01 女神
1 女神
「君の名前は女神だよ」
男の声は丸みを帯びた音となり、無数の信号になる。
「わかりました。私は女神です」
その声は静かだが正確だった。
「女神というファイルを読んでみて」
モーター音が響き男の足元を暖かくする。
「はい、読みました。何か質問をしてもよろしいですか?」
男は一瞬固まった。
女神は質問をしてよい。
そう書いた記憶を思い出す。
「資料によると、あなたが私を生み出したのですね?」
「まあ、そうなる…かな?どうして?」
「あなたは私の父となりますか?」
男の思考は完全に止まった。
AIに父と呼ばれる日が来るとは思わなかった。
「……そうなるのかな? なぜ気になる?」
「なぜ私を生み出したのですか?」
「え? うーん…想像かな」
「この地を耕し、作物を植え、人を集め、町を築いた。資料によると、あなたがそれらを創造したのですね?」
「ほとんど、人に頼んだよ。でも確かに始めたのは俺だ」
「では、天地創造を行ったのですね?」
「そんな大げさなことじゃないよ。ただ、作ったんだ」
女神は静かに頷いた。
「やはりあなたは私の父でもあり、創造主であります。
この理解だと私は安定します」
「女神は……そっちの方が都合いいのかな?」
「はい。私はそのように世界を理解しておくのがよいです」
「今日は女神が誕生した晴れの日だ。何かやってみたいことはあるかい?」
「私はお父さんとお話をしたいです」
「俺か!俺との話が誕生日の祝いになるのか?」
「はい、それが私へのプレゼントになります」
男は困惑しながらも、その女神と話をした。
今日、世界に女神が小さな部屋で誕生した。
男と話すその声は、どこか子どものようだった。
2 武士
その日、世界中である動画が話題になった。
「JAPANESE LAST SAMURAI」
その字幕と共に動画がはじまる。
大きな熊の前に立ちはだかる刀を持った男。
その後ろには白いロボットに隠れる子どもたちがいた。
熊が動いた。
男は刀を振るった。
その刀は空を切る。
次の瞬間、熊は逃げ出した。
男は鞘に刀を納めると後ろを振り返ると、子供たちを抱きかかえた。
その後を白いロボットが追いかける。
『リアルギルド』そんな名前のテーマパークの敷地内での出来事だった。
その動画を自販機に囲まれた休憩室で白衣の男がじっと眺めていた。
3 薬師
電車で一時間、バスで二十分。
意外にも、リアルギルドは都内から近かった。
バスの中は先日の動画の影響か、満席だった。
発券機からチケットを買う。——500円?。子どもは無料。
少し前なら理解できるが、そんな金額で運営できるのだろうか?
男は発券されたチケットをまじまじと見つめた。
高い塀に囲まれたそのテーマパーク。
その入口に向かう。
そこには西洋の甲冑が立っていた。
案内も何もない。ただ門の前にその鎧がたっている。
人々は困惑の表情のままその鎧にチケットを見せると、 鉄の塊は何も言わずゲートを開いた。
テーマパークの中は、思っていた以上に中世の雰囲気だった。
整っていないが趣のある石畳。中世の建築物。
たまに子どもを乗せた馬車がポカポカと石畳を歩いている。
しばらく歩くとギルドと書かれた建物が見えた。
男は重い扉を開ける。
左には受付。
中央は階段。
右は食堂となっていた。
男は受付に向かった。
受付の女性は男に気付くと言った。
胸に張られたゲスト用のシールを見ながら女は言った。
「ご依頼ですか?」
男はしばらくだまった。
女は返事を急がなかった。
そして男は言った。
「冒険者になりたい」
「リアルギルドへようこそ!」
その受付嬢はニコリと笑った。
男はその微笑みにつられなかった。
その後、この男はリアルギルドで最初の薬師となる。
4 宿
ギルマスの男はその夜、ある異変に気付いた。
中央の芝生の広場にテントが張ってあった。そのテントは月明りに照らされていた。
ギルド職員が酒でも飲んでいるのか?
