大臣服を着た男性

「頭が寒いです」

「毛糸の帽子を購入しましょう」


 相談者13:装飾が控えめなドレスを着た女性

「夫が家に帰ってきません。嫌われているのでしょうか」

「たぶんそのうち帰ってくると思われます」



 怒涛の相談者を捌いて、ようやく一息つけると、机の端に所在なさげに置かれていた紅茶に手を伸ばす。

 すっかり温くなってしまったそれに、時間の経過を思ってため息をついたところでーー扉が開いた。


 視線を向けると、国王陛下と会長がいた。


 ……え。これどういうこと?


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