08 御使用は計画的に
阿多佳のアバターと続お買い物のお話。
最後のシーンに二文ほど追加。大筋には変わりありません。
次の日、朔夜達がログインすると今日もアルブァンの噴水広場はプレイヤー達で混雑していた。今回は阿多佳がアバター作成のために時間がかかっているので、媛佳と知流佳の三人である。
朔夜が期待を込めて周囲を見渡すが、残念ながら『串焼きロビンソン』の屋台には『本日休業』の立札があった。金も入ったので、今度はちゃんと客として買おうと思ったのだが……。嘆息する朔夜。
「さくちゃん? どうしたの?」
「買おうとしていたお店が休みだったんだ。そこの『串焼きロビンソン』ってお店」
「ボクも食べたことあるよ。美味しいよね。でもあれ何の肉だかわからないんだよ」
謎肉である。少なくても牛豚鶏ではない。
「あ、お姉ちゃんからメールだ。アバター作り終えたみたいだよー。迎えに来てって」
「アッちゃんどんな職業にしたのかなあ」
「ボクは絶対に変なの選んでると思う」
三人でアレコレ予想を立てながら迎えに行く。果たしてそこにいたのは。
「コドモオオトカゲイヌモドキ?」
の姿であった。直立して二足歩行しているし、少し可愛らしくデザインされているが間違いなくコドモオオトカゲイヌモドキであった。いや、その口から阿多佳の顔が覗いている……。
「おーさっちゃんが黒い! 髪が白い!」
「アッちゃんこそ、その姿はいったいどうしたのさ?」
「職業を『キグルミ戦士』にしたんだぜ!」
『キグルミ戦士』はいわゆるモンスタースキルを使って戦う職業だ。一定のレベル毎にスキルポイントを使って新たな『キグルミ』を覚える。『キグルミ』はステータスに修正を与えると共にいくつかのスキルがセットになっている。『キグルミ』毎にスキルや長所短所が変わるため、巧く長所を活かす『キグルミ』を選択する必要がある。高レベルなら短所を消したり長所を伸ばしたりできる『キグルミ合成』というスキルが使えるのだが先は長い。『キグルミ』のステータス補正は高いが、装備できるのはアクセサリーのみという欠点もあり、『アイテム士』同様に不人気職の一つである。一部で熱狂的なファンもいるが。
今、阿多佳が着ている『キグルミ』はコドモオオトカゲイヌモドキ。最初から覚えている『キグルミ』で、使用できるスキルは『潜伏』、『不意打ち』、『齧りつき』の三つである。
「種族は何にしたのー?」
「種族はなー迷ったんだけど……」
「お姉ちゃん?」
媛佳を見て固まる阿多佳。硬直が解けたら今度は爆笑し始める。
「ひっ媛佳の頭に巻きグソがついてる! ブッハー!」
羊人の角のことである。まるで小学生男子の発想だが、言われてしまうとそうにしか見えなくなってしまう。朔夜達も思わず連想してしまい、慌てて打ち消した。笑い続ける阿多佳に媛佳の目が座る。
「『アイテム投げ』、『アイテム投げ』、『アイテム投げ』、『アイテム投げ』ーっ!」
「ぎゃー!?」
媛佳怒りの四連撃である。『アイテム投げ』で回復アイテムを投げるのはいつでも出来るため、PVPによらずとも攻撃可能なのだ。ポーションなので回復するが。そして阿多佳には反撃の手段は無い。PVPの申し込みなど媛佳が受けるわけも無かった。
「ポーションも使い切ったし、ヴィッチさんのところで補充してから装備を受け取りに行くよー」
媛佳が仕事をした後の朗らかな顔で笑う。
「媛佳! よくもやったな! この巻きグ」
「お姉ちゃん?」
笑顔を阿多佳に向ける媛佳。だが目は笑っていなかった。澱んで凝って腐った穴のような目。真っ黒ぐるぐるである。このお話がコメディーからコズミックホラーに変貌しそうな、見ているだけでSAN値が減りそうな目であった。
