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5話 暗雲晴れた心模様

 昼から始まる入学式では、在校生による魔戦航空機でのパフォーマンスが予定されている。

 主に三年生が主導となり、この日の為に準備が進められてきた。


 なんとか遅刻せずに済んだジークも実は、このパフォーマンスメンバーの一員であった。

 とは言え、魔術陣の調整と、機体が魔術陣の指示を正確に受け取るかなどのチェックをするだけ。


 操縦科に在籍していながら、他のスキルにおいても抜きんでている。

 同学年ではかろうじてエミリーが肩を並べる程だし、上級生からもジークは注目されていた。


「ボクのやる事がなくなっちゃった……いい加減、機体の中でその才能を活かして欲しい」

「それは、まだなんとも言えません。操縦席に体を固定すると吐き気を催してしまいますから……」


 何気ない会話にしか聞こえないだろうが、これを受けたエミリーの内心は驚きに満ちていた。

 と言うのも、エミリーの言葉はいつも通り。

 本音半分、からかいと嫌味が半分。

 エミリーは隙あらば、そんな思いでジークの心の闇に触れようとする。

 ただ、半分しかない願いではその闇に波風を立てる事など出来なかった。


 しかし昨日の混じりっ気のない本音はそこに響いた。届いた。

 要因はそれだけではないが、遂にジークが誤魔化す事をやめたのだ。


 昨日までのジークであれば「あはは……」などと、半笑いの内に有耶無耶にしていただろう。


 だからエミリーは驚いたし、同時に目の前に広がる視界が急に華やいだ気になった。

 相変わらず、その表情からはそんな内心など読み取れないが。


「そう……だったんだ。でも、それでもボク達に出来る事があれば何でも言うんだぞ? だってボク達は……」

「はい、仲間ですからね……」


 さすがにこの言葉を聞いたエミリーの顔は、誰が見ても嬉しそうだと言うのが伝わってきた。

 もしここにレックスがいたら、エミリーを怒らせるまでからかっていたかも知れない。


 こんなに晴れやかな笑顔、ジークですらあまり記憶にないのだから。


 この時やっとエミリーの苦心は報われたのだ。

 当の本人はそんな事など忘れてるだろう。

 寂しい過去の事よりも、友人が顔を上げた事の方が何よりも重大だから。

 

