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関守石−1

 

 シェア邸の玄関を横切ると、料亭の入り口のような門がある。そこの門かぶりの松を剪定した後、ゆたはゆっくり風景を仰ぎ見た。

 しっとりと湿った空気が流れてくる。空はどんよりと灰色を纏っていた。一雨降るなと、散らばった松葉を集めにかかる。雨が降ってきたなら、延段に掛かる萩でも刈ろうかと、次の仕事の思案をしながら手を動かした。

 出来るだけ仕事に熱中したかったのだが、どうも脳裏を掠るものがある。

 それが今晩のテレビ番組だとか、来週の車いじりの事だとか、そんな類ならいいものをと、豊はため息をついた。

 よりによって、あの寅次とらじという老人だ。

 鹿島かしまに一通り話しは聞いていた。どうやら山南さんなんばあさんを好いているが故の暴走劇だという。いつもホールで目の下を窪ませてテレビを観ている山南さんと、宴で華やぐ山南さん。とても同一人物には繋げれなかった。寅次はどちらの山南さんを好いているのだろう。そんな事を考えてしまう。

 そこまで想いを巡らして、豊は動かしていた手を止めた。深くため息をつく。

「俺は庭師で来てんだったな」

 庭仕事以外には口を出す事もない。だが、どうしても、寅次が気になって仕方がなかった。

「離れの奥にもサツキがあるから剪定しておけ」と鹿島に言われた言葉を思い出し、気分転換にと豊は歩き出した。離れには一度ホールに入ってから中庭を経て向かうルートと、大きく庭を迂回して行くルートがある。地下足袋を脱いだり履いたりする手間を鑑みて、迂回ルートで下見も兼ねて離れの庭に足を運んだ。

 広くはないが重厚な玄関があり、それから左手に竹細工の仕切りがある。そこから路地のような裏庭になっていた。両側に都忘れが咲き誇り、薄っすらと幻想的な趣をかもしだしていた。建物に沿って伝うと縁側があり、そこが誰かの部屋であるかのようだった。

 ここは直行なおゆきの居る離れの裏側に当たる。おそらくは直行か、井上いのうえのどちらかの寝室だろう。物はなにもなく、がらんとした畳だけが存在感のある部屋だった。

 豊は忍び足でそこを抜ける。ようやく見覚えのある庭が目に入った。

 向こう側に鹿島達の居る建物が見え、何人かが行き来している影が揺れた。手前の座敷には井上が静かに正座して読書している姿がある。こちらには気がついていないようで、黙々と本を読んでいた。その横にある鹿脅しが鳴った。

 豊は刈込み鋏をもう片方の手に持ち直し、ゆっくり歩く。座敷の正面の庭ではなく、飛び石がある奥の方へ方向を変えて行く。

 座敷から見える範囲の樹木の剪定はほとんど終わらせた。奥の方は、それこそあとでもいいだろうと思っていたから後回しにしていたのだ。左手に竹林がそびえ、豊はあの日の奇抜合戦を思い出した。

 竹林の向こうに人影はなく、法螺貝の音もしない。だが、竹がザワザワと風に揺れると、まるであの時のように人が騒々しく行き交い、法螺貝が高々と鳴り響く幻聴さえも聞こえてくるようだった。

 豊はもう一度後ろを振り返った。

 サワサワと優しく揺れる楓の向こう側に離れが見える。小さく鹿脅しの音が聞こえた。

 うす曇には苔が栄える。

 緑色を引き締めた苔の中に、埋もれるように飛び石が続いている。

 その分岐点に立って豊は首を傾げた。

 右に続く飛び石は庭の隅を回り、施設の奥の勝手口まで続くのは分かった。だが左に続く飛び石はどうも納得がいかない。左側は既に庭の境界で、向こうには竹林が大きく立ちはだかっていた。その上、行く手を拒むように萩が覆い茂っている。

 ところが、その麓を忍び入るように飛び石が奥に続いていた。

 刈込みバサミを脇に持ち直し、豊はその重く湿った萩の枝を掻き揚げてみた。

「やっぱり続いている」

 赤黒く煤けた土が見え、ところどころに苔が生えている。そこは別世界のようにじっとりと湿っていた。その奥にどこか取り残されたように、点々と規則正しく飛び石は続いていた。

 

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