71 フェスカ
「灯火よ!暗闇を照らせ。」
クリスのカンテラの中に光が灯る。
炎のような赤い光ではなく、太陽光に近い淡く白い光である。
近くの明るさは、炎よりもやや劣るが、遠くまで見渡すことが出来る魔法<トーチ>である。
この魔法のメリットは、カンテラを落とそうが強い風が吹こうが消えないことである。
非常に少ない量ではあるが、常に魔力を消費することと、一定の距離内に自分がいないといけないというデメリットはあるものの、ハンターに重宝されるかなり便利な魔法だ。
「もうちょっと、出力魔力量を増やさないと暗すぎるわよ。」
フェスカによるクリスの魔法訓練は、おどろくほど順調にいっていた。
クリスが、基本の魔法の考え方を理解できていたのが大きい。
魔法の資質はあるのに、魔法の使えない者が多いのは、その仕組みが理解できないからだ。
マナという物質の存在を知り、その存在の特徴や命令の仕方を知ることが魔法の使い方なのだが、これは言うほど簡単ではないのだ。
よく魔道学院や賢者の学院の教授は計算に例える。
九九もわからない者が方程式を解くのは難しいし、2次方程式を解くのは不可能といえる。しかし、2次方程式には「解の公式」なるものが存在しており、これを知っていればとりあえず答えは出せる。なぜ、この公式になるのかがわからなくても良いのだ。
魔道学院や賢者の学院というところは、この公式の考え方を学ぶための場所だ。新たな公式を発見したり、その公式から新たな公式を見つけたりする。
一方で、ギルドなどで学院の卒業生などが一般に教えるのは、この作られた公式だ。
なぜなら、教授の言うこの例えすら、一般人には理解が出来ないのだ。
九九のレベルから解を導く方法を短時間で教えるのだから。
クリスは、ある種の天才かもしれないとフェスカは思う。魔法というものの考え方をちゃんと理解しているからだ。レベルは、フェスカの足元にも及ばないが、いきなり公式を覚えて使うようなことをしていない。
実はクリスは暗記が苦手だったのだが、それが功を奏したといえる。
バーンにしつこく食い下がってクリスが理解したのは、「魔法を使うには、マナという不思議な見えない物質にお願いする」「マナは言葉そのものを理解しているわけではない。」「マナにお願いするのは、犬に話すみたいなもの」という大変失礼ながら、本質を捉えたものであった。
厳密にはちょっと違うのだが、大体はあっている。
魔法の発動には、目に見えないマナという魔法物質がいる。
マナが何たるかは魔道学院ですら解明されていないし、通常は無味無臭、無色透明であるが「感知魔法」を使えば輝く粉のように空気中に漂うのがわかる。
そして、人間や動植物にもこのマナは高密度で集っている。
ある者は生命の源といい、ある者は神の祝福という。この人や物に含まれるマナから生まれる力を魔力などという言い方をしたりすることもある。
多くの魔法は、この人や物の持つマナを消費・変化させて使う。
そのためにマナに対して指示・命令が必要になるのだが、これが難しい。
マナは、人が便利な言葉を持つ前から存在し、ともにあった存在といわれている。
そのため、マナとの交信手段は言葉ではない。学院では、意思の力と説明されるが、それも完全に的を得ていないと習う。言葉では説明が出来ないものなのだ。
なまじ、言葉を知るゆえに、うまく扱うことができなくなったものが魔法の源『マナ』というものらしい。
そこで、生み出されたのが、共通魔法<コモンマジック>いわば<公式>だ。
簡単な呪文や場合によっては触媒や魔法陣などを使って扱う魔法である。
呪文は、一言一句というところまで厳格ではないが、鍵となる単語が決まっており、それによって、一定の効果が約束されている魔法になる。欠点は、効果や威力が小さくマナの使用効率が悪いこと、そして呪文や触媒などを覚えなければいけないことだ。
エドガーやリュークの使う魔法も、この類になる。そのため扱える魔法の種類も限られるし、何度も使えない。
クリスは、マナとの接し方を本能的に理解した。
これは、極めて珍しいことだ。学院で半年かけても実現できない者がいるマナの基礎的な扱いを、魔法学院の教鞭をとる者の補助があったとはいえわずか1ヵ月程度で習得したともいえる。
昨日の酒場のこともあり、このことに気がついたフェスカは、クリスに共通魔法<コモンマジック>ではない本当の<トーチ>の魔法を指導してみたのだ。この魔法は、魔道学院で半年程度で習う魔法だ。
それを、クリスは一発で成功させている。
まだマナの扱いに慣れていないため、光量が安定せず、実践で使えるレベルではないが。
「クリス。使い方はいいわよ。ただ、トーチは最初に光の強度と使う時間とコントロールをしたあとは、切り離すの。これだけに意識をしていたら、何もできないわよ。」
フェスカは、実はかなり難易度の高いことを言っている。
意識を『切り離す』というのは、そんなに簡単ではない。
コモンマジックの<トーチ>なら光の量も一定だし、最初に発動をすれば持続時間などは触媒で調整する。触媒はギルドで簡単に買えるが油などに比べて高価になる。
触媒の製造は魔道学院や賢者の学院の収入源の一つだ。
本当の<トーチ>魔法は、一時的に強力な光を発光したり、光量を落とすこともマナの調節で行なう。
ただし、それでは他の魔法も使えなくなってしまうので、一定量のマナに命令をした後に意識を切り離すのだ。このことができれば、学院の2年生になるぐらいのレベルである。
「む・・・無理です。」
なんどもクリスは挑戦するが、その度に灯りが消える。
「流石に無理か。」とつぶやきながらフェスカはクリスを見つめながら尋ねる。
「ねぇ・・・クリス。あなたには才能があるわ。それにまだ若いし。
本格的に魔法を覚えてみる気はある?
