第1話 目覚めたらベッドではなく棺桶にいた。
墓守アイビーの朝は早い。
ベッドから起きて火を起こし、スープを温めつつ着替え。
黒髪を三つ編みに結わえ、洗顔し歯を磨く。
パンとスープで食事を済ませる。そしてもう一度歯磨き。
灰色のフードを目深に被り新緑の双眸を隠し、昼食のビスケットと水を鞄に入れて準備完了。
軽く準備運動をした後、彼女の仕事場である共同墓地へ赴く。
草むしりをして掃除。
墓の掃除をして祈りを捧げる。
共同墓地の清掃が済んだら、養父母の墓石を撫で、心の中で元気にやっていると報告する。
アイビーが管理する墓地は魔獣に掘り起こされたりアンデッド化しないため、他の墓守にも応援を要請される。
報酬はアイビーの方から木の実のジャムやパンなどの物資にしてもらっている。
「ありがとうなー。これ、うちのカミさんが作ったパンと、小玉パインっていう葉っぱの茶だってさ」
「ちゃんと肉も食えよ。バロメッツの肉の腸詰、持って行きな」
「ありがとうございます」
久しぶりの肉だ。
彼らの好意は嬉しい。
静かに暮らしたいが、こういう温かみのある交流は良いものだ。
頂き物がある時はそれを朝食か昼食に回し、夜は軽めに済ませる。
墓守アイビーの日常は続く。
午前の掃除を終えると、街外れの小さな教会へ向かう。
ステンドグラスから差し込む光の中、祭壇に向かい膝を折る。
指を組み合わせて目を閉じると、胸の内で繰り返す言葉がある。
「――死者に安らぎを」
「アイちゃん」
話しかけて来た年配のシスターは、養父母が生きていた頃から馴染みのある人だ。
「ちゃんと食べているの?これ、うちの畑で採れた野菜のサンドイッチ。
ちゃんと野菜も食べなさいね」
「ありがとう、ございます」
シスターのサンドイッチは美味しいが量が多めだ。
軽めに夕食につまみ、残りは魔道保冷庫に入れて明日の朝食にしよう。
夜に多めに食べたので、家の中で軽く運動をした。
今日は誰かの埋葬があるという知らせを受けていた。
夕刻になり、白布に包まれた亡骸が運ばれてくる。
遺族の悲嘆に満ちた声を背に、アイビーは黙々と死者の身を清め、化粧を施し彼らと最期の別れを迎えられるように整えた。
冷却の魔道刻印を施した木片をご遺体に置き、生前のお姿が最期の時まで保たれるようにしておく。
神官が祈りの言葉を捧げている間、ご遺体を埋葬する為の土を掘る。
穴に納まった棺の上に土をかけながら呟く。
「精霊よ、この魂を見守り給え」
これが彼女のもう一つの仕事。
通常の墓守は肉体を土に還すことまでしかしない。
だがアイビーには特別な力があった。
死者の魂が彷徨わぬよう、冥府への道筋を示すことができるのだ。
仕事を終えれば家に戻り、頂き物のパンに木の実のジャムをたっぷり塗って食す。
重労働の後のちょっとした贅沢だ。
この日は貰い物のハーブティーを淹れることにした。
コップに葉を入れ湯を注いで匂いを堪能した。
ほのかな南国の果実の香りは不思議と心がほぐれた。
そうやって、静かにその日を終える。
筈だった。
――目が覚めると、アイビーは棺桶に居た。
+++
棺桶の蓋が閉ざされた音でアイビーは目覚めた。
(何で、棺桶に居るの?)
アイビーは冷静に状況を把握した。
平民の棺桶に比べ、材質が妙に凝っている。
神官が祈りを捧げ、釘を打つ音が聞こえた。
アイビーは死んだ覚えは無い。
まして、貴族の棺桶で眠る義理も無い。
埋葬される道理はないので、棺桶の蓋を蹴り上げた。
アイビーは身体能力が高い。
それでも女。力は弱い。
それ故、人間の体の特徴を合理的にとらえた力の扱いに長けていた。
棺桶の蓋を蹴り飛ばし、周囲を確認する。
突然の死者の目覚めに葬儀の場は大混乱だった。
やはり、相応に高貴な身分の葬儀のようだ。
何故墓守である自分が埋葬されているのか不可思議だが。
とはいえ。
(使用人ばかりだ。内々の葬式か?)
周囲の身なりの良い、使用人らしき者たちが悲鳴を上げる。
ふと。
自身の乱れた髪色がアイビーの持つ黒髪ではなく、赤みがかった栗色だと気付いた。
そして、その手や足が異様に細い。
ぷっ、と。
含み綿を吐き出した。
頬がこけているからそのような措置をしたのだろう。
「――!!」
誰かが、アイビーに向かって涙を流して歩み寄る。
アネモネ?アニモス?言葉が分からない。
ただ。
この身体の持ち主の記憶が呼び起こされる。
言葉は分からない。
だが、この金髪碧眼の男がアネモネと呼ばれるこの娘に指を差し、酷い罵倒をしている場面だった。
言葉は分からないが、この身体の持ち主は酷く傷ついた。
使用人たちの憎悪の様相が、更に彼女の心を痛めつける。
言葉の分からない一人の娘の記憶が、クルクルとアイビーの脳を支配した。
そして、アイビーは理解した。
(こいつらは、敵だ)
アネモネという者が死んだのは、こいつらが関係している。
アイビーは両手を広げて泣きながら歩み寄る男の腕を掴み、
先程まで入っていた棺桶目掛けて投げ飛ばした。
「わいらは敵じゃ。触らんでな、近づかんでな、また埋葬すっつもりなら攻撃すっど!!」
貴族仕様の丈夫な棺桶が男を投げ飛ばした勢いで破壊された。
(ああ、思い出した)
子供の頃に、教えて貰った言葉。
彼らが話すのは、リンブル共通語を使うファインブルク王国の言葉ではなく、カルディア国の言語だ。
そしてアイビーも。
昔使っていた、訛りの強いリンブル語をスラスラと話していた。