 この笑顔を引き出したジークは確実に前を向き始めたのだ。


「分かってるなら……よし!」

「長い間、心配をかけてしまって……」

「分かってるならよし!」


 エミリーは謝罪の言葉など欲していない。

 だから、それを予期して言葉を重ねた。

 もちろん笑顔で。


 これでようやく、リリスを欠いた仲間三人は青空に向かって心を羽ばたかせる事が出来るだろう。


 後は、本当の意味でジークが空を舞う事を祈るだけだ。


 当の本人もそれは理解しているだろう。

 自分の本当の居場所は空なのだと。


 だからジークはもう、壁を作るのを止める事にした。

 飛べない事で自分が傷ついたとしても、ジークは一人ではない。

 そう心に強く念じて、今自分に出来る事を精一杯やると決めたのだった。


 のだが、さすがにまだイリスと向き合うには心の準備が足りなかったようだ。


 と言うのも。




 昨日イリスと初めて対面した倉庫の外。

 地平線が見えるかと言わんばかりの広大な敷地には、在校の二、三年生が十名ほど集まっている。


 各倉庫の前には、魔戦航空機が全部で五機。

 魔戦航空隊における『有人機』が全て揃っていた。


 キング、クイーン、ビショップ、ナイト、ルーク。


 一般的な部隊のラインナップがこの組み合わせである。

 使用する魔術陣によっては、これ以外の組み合わせもあるが、奇をてらった物は扱いづらいのが通説となっている。


 この中でもクイーン機に乗るのが部隊のエースであり、ブリッツの隊長シュメッテもその例に漏れない。


 ではなぜ、キングがエース機ではないのか。


 航空魔術とは、操縦士が魔術陣を制御する為にある技術。

 そして、その魔術陣を搭載するのがキング機である。


 このキング機の魔術陣によって、部隊の編成が異なるし、そこからの命令系統がないと、魔戦航空機は機能しない。


 さらにキング機は【ポーン】と呼ばれる、小型の無人魔戦航空機を操る役目を担っている。

 だからキング機は、最後まで撃墜されないように立ち回るのが定石であった。


 逆にクイーン機は、交戦空域を縦横無尽に飛び交う性能を持っているので、敵にとって一番の脅威になる操縦士が適任とされている。

 それがエースと言われる所以なのだ。


 要は、魔術陣により部隊の組み合わせが決められ、その動きに適うように機体がそれぞれ用意されているのである。



 閑話休題(それはともかく)



 パフォーマンスに使う機体とは別に、もう一つ機体の準備を進める動きが見られる。 

 しかもその一団の中に、予想外の人物がいた。

 ジークがまだまともに会話する事が出来ないであろう、イリスの姿が混ざっていたのだ。


 一番端の倉庫から出て来たのは、パフォーマンス部隊とは別のクイーン機。


 どうにも、これから出撃させる準備をしているようだ。


 三年生がイリスに説明をしているその横には、シルビアもいた。


「あれ? あそこにいるのイリスじゃないかな? なんでクイーンがもうひとつ出てるんだろう?」

「って、エミリーはイリスの事知ってるんですか?」


 実はジークは、イリスの事をいつ話そうか迷っていた。

 しかし、よく考えれば、エミリーもレックスも、イリスと対面しているであろうことは想像できるはずだった。


「あぁ、そっか。って言うか、逆にジークがイリスを知ってる方が驚き……ボク達はリリスの葬儀の時に会ってるから……」


 それを聞いたジークは、つい「あっ」と言う吐息が漏れる。

 彼はそこにいなかったのだ。


「そうでしたね……僕はまったく、とんだ薄情者です」

「もうそれは終わった事。ジークが薄情な訳ないよ……もしそんな事言う奴がいたらボクがぶっ飛ばすから」


 常時半眼で眠そうなエミリーなので、誰かを殴りたくなるほどに怒ったとしても判別出来なさそうだ。

 しかし、そうなったとしたら有言実行されるに違いない。


 仲間四人の内、一番血の気が多いのがエミリーなのだ。

 今までも仲間の為に憤慨し、数えきれない程の武勇伝を残してきている。


 相手が男だろうが、王都の衛兵だろうが、街中での魔術が禁じられていようがお構いなし。

 全力で魔術を行使し、暴れまわった事だってある。


 大笑いするレックスを放置し、リリスと二人で仲裁するのがジークの役割だった。

 だから自室の扉が破壊されるくらいの被害など可愛いもの。

 エミリーから被る損害には感覚が麻痺している。


 それ程、エミリーの暴れ癖に慣れたと言える。


 すると、遠くから目ざとくジークを見つけたシルビアが、手を大きく振っている。

 どうやら、こっちへ来いと言うジェスチャーのようだ。


「もしかして……イリスにも参加させるとか?」

「そうかもしれません。まさかあの魔術陣を入りたての一年生で試すつもりですかね?」


 実は、昨日シルビアに呼び出されたのは、ジークが開発した魔術陣の事も含めての事だった。

 だが、彼女はその事をすっかり忘れていた。

 本来ならその時に、イリスもパフォーマンスへと参加させるかを相談しようとしていたのだ。

 『キング機とは独立したクイーン機の制御』を可能にする魔術陣を開発した張本人に。


 要はその魔術陣があれば、キング機がなくとも、他の各機が独立して飛行する事ができる。


 だからきっと、その確認のためにシルビアは手招きしているのだ。

 そしてあれに乗るのは、新入生トップのイリスなのだろう。


「緊張することなんかない……だってあの子はリリスじゃない、イリスなんだ」

「そ、そうですね」


 とは言え、昨日は彼女とも気まずい感じで別れてしまった。


 だからまずは謝ると心に決め、ジークはシルビアの手招きに従う。

 緊張した足取りながらも、エミリーと並んでイリスと二回目の対面を迎える事となった。

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