そこらのハンターが扱う付け焼刃の魔法じゃなくて、私たち学院の卒業生みたいな。」
フェスカもまだ年齢は20代後半。別に歳をとっているわけではない。
が、クリスの歳のころは、まだ<コモンマジック>がいくつか使えただけである。
それでも親に期待され、奨学金を得ながら魔道学院に通ったのが18歳であった。
地元では、神童って呼ばれるほど優秀だったが、魔道学院では普通の生徒だった。
落ちこぼれてはいない。だが井の中の蛙というのはこういうことなのかと実感することになった。
必死になって登る断崖絶壁を、あたかも階段を登るかのように上がっていく者達がいるのである。
魔道学院には、入学年度という考え方はあるが、卒業年度という考え方はない。
対外的には、学院を辞めた時点で卒業になるだけで、最高年度という考え方がないのだ。
高学年で優秀な者は教鞭をとるほうにスカウトされる。
それでも、最初はアルバイトのような形なので、学生としての立場も維持している。
これが、徐々に教鞭だけをとるようになるので、あまり意味がないのだ。
もっとも、大久の者は4~5年で卒業する。
大抵の卒業理由は、お金だ。学費を払えなくなったり、奨学金も上限年あるためだ。
もちろん、自分の限界を感じたり、実力を試したくなって卒業する者もいる。
才能のある者は、学生でも魔石を稼いだり付与などを駆使して学費を稼げるのだが、そうこうしているうちに、自活してしまって卒業するような者もいた。
フェスカは、回復系の魔法には自信があったし、攻撃魔法も使えたのだが、回復の依頼は基本ギルドで受けているものだからお金にしにくいし、討伐などでも学費を返済するほど稼ぐことは出来ず、5年で卒業をしている。必死の5年だった。そして、その奨学金を返すために今もギルドに雇われている。
仕事はやりがいもあるし、比較的安全なうえ、稼ぎだって悪くない。
職場も恵まれている方だろう。たまに、めんどくさいハンターもいるが・・・。
ただ、少しツマラナイ・・と感じる時がある。
自分でも気付いているかどうかわからないが、フェスカは憧れていたのかもしれない。
同級生で、魔道学院で教鞭をとるようになった優秀な者達に。
『もちろん!』
クリスは、言われていることは良くわかっていない。
だが、「魔法が使いたい」のだけは間違いない。
それが人より優れていることにこしたことはないのだ。
「わかったわ。ちょっとお高いし、大変だけど頑張って。
あ、でも受講料はまけられないから。2時間で金貨3枚ね。」
「く・・・高い・・・。」
今のクリスは、バーンのおかげとも言える報酬で払える金額だがいつまでも払える金額ではない。
「あ、言っとくけど、ちゃんとやるってことは結構長丁場になるから。
それに、一から十まで教えるんじゃなくて、自習も大事だからね。
私も、いくらなんでも、つきっきりなんて出来ないし。
毎回、課題を出すから、それが出来るようになったら訓練依頼をもらう形にするわよ。」
そういうと、1つの課題を出す。
『”水滴”の魔法を使って、一度で水を桶一杯に満たす』というものだった。
「いい?こないだ見せてくれた”水滴”だと、必ずグラス一杯ぐらいしか水は出ないわ。
今日の訓練をよーくおさらいをして、1回で桶1杯分にするの。」
そういうと、フェスカが手本を見せる。
フェスカの指先から水差しに勢いよく水が出る。無詠唱である。
これも課題をクリアするためのヒントなのだ。
クリスは、真剣に見入っている。
それを見て、フェスカは満足げに頷いた。
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