「次にその言葉を言ったら今度はハイポーションの瓶をぶつけるよ? ポーションの瓶より装飾も豪華だから突き刺さると思うよー? ハイポーションで学習しなかったらマジックポーションを使うよ。更に尖っているからお楽しみー」
震えて、もう言いませんと答える阿多佳。知流佳の方が怒りやすいから目立たないが、本気で怒ったら一番怖いのは媛佳である。昨日の喧嘩も朔夜が先に食べている間にシメている。
媛佳をただの脳天気お嬢様だと思って、ちょっかい出したクラスの女王様ポジションとその取り巻き二名が、次の日には泣いたり笑ったりできなくなって、口から垂れるクソの前と後ろにサーを付けるようになっていたこともあった。詳しいことは本人達しかわからないが、それは決して語られないのである。わかっているのはカエルの鳴き声に妙に反応するようになったこと。軽いホラーであった。
「ヒメちゃんどうどう落ち着いて」
「私馬じゃないよー」
「ほーらヒメちゃんよーしよしよしよし」
「犬でもないよー。あ、そこそこそこ、うぇへへへー……」
知流佳と朔夜によってあっという間に懐柔される媛佳。ホラー終了のお知らせである。
「で、結局アタ姉の種族は?」
「ううっ……人間にしました。『堕天使』とかにしようと思ったけど全部『キグルミ』で隠れちゃうんで」
「はいアッちゃんももう怖くないからねえ。よーしよしよしよし」
「うう怖かったよさっちゃーん」
「もう、お姉ちゃんが悪いんだからあまり甘やかしたらだめなんだよー」
さてお買い物であるが。
「大人買いだよ!」
「ずいぶん太っ腹だねえ。掲示板でも噂になってたけど、儲けたからって無駄遣いするんじゃないよ」
「もーヴィッチさんの懐に貢献するんだからお小言はいらないよー」
「はいはい、ありがとうよ毎度あり」
先ずは『アイテムショップ犬小屋』で、アイテム各種を大量購入。これで媛佳も回復に補助に活躍できるというものである。だが、それより朔夜には気になることがあった。
「噂って?」
「あんたの噂さ。さくちゃん。初期装備のプレイヤーがたった一撃でダンサー五人を倒したってね。なかでもリーダーはサブ職業持ちのレベル30。一体どうやったかさっぱりわからないって、見ていた奴も、そいつらから聞いた奴も、気になって気になって仕方ないのさ」
昨日のPVP、卍達と共闘した方はともかく町で戦った方は当然ながら目撃者多数であり、度胆を抜かれた連中が掲示板で大騒ぎ中なのであった。スクリーンショットや動画も取られていたので顔も知れ渡り、『アイテムショップ犬小屋』までの道中でも結構目線が集まっていたのだが、朔夜達は自分達の会話で忙しく全く気づかなかったのである。
「まったく無粋な連中だよ」
ヤレヤレと肩をすくめるワンコノヴィッチ。犬なので非常にわかり辛い。
「ヴィッチさんは気にならないんですか?」
「アタシはほら、媛佳からあんたのことは『色々』聞いているからねえ」
『色々』を強調して笑うワンコノヴィッチ。媛佳が慌てて止めに入る。
「わっわっヴィッチさん、余計なことは言わないでよー!」
余計なことを言ったと白状したも同然である。
「なに、大したことじゃないさ。ところで媛佳。新発売のこんなアイテムもあるんだけどね? ちょっとお高いんだけど……」
「もー買う買う、買うからヴィッチさんは黙っててー!」
「ハハハハハハハッ! ちとからかい過ぎたね。ほら、こいつもオマケにつけてやるから許しとくれ」
「もーヴィッチさんてばー!」
媛佳も形無しである。
「アタシが聞いたのは、あんたが車を『轢いた』とかそんな話だよ。媛佳は嘘を言わないにしても、ずいぶん話を盛ったもんだと思っていたけど……どうやらそれ以上みたいだねえ? さくちゃんは」