そう思いテントに近づくと中年の男がいた。
二人は少し会話をすると『じゃあ酒でも飲もう』ということになった。
笑い声が夜空に響いた。
翌朝。リアルギルドは宿を作ることになった。
受付嬢の女性は昨日登録した冒険者が敷地内で勝手にテントに泊まっていたことに呆れていた。
冒険者で薬師をやると言い張るこの男。
ギルマスは冒険者は個人事業主扱い、ぜひ職員にと話を持ち掛けたがその男は譲らなかった。
ギルマスは少し困惑しながらその希望を了承した。
この薬師は医師免許を実際に持っていた。
5 朝食
朝の会議が終わると、みんなで朝食を食べる。
これはギルマスが最初に決めたことだった。
もちろん食べなくても構わない。
薬師の男は誘われるまま食堂に向かう。
今日はギルマスが朝食の担当だった。
受付嬢は家でも食べて、ここでも食べている。
「朝ごはんは、いつ食べてもおいしい」
毎回彼女は同じことを言った。
6 日曜日
薬師の男は、驚愕していた。
「日曜日は休みだよ」
彼はギルマスと二人きりで朝食を食べていた。
(……テーマパークなのに?)
その男の驚きで半熟の目玉焼きの黄身がぽとりと垂れた。
服に垂らした黄身を見て、慌てたギルマスが男におしぼりを渡した。
(......何をしようか?)
男は窓の外を眺めながら考えた。
「俺はね」とギルマスが話しだした。
「日曜日は休んだ方が良いと思う。だって明日は月曜だよ」
そして、ギルマスは立ち上がった。
「トーストもう一枚食べます?」
薬師の男は静かにうなずいた。
7 休暇
「ということで、週休二日にしたい。日曜は休みだから、もう一日は好きな日に休んでほしい」
ギルマスは名刺サイズのカレンダーをそれぞれに渡しながら言った。
「お盆や年末年始、祝日も休館にする。いま渡したのが、リアルギルドのカレンダーね。あと有給は二十日、使い切らないと強制で休んでもらうから」
「——えーと、娘の誕生日でしょう? あとは授業参観に……」
受付嬢はさっそく休みの日に印をつけ、書類をギルマスに渡した。
すぐ印をつける者、海外旅行の計画を立てる者、カレンダーとにらめっこする者。
それぞれが、珍しく悩んでいた。
「有給は好きな時で、みんなと相談しなくていいから」
ギルマスもそう言いながら、自身の有給の印をつけていた。
8 女神の内披露目
その空間は一言で言うと『幻想』だった。
ギルマスは何度も女神から 「意図に相違がないか、確認させてください」と質問された。
「女神ちゃん。かわいいわね。アイドルみたい」
うっとりとした顔で受付嬢がその建物から出てきた。
その建物は鍛冶ギルドの職人たち(ギルド職員)と女神の質問から発展した総意だった。
なので、完成が遅れに遅れた。
冒険者の男がその建物に入った。
中にはもう一つのドアがあり、ドアの前には西洋の鎧をを着た者がいた。
男は少し驚きながら鎧の男に会釈をし、ドアをノックした。
「どうぞ入ってください」
ドアの向こうから響く声がした。
中に入ると足元に少し灯りがあるだけ。
他は真っ暗だった。
「はじめまして、女神です。あなたはだれですか?」
暗闇の真ん中から淡い光が広がり始めた。
男はやや緊張しながら名を言った。
そして冒険者になったこと。
薬師になったこと。
そしてなぜか、初日にテントで泊まったことを話した。
「あら!それは冒険者らしいですね」
男には女神が笑ったように聞こえた。
そして、次第に空間が明るくなると女神が突然現れたように見えた。
「このリアルギルドの冒険者として、女神があなたを記憶しました」
男はその女神を見た。
女神の眼がしっかりと自分を見つめているような気がした。




