第1話 退屈な日常
物語を書くのは苦手で物語の構成や設定は自分で考えていますが文章はAIに頼りながら自分のイメージ通りになるように頑張ってます。面白いと思っていただけるような物語を書けるように頑張ります。気になる点があればコメントしてください。
「あー、宇宙人でも来ねぇかなぁ」
錆びかけた自転車のペダルを重い足取りで漕ぎながら、諏訪虎狛はフロントカゴの隙間から見えるアスファルトを睨みつけ、ぽつりと呟いた。
五月のよく晴れた朝。
アスファルトからはほんのりと夏を予感させる熱気が立ち上り、肌にまとわりつく。
もし本当に宇宙人が来たら、とりあえずこの退屈な毎朝の通学から免除してほしい。
進路希望調査の紙を前にした担任の説教も、いつものメンバーとの中身のない不毛な会話も、家に帰ってから就寝するまでの「特にすることのない無駄な時間」も、世界の仕組みごと全部ひっくり返してほしい。
高校3年生。受験生という中途半端な肩書だけを背負わされ、熱中できる部活があるわけでも、将来の夢があるわけでもない。
ただ毎日、寝るまでの時間を適当につぶすだけの量産型の人生。
そんな自分の平坦な日常に、特大の隕石でも落ちてこないかと、彼は本気とも冗談ともつかない妄想を毎日のように繰り返している。
世界の終わりを願うほど破滅的ではないが、現状維持の明日を迎えるには、少しだけ退屈が飽和しすぎていた。
いつもの交差点。いつもの信号待ち。
赤信号を見上げながら、虎狛はだるそうにハンドルに体重を預けていた。
しかしこの日、彼の世界に隕石は落ちなかった。
代わりにやってきたのは、一匹の犬だった。
ふと、チクリとした奇妙な視線を感じて、横を向いた。
歩道の植え込みの前。アスファルトと緑の境界線に、見慣れない犬が佇んでいた。
(……デカいな)
それが最初の感想だった。
サイズは大型犬、いや、それ以上かもしれない。ゴールデンレトリバーよりも一回り大きく、何よりその体躯のバランスが、普通の犬のそれとは明らかに違っていた。
無駄な脂肪が一切なく、しなやかな筋肉の輪郭が、驚くほど綺麗な白銀の毛並みの下から透けて見える。
ピンと立った大きな耳に、長くふさふさとした尾。それは犬というよりも、どこか古風な絵巻物から抜け出してきた野生の狼か、あるいはどこかの血統書付きの猛獣を思わせるような、威風堂々とした佇まいだった。
その犬は、じっと虎狛を見つめていた。
逸らそうとしてもなぜか逸らせない。まるで磁石のように視線を吸い付けられる。
その瞳は、透き通った鮮やかな琥珀色をしていた。
自分の名前と同じ響きを持つその色に、虎狛の心臓がドクンと小さく跳ねる。
ただの動物の視線ではなかった。
そこには明確な「知性」と、虎狛という存在の奥底まで、記憶の澱までをもすべて見透かしてくるような、圧倒的な意志が宿っていた。
気づけば、周りの喧騒が遠のいていた。
行き交う車のエンジン音も、遠くの工事の音も、何も聞こえない。
まるで世界から音が消え去り、自分とこの白い獣だけが、スポットライトの下に取り残されたかのような錯覚。
虎狛は自転車のハンドルを握ったまま、指先一つ動かせずに硬直していた。
冷たい汗が背中を伝う。
怖い、わけではない。
ただ、網膜に焼き付くような琥珀色の光から、どうしても目が離せなかった。
緊張に耐えかねて、虎狛はカサカサに乾いた喉の奥から、声を絞り出す。
「……なんだ、お前」
その瞬間だった。
「おーい、コハク! 何してんだよ、信号青だぞ!」
背後から、鼓膜を突き破るようにして、いつもの友人の声が響いた。
世界の音が、濁流のように一気に耳の奥へ戻ってくる。
「あ、うん……っ」
反射的に生返事をしながら、虎狛は一瞬だけ首を振り返った。
そこには、いつものようにママチャリを漕いでやってきた友人の、気の抜けた顔があった。
時間にして、わずか一秒。あるいは、瞬きひとつ分の刹那。
すぐに視線を前に戻す。
――だが、もうそこには誰もいなかった。
植え込みの葉が、風もないのに小さく揺れているだけ。
大型犬ほどの巨体が、どこかの路地に逃げ込むような足音も、気配も、一切なかった。
アスファルトの上には、ただ五月の強い日差しが虚しく照りつけているだけだ。
「え……?」
狐につままれたような気持ちで、虎狛は自分の目を乱暴にこすった。
「どうした、寝ぼけてんのか?」
追いついてきた友人が、不思議そうに虎狛の顔を覗き込んでくる。
「いや……今、そこに、白いデカい犬が……」
「は? 犬? いねぇじゃん。ほら、早く行かねーと遅刻するぞ」
友人は呆れたように笑い、先にペダルを漕ぎ出してしまった。
虎狛はもう一度だけ、静かに揺れる植え込みに目をやった。
さっきまでの強い視線の残像だけが、網膜の裏側に熱を持って焼き付いて離れなかった。
幻覚、だろうか。
いや、あの琥珀色の瞳の輝きは、あまりにも鮮烈すぎた。
その日の学校の授業は、いつも以上に中身が頭に入ってこなかった。
黒板に数式が並べられ、教師の単調な声が教室に響く。
いつも通りの、退屈で、平坦で、何の変化もない日常。
昼休みにいつものメンバーと集まり、「昨日観た動画が面白かった」だの「今週末の予定」だの、中身のない会話を交わしている最中も、虎狛の心はここにあらずだった。
(あの犬は、一体何だったんだ)
ずっと、何かが起きてほしいと願っていた。
宇宙人でも隕石でも、この退屈を壊してくれるなら何でもよかった。
それなのに、いざ境界線の向こう側から「何か」が覗き込んできた途端、心臓のバクバクが止まらない。
恐怖ではない。言葉にできない、奇妙な高揚感が体の芯でくすぶっている。
「なぁコハク、聞いてる?」
友人が弁当の唐揚げを口に放り込みながら、怪訝そうな顔で顔を覗き込んできた。
「あ、ごめん。ちょっと寝不足でさ」
適当な嘘でその場を取り繕いながら、虎狛は無意識のうちに、早く放課後にならないかと、教室の壁に掛けられた時計をじっと見つめていた。
いつもは退屈をやり過ごすためだけの時間が、今は、あの通学路にもう一度戻るための秒読みへと変わっていた。