「あー……犬が轢かれそうだったので、ちょっと」
「ちょっと車を『轢いた』ってわけかい! ハハハハハッ!」
「信じるんですか?」
「なに、意外と人間ってのは色々できるもんさ。アタシの知り合いにも似たようなのがいないわけじゃない」
朔夜の目に渇望の光が灯る。
「その人も……ここに?」
「ああ、今はイプシロンドの町にいるよ。ガンマニスでやるっていう、絢爛武闘祭のためにレベル上げの最中さ」
公式HPにも載っているパーティー戦、個人戦含む一大PVP大会である。
「まだ先なんだけどねー。その頃にはレベル上がっているだろうしみんなで参加しようよー」
「いっぱい強い人くるかな? ヒメちゃん」
「もちろんさー!」
「楽しみだねえ!」
二人で盛り上がる朔夜と媛佳。なお、知流佳は展示アイテムに夢中になっている阿多佳の子守中である。
「はいはい、イチャつくなら他所でやりな」
「盛り上がってるのに水を差さないのー!」
「まだ先の話だよ」
「もー、ヴィッチさんてばー!」
「ハハハハハハッ!」
その後もワンコノヴィッチにからかわれたりしてから今度は『キ印超品』へ。うにくろ、縞村姉妹に案内され昨日買った装備を身につける。
「じゃーん! カッコイイでしょー?」
「ど、どうかな? サク。似合ってる?」
媛佳が買ったのは『姫騎士の黒鎧』。重厚さと女性らしさを兼ね揃える逸品である。『対魔法防御力付与小』、『重量軽減付与中』が施され、重鎧の高い防御力を持ちながらも動きやすくなっている。武器は『聖銀のクロスボウ』。不死系、獣系の敵にダメージが増加する。専用の矢も百本で一ケース。矢はまとめてアイテム袋に一つのアイテムとして扱われる。
知流佳の方は『妖精の舞踏服』。大胆に背中を見せる、白と青を基調とした流麗なデザイン。こちらは『回避力付与小』と『AGI+10』が付与されている。手に持つのは『月影のシミター』。『夜間攻撃力増加』、『連撃+1』の強力な武器だ。付与にはスキル効果を与えたりするものもあり、これはその一つ。お高めである。
二人共に中堅どころと言われるレベルの装備であった。
「二人ともすごく良く似合っているよ」
褒めはしたものの、良いなあと羨ましい朔夜。なにせ初期装備のままである。たが、そんな朔夜を見て笑う媛佳と知流佳が、うにくろからもう一品受け取って差し出した。
「うふふーサープーラーイーズープレゼントー!」
「やっぱりサクが稼いだんだからサクの分も買わないとね」
「え!?」
差し出されたのは無骨な、けれどそれ故に機能美を感じる銀色の腕鎧。飾り気の無いデザインの中、両の拳にだけ羽根を閉じた蝶が彫られている。
「『翼止蝶』。握り締めた拳では何も掴めないけども、蝶が留まり羽根を休めても良いだろう、と古い拳士の逸話にそって作られたものです」
縞村が微笑みながら解説する。
「さーさくちゃん、着けてみてよ!」
「サイズは二人で合わせてあるよ」
朔夜が身に着ければなるほどしっくりと手に馴染む。朔夜の腕のサイズまで熟知している二人がいささか怖いが、朔夜は慣れっこであるので気にしない。気にしたほうが良いのだが。
「ありがとう! ヒメちゃん! チルちゃん!」
三人で抱きしめ合う。ええ話や、と涙を拭く真似をするうにくろと縞村。商人の涙は有料なので泣き真似である。すると、まあ、約一名取り残されたのが吠えた。
「あたしだけハブんちょにすんじゃねー!」
「いや、だってアタ姉買った時いなかったし」
「お姉ちゃんは『キグルミ戦士』だから装備できないんだよー」
「さっちゃーん! 二人がイジメるー!」
「よーしよしよしよし」
仕方ないのでアクセサリーを買ってもらったという。
ステータスは次回。大会フラグはまだ先の話。