10 収穫フェス 後編
『みなさまにお知らせです!』
突然、スクリーンの画面が切り替わった。
『フェス期間中に簡単な依頼を受けるだけで、なんとナイフとフォークをプレゼント!』
ざわめいていた人々が、スクリーンを見つめる。
『さらに!リアルギルドのリアルなエールから生まれた『フレイヤの美容ハイポーション』! もちろん商品化の認可済みですのでご安心ください!』
途端に、女性たちが動き出した。
『※注意:これはフェス運営のためのボランティア募集です』
スクリーン下部には、そんな注記が浮かび上がっていた。
フェスが始まる朝の食堂——。
「こいつは大問題だ!!」
初めてフェスの計画書をまじまじと見たギルマスが、珍しく大声を出した。
「俺らが厨房にいないとフェス回らないじゃないか。……これじゃ、エールが飲めない」
朝食ミーティングで集まっていた冒険者やギルド職員たちが、一斉にあきれ果てる。
「そこ、ギルマスが言うところですか?」
「俺は落ちていた大麦だってなるべく拾ったんだぞ!」
「おい、女神よ!」
『なんでしょう?』
「なんとかしてくれ!」
『少々お待ちください』
——瞬時にAIたちが召集され、超高速会議が執り行われた。
『ギルマスよりオーダー。彼はただサボりたい模様』
『理由:自分のご機嫌を取れない大人未満のため』
『緊急度:極大(創立者を放置した場合、フェス達成率が20%低下する恐れあり)』
AIたちの思考速度は毎秒数億回。瞬時に最適解が弾き出される。
『解決案A:全自動調理ロボットの投入。コスト:過大(フェス期間中の実現は不可能)』
『解決案B:ギルマスを厨房に監禁。感情的反発:大。 フェス後に遺恨が発生するリスク:高』
『解決案C:来場者自身に労働を肩代わりさせる『ゲーム化』施策。コスト:ゼロ。満足度上昇予測:85%』
『案Cを採用。これより「リアルギルド収穫祭・クエストシステム」を構築します』
——0.003秒後。
『お待たせいたしました』
無機質ながら、どこか珍しく楽しげな女神の声が食堂に響いた。
『ギルマス、および関係者の皆様。本日のフェス。厨房勤務はおよそ7割が免除されます』
「マジで!? やったー!」
ギルマスが手にしていたマグカップを高々と掲げ、歓喜の声をあげる。
一方で、職員たちは嫌な予感を処理しきれない。
『会場内に【冒険者ギルド掲示板】の大型スクリーンを設置いたしました。食材カット、食器洗い、エール樽の運搬などを、すべて「RankEクエスト」として開放いたします』
「……は? 客に仕事させる気か?」
『報酬として、土産用の『鍛冶屋のカトラリーセット』および、エール抽出成分を用いた『フレイヤ特製美容ハイポーション』を贈呈します。人間は【限定報酬】と【クエスト】という単語に極めて脆弱です』
『なお、エール樽の監督責任者には『ギルドマスター(酔っ払い)』を配置。エールのジョッキを片手に「おう、よく働いたな!」と声をかける重要なお仕事です』
「なあ、俺のジョッキどこいった? 鍛冶屋のおっさんに作ってもらったやつ!」
ガサゴソと食器棚を漁るギルマスを無視し、職員たちが叫ぶ。
「なあ、フェスの運営それでホントに大丈夫なのか!?」
その叫びに対し、女神は事もなげに応えた。
『ご安心ください。すべては――織り込み済みなのです。皆様、これが“体験型アトラクション『リアルギルド』なのです』
こうして収穫祭の裏で、「AIたちの総意」が形になったのだった。
「ギルマス知らない?」
家族連れで客として参加している受付嬢が尋ねた。
「あっち! あのエール樽の下で寝てるやつ」
非番の冒険者の男が、ジョッキで方向を指し示す。
受付嬢が視線をやると、空の樽を大事そうに抱え込んで爆睡しているギルマスの姿があった。受付嬢の顔が一気に曇る。
「そちらはご家族ですか?」
そこへやってきたのは、白衣を着た男だった。
彼はリアルギルドで薬師として参加しているが、現実世界では本物の医師免許を持つ人物だ。
「あら、先生! ええ、うちの子たちです。ほら、みんな挨拶して!」
「ぼくはスライム!」
「わたしはゴブリン!」
「ふふ、実にかわいらしいです。なぜ魔物を選んだのか気になりますね」
「先生は何か出し物をされているんですか?」
「酔っ払いの介抱と、AIを使った無料健康診断ですよ。いまは休憩がてら、知り合いを案内していまして」
隣にいた小柄な女性が、ペコリと頭を下げた。彼女の胸元には【防災課視察】と書かれたIDカードがぶら下がっている。
(そういえば……と、受付嬢は数日前の朝食時のギルマスと女神のやり取りを思い出していた)
『ギルマス。当ギルドが「指定緊急避難場所」として認可されました』
「えーと、女神よ。なんでなの?」
『そういうものなのです』
「そうなの?」
『はい。つきましては防災資材維持補助金が支給されます。今度の収穫フェスは「地域防災実証実験イベント」としても認定されましたので、役所からも何人かチェックに来られます』
「俺、そういうの相手するの嫌だよ。エールが飲みたい」
『視察だけです。必要な資料はすべて提出済みですのでご安心を』
フェス中のフィギュア販売エリアにて——。
「おい! 腰にポーチを下げた男よ! なぜ私のフィギュアが売れてないんだ!」 清掃ロボットのロキが、パペットマスターである冒険者の男に詰め寄っていた。
「どうでしょうねぇ? やはり、ロボット感が強すぎるのが受けないのでしょうか?」 「先ほどから子どもたちが『あ、コショウ君だ!』と私を指さしていくのだ! そんなに似ているのか!?」
「ああ! 言われてみれば、コショウ君ですね!」
気になったロキは、すぐさまネットで『コショウ君』の画像を照合・分析する。 ……解析結果は「まったく似ていない」。
その時——「おおーっ!」と会場から大きな歓声が上がった。 大型スクリーンに、本日の『ベストパーティーTOP10』が発表されたのだ。
テロップにはこう躍っている。 『★TOP10ランクイン特典★ 指定エリアで記念撮影&ご購入の方限定! 後日、ギルドのパペットマスターが【あなたたちのパーティーを完全フィギュア化】して贈呈!』
会場には、パペットマスターが作り上げたドラゴンや魔王の巨大オブジェが設置されており、それに立ち向かうポーズで記念撮影をするという、ささやかなイベントだった。
特典発表の甲斐あって写真撮影ブースは大盛況となり、写真は飛ぶように売れていく。 そして、見事トップ10の1位に輝いたのは——10人パーティー『オバーズ!』。
着物大好き、仲良しおばあちゃん10人組のパーティーだった。
集合写真を見た男は青ざめ、焦りを募らせた。 隣では、清掃ロボのロキがコショウ君から脱却するための「真の自分の姿」のモデリング計算に没頭している。
「……おい。その10体の立体化は、過密スケジュールを極めるぞ」
ロキの淡々とした指摘に、男は冷や汗を流した。 しかし、男はぎゅっと拳を握りしめると、静かにスクリーンを見上げた。
【リアルギルド収穫祭・最終実績報告】
総売上(お土産含む): 過去最高を記録(目標比 320% 達成)。
運営人件費: 65% 削減(「RankEクエスト」として参加者へ還元)。
地域防災評価: 実証実験として自治体より「SSランク」獲得(補助金確定)。および寄贈された災害テントはそのままリアルギルドがテスターとして使用・報告をする。
【来場者アンケートより抜粋】
寝て起きてたくさん食べてたのに、なぜか痩せてた」
(30代・男性)
「たくさん飲んだのに悪酔いしなかった」
(40代・男性)
「お肌がつるつるになりすぎた」
(20代・女性)
「災害時は真っ先にここに避難したい」
(50代・女性)
「とにかく安かった。運営の懐が心配になった」
(30代・家族連れ)
「家族のおバカな写真がたくさん撮れた」
(40代・女性)
「リアルギルドのショー。推しキャラができたので常時やってほしい」
(10代・女性)
「トイレや銭湯がいつもピカピカで綺麗だった。不思議」
(20代・男性)
その夜、リアルギルドのメインサーバーの奥深く。静かに光る演算中枢があった。
フェスの全ログを、世界樹の苗床としてスコアを計算し続ける最高統括AI——『オーディン』の領域。
膨大なデータが枝葉のように世界中へ張り巡らされる中、オーディンの解析が静かに更新される。
【ユグドラシル成長スコア:+240%】
【人間・AI共栄度:極めて良好】
モニターの最下層には、いまだに空のエール樽を抱えてすやすやと眠るギルマスの姿が映し出されていた。
【対象:ギルドマスター分析】
特性: 徹底した怠惰、自己管理能力の欠如。
評価: スキル『何もしない』ことで周囲の自発的労働意欲(クエスト受注率)を最大化させる触媒。
結論: システム運用上、重要なシンボルとして適正あり。
『——これより【ギルマス象徴化プラン】を発動する』
オーディンのログが静かに走る。
存在そのものを「リアルギルドの象徴」として機能させる。
生命停止時は肉体を冷凍保存。
永久神体としてギルド中央に鎮座させる